―――ショッピングモールから出ると、街はすっかりオレンジ色の夕景に包まれていた。あの後無事ポテトLサイズも完食し、その代償として只今絶賛胃もたれ中な俺の隣に立つ琴さんの横顔はいつも通り凛々しく、そして何事にも動じない気高さを感じさせるもので……改めてこの人ホント顔良いよなぁ。流石校内でも王塚さんに次ぐ美人と言われてるだけある……疲れた頭でそんな事をボケーッと思っていると、彼女の口から「ねぇ、ちょっと寄り道してもいいかしら?」。そんな言葉が飛び出してきた。
……正直な所、俺は一刻も早くお家に帰り甘織さんとFPSで遊びこれから2週間に渡り繰り広げられる予定となっている偽りの恋人生活という現実から全力で目を背けたかった。だがしかし、芦高の武神と呼ばれる(俺が勝手にそう呼んでいるだけ)琴さんからの誘いを断れるはずもなく、俺は弱々しく頷く事しか出来ないのであった。そして寄り道と本人は言っていたけれど、一体どこへ行くのだろうか?もしかしてSE○Aの某ゲームでお馴染み歌舞伎町にでも連れて行かれるんじゃ……と内心ビクビクしていたが実際に向かった場所は意外にも。
「―――こっ、ここは」
住宅街の中にポツリと佇む神社であった。
「何よ、そんな意外そうな顔して。加藤は私がどこへ向かうと想像していたのかしら」
「いい、いやそれは……えっとですね……」
「言っておくけれど新宿歌舞伎町になんて行かないわよ」
「ま、また私の心を読んだんですか……!?」
だからそれ怖いんですよぉ……怯える俺に対し、琴さんは心底どうでもよさそうに「貴方の思考は単純すぎるのよ」と言い放つと、鳥居の前で一礼して境内へと足を進めていってしまい慌てて俺も一礼し彼女を追いかける形で中へ入った。夕方の境内には人影もなく静まり返っているが、神社特有の他にはない神聖な空気感と合っていて何だか心が落ち着く……つい先ほどまで相変わらずニュータイプな琴さんに体を震わしていた俺だったものの、この居心地の良さにその恐怖も無事和らいでいた。
「こ、この神社にはよく来られるんですか?」
「そうね、ガツンとやる気を出したいときとか……フフ……」
「ここ、琴さん……?」
目の前を歩く琴さんが突然笑いを零した、まるで己の内なる感情を抑えきれないと言わんばかりに……そして彼女は顔だけこちらに向けてくるとそれはそれは嬉しそうな表情をされながら。
「当時小学生だった王塚真唯がね、めちゃくちゃへこみながらなりふり構わず私に縋りついて来たのよ」
「あっ、あの王塚さんが……今の姿からはあまり想像つきませんけど、でもまだ小学生ですもんね。なるほど、そんな出来事もあったんですね……」
「……想定していた反応と違うわ、てっきり貴方の事だからツッコミの一つでも入れてくるものかと思っていたけれど」
「ツ、ツッコミ?」
そう言われてもな……だって今の話の続きって。
「―――た、助けを求めてきた王塚さんを琴さんが救ったんですよね、だって2人は幼馴染で今に至るまでの長い付き合いですし。良い話じゃないですか、ツッコミを入れる部分なんてありませんよ……!」
確信を持ってそう告げると……途端に周囲の温度が下がり、琴さんは俯いてその長い髪をゆらゆらとなびかせながら俺に近づいてきた。その姿はまるでホラー映画の悪霊を彷彿とさせる。
「貴方……私の発言を脳から全部捨て去ってしまったのかしら?あの女、真唯に復讐するって言ったでしょう。小学生のとき縋りついてきた件に関してもそれは私にとっていつまでも色あせない永遠の美事、だから私がアイツを救ったなんて不愉快極まりない間違った続きの解釈はやめなさい」
ドスの効いた声色で言葉を紡ぎながら、その場に固まる自分の目の前にやってくるとこちらをギロリと睨みつけ。
「……いいわね?」
「……は、はひぃ……」
……そりゃあ分かりましたと言わざるを得ない圧なので従うしか無かったが、俺は別に琴さんの王塚さんに対して復讐したいと言っていたのを忘れていたわけではない。ただ、それを知った上でもやはり2人は仲が良いという印象が拭えないのだ。
単純に幼馴染という間柄で決めつけてなどいない、普段を見ているからこそ知っている琴さんの王塚さんに対しての理解度の深さ。まあそれほどの関係性だからこそ、色々溜まる所があるのかもしれないけれど……復讐の感情が本当なのは分かる。でも『私がアイツを救ったなんて不愉快極まりない続きの解釈はやめなさい』、そこは。
―――どこか完全に信じきれなかった。
「はぁ……話が脱線したのは予想外だったわね、でもいい加減に本題へ入りましょうか」
「ほ、本題とは一体」
「そんなの決まってるじゃない―――」
琴さんはこちらに振り返り……
「たった2週間だけれど……私は欠点だらけだし自分でも白状者なのは知ってるつもり、貴方の好みではないでしょうけれど恩には報いる女よ。貴方、真唯と個人的に仲を深めようとするぐらいだから金髪碧眼の女が好きなのでしょう?」
「お、王塚さんへの気持ちを誤解するのやめてくださいよ……」
いやアニメやゲームにおける金髪碧眼の女の子キャラは正義ですけどね……琴さんに言っても絶対ハテナマーク浮かべられるだけだろうし、そもそもオタバレしたくないから言わないが……
「じゃあ瀬名みたいなの?」
「だ、大天使にそんな邪向けちゃダメですよ何言ってるんですか!??」
「急に大声出してきたわね……それなら香穂や甘織はどうかしら」
「そっ、その2人も違います……グループの5人はみんな凄く可愛いけどそういう感情を抱いてるわけじゃないんですって……!」
「5人、ねぇ。意外だわ、加藤は私の事をそう思っているのね」
「?こ、琴さんは可愛いじゃないですか」
「…………まあいいわ、貴方が見境の無い女だというのは十分に理解したから」
酷い……琴さんは発する言葉こそ罵倒に近いものの、その頬が僅かに赤くなっているように見えるのは気のせいだろうか?抱いた疑問を思考する暇もなく彼女は続きを紡ぐ。
「付き合ってもらう以上、恋人に相応しい振る舞いをしなくちゃね。好きがどうかなんて別に関係ない、交わした契約を私は遵守するわ」
「ほ、本当にやる気でおられるんですね……」
「当然でしょう―――文歌」
「え」
今何て……もしかして俺を下の名前で呼ばなかったか?い、いやあの琴さんに限ってそんなのあるわけないかHAHAHA!!
「……何をヘラヘラ笑っているの、妻として文歌に尽くす事にしたのがそんなに不満?」
「…………」
羞恥心が入り混じった瞳でジッと睨みつけてくる琴さん、マジで文歌って言ってる……現実に脳の理解が追い付かず黙り込んでしまう俺を見て、何を思ったのかからかうようなニヤついた笑みを浮かべながらこちらを覗き込んでくる。
「私の為に付き合ってもらっているのよ、貴方だって多少は良い目を見るべきでしょう……期待していいわよ?」
「う……」
近距離で琴さんのつよつよ高偏差値顔面を食らうのは、友情第一を掲げる俺でも流石に恥ずかしい……思わずたじろぐ俺を見た琴さんは面白いと言わんばかりに更にその笑みを深めて。
「そうね、妻である私が文歌と呼んだのだから貴方も私を何て呼ぶべきか分かるわよね」
「そ、それはですねっ」
「カウントダウン10秒前よ、はい10、9、8」
「きょ、強制……!?」
「7、6、5」と淡々と数字を減らしてくる琴さん……女子を、しかも同じグループである琴さんを下の名前でなんて前世からの筋金入りDT陰キャにはハードルが高すぎる。だからみんなを名字で呼んでたのにまさかの強制イベント、だが躊躇う暇もなくカウントが……
…………あーもうヤケだヤケ!
「2、1、ゼ「―――さっ、紗月さん、不束者ですが……これから末永くよろしくお願いしますっ」……なッ……!?」
身長差がある為、俺は琴さんを上目遣いで見上げる形となってしまったが何とか言えたぞ!多分顔赤くなってただろうなぁ。めちゃくちゃ恥ずかしかった、何か勢いでやりすぎて色々おかしくなってたような?いや気のせいか……ていうか陽キャはこれを普段からナチュラルにやってるってマジですか怖すぎでしょ……
「……って、さ、紗月さん?」
「ああっ、貴方!私はただ名前を呼ばせようとしただけなのに……!」
琴さんは目を見開き、今度は見間違えだとはとても思えないほどに耳までその端正な顔が真っ赤に染まっていた。一体どうしたのだろうか―――もしかして怒ったとか!?ヤバイ今すぐ謝罪の言葉を……脳みそフル回転させる俺だったがその努力も空しく。
「こ、これから2週間、よろしくお願いするわねっ……!」
「あっ!?い、行かないでください!」
琴さんはその場から足早に去って行ってしまい……ああ、初日からとんでもないスタートを切ってしまった……虚ろな瞳で俺はスマホを開き。
『甘織さん、今日からまた訳アリ女子になってしまいました。こんな私でも仲良くしてくださると嬉しいです』
そう、メッセージを送るのであった。
「……文歌さん!?えっ何事!?」