「―――ね、ねぇ見て!あの子めちゃくちゃ可愛くない!?」
「ホントだー!まるでお人形さんみたい!」
「うぁぁぁ、び…美少女が街中を練り歩いている」
「あの王塚真唯にも引けを取らない美貌の持ち主がこの世に存在した事に一番戸惑ってるのは俺なんだよね、凄くない?」
茜色に染まる街中を歩いていると、周りの通行人達が各々俺に対し反応を示しているのが耳に入ってきた。ザコな内面はともかく容姿だけは超絶美少女なので、もはやこんなのは慣れてしまった光景だけれど……後何かTOUGHな人が2名ほど混じったように思えるのは気のせいだと思う事にしよう。うんそれがいいね。
「……ようやく駅が見えてきた、ここから電車に乗って数駅先か。意外と時間かかるな……はぁ」
俺は思わずため息をこぼした……ダラーッとソファーに寝そべっていると、原宿竹下通りをJKのコスして歩きたい!という思想を持つちょっと(???)ヤバめな母さんから『この前ね、仲の良いご近所さんから貰ったドーナツがすっごく美味しかったのよ~。良かったら文歌も買いに行ってみたらどうかしら?』と言われ……俺自身ドーナツが好きなのもあるが、それ以上にとある事柄にここ最近頭を悩ませ疲労が溜まっていたので甘いものでも食べて脳をリフレッシュしたいと思い外出するに至ったのだ。その俺を悩ます問題というのは、始まって早3日が経った―――琴さんとの偽りの恋人生活である。
からかうような笑みで『私の為に付き合ってもらっているのよ、貴方だって多少は良い目を見るべきでしょう……期待していいわよ?』と告げられたのもあってか、一体何をするつもりなのかと身構えていた俺だったが……蓋を開けてみればただ放課後一緒に帰るというだけなのが現状であった。だが最も、それで一安心!と気が軽くなるなんて事は残念ながらない。何故なら全日本陰キャ協会からお墨付きを頂いているレベルの生粋の陰キャコミュ障な自分があの琴さんと本当じゃないにしても、そういう関係になっているという事実が重いプレッシャーとなってこの身にのしかかっておりとても大変だからだ。
神社でいきなり走り去られた件に関しても、心底お怒りだと思い翌日深々と頭を下げて内心涙目になりながら謝罪を行ったのだが……琴さんは頬を赤く染めながら力強くこちらをギロリと睨みつけて「今度その件に触れるような発言をしたら……どうなるか分かるわね?」と言ってこられた。東京湾に沈められちゃう……そんな出来事も重なり俺は尚更疲れを感じていた。
「まあ……とりあえず糖分でも摂取すれば少しは元気出てくれるよね」
電車に揺られながらボソッと小さく呟いた一言……だがしかし、現実はいつでも自分の思い通りには到底いってくれないものである。店前に辿り着き、ドーナツ何個買おうかなぁとぼんやりと考えながらドアを開けるとそこには。
「いらっしゃま……せ」
芦高の誇る黒髪クール美人であり……現在2週間限定の恋人でもある琴紗月さん、彼女が可愛らしい青色のエプロンを身に纏いレジに立っていた。俺だけでなく琴さんまでもがこの状況を理解出来ないと言わんばかりにフリーズしていて……お互いに沈黙し合う事約10秒、先に動いたのは俺であった。
ドアに手をかけ、精一杯の作り笑いを浮かべながら。
「おお、お仕事頑張ってください……!そ、それじゃあ私は空気を購入したのでここで「―――待ちなさい、文歌」ひええ……」
絶対零度の如く凍てつく視線とドスの効いた声色を食らい、それでもなお逃げられる者などきっと存在しないであろう。冷やかしはダメですよねちゃんと買いますからどうか許してください……
「イ、イチゴにチョコ……ここっ、この二つにしましょうかね」
「…………」
「―――アッ!や、やっぱりシュガードーナツも食べたいです」
「…………」
「…………シシ、シナモンも入れたこの4つをください……」
「それでいいのよ、合計1150円ね」
ナチュラル圧迫商法……まあ美味しそうだからいいですけど……琴さんはドーナツを手際よく箱に詰め、袋に入れて俺に渡してきた。先ほど見せた動揺は幻だったのかと思わせるほどに落ち着いていて凛とした表情だ、琴さんは相変わらず感情がよく分からない。そう内心で感じていると。
「私、後15分で退勤なの。だから少し待っててくれないかしら」
「えっ、そ、それはどうしてですか?」
琴さんはグイッと顔をこちらに近づけてきて。
「……待ってて、もらえる?」
「……わ、分かりましゅた」
つよつよ顔面が目と鼻の先にあるにも関わらず、感じる胸の高鳴りは少女漫画的なソレではなく完全にホラーの類であった。何か俺ここ数日ずっと琴さんに怯えてばっかりな気がする……恋人の上下関係が完全に定まっちゃってるじゃん、いやこのパワーバランスを覆せるわけないんですけどねハハハ……
「―――貴方、こうして見ると本当に整った造形をしているのね」
「さ、紗月さん?」
「…………何でもないわ」
唐突に、まるでつい口に出してしまったかのような無意識にも近い小さな呟き。その内容はよく聞き取れなかったものの、当の本人はふいと顔を逸らし何事も無かったかのように仕事へ戻ってしまった……一体今のは何だったのだろうか?
そして俺は彼女の言う通り外で待っていると、少しして見慣れた学校の制服姿に身を包んだ琴さんが現れた。
「お待たせ」
「はっ、はい……」
そのまま2人で夜道を歩き進めるが、そこに会話など存在せず両者の間に流れるのはただ沈黙であった……こうなると何故わざわざ俺を待たせたのかという疑問が浮かんでくるが、とりあえず今はこの気まずさを打破しなければ。脳みそをフル回転させパーフェクトコミュニケーション(よし、楽しく話せたな)を叩き出してみせるぞ。
「さ、紗月さんの仕事着とてもお似合いで可愛らしかったです!まるでメイドさんですね!もし良ければ紗月さんに萌え萌えキュンをやってほしいなぁってなんちゃってウへへへ」
「今ここで貴方の息の根を止める事なら喜んでやってあげるけれど」
バッドコミュでした……琴さんは頭が痛いと言わんばかりに右手でこめかみを押さえながら。
「よりにもよって文歌に見られるだなんて……貴方、口は堅い方?」
「せ、せんべいより硬い自信があります……!」
「微塵も信用できない売り文句ね……でもどちらにしろ私は簡単に人を信じたりするのって出来ないわ、だって私―――性格悪いもの」
真顔で断言する琴さん……まあ割とというかかなり破天荒だったり素直に怖い所はあるけど、個人的にそれが性格悪いかって結論に結び付くかと言われたら別に。
「?そ、そうですか……?」
首を傾げる俺に対し、琴さんは大きなため息をつくと本当に……本当に心の底から呆れかえったような顔で俺を見てきて。
「……まあ、そんな貴方だからアイツはああなったのでしょうね」
そう、言い放つのであった……すみません、よく意味が分からないのですが……
「分からなくていいわ」
「も、もう流石に触れませんよ私……」
「人がいいって表現があるけれど、私それは好きじゃないわ。だって人間誰しも裏表があるものでしょう?どんなに優しくともどこかで少しは打算や下心が存在するはずよ、それこそ無いなんて事があればもはや」
「―――て、天使!そしてそれはもちろん瀬名紫陽花さんの事ですよね!!」
「……貴方って瀬名の事になると途端に勢いが増すわね……でもまあ、私としても瀬名の人間性には目を見張るものがあるけれど」
「何をどうすればあんな人間が誕生するのか皆目見当もつかないわ……」と苦しそうな表情の琴さん、何でそこでその感情になるんですかね……大天使について語っていたそのとき、俺のポケットに入ったスマホから着信音が鳴り響いた。母さんからだろうかと画面を見てみれば。
「お、王塚さん!?」
「……へぇ」
「ごっ、ごめんなさい、ちょっと電話に出てもいいですか?」
俺が聞くと、琴さんはそれはもう深い笑みを浮かべながら何故か嬉しそうに「ええ、いいわよ。でも条件が一つだけあるわ……私がここにいる事、それは真唯には秘密にしてちょうだい」と答えた。琴さんの目の前で王塚さんと話す、何より彼女の提示した条件やニヤついた顔など様々な不穏要素があるがスルーするわけにもいかないので電話に出ると。
『―――やあ文歌、元気にしているかな?』
通話越しにも関わらず、王塚さんの声色は自信に満ち溢れ気品を感じさせた。流石王塚さん……
「は、はい、私はいつも通りって感じで……王塚さんの方はどうですか、テレビに出てるの見ましたよ。お仕事大変そうですね……」
『ははっ、それほどでもないさ。私はただ与えられた事をこなすだけ、そしてそれは自分でなくとも成立するものばかりでね……ここで価値を持つのは私があの人の娘であるという事実だけだよ』
「そっ、それって―――んッ!???」
王塚さんがどこか悲しげに発したその言葉が引っかかり、尋ねようとしたその瞬間……背後からスッと伸びてきた細い指先が、俺の無防備な脇腹へと潜り込んできた。
「ちょっ、あ……」
『……文歌? どうかしたのかい?』
「なな、何でもないです……あんっ!?」
TSして約15年、自分でも驚きだがどうやら精神が男性でも肉体というのは刺激を与えられるとまるで女の子がするような喘ぎを勝手に上げてしまうらしい……って今は冷静に分析してる場合じゃない。こんな事をしてくる人物なんてこの場に一人しか。
くすぐりに耐えながら何とか上半身を動かし後ろを向くと、そこにはまるで魔女のような極上の悪い笑みで俺の腰回りを執拗にコチョコチョと責め立てている琴さんの姿が。いやマジで何してるんですか!?
「や、やめ……」
まさか声に出すわけにもいかず目線でやめてとサインを送る俺だが、彼女はもはや楽しくて仕方がないといった様子で目を細め更に指先の動きを加速させてきた。
「フーッ……ハァ……」
『ふ、文歌!?随分と呼吸が荒いが大丈夫なのか!?』
「だ、だいじょう……ぶ、れすから……んんっ……!」
口元を手で覆いながら、漏れ出そうになる声を必死に抑える……しかし、琴さんの指先が脇腹のクリティカルゾーンを的確に突いた瞬間。
「―――ひゃああんっ!!」
『な……』
到底普段の自分からは出ないような艶っぽい声が零れてしまった、もう殺してください……
『君は一体何を……ま、まさか』
「わわ、私は大丈夫です!ホントに平気ですので王塚さんもどうか体調にお気を付けて……!」
『待ってく―――』
羞恥心が限界突破した俺は耐え切れず通話を切ってしまった、ごめんなさい……でもマジで恥ずかしくて……そして一連の流れを聞いていた琴さんは。
「ああ……!たまらないわこれよこれ!きっと今頃アイツは向こうで一人悶々とした感情を抱えているに違いないわ、そう―――文歌は一体電話先で何をされていたのかってね!ふふふ……」
感情の高ぶりを抑えきれないと言わんばかりに声を上げるのであった……誰か助けてぇ。
「文歌……どうやら私はタイミングを誤ってしまったようだね」
電話を一方的に切られたにも関わらず、王塚真唯は怒るどころかむしろその顔を耳まで赤くし恍惚とした表情を浮かべていた。何故かというと、彼女は加藤文歌が何をしていたのかを解釈をこう捉えたのだ。
「まさか君が―――私を想って一人でシテいる所だったなんて……!」
流石のポジティブシンキングである、そして王塚真唯は上機嫌に幸せそのものな満面の笑みで。
「待っていておくれ、仕事が終わったら一秒でも早く君の元へ帰るよ」
そう誓うのであった……琴紗月はまさか自分の嫌がらせが彼女を喜ばせる逆効果となっている事を知る由もない。
次回は紗月さん家でのお泊り回となります!