―――全てを優しく包み込み癒す大天使な瀬名紫陽花さんによって荒んだ心を浄化された超ハイパーコミュ障こと俺、今なら学園生活における最難関と言っていいであろう昼食時における女子達のマシンガントークにもついていける気がする。
俺は教室の扉の前で深呼吸をし、両手を胸元の辺りで小さく握りしめ「頑張るぞい!」のポーズを取った。すると隣にいる瀬名さんが先ほどと同じように頭を撫でてきて、その表情は慈愛に満ちており彼女の喜びが伝わってくる。
「ふみちゃんは何をしてても本当に可愛くて、だから見てるとついよしよしやりたくなっちゃうんだあ……その、ふみちゃんは嫌じゃない、かな?」
「ぜぜ、全然嫌じゃないですようへへっ……」
短時間に大天使から2度も頭を撫でられたら、もはや魂まで浄化されて成仏してしまいそうである。というか一応俺って一度死んでる身だから冗談抜きに危ないかもしれない……まあ今のぞいポーズはただやる気を出す為に取ったオタク的行動に過ぎないのだが、瀬名さんの笑顔が見れるのなら間違いなくやった価値があると言えよう。
そんな事を思いつつ、俺が教室の扉を開けるとクラスメイト達の視線がこちらに一点集中した。別にこういうのは自分1人でも普段から起きているが、今回の違いは皆が尊いものを拝むように見ている所だ。理由は簡単で―――瀬名さんが今もなお俺の頭をよしよししてるからである、流石に教室へ入ったら注目されると分かっているし止めたかったのだが本人がとても楽しそうなので何も言えず……クラス内が彼女に影響されるようにほんわかとした空気になる中で1人の女子生徒が俺と瀬名さんの元に突っ込むような勢いで駆け寄ってきた。
「―――もー!アーちゃんにナデナデしてもらうなんてめちゃ羨ましいぞフーちゃん!!」
「え、えっと」
その女子の名は小柳香穂さん、俺や瀬名さんと同じ王塚グループに所属する彼女は持ち前の高いコミュ力で同年代から上級生まで分け隔てなく誰とでも仲良くできて皆から可愛がられている芦ヶ谷高校の妹だ。王塚グループ以外でも多くのグループに入っていて、本人曰く1日スマホをほったらかしにするとメッセージが999件溜まっているらしい……俺なんて基本家族と王塚さん達を除きメッセージなんてほぼ来ないので、1ヶ月放置しようがその半分すら溜まる気がしない。あまりの差にもはや同じ人間なのか疑うレベルである。
「ねえアーちゃん、あたしにもそれやってほしいなー」
「ごめんね、出来るならかほちゃんにもやってあげたいんだけど今はふみちゃんにしてるから……」
「ノンノン、方法はまだ残ってるよ。今アーちゃんは右手でフーちゃんを撫でてるじゃん?」
「う、うん」
「―――なら余った左手であたしをナデナデすればいいんだよ!2人同時に愛でるっていうのもアリじゃないかにゃあ、どう?」
ちっちゃい女の子が可愛くて仕方がない瀬名さんは小柳さんの提案にその大きな瞳をキラキラと輝かせ。
「その発想はなかったよ……ふふ、かほちゃんは凄いねー、よしよーし」
「えっへん!」
右手で俺、左手で小柳さんの頭を同時に撫でると瀬名さんはまるでこの幸せを噛み締めるように「……癒されるなあ」と呟いていた。恐らく自分の気のせいだろうが、その瞬間の彼女の表情は一見笑っているものの……内側の疲れのような何かを感じさせた。
僅かな引っかかりを感じている中、隣で頬をだらしなく緩ませている小柳さんがふと俺の方を見てきて。
「こっ、小柳さん?」
「そういやさ―――もう昼休み半分過ぎたけどご飯食べなくて大丈夫なん、あたしはいつもパンの一つや二つで済ませてるから今からでも焦らないと思うよ。でもフーちゃんってお弁当だししかも意外と結構な量あったよね?」
「……あ」
わざわざ対策を練る為に教室から出て考えたり、肉食系お持ち帰り女子の存在に怯えて逃げたり、そして瀬名さんに癒されたりしてたけど―――色々あって時間の事がうっかり頭から抜け落ちていた。前世が男だったのもあってか、この小柄な体でも量はしっかり取りたいと思って女子にしては多めなのだが……って説明してる場合じゃないなマジで焦らないとヤバイかも。
「おお、教えてくれてありがとう小柳さんっ」
「礼などよいよい、フーちゃんがんば!目指せ早食い王ー!」
「ご、ごめんなさい瀬名さん、私ちょっと席に戻ります……!」
「あっ……う、うん分かったよ、でもあまり無理して喉に詰まらせないように気を付けてね?」
寂しそうにする瀬名さんに申し訳なさと罪悪感が沸きつつ、とにかく時間に余裕がない俺は瀬名さんのナデナデから頭を離し足を進めた。そして席に座り急いで鞄から弁当箱を取り出し、慌ただしく食べ始める俺に呆れた目つきを向ける人物が1人。
「―――加藤、瀬名と仲良くイチャイチャするのは構わないけれどちゃんと時間ぐらい考えた上で行動しなさい。早食いは行儀が悪いわ」
「すすすっ、すみませんでした……」
―――琴紗月さん、同じ王塚グループに所属しておりいつでも冷静沈着で凛々しい芦高のクール黒髪美人である。だが前世が陰キャ男子高校生な俺にとっては彼女は正直少し怖い、悪い人ではないのは接して分かっているが……普段に増してザコ化した俺がビビリながら謝ると琴さんはため息をついた。
「……全く、別に怒ってないのに怯えすぎよ」
「フッ、紗月はもう少し相手に対して優しく接するべきだと思うよ。実際それで前からよく誤解を生んでしまっているじゃないか、私も何度も君が怒っているのだと勘違いしたものさ」
「あなたの天上天下唯我独尊っぷりには私いつでも怒り心頭なのだけれど」
「それは照れ隠しかい?やれやれ、素直じゃないな」
「この女……!」
どうやら王塚さんと琴さんは幼馴染らしく、しょっちゅうこんなすれ違いコメディ的なやり取りを繰り広げている。端から見ると「仲良しだなー」と思うが、琴さんにそれを言ったらめちゃくちゃ嫌がりながら早口で否定してきそうだ。俺、そういうのを何て表現するか知ってる!
ツンデ「加藤、今何か私に対してとても不愉快なラベリングをしようとしてないかしら??」……何で俺の心読めるんですか怖すぎますって。
いきなりこちらにツッコミを入れてきたかと思いきや、琴さんはまたすぐに王塚さんとの仲良しタ……言い合いに戻ってしまった。そして気づけば握っていたはずの箸が消えていて、多分恐怖による震えからか落としてしまったのだろう。自分の机の下を見てみるが見当たらず困っていた所。
「―――文歌さん、これ落としたやつだよね?」
「あっ、は、はいそうです……ありがとうございます甘織さん」
「わたしの足元に転がってたんだ、消しゴムやシャーペンとかもそうだけど落とすと意外と変な所に行っちゃって探すの大変!って事よくあるなあ。しかもそれが男の子とか陽キャの机の下だともう胃がキリキリしながら取りに―――なな、何でもないよ!?」
「え、今……」
「あ、あはははっ!!!」
落とした箸を拾ってくれたのは甘織れな子さん、王塚さん、瀬名さん、小柳さん、琴さんと同じ王塚グループに所属している。これで俺を含め全6人のグループメンバーの紹介は終わりだ、皆本当に可愛くて前世ならどうあがこうがお近づきにはなれないスクールカーストのトップの最強陽キャ。しかし甘織さんは……いや断じて容姿の話をしているわけではない、何故なら彼女もめちゃ美少女なのだから。
一見陽キャに見えるし実際そうではあるのだが、俺はどことなく甘織さんにシンパシーを感じているのだ。時々彼女は「それ分かる……!」と俺が強い共感を覚えるような発言をする、そして決まって言った後にドジったと後悔するように慌てて誤魔化す。もしかして甘織さんって無理して陽キャやってるだけで実は陰の者―――
「……いや、決めつけはよくないな」
至近距離であろうと聞こえないほどの小声で自分の考えを否定する、あくまで全て仮説にすぎないし間違っていたら失礼にあたるだろう。もしかしてどこかの配信者の動画で見た陰キャあるあるをネタにして陰キャごっこをして「うわ、やってみたけど陰キャってこんなにダサいんだ。ウケる(笑)」的に楽しんでるだけかもしれないし……いや甘織さん良い人だしないだろうけど、でももしそれが真実なら辛いなあ。俺絶対泣いちゃうわ。
好物の卵焼きを食べても中和しきれないほどの胸の苦しみに耐えていると、他のグループ女子達と喋っていた小柳さんと瀬名さんもこちらに戻ってきた。
「たっだいまー!フーちゃん昼休みのうちに全部完食できそ?」
「ぜっ、絶対とは言い切れませんが頑張れば多分いけそうかなとは……」
最初は女子トークの件で悩んでいたはずなのに今や主題が完食勝負、何かズレてきちゃったなと心のうちで思っていたそのとき―――事件は起きた。
「なるほどね―――よし決めた!フーちゃんが頑張って全部食べ切れるように応援ソング流してあげる!」
「応援ソング、ですか?」
「あたしのお気に入りのやつ、まあ多分知らないと思うけどすっごい良い曲だから聞けば絶対元気出ると思うよ」
早速小柳さんは俺にイヤホンを渡してからスマホのミュージックアプリを開き、陽キャJKが好きな曲に陰キャオタクが共感できるだろうかと不安でしょうがなかった。曲の感想求められたらどうしたものかと思っていたその瞬間―――俺は全身に電流が流れるような衝撃を受けた、何故なら流した曲が好きなアニメの主題歌だったからだ。しかも一般向けではなくバリバリ深夜アニメである。
どうして小柳さんが知っているのか?と疑問がよぎったが、それ以上に前世と違い未だ誰ともオタトークを出来ていない不満が溜まりに溜まっている俺は好きという感情を。
「こ、これめちゃくちゃ好きな曲!!もう聞くと超やる気出てくる感じで最高なんですよね!!!ナイスチョイスで……す」
抑えきれずに爆発させてしまった、外でこんな大声を出したのは二度目の人生で初めてかもしれない。いつもの俺と大違いだねHAHAHA!
「ビ、ビックリした……」
「大声もそうだけど加藤のあんな生気に満ち溢れた顔初めて見たわね」
「今のはうん……とても可愛かったな」
「ま、まさか、フーちゃん……!」
純粋に驚く甘織さん、何かサラッと失礼な事を言ってる琴さん、何故か頬を赤らめる王塚さん、まるで同士を見つけたと言わんばかりに目を輝かせる小柳さん、そして最後に。
「―――ふみちゃん、よっぽどお歌が好きなんだねー」
そう言って微笑む瀬名さん、トドメを刺されて俺は羞恥心で死んだ。ちなみにお弁当は何とか全部食べ切りました、食材は無駄にしてはいけないですからねハイ。
そして午後の授業の間ずっともだえ苦しみ、終わって放課後になるのと同時に俺は真っ先に教室を出た。廊下を走りとみなされない限界レベルの早歩きでスタスタ逃げるように進んでいたのだが、ふと何やら背後から大きな足音が聞こえ振り返るとそこには―――全力で走ってこちらに向かってくる小柳さんの姿が。
「―――あはっ、絶対逃がさないからねー☆」
「ろ、廊下は走っちゃいけません……!?」
圧倒的不利な戦いはあっという間にその終止符が打たれ、俺は小柳さんに捕まってしまった。そして彼女はニッコリと笑顔を浮かべながら言い放った。
「分かってるんだよあたし、フーちゃんが同士って事はさ。だからこれからファミレスで存分に……語り合おうぜ?」
次回は香穂ちゃん回、そして次々回から本格的にれな子と絡ませる予定です。な、なのでもう少々お待ちを…(主人公同士の物語が5話スタート予定というおそおそペースに対する謝罪)