本日は日曜日、王塚さんの言う事を何でも聞くという例の約束も今日で無事終わりを迎える。ただそれも、彼女に提案された赤坂のホテルの会員制プールで2人きりで遊ぶという超高難易度イベントを乗り越えられればの話だ。あのスパダリ王塚さんと学校ではなくプライベートで接するというだけで陰キャにはハードルが高いが、最も大きな問題は―――水着に着替えなければいけないという事。
TSして15年、女子として生きた年数と前世の男子として生きた年数にもはや殆ど差は無いのだが俺は未だに女の子らしさに抵抗を持ってしまっている。誰にもバレていないが学校や外出時はノーメイクというアレっぷりだ、そんな俺に自前の水着などあるわけもなくネットで「女子、水着、オススメ」と画像検索で調べて一番上に出てきた商品を購入した。露出部分が少なく、お安めのシンプルデザインな黒のワンピース……正直これでスーパーモデルのお相手をしていいものかと不安で仕方ないがもうやるしかない。
手元のスマホを見ればそろそろ約束の時間、金曜日の放課後のとき「―――当日は君の家まで迎えに来るよ、ふふっ、これは誘った側として当たり前の礼儀さ」って後ろ髪に手を当てて靡かせてたけどもしかして自家用ヘリでも使って来るんじゃ……カ○コン製じゃないといいなと願い玄関の前で待っていると、視界の端にこの住宅地では見る事のないであろうリムジンが映り込んできた。
そのリムジンは俺の家の前でピタッと止まり、少しして後部座席のドアが開くとまるで王子様かのような凛々しい表情を浮かべた王塚さんが俺の元までやってきた。溢れ出す彼女の圧倒的オーラに初手から気が引けつつ、その動揺を悟られぬように偽る。
「こ、こんな凄いリムジンでわざわざ私の元まで、本当にありがとうございます」
「シンデレラをお迎えするかぼちゃの馬車としては少々地味かもしれないが、どうか許しておくれ」
「シッ、シンデレラ!?それって……私の事じゃないですよね……?」
「ん?何を言ってるんだい?」
王塚さんはエスコートすると言わんばかりに優雅な笑みでこちらに片手を伸ばしてきて。
「君の事に決まってるじゃないか―――マイプリンセス」
「ひええ……」
こんな王という名の看板を背負ったような人と今から赤坂の高級ホテルプールに行くのか……適当なワードの画像検索で一番上に出てきた安物の水着が入ったバッグを横目に見ながら、不安な気持ちを抱えて王塚さんの指し出した手を取った。
彼女の温かく滑らかな肌は触れているだけで気持ちが良い、屋上から落ちた時もこの手が掴んでくれたから俺はこうして生きているのだ。マジで感謝だなあ……
「文歌の手はまるで芸術品のように美しいな、思わずずっと触れていたくなるよ……」
「お、王塚さん?」
「……な、何でもないぞ!?それよりもほら、せっかくの休日だ。時間は無駄には出来ないし向かうとしようか!」
恍惚とした表情で小さく呟きながら俺の手を見つめる王塚さんだったが、声を掛けると夢から現実へ引き戻されたかのように慌てていた。
そして後部座席で王塚さんに連れられる形で隣に座り込んで車が発進すると、彼女は名残惜しそうに手を離し……どうして悲しそうにするのか俺には分からない。ただ友達のそんな顔を見るのは嫌だ、今自分に出来るのは。
「文歌……?」
「な、何でも言う事を聞くってやつの期限は今日までです、だから理由は分かりませんけど、その……王塚さんが私の手を握っていたいのなら構いませんよ?」
いつでも凛々しく堂々としているのが王塚さんであり、結構振り回されてこそいるが俺的にも彼女にはそうあってほしいと思うのだ……まあ身長差的に上目遣いで相手の顔を覗き込む形になってしまったのは仕方ない。
宝石のような青い瞳に動揺の色が混じり、どんな返答をされるかちょっと不安になったけれど、王塚さんは頬を緩めて嬉しそうに俺の手に優しく触れてきた。
「―――全く、君には敵わないな」
「……わ、私勉強に運動に何もかも王塚さんと比べて天と地なんですが」
「天と地だなんて自分を卑下するのはよくないと思うよ、文歌はテストの結果も良い方じゃないか」
「たった100mで息切れする件に関しては……」
「ふむ、そうだね……よし決めた!これからは体育の時間で私が文歌を背負って走るから問題ないぞ!」
「そっ、それはありがたいです……??」
勉強に関しては前世の件もあり半ば強くてニューゲーム状態なのだが、体力に関しては女子になっても変わらずなインドア主義貫いてたらいつの間にかマジで笑えないレベルになってしまった。小柄だからと自分に言い訳したいけど、殆ど変わらない小柳さんは普通に運動神経良いからこれは通ってくれないらしい。まあ足が速くてモテるのなんて小学生までですよ、それ以降で大切なのは優しさ。俺中学のときクラスの授業でお互いを褒め合うってやつやったんだけど、女子達みんなから優しいって言われたし!
……ぶっちゃけ褒める所なくてそう言ったんだろうな、優しさという言葉で傷つくとか世の中って理不尽だね?
王塚さんに悲しみを悟られぬように顔を逸らすと、ふと運転している女性とバックミラー超しに目が合った。彼女は付き人の花取さんだ、車を出すときに王塚さんからそう紹介されたのだが……何故か花取さんの俺への視線には強い殺気を感じた。俺の気のせいだと思いたい。
「―――着きました」
「ありがとう花取さん」
「あ、ありがとうございます……」
「お嬢さま、どくむ……加藤様、どうぞお楽しみください」
気のせいだと思いたい。
「ねえ見て、あれってモデルの王塚真唯じゃない!?」
「ホ、ホントだ!でも隣の女の子は誰だろ?」
「うーん、アイドルとか?てかあんなに可愛いなら絶対有名なはずだけど……」
「……東京都港区赤坂、人工物に溢れた大都会の中心地。そこで私、プロカメラマン森田和夫は目撃した。この沈んだ世の中を眩しく照らし平和へと導いてくれるであろう見事な金髪、対極的に雪国の雪原を彷彿とさせるかのような儚さを感じさせる白髪。そして私はこう思ったのだ―――やっぱり百合って最高!帰りにアキバで同人誌買って帰ろ!」
前半と後半のテンション差激しすぎませんかね森田さん……赤坂の会員制プールは知り合いこそいないが日曜なのもあって人はまあまあおり、王塚さんとそして騒がれるのは不服だが俺の存在も相まって現在多くの視線に晒されてしまっていた。適当に選んだ似合ってるかも分からない水着で、彼女の隣を歩いて良いものかとずっと不安だったがこの反応的に悪くはないのか?
一応王塚さんにも聞いてみる事に。
「お、王塚さん」
「…………」
「……えっと、王塚さん?」
声を掛けても返答はなく、ただ俯いて黙り込んでいたのだが……やがて顔を上げると俺の方に体ごと向けてきて、頬を真っ赤に染め言い放った。
「すまない文歌、私はもう我慢の限界だ」
まるで俺を周りの目から隠すように、覆いかぶさる形で力強く抱きしめてきて……何が起こったか分からず混乱している俺の耳元で王塚さんが囁いてくる。
「君は私の言う事を何でも聞いてくれるのだろう?」
「い、一応そうですね」
「ならここで一つお願いしてもいいかな……いやまあそうは言っても既にやってしまっているんだけどね」
「……何をですか?」
「誘った立場で支離滅裂な自覚はあるが、私以外に―――その水着姿を見せないでほしいんだ」
周りでは何やら黄色い歓声が上がっているが、今耳に入ってくるのは王塚さんからの言葉だけだった。私以外に見せないでほしいの発言の意図は恐らく……俺の安物水着姿は赤坂の高級ホテルじゃマナー違反で、警備員達に気づかれれば追い出されてしまうから守る為に言ってるのだろう。流石王塚さん、友達想いで優しい!
お互いに抱きしめ合ったまま、彼女の意図を汲み取った俺はそれに答えるように。
「わ、分かりました」
「……ほ、本当にわがままなお願いなのに受け入れてくれるのか?」
どこかわがままなのだろう?
こちらを不安げに見つめてくる王塚さんを安心させるために俺は……
「めっ、命令ですもんね、私の水着姿を見ていいのは王塚さんだけ―――ふふっ、いいですよ」
「……な、なな」
俺は自分が出来る最大限の笑みを浮かべた、すると王塚さんはオーバーヒートと言わんばかりに顔を真っ赤に目をグルグルとさせて……そこから人影のないプールの端っこで一緒にいたのだが、彼女のいつもの王っぷりはすっかり鳴りを潜めずっと大人しく命令などの類も一切してこなかった。
楽しみつつ当然疑問も抱いたが本人に聞けないまま、あっという間に時間は過ぎていき夕方に。プールから出て着替えも済ませ、今は花取さんの迎えを待っている最中だ。
「……至近距離であんな事を言われて耐える私はきっと理性的で偉いと思うんだ、うん……」
「おっ、王塚さん、今日は……ありがとうございました」
「な、何がだい?」
「こ、こんな普通なら絶対来れないような場所に連れてきてくれて、私赤坂自体も今日が初めてなぐらいですし」
「……礼なんて不要さ、私も文歌とこうして学校以外で会って遊ぶのは初めてで楽しかった。だから終わるのが本当に惜しく感じるよ」
「わ、私もです……!」
だがそこで俺は気が付いた、王塚さんの「終わるのが惜しく感じるよ」という言葉には何か別の意味も含まれていると……分かる理由なんてそれぐらい彼女の声には感情が籠っていたからだ。
「―――1週間」
「えっ?」
「……今日で私と文歌の特別な関係は終わって、明日の学校からはまたいつも通りになるんだね」
別の意味についての答えは王塚さん自らが聞かずとも答えてくれた、命を危機を助けてくれたお礼がしたくて俺が勢いのままに出した命令権。まあそうは言っても変な事などは一切なく、というか美味しいものを食べさせてもらったりホテルプールに連れてきてもらったりと借りを返すつもりがむしろ更に溜まってしまったような……
「……べ、別に私への命令権なんて不要だと思いますけど、王塚さんは惜しいんですか?」
「ああ、とても惜しいかな。もし君さえ良ければ明日以降も毎日私が食べさせてあげようか?」
「そっ、それはちょっと遠慮しておきます……後琴さんがまたお怒りになりそうなので……」
「ははっ、アレで紗月は意外と寂しがり屋だからね」
前にも言ったけど多分違うと思いますよ??
それにしても王塚さんがそう感じるなんて意外なものだ、以前は俺の中で王塚さんはかなり神聖視された存在であった。何故ならまともに誰とも話せない日々が続いた二度目の人生の中で、入学式の日に分け隔てなく話しかけてくれた存在だからである。別に今も特別扱いしてないわけではないが、今回の1件は良い意味で彼女への見方を改められて、友達としてより距離を縮められた気がして嬉しい。
……結局、色々と疑問は残ってしまったけれどその成果を得られただけで良しとしよう。
「―――お嬢さま、どくむ……加藤様との1日はどうでしたか?」
「ふふ、とても楽しかったよ」
「……そうですか」
(月並みな言葉になってしまうけど、入学式の日―――私は文歌に一目惚れしたんだ)
「おおっ、王塚真唯さん、ですか……わわ私は加藤文歌でしゅ……」
(まるで雪の妖精……芸能界に幼い頃から身を置いてきた私でも彼女の美しさには思わず目を見張るものがあった、まあ入学初日に話しかけた理由というのは別に下心ではなく純粋にクラスメイトとして、誰とでも等しく接する王塚真唯としてだったんだが……文歌はズルいね)
「あ、あの王塚さん―――これから3年間どうかよろしくします!」
(ただ話しかけられただけで、それに対し本当に心の底から嬉しそうにしている文歌の花の咲くような美しい笑顔に私は短時間で二度も心を奪われてしまったよ。以降はいつも文歌の事ばかり考えてしまっている、君には……この責任を取ってほしいな?)