ガチレズ少女は百合ハーレムイレブンを作りたい! 作:イナイレスカウトキャラ振興委員会
お待たせいたしました。
難産でした。
わたくしにとって、片梨刃奈という存在は何だろうか。
出会いは最悪だった。ナンパで破廉恥なセリフを吐いた彼女を、わたくしがボコボコにした。それがあの子との始まり。
言い訳にはならないが、反射的というか、パニックになってやってしまったことなので申し訳なかった。が、あれはあの子も悪いと思う。
『花蓮ちゃんせーんぱい!また遊びにきちゃいました!』
改めて話してみれば、少し女の子が好きすぎること以外は普通の子だった。頭は悪くないし、運動もできる。それなのに何が楽しいのか、何の娯楽もない実家の寺に遊びにきては、初めて会った時に無理やりやらせた境内の掃除を続けながらわたくしとおしゃべりする。騒がしい子だが、わたくしや紅絹乃と話している時のあの子はとても嬉しそうな笑顔で、そんな顔を見てしまうと、わたくしは何だかんだ彼女に気を許してしまうのだ。
あの子自身が、わたくしや紅絹乃と話を合わせるために色々勉強してきていることも理解している。そんな健気な努力を思うと、彼女を無碍にするなんてできなかった。
紅絹乃は刃奈とスキンシップをすることが多かった。よく抱きしめたり頭を撫でたりするので、何が楽しいのかと思い、一度興味本位でやらせて欲しいと言い出したことがある。
『花蓮ちゃん先輩が撫でてくれるんですか!?』
キラキラした期待の目で見てくる彼女の身体を抱きしめた時の気持ちは……なんと言えば良いだろうか。筆舌に尽くしがたい感覚だった。
わたくしよりも少し小さい彼女は、甘えるように身体を擦り付けてきた。おずおずと髪を撫でると、よく手入れされていて柔らかな艶髪が、手の中で心地よく解ける。
匂いには詳しくないが、紅絹乃とはまた違う柔らかくて
腕の中の刃奈は、頭を撫でるたびに「んにゃ……」「んんっ」と気持ちよさそうに身じろぎをしていた。そんな光景に何故か気恥ずかしいような、身体の芯が熱くなるような感覚がした覚えがある。
一人っ子で年下と関わる機会が少なかったわたくしは、もしかしたらあの子のことを……妹のように思っているのかもしれないと、自覚した。
正直に言おう。そう自覚した後から、刃奈のことが可愛くて可愛くて仕方ない。構ってやりたい。頼って欲しい。守ってやりたい。
この前紅絹乃が言ったことも本当だ。刃奈が来ると心が躍ってしまう。自分のことながら子供みたいだ。
……それなのに、口を開けばつい説教ばかり。自分でも嫌になる。刃奈がしばらくうちの寺に来なかった時は、ついに説教ばかりのわたくしに嫌気がさしたのかと寝込みすらした。
でも彼女は、ある日ひょっこりと、あの日と同じ笑顔でわたくしに会いにきてくれた。
どれだけわたくしが安心したか、あの子は知らないだろう。だって、やっぱりわたくしの口は説教ばかりを吐くのだから。
そして、かつてわたくしが熱中していたサッカーをやりたいと、そう言うのだ。
可愛い後輩であり妹分であるあの子に頼られた。一緒にやりたいと言ってもらえた。サッカーから離れていたわたくしにとっては、それはサッカーともう一度向き合うに足る理由だった。
『だから、凛々たちに協力して欲しいにゃ!』
……しかし。妹分と楽しくできるはずだったサッカーを邪魔する影があった。
わたくしがサッカーから離れることになった原因。あの子──修羅のカレンには、真正面から挑んではいけない。
下手をすれば、
『いいですわね、刃奈?ちゃんとよく考えなさい。この先もただ楽しくサッカーをしていたいのであれば、無茶や無謀は犯すべきではありませんわ』
一も二もなく引き受けようとした妹分を止めたのは、わたくしと同じような目に遭わせるわけにはいかないという思いからか。
……いや、違う。わたくしはあの提案の果てに
だから結局、これはわたくしのエゴなのだ。
エゴだからこそ、わたくしはそれを簡単には覆せない。
全く、生きにくい性格に生まれてしまったものだ。
チームの命運は私の決断に託された。ともあれ実際のところ、どう決めるにしたって情報が足りてなさすぎる。
花蓮ちゃん先輩も凛々も、ぶっちゃけ何を言っているかよくわからなかった。ので、私たちは知ってそうな人に話を聞くことにした。
「それで、私に〜?」
「です。もみちゃん先輩なら知ってるだろうなーと思って」
後日、私たち──すーちゃんと智ちゃんを含めた3人──はもみちゃん先輩に話を聞けないかと尋ねてみることにした。
もみちゃん先輩の家は、花蓮ちゃん先輩の実家である蓮聞寺のほど近くにある。ほぼお隣さんだ。こんなに近ければ、それは幼馴染にもなるというものであろう。
もみちゃん先輩は「う〜ん」と少し考え込んだ後、気の進まなさそうな顔を見せた。
「こういうのは、本人から言うべきことじゃないかと〜……。私から勝手に言うのは……ちょっと憚られるかしら〜」
「……聞いたら教えてくれるタイプなんですか?多聞先輩って」
すーちゃんが訊ねると、もみちゃん先輩は首を縦に振るでも横に振るでもなく眉尻を下げた。
「微妙ね〜……あれはカレンにとってセンシティブな内容だし〜、あの子、特に刃奈ちゃんには弱いところなんて知られたくないだろうし……」
「え、私?」
私の名前が出てくるのが予想外で聞き返すと、もみちゃん先輩は「そうよ〜」と笑顔を見せる。
「刃奈ちゃん、あれでもカレンからとっても気に入られてるのよ〜?きっと年下の子から懐かれて嬉しかったのね〜。うふふ、妬けちゃうわ〜」
「何言ってるんですか〜、もみちゃん先輩だって花蓮ちゃん先輩とラブラブでしょうに〜」
「あら……そう見える?」
呟くように言ったもみちゃん先輩の顔は、どことなく寂しげに見えた。
「もみちゃん先輩……?」
「……ごめんなさい。カレンの事情の事だったわね〜。後でカレンに怒られるかもだけど、私から教えちゃうわ〜」
「え……いいんですか?」
「あなたは私たちのリーダーだもの。知っておかないと決まるものも決められないわ〜。ただ、私から聞いたのは内緒よ〜?」
そう言って、もみちゃん先輩は花蓮ちゃん先輩の過去を語ってくれた。
「小学生の4年生くらいまでかしら〜。カレンはサッカーをやっていたの。ポジションはゴールキーパーだったわ」
曰く、お寺の住職であるお父さんからの提案だったらしい。お寺という特殊な環境で育ち、箱入りで頑固に育った娘に、友達の輪を広げるきっかけになれば良い、と。
花蓮ちゃん先輩は当初、「修行に専念したい」と断ったそうだが、お父さんが幼馴染のもみちゃん先輩も巻き込んだことでサッカーを始めたのだという。
「カレンはすごい選手だったわ〜。天才と呼んでも過言じゃないくらい。チームの大黒柱として、みんなを背中から支えて安心感を与える……キャプテンに相応しい存在だった」
サッカークラブではキャプテン兼ゴールキーパーとして味方を鼓舞し、セーブ率も高く、『仏のカレン』という二つ名が付くほど優秀な選手だった。
小学3年生になるころには既に必殺技も会得し、「同じ年代の女子に彼女から点を取れる選手はいない」とまで評されていたとのこと。
「そんなカレンに転機が訪れたのは、小学3年生の夏……もう1人の『カレン』と出会ってから。
その人は、ある日突然花蓮ちゃん先輩の前に現れた。サッカーを始めて数週間だと言うその選手は、花蓮ちゃん先輩の所属していたサッカークラブに殴り込んでくると、たった1発のPK戦で、たった1度の蹴りで、花蓮ちゃん先輩から点を奪ったのだと言う。
「彼女もまた、天才だったわ。カレンはあの子にいい刺激を受けてね〜……。同じチームだけど、度々勝負なんかして、2人ともどんどん強くなっていったの。私たちの誰も追いつけないほどに」
天才で、努力家。朝から夜までサッカーに明け暮れる砥鹿火蓮は、まさにサッカーをやるために生まれてきたかのようだった。
花蓮と火蓮。2人のカレンという天才たちが所属したチームは、破竹の勢いで少年サッカー界を躍進していったと言う。
「……でも、事件は起こってしまったの」
「忘れたことはありませんわ。小学4年生の秋。火蓮とわたくしは……意見を異にした」
その声に、私たちは皆振り向いた。そこにいたのは、紛れもない噂の中心人物……花蓮ちゃん先輩。
「カレン!?これは……」
「……ごめんなさい、紅絹乃。貴女にばかり説明しにくいことを言わせてしまって」
「カレン……」
「ここからは、わたくし自身が話しますわ」
怒られると思っていたらしいもみちゃん先輩に頭を下げる花蓮ちゃん先輩。今度はこちらにも頭を下げる。
「……刃奈も、ごめんなさい。隠すつもりはなかったんですのよ?ただ、まあ……あまり話したくない内容だったというのは、その通りですわね」
頭を上げた花蓮ちゃん先輩は、「紅絹乃が先に話してくれたから、勇気が出せましたわ」と笑った。
「……話は、肝心の事件のところからですわね。
あの日、わたくしと火蓮は初めてケンカをしましたの。
キッカケは、火蓮の一言でしたわ」
圧倒的な実力で勝ちまくっていたサッカークラブ。しかし、その勝利はほとんどがたった2人の選手によって齎されたものであったという。
それが、絶対的守護神「仏のカレン」と、絶対的エース「修羅のカレン」。
「今となっては恥ずべきことだけれど、あの時のわたくしたちは天狗になっていましたわ。自分達には才能がある、このまま天下を取れると、そういう慢心があったことを否定できない。だから、あの事件が起こったのはサッカーばかりして仏の教えを疎かにしたバチがあたったのでしょう。修行不足ですわね」
「でも、あの事件はカレンは悪くは……」
「いいえ、紅絹乃。……サッカーは、チームというものは、結局誰か1人や2人だけが強ければ良いものじゃない。そんな状況を放置してしまったキャプテンのわたくしの責任は、大いにありますわ」
ほぼ2人の力で勝っていたチームには、快勝を重ねる立役者の2人を他所に、不安と焦りが渦巻いていた。
火蓮は上手すぎた。ボールを取れば1人で全ての相手を抜き、1人でゴールを決める。
花蓮ちゃん先輩は鉄壁すぎた。他の全員が抜かれても花蓮ちゃん先輩さえいれば点は入らない。
試合に出てもボールに触れられないことはザラではなく、シュートなんて尚更だ。他のみんなからすればレベルが高すぎるはずの相手でも、2人だけがついて行き、そして追い越してしまう。
それでも、キャプテンだった花蓮ちゃん先輩はメンバー達を信じていた。今は2人しか活躍できてなくても、いつかみんなが同じところまできてくれて、一緒にサッカーをやれるのだと。メンバー達はその期待に応えるべく、必死に練習に励んでいたそうだ。
「そんな時に、火蓮は言いましたわ。『私と一緒に他のチームに移籍しよう』と」
どうやらチームの監督を通してではなく、火蓮自身に直接スカウトの話が来ていたらしい。『火蓮と花蓮の2人で強いチームに来ないか、2人にとって相応しい場所を用意する』と。
つまり、他のメンバー達が抱えていた不安が的中してしまったのだ。最悪の形で。
元々、近所の子供達が集まって作られた小さなサッカークラブだ。花蓮ちゃん先輩も当初は友達を作るために始めたし、現にチームメンバーは皆花蓮ちゃん先輩の友達になっていた。
それが、「修羅のカレン」の登場とともに小さなサッカークラブとしては異常な力を持ってしまい……予期されてもいなかった、高いレベルの試合で勝つようになってしまった。
「そのスカウトを、わたくしは断りましたわ。わたくしは、あのチームのメンバーが好きだった。いつか大きな大会で優勝するのなら、あのメンバー達と一緒にしたかったんですの。……今思えば、それもわたくしの勝手なエゴに過ぎなかったのかもしれないのだけれど」
火蓮は言った、「このチームはあなたと私に相応しいとは言えない。このチームに居続けることに意味はない」。それはある意味で真実だった。このチームで、今求められる試合で活躍できるのは2人だけだったから。
花蓮ちゃん先輩は言った、「わたくしはこのチームで戦いたい。そうでなければ意味がない」。それはある意味で当たり前だった。当初の目的は友達を作ること。サッカーが競技である以上、もちろん勝ちたい。ただ、勝つことだけを目的にやってきたわけじゃない。勝たなくたって楽しい。花蓮ちゃん先輩にとっては、勝利よりも仲間の方が大事だったから。
「刃奈だったら……どちらを取りますの?勝利か、仲間か」
「そりゃ仲間ですよ。私にとってはみんな愛するチームメンバーですし」
「ふふ、そう……。刃奈はそうですわよね。でもわたくしは、あの日同じように答えたことを後悔しているのかもしれませんわ」
メンバーたちは、もし花蓮ちゃん先輩自身がもっと上のレベルに行くために移籍するのであれば、受け入れる腹積りだったらしい。それは花蓮ちゃん先輩自身のことを思ってのことであった。
しかし、実際には花蓮ちゃん先輩は頑なに今のメンバーで戦うことを求めていた。
「でも、火蓮にとっては同じレベルについて来られるのはわたくしだけ。ついて来られない他のメンバーなんていらない、と。そう言いましたの」
「それは……」
「ええ。わたくしはそんなこと、許せませんでしたわ。他のメンバー達も、『いくら上手かろうと、火蓮1人だけで決めて良いことじゃない。花蓮が求めてくれる限り、私たちにだって一緒に戦う資格がある』と」
随分気合の入ったチームだったようだ。大きな力の差があっても、自分が全く価値に貢献できなくても、それでも足掻いて一緒にいようと努力できる。花蓮ちゃん先輩は、間違いなく愛されていたんだ。
「火蓮にとっては、そんな主張も気に入らなかった。『もし一緒に戦いたいと言うなら、力を示しなさい』と、そう言って戦いを挑みましたわ」
火蓮が提案したルールは、火蓮1人vs花蓮ちゃん先輩を除いた他全員。火蓮側はゴールキーパーも存在せず、常にチームメンバー側のボールからスタートで、火蓮側が3点差をつけないと勝ちにならない。あまりにも無謀なルールだが……火蓮はベンチで見守る花蓮ちゃん先輩の目の前で、軽々と2点差まで追い詰めた。
「数分しか経っていないのに、既に皆満身創痍でしたわ。どれだけ強引に火蓮からボールを奪いに行こうとしても吹き飛ばされて……見ていられなかった」
作戦なんて意味がなかった。奇策も秘策もまるで通じない。
ただただ、定石通りの正しく強いサッカー。それを圧倒的なフィジカルとテクニックでぶつけ、一人一人の技術を、力を、丁寧に否定していく。それはまるで作業だった。
熱なんてなく、ただ機械的に相手の力を判定し「自分たちとともに戦う価値はない」と切り捨てていく。それだけの作業。
唯一、DFであるもみちゃん先輩はギリギリまで食らいついていたらしい。しかし、抜かれるのは時間の問題だった。
いつシュートを撃たれて終わってもおかしくない。そんな状況に、花蓮ちゃん先輩の代わりにゴールキーパーをしていた女の子も、涙ながらに叫ぶしかなかった。
『なんで花蓮と離れないといけないの!?花蓮だって私たちと一緒にサッカーやるのを望んでくれてるじゃない!
「……それを聞いた火蓮の顔は、それまで見たことがないものでしたわ。なんと言えば良いのか……罪人への怒りに燃える
なんとなくだけど、その時の火蓮の気持ちが少しだけわかった。唯一のコンプレックスだったのだ。「花蓮ちゃん先輩と過ごした時間の長さ」で他のメンバーに負けていたことが。
そんな地雷を踏み抜かれた火蓮は……頭に血が上ったのだろう。どんなにサッカーが上手くても、彼女らは小学生だ。一時の怒りで、後のことを考えられなくもなる。
しかし、彼女達がやっているのは超次元サッカーだ。その一時の感情が、洒落にならない結果を産んでしまう。
「火蓮は怒りに満ちた顔のまま──わたくしも見たことのない技を、繰り出そうとしましたわ。おそらくは未知のシュート技……。ゴールキーパーだけでなく、その前にいる紅絹乃も巻き込まれれば、どうなるかわからない。
わたくしは、気付けば走り出していましたわ。グローブもつけないで、紅絹乃の前に」
花蓮ちゃん先輩という守護神が前に立ってくれたおかげで、もみちゃん先輩とゴールキーパーの子は軽傷で済んだ。しかし、花蓮ちゃん先輩は……
「結果、わたくしは腕を骨折し……サッカーを辞めた。火蓮はわたくしたちの前から姿を消し、サッカークラブは解散……。散々ですわね。あの時、火蓮の言葉に乗って移籍していれば、誰も傷付かずに済んだかもしれないのに」
「花蓮ちゃん先輩……」
話し終えると、花蓮ちゃん先輩は私の目を見る。真剣な顔だ。
「これでわたくしの事情は話し終わりましたが……今大事なのは、貴女のチームが今後どうするかでしょう?刃奈。
今までの話を踏まえて忠告いたしますわ。
貴女がチームを想うなら、勝ちに拘って火蓮に挑むのはやめなさい。アレは正しさの極点。『身も蓋もない』という概念の化身。仲間とサッカーを楽しむ、なんて気持ちを持ったまま勝てる相手ではないんですの」
……花蓮ちゃん先輩の話は、これで終わったらしい。「あとは貴女が答えを出すだけですわ」と言わんばかりの顔だが……うーん。
「すいません、花蓮ちゃん先輩。ピンと来ませんでした」
「……はい?」
「いや、火蓮って人がめちゃくちゃすごいのはわかりましたよ?でも、それが何で勝ちに行っちゃダメに繋がるのかよくわかんなくて」
素直にそう言うと、花蓮ちゃん先輩は難しい顔になった。
「……だから、あの子に正面から挑もうとすると最悪チームが壊されてしまうかもしれないと」
「それはちょっと飛躍してませんか?火蓮さん自身はチームを壊そうとなんて思ってなかったんでしょ?単に花蓮ちゃん先輩とサッカーしたかっただけで」
「それは……!」
「あの……いいですか?」
花蓮ちゃん先輩が言い返そうと語気を強めた時、おずおずと手を挙げたのは智ちゃんだった。
「こう言っちゃ何なんですけど……えっと、花蓮ちゃん先輩?と火蓮さん、すれ違ってるだけなんじゃないですか?」
「……『ちゃん』は要りませんわ。あと火蓮とかぶるので、苗字で呼んでもらっていいですわよ。……それで、すれ違っている、ですの?」
聞き返す花蓮ちゃん先輩に、智ちゃんは頷く。
「まず、多聞先輩は、火蓮さんがかつてのチームメンバーを否定したのは何でだと思いますか?」
「それは……強いメンバーでもっとレベルの高いサッカーがしたかったから、ではありませんの?」
花蓮ちゃん先輩のすっとぼけた言葉に、私たちは全員頭を抱えた。
「あのさ花蓮ちゃん先輩……それはちょっとさぁ……」
「カレン……本当にずっとそう思ってたの……?」
「刃奈でももうちょっと乙女心わかりますよ……?」
「何で今私がディスられたの?ねぇなんで?」
「な、なんですの!?わたくし何か間違ったこと言いまして!?」
花蓮ちゃん先輩はわかってない。かつてのメンバーが言った『後から入ってきた』という発言が、火蓮というプレイヤーに……いや女の子に、どれだけの打撃を与えたのか。
「火蓮さんは多分……ただあなたと一緒にサッカーがしたかったんだと思います」
「……なんですって?」
「『このチームはあなたと私に相応しいとは言えない』なんて、ただの言い訳……いえ、そういう思いもあったのかもしれませんが、でもそれは本質じゃない」
「火蓮は、花蓮ちゃん先輩に
推測でしかないが、的を大きく外れてはいないと思う。
「後から入ってきた」という言葉に烈火の如く怒ったのであれば、そこにコンプレックスがあったことはほぼ確実と言って良いだろう。
つまり、火蓮は花蓮ちゃん先輩が大好きだったのだ。大好きで、一緒にもっと楽しいサッカーがしたくて、だから2人だけで移籍しようとした。
……今までの話を聞く限り、火蓮という人はあまりにもサッカーしか知らなさすぎる。サッカーでのプレイと勝利を通じてしか、気持ちを表現する術を知らなかったのではないだろうか。だから、サッカーの中でしか花蓮ちゃん先輩との繋がりを求められなかった。
「そんな……では、火蓮は……」
「勝利にこだわってたって言うより、花蓮ちゃん先輩にこだわってたんじゃないですかね?花蓮ちゃん先輩がチームのみんなと戦うことにこだわってたのと同じで」
結論としては、ここに落ち着く。砥鹿火蓮という女の子が否定したかったのは弱い仲間ではなく、『他のメンバーが自分よりも花蓮ちゃん先輩の深いところに食い込んでいるという事実』。「同じレベルで戦える私とのサッカーよりも、弱いそいつらと一緒にやるサッカーの方が良いの!?」というやつである。
「まあだから、実のところ、花蓮ちゃん先輩が他のメンバーを選んだ時点で火蓮は負けて、他のメンバーが勝ったんですよ。『花蓮ちゃん先輩はもっと実力を活かせるところでサッカーをすべきだ』という尤もらしい言い訳があったにせよ、火蓮がやったことは負けた腹いせにすぎない」
続けて、すーちゃんがダメ押しの一言。
「話を聞いていて、こう言っては失礼かもしれませんが、火蓮さんのやったことは
「子供の……癇癪……」
「だってそうでしょう?あなたが
多聞先輩の怪我には同情しますが、と付け加えられた言葉に、花蓮ちゃん先輩は膝から崩れ落ちそうな勢いだった。
「じゃあ……じゃあわたくしは、あの子の気持ちをわかってあげられていなくて……だからチームを壊してしまった……?」
……花蓮ちゃん先輩は優しい人だ。口では厳しくても、責任感が強くて結局は自分のせいだと思ってしまう。
ここで「あなたのせいじゃない」と慰めるのは簡単だ。でも、そんな言葉がどれだけ響くと言うのだろう。何も知らない私たちが、予想だけで物事を語って、「あなたのせいじゃない」なんて言ったところで気休めにすらならない。
だったら。
「花蓮ちゃん先輩。また火蓮とサッカーしたいですか?」
「……え?」
「楽しくサッカーしてたあの頃に、戻りたいですか?」
花蓮ちゃん先輩はその質問に、押し殺していたものが決壊してしまうかのように、言葉を絞り出した。
「……したいですわ。またあの子と、あの子達と一緒に……サッカーを……」
「まあダメなんですけどね」
梯子を外すかのように言った言葉に、花蓮ちゃん先輩はしばし呆然としたような顔をしていたが、やっと言葉の意味を理解し始めたのか、顔を驚愕に染めていく。
「──────はぁ!?!?あ、貴女、貴女ねぇ!そこは『そう想うなら、今からでもすればいいんですよ!』とかそういう感じのこと言って慰めるところじゃないんですの!?」
「だって、花蓮ちゃん先輩はもう私のものだもん」
暴れたそうにしている花蓮ちゃん先輩の身体を抱きしめてそう言うと、また花蓮ちゃん先輩は黙ってしまった。忙しい人だ。
「…………は、い?」
「だってそうじゃん?花蓮ちゃん先輩は私のチームに入ったんだもん。今更他のチームに送り出すなんてするわけないし。絶対手放さない。絶対離してあげない。
例え、砥鹿火蓮が私たちをボコボコにしても。例え
わたくしにとって、片梨刃奈という存在は何だろうか。
妹分で、後輩で、今ではチームメイト。笑顔が可愛くて、手のかかるやつで、一緒に居たら楽しくて。
わたくしはあの時、あのサッカーチームで、選択を間違えた。きっとあの選択は、みんなを傷付け、そして火蓮とも断絶してしまった、最悪の選択だったのだろう。
言ってしまえば、わたくしはわたくし自身の手で一緒に居たいと想っていた人たちとの縁を切ったのだ。
紅絹乃はわたくしと一緒にいてくれた。だが結局、友達を作るために始めたサッカーで出来た友とは、あれ以来気まずくて連絡をとっていない。
そんなわたくしにとって、『離してあげない』という言葉が、その眼差しが、どれだけ救いだったことか。
「……ほんとに、手放さないでいてくれますの?」
懇願するような声が出た。無意識だった。
「離すわけないじゃないですか」
「わたくし、手を振り払ってしまうかも」
「イヤって言ったって諦めてあげません。花蓮ちゃん先輩のこと、好きなんで」
「……なんですの、それ」
強引な言葉とは裏腹に、優しい顔。釣られてわたくしも、笑顔になってしまう。頬に暖かい何かが伝う感触。
「強引ですのね」
「強引なのはイヤ?」
「イヤって言ってもやめてくれないんでしょう?」
「だって花蓮ちゃん先輩、強引にされるの好きでしょ?」
そんな破廉恥な……とは、言えなかった。刃奈に強引にされるのを想像すると、それも悪くないかも、と想ってしまう。
「否定しないんだ?」
「……いけず」
「花蓮ちゃん先輩、やっぱりイジワルされるの好きでしょ」
そう言って、刃奈の顔が近づいてくる。この後のことを想像して、咄嗟に目を閉じた。……しかし、いつまで待ってもその感触は感じられない。
疑問に思って目を開けると、いじわるな顔をした刃奈がニヤニヤと私の顔を見ていた。
「花蓮ちゃん先輩のキス顔か〜わいっ♡」
「〜〜〜〜っ!!いじわる!!いじわるぅ!!」
「だって可愛すぎるんですもん〜♡」
これでは、本気になっていたわたくしがバカみたいだ。恥ずかしい。悔しい。情けない。……つらい。涙がポロポロ溢れてくる。
「刃奈……刃奈のばかぁ……」
「ちょ、花蓮ちゃん先輩?」
「だって……わたくしてっきり、刃奈とキスするものだと……」
「そ、そんなにしたかったんですか?」
したかったというか、迫られたらそうなるのが自然だと思っていたというか。乙女の純情を弄ばれた、傷付けられたという悔しさが、わたくしの中にはあった。
……それが、妹分に向けるものとしては不適切なものだとは、その時のわたくしには思えなかった。
「……仕方ないなぁ」
刃奈はそう言って、わたくしの両頬に手を添える。
優しい顔。でも口は弧を描いて、愉悦に満ちているのがわかる。
……どんなことをされてしまうのだろう。顔を掴まれている以上、逃げることはできない。強引なそれに、わたくしの胸は拍動を上げた。
「花蓮ちゃん先輩。女の子同士のキスのやり方、教えてあげますね」
「お、女の子同士の……?」
「はい♡女の子同士でキスする時はですね……目をちゃんと開けて、相手の目を見ながらするんですよ」
そのまま、再度刃奈の顔が近付いてくる。思わず目を瞑りそうになるが、それを刃奈が制した。
「ほら、ちゃんと目を開けてください?私の顔、見えますか?」
「み、見えます……」
「私がまたさっきみたいに先輩にいじわるしないか、ちゃんと見てなきゃ、ね?私の目だけ見ててください。目以外のところも見ちゃダメです」
刃奈の瞳。澄んだ青色はとても綺麗で、そのまま宝石にでもできてしまいそうだ。その刃奈の瞳が、私の目をまっすぐと見てくる。
「花蓮ちゃん先輩の目、とっても綺麗です……♡」
「刃奈……」
「シてる最中も目を逸らしちゃダメですよ?私のことだけ見て、私のことだけ考えてください。私も……花蓮ちゃん先輩のことだけ、考えてますから♡」
その後のことは、あまり覚えていない。気付けば、隣でほぼ裸の刃奈が寝ていた。
何をしたのかはぼんやりとしか覚えていなかったが、わたくしの中で刃奈という存在が今までとは全く違う大きさまで育っていたのは確かだった。あの刃奈と2人だけの時間の間、ただひたすらに刃奈のことを考えていた。刃奈の瞳しか見られず、刃奈の匂いしかわからず、刃奈の味しか感じられず、刃奈という存在を徹底的に身体に刻み付けられた。それだけは、イヤでもわかった。
いつの間にか、チームの方針も固まっていた。鈴林さんの話に乗って、火蓮を含むチームに勝つつもりで行くらしい。刃奈が決めたことなら仕方ないが、全く無謀なことだ。
わたくしもその話に同意した、と言われたが、もちろんそんな覚えはない。「なんか幸福感で頭ぶっ壊れたみたいな顔してうんうん頷いてましたよ」などと言っていたが、それは本当にわたくしの意思なのだろうか。
あと、そんなことになる前に紅絹乃と後輩2人──利根川さんと乙女乃さん──が止めてくれなかったのだろうか、と思っていたが、どうも刃奈がわたくしに抱きつき始めた辺りで何をするのか大体察し始めて、3人で別の部屋でおやつを食べていたらしい。刃奈にめちゃくちゃにされるわたくしを放置して。
こんなことになった原因をじろりと見ると、スヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てている。全く腹が立つものだ。
同じ布団に入って、同じ毛布をかける。刃奈の柔肌が、目の前にある。
……本当に腹が立つ。腹が立つことだが……刃奈を抱きしめると、すごく安心した。刃奈がいると、拍動が落ち着く。刃奈の匂いを嗅ぐと、心が穏やかになる。刃奈の体温が愛おしくて、暖かくて、嬉しい。
穏やかな寝顔を撫でる。可愛い可愛い後輩で、妹分。でも、今はそれだけじゃない気がする。
刃奈は、わたくしを離さないと言ってくれた。きっとそれは、わたくしがまた失敗してしまうかもしれない、という恐怖を抱えていたことを見抜いて言ってくれたのだろう。
でも、わたくしだって今度こそ、この手を離したくない。
刃奈がこの手を振り払おうとも、絶対に見捨てない。貴女がわたくしにそう言ってくれたように、わたくしだって──
「貴女のこと、離してあげませんわよ?刃奈」
・「女の子同士のキスのやり方〜」:大嘘。目を瞑って相手の感触に夢中になる百合キスもいいと思います。