デビルサマナー:おじさんハッカーズ   作:葛葉狐

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海天楼

 

* * *

 

 ふわふわセーターにロングスカート……およそ戦場に似つかわしくない格好の女が、漆黒の長髪を揺らし石の扉を潜ってゆく。

 歩み寄る先には石の祭壇。棺でもあるそれからは、すでに目覚めた神が身を起こし、無礼な侵入者を睥睨している。

 一切の躊躇なく、女は間合いへ踏み込んだ。

 刹那。神、アプスーがその両拳を振り上げるよりも早くーー

 女は両手を広げ、短く宣告する。

 

「ーーTetra-karn」

 

 一拍遅れて女へ殺到した暴力が、すべて跳ね返され、アプスー自身を傷つける。

 異形に驚愕の表情らしきものを浮かべるアプスー目がけ。

 俺たちもおのおのの得物を手に、部屋へ飛び込んでゆく。

 

* * *

 

 アプスーとの戦いはこちらの完封勝利に終わった。

 そりゃそうだ。物理攻撃しかしてこないとわかってる相手に、毎ターン頭でテトラカーン張り続けていればそりゃ、相手だって手も足も出るはずがない。

 反鏡術……テトラカーンも使えて当然だ。

 だってあいつは。早々にあの狭い島を飛び出した俺とは違い、一族の伝承を学んでいたのだから。

 完封の立役者。先手を取り続け、テトラカーンを唱え続けたのは……造魔ツクヨ。

 亡き妻に生き写しの。亡き妻の名を冠するーー造り物の悪魔。

 墓室に佇むその姿は、生前の妻にしか見えない。

 

「ネミッサ。……これはどういうことだ」

 

 GUMPより造魔として飛び出してきたらしい「それ」はしかし、まるでネミッサのような口を利いた。

 俺はネミッサへ説明を求める。

 

「……なによ。ずっと悲しんでると思ったから、連れてきて定着させてあげたのに」

 

 不満げに口を尖らせるネミッサの説明によるとーー

 ネミッサの見解と同様に。ベス、プッツ、リャナンシー。旧知の仲魔たちはみな、俺が家族を失って自暴自棄になり、深く悲しんでいると言ったらしい。

 そこでーー心残りでもあったか、落命した後もずっと現世へ留まっていたらしい妻の魂を確保し。

 造魔合体にはドリー・カドモンと仲魔達すべてを素材として合成し、ベースとなる造魔の素体を作り上げた上で。

 亡き妻の魂を強引にそこへ宿らせ、肉体を再獲得させる事で、死からの疑似的な復活を果たさせた。

 ただしその魂の定着には、ネミッサが融合していることが必要不可欠だった。

 加えて、造魔の肉体こそきちんと魂をトレースして妻の似姿にはなったものの、魂の定着は未だ不安定だし、それに妻の人格も戻っていないらしい。

 すべて。悪魔たちが俺に良かれと思い、やった事である。

 聞き終えて最初に口から飛び出したのはーー感謝ではなく。

 後悔だった。

 

「……なんて事を。してくれたんだ……」

 

 ネミッサ。仲魔たち。それに協力しただろうヴィクトル。

 怒りはない。

 仲魔たちはみな善意で、己が身さえも捧げてくれたのだ。

 だがーー

 

「……これ以上あいつを巻き込むつもりは無かった……」

 

 魂の最期の記憶。

 ある日突然サマナーに惨たらしく殺される記憶が刻まれたこの現世へ、妻の魂を繋ぎ止めてしまった。

 恐怖の中でかき消えただろう人格が戻るかなんてわからないしーー何より。造魔の……悪魔としての命を、与えてしまった。

 ファントムに妻の復讐を果たしたら。

 あとは俺は、後を追うだけでよかった。

 妻の待つ処へ行くだけでよかったのにーー

 

「……死ねなくなった、な……」

 

 妻の形をした造魔の髪を撫で、つぶやく俺に。

 眼前で俺を見上げるネミッサは、我が意を得たり、みたいな笑みを浮かべる。すでに失われた妻の顔で。

 その笑みは仲魔たちすべての統一意見なのかも知れなかった。

 周囲に恵まれている、と言うべきなのだろう。

 黒帽子を深く被り、顔色を隠す俺にーー

 ーーまだその表情を窺うことができる真横から。

 ナオミが、見ている。

 

 目を大きく見開くナオミはきっと許さないだろう。

 俺が逃げることを。

 俺が逃亡を考えていたことを。

 俺が早く楽になろうとしていたことを。

 復讐の炎に自らをくべ、相手を巻き込み自爆して、さっさと片をつけようとしていたことを。

 いつ果てるとも知らぬ復讐完遂のため、終わりも見えぬ自己強化を繰り返し、苦難にのたうち回る。そんな馬鹿馬鹿しい道から賢く降りてゆくことを。

 ナオミのひとり辿った長い道を歩み返さない事を。

 所詮他人事と。アイツもよく続けるなと。不器用なんだなと。復讐なんて無益だろと。そんなもの忘れて好きに生きたらいいのにと。そう傍観していた連中の一人が自分と同じ道へ落とされながら、自分と同じ目に遭うのを拒否する事を。

 

 俺は持ち上げた黒髪をさらさらとこぼす。

 妻の似姿を象った悪魔をこの手に感じ。

 ようやくわかった。

 大切なものが失われた、その後で。

 失われたものの大切さを正確に表現する方法は……復讐しかないのだ。

 

「っ、そろそろ固定化も限界ね。一旦COMPへ戻るわ」

 

 安定しない魂の定着のため。ネミッサはーー造魔ツクヨは、実体化を解除しGUMPへ戻った。

 召喚光の欠片が散らばり、妻の微笑みはかき消えた。

 

「……。」

 

 俺は掌から去った妻の髪の感触を思い返していた。

 

* * *

 

 海沿いの空は赤から黒へのグラデーションと化している。

 時刻は既に夕を過ぎ、夜の手前。仕事を終え、二上門地下から出た俺たちは。拾得品の分配も済ませ、ナオミからの報酬受け取りも済ませて、二上門から芝浜へ歩いていた。

 やがて一行が足を停めたのは、格子窓より漏れ出す照明に浮き上がる、巨大な楼閣のごとき中華料理店前。

 正面入り口上、巨大な表額には「海天楼」とある。

 どうやらここで報酬の一部、すなわち中華料理食べ放題を提供してくれるつもりらしい。

 

「……高そうな店だが。大丈夫なのか……?」

「ふふ。支払いは安心していいわ。

 それにサマナー三人で町中華やファミレス中華へ繰り出すワケにもいかないでしょう」

 

 確かにこの三人でバーミヤンに居たら目立ち過ぎるな……。

 俺は町中華結構好きなんだが、と、同意しそうな男のフィネガンを見ると、さっさと店内に入ってゆく。

 どうやら俺以外の二人は来慣れた店らしい。

 俺も帽子を押さえついてゆく。

 よほど特別な客なのか。店員も万事弁えている様子で、ナオミの顔を見るや、最上階一番奥の特別室へと案内する。

 案内された部屋はーー天井が青く塗られ、また中央の回転テーブルより望む、部屋奥一面のガラス張りからは……遠く海が広がり、また天海市の夜景と空の銀河が対になるように光の川を描いている。意図的に抑えられた室内燈の妙だ。

 「海天楼」の店名に相応しい、よい店だ。

 

「……いい趣味だ」

 

 窓の外から顔を戻すと、すでに着席していたナオミは微笑んだ。

 俺たちにメニューを渡してくる。

 

「さあ、どれでも好きなものを頼んじゃって?

 ーーあ、私はマンゴープリンと杏仁豆腐で」

「……北京ダックを五人前」

「お前ら初手からそれかよ! もっと店に敬意を表して、まずは中華の基本、ラーメンやチャーハンやら頼まないのかよ!」

「「中華は脂が重くて」」

「おい失礼だろうが……。

 じゃあーー湯麺、炒飯、餃子、回鍋肉、麻婆豆腐で」

 

 注文を受け取った店員は、まるで「素人が」と言わんばかりの眼差しを俺に注いで消えた。俺一人に。

 え、何……? 俺が悪いの……?

 ナオミがくすくすと笑っている。

 

「前も言ったけどーーフリーのサマナーはね。

 もっと自由にしていいのよ?」

「……だいたいお前の頼んだメニューとやらも。全部、町中華の定番だろうが。このような大店には逆に失礼だろう?」

「高級店で北京ダックだけドカ食いする奴に言われたくない……」

 

 おのおの、自由な食事を楽しんでゆく。

 ナオミはこの店のデザート類がいたく気に入っているらしく、この女デザートしか頼まない。オーナーになりたいって言っていたのもこの店の事だろうか。太るぞ、と思いつつ胡麻団子を眺めていたら実にいい笑顔を浮かべて殺気を返された。

 フィネガンは黙々と北京ダックとキュウリを皮に巻き続け、黒胡麻ソースにつけて食べている。元ボクサーらしい食の嗜好なのかもしれない。淡々と作業しながら食えるのが寡黙な性格に合っているのかも知れない。カニとかも好きそうだ。

 一方、俺は押し寄せる脂の前に敗北せんとしていた。若い頃好きだったものを頼むと改めて歳を実感する。体育会系部活男子高校生みたいな注文するんじゃなかった。

 その時、特別室の扉がノックされた。

 

「ーーお連れ様が到着されました」

 

 お連れ様?

 俺は室内を見回した。欠けている人間はいない。

 そういえばナオミはーー地下から出た直後、何処かへと電話していた。

 後から合流するメンバーが居たのだろうか。

 

「さて……お財布の到着よ?

 みな、失礼のないようにね?」

 

 支払い担当かよ。

 ナオミは失礼極まりないことを言って、なぜか俺に向け片目を瞑る。

 フィネガンが口元を拭き居住まいを正す。

 もしや、これは……。

 

「……失礼。会議で遅くなった。

 まずは業務完遂ご苦労、ナオミくん。

 しかしーーこちらも予期せぬ連れが、それも二人ほど。

 同席して、いるようだが……?」

 

 部屋に入るや。じろりと、俺とフィネガンに視線を向けてくるその男はーー

 一分の隙もないスーツ姿に、官僚的な風貌ーー

 

「……西……!!」

 

 

 

 

 

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