デビルサマナー:おじさんハッカーズ   作:葛葉狐

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対人式ペルソナァァァ(VSフィネガン)

 

「ーーナオミくん。

 これはどういうことかね?」

 

 西の立場からしてみれば。ナオミが仕事完了報告を装って自分を招き出し、ファントムの裏切り者たちに襲わせようとしているように見えるだろう。

 

「ナオミ……これは何の真似だ」

 

 そしてもちろんーー俺の立場からしても。ナオミが俺の妻の仇であるファントム、その幹部といきなり対面させに来たように見える。

 それもーー恐らくは直接、抹殺の指示を出しただろう、西と。

 俺は後ろ手にGUMPを握る。

 とーー不意に、ナオミがパンパンと両手を打ち鳴らした。

 

「……はいはい。

 ちゃんと説明しますからーーどちらも落ち着いてくださる?」

 

 着席を促され。西は一番出口に近い席に腰掛ける。

 

「まずーーミスター西。

 ご紹介の必要は無いと思いますが……

 今回の仕事は、この二人の活躍があってはじめて成し遂げられました。

 わたし一人では、ご指定の御座ひとつを空けるのも難しかったでしょう」

 

 ナオミは俺たち二人を手のひらで示し、そして過剰に持ち上げてくる。

 別に俺たちが居なくともナオミは仕事を完遂しただろう。

 おそらく仕事を振った当人なのだろう西も同じことを思うのか、首を傾げている。

 

「……本当にそうかね? まあいい。

 ではーー御座には無事に空きができたのかね?

 どちらだ?」

「両方ともです」

「両方……」

 

 あ。西がうなだれている。

 やっぱり両方ぶち殺しておいて正解だったな。

 俺的には。

 

「……。きみの力を見くびっていたようだ。

 あらかじめ。両方は倒すな、と伝えておくべきだったな……」

「わたしではなく、この二人の力です」

 

 あくまでも俺たちを持ち上げるナオミ。

 

「ーーそれで? ファントムの仕事に協力したんだから、抹殺指令を取り消せ……とでも言うのかね?」

 

 さすがに話が早く、西は先回りしてきた。

 訊いているのはーー俺たちに対してである。

 発言の機をずっと窺っていたか、フィネガンが口火を切る。

 

「ーーいえ、次官。

 私としては、組織へ敵対の意思がない事をご理解頂けますならば。

 今この瞬間にでも。帰参いたしたく思います」

 

 ナオミが前に言っていた「ファントムへの取りなし」とは、どうやらこの機会の事だったらしい。

 フィネガンの返答を聞き、西は鼻を鳴らす。

 

「フン。模範的な回答だな。まさに私の知るフィネガンそのものだ。

 そうだな。これまで従順だったお前が、叛乱など考えるはずもない。

 だろう? フィネガン」

 

 頷くフィネガンに、西は自身の爪へと視線を落とす。

 

「……部下からの報告では。

 裏切り者の粛清に向かったフィネガンは、ウラベの奥の手ーー『オカマ魔法』を受け、オカマに変えられた上に寝返らされた。そう聞いていたのだがな?」

「んな魔法あるか!」「クッ……!」「、っ……!」

 

 突っ込む俺。屈辱に震えるフィネガン。必死に笑いを堪えるナオミ。

 

「なるほど……。

 誤った報告を上げたキャロルJには罰を与えるとしよう」

 

 あ。全然悪くないキャロルJに流れ弾が。

 まあファントムってもともと理不尽な組織だしな!神社界と同じで(以下略)

 

「ーーでは、お前は二度と裏切らない。

 オカマにもならない。

 そういう事でいいんだな? フィネガン」

 

 まず質問がおかしいが、これは忠誠の儀式だ。

 試されているとわかっているフィネガンは、一諾を返す。

 

「もちろんです。……いえ、

 これまで私は一度もーーファントムを裏切った事などありません」

 

 過去の行動に矛盾する答えを、フィネガンは口にした。

 それは、己の意志に反し操られていた、という告白に他ならない。

 フィネガンの強さへの信用は落ちるが……少なくとも裏切り者のレッテルは剥がす事ができる。

 

「わかった。お前への処分は、追って通達する。

 フィネガンはそれでいいとしてもーー

 しかしお前は違うな? ウラベ」

 

 視線を転じたフィネガンは、尊大な目つきを侮蔑の笑みへと変える。

 

「私にあれだけの啖呵を切って離反し。

 見せしめに身内まで殺されておきながら。

 ーーよもや。再びファントムへ膝をつく、とでも言うつもりか?」

 

 脳裏に蘇るのは真紅の絨毯。

 永遠の愛を誓い、そして永遠に愛が失われた場所。

 

「そら。土下座して謝罪してはどうだ?

 みっともなく命乞いをしてはどうだ?

 ファントムに逆らってすいませんでした、もう二度と逆らいません、とな」

 

 西の眼は恩を忘れた飼い犬に対するそれだ。

 こめかみが割れそうな程の怒りに視界が狭まる。

 俺はGUMPの引き金へ指をかけた。

 

「ーー待ってくださいミスター西。

 経緯はどうあれ、今回このウラベがファントムの役に立ったのは事実です」

 

 制止の声を上げるナオミ。

 

「組織と袂を分かったにしても、こうしてフリーサマナーとして役立つ事はできます。

 わたくしの預かり者としてーーここは胸ひとつに。収めて頂けませんでしょうか?」

 

 意外ーーとも言える提案に、俺も西もそろってナオミの顔を見つめる。

 ナオミの提案は、ファントム寄りのフリーサマナーである自分が脱走者の俺の身柄を預かることで、粛清を沙汰止みにさせようというものだ。

 少し毒気を削がれたような西だったが、その面に残るのは冷酷な計算である。

 視線を向ける俺にーーナオミは何か物言いたげな瞳を向けてきた。

 

(ーー “ここは抑えろ”、か)

 

 復讐を諦めろと言っているのではない。

 敵の軍門に屈しろと言っているのでもない。

 ナオミはただ、時が来るのを待て、と言っているだけだ。

 

(ーーレイ・レイホゥ。……そうか)

 

 俺はナオミの仇である麗 鈴舫の事を思い出していた。

 三年前の平崎事変を通じ、かなり強くなったらしいレイではあるが。

 既にこれだけ強いナオミがまっすぐ仇討ちに行かないのは、レイが葛葉という組織に所属しているからだろう。

 仮にレイを仕留めても。葛葉やヤタガラスといった組織から的にかけられれば、ナオミとて無事ではすまない筈だ。

 そもそも組織のバックアップがある相手に単身挑んだところで、フェアなタイマンになるかさえ怪しい。

 冷静に勝機を窺うなら。たとえどれだけ強くとも、迂闊にレイを襲いにはゆけないのだ。

 だからこそ。ナオミは葛葉に敵対するファントムの仕事を受け、レイと「仕事で」ぶつかる機会を待ち受けているのだろう。

 そもそも。レイがナオミの師や兄弟子を斃したのも、私怨ではなく、任務の中での話だったらしい。

 

(ここは退きなさいーー大切なものがあるのでしょう?)

 

 ナオミの瞳に宿る光は、俺にーー復讐に時間をかけろ、と言っている。

 何かに時間をかけるのは、もっとも洗練された形での復讐である……とは、村上春樹の言葉だったか。

 そして同時にーー取り戻してしまった。大切なものの存在を、俺に思い起こさせる。

 つい先刻までの俺ならば……ためらいなくここでGUMPを抜いていた。

 そして感情のまま勝機なき戦いへ挑み、復讐かなわず討ち果たされていただろう。

 それでも悔いはなかった。死は敗北だが、大切な人の元へ行ける安らぎでもあったのだ。

 だが今は違う。もうーーそれはできない。

 

(……月世)

 

 俺の事を思いやる仲魔からの、心からの贈り物。

 死んだ妻の魂を縛り付けた、つくりものの悪魔の身体。

 造魔ツクヨ。

 

(もはや俺はーー死ぬわけにはいかない)

 

 仲魔たちの優しさを残酷と評するのは、余りにも我儘過ぎるだろう。

 そもそも悪魔に人の心の複雑な機微までは解るまい。

 それに。死んだ人間にできる事など、そもそもないのが普通なのだ。

 再び顔を合わせることが出来ただけでもーー僥倖と言える。

 

(……だが、……)

 

「……悪いな、ナオミ。

 せっかくの仲介申し出だが。

 その提案はーー受けられない」

「ちょっと、ウラベ!?」

 

 ああもう、と言った様子でナオミが頭に手を当てる。

 俺はまっすぐ顔を向け、正面から西という男を見る。

 妻を殺す指令を直接下しただろう敵を前にーー退く選択など。

 あるはずがなかった。

 

「ーー西。奪われた家族の仇だ。お前を、殺す」

「フン……そう来なくてはな」

 

 その、静かとも言える口調で成された俺の宣告に。

 頭に来てるのはお前だけじゃないと言わんばかりに。

 西は掬い上げるような目つきを返す。

 そのまま隣席のフィネガンへ視線を移しーー事も無げに命ずる。

 

「フィネガン。……この裏切者を殺せ。

 そうすればお前の組織への帰参、認めてやろう」

「ーーは」

 

 フィネガンは感情の籠らぬ声で一諾を返すと。

 席を立ち、回転テーブルと窓との間ーー広く取られた展望スペースへ歩を進めた。

 

「ちょっと! この店で荒事はーー」

「ーーこうすれば問題あるまい」

 

 咎めるナオミに、西はぱちんと指を鳴らした。

 途端ーー部屋の内装が不可思議な紋様に覆われる。

 「異界化」だ。もはやこの部屋に何者も入っては来れず、またこの中で起きた何事も外界に影響をもたらさない。

 

「……」

 

 フィネガンの唇が笑みを刻んだ。

 機会を待つというならば。フィネガンこそーーこの機を待っていたと言えるだろう。

 歪んだ壁を背負うフィネガンは……待ち受けるように拳を構えた。

 徒手空拳ながら、サングラスの奥の眼は射貫くように俺を捉えている。

 

「使え」

 

 テーブルの向こうから、西が何かを放った。

 フィネガンはそれを受け止めると、拳に嵌めて握り具合を確かめている。

 

「周到なお前が用意していた、COMPの予備だ。

 元々は……こいつで直々にお前を殴り殺してやろうと。持っておいたのだがな」

 

 フィネガンはそのメリケンサック型COMPを操り、五匹の悪魔を喚び出した。

 たとえ予備のCOMPであったとしても、悪魔まできっちりストックしておいたらしい。

 油断のないフィネガンらしい。

 

「抜けーーウラベ」

 

 錆び声での求めに応じて。俺も席を立つ。

 腰の後ろからGUMPを引き抜き、フィネガンの正面へ立つ。

 帽子を押さえ、引き金を引くーー

 

「Summon:Tsukuyo」

 

 俺はCOMPに残る唯一の仲魔……造魔を召喚した。

 セーターにスカート、長い黒髪ーー普通の女にしか見えぬ造魔が、また戦場に立つ。

 

「「……」」

 

 フィネガンの仲魔は五体だが、予備COMPのストック悪魔らしくそのレベルはみな低めであった。

 俺の仲魔は一体きりだが。石扉をぶち破って三人を引きずり出す膂力。生前に修めた反鏡術。それに、アプスー相手に先手を取り続けた俊敏さ……と、能力は十分すぎるくらい優越しているはずだ。

 これで条件は五分。フィネガンも全力を出せる準備が整った。

 いざ尋常にーー悪魔召喚戦闘、という訳だ。

 俺たちの間に。不可視の、火薬めいた空気が充満してゆく。

 ナオミは固唾を飲んで、回転テーブルよりそれを見守っている。

 沈黙ーーほぼ同時に、俺とフィネガンは腕を振り上げた。

 

「Si-kyou」「Tetra-karn」

 

 先手を取ったのは俺たちだった。

 敵悪魔の数体が鏡に変じ、そして俺たちの眼前には不可視の物理障壁が立てられる。

 格闘技を主体とするフィネガンには有用なはずだ。

 行動が出遅れながらもーーフィネガンがにやりと笑うのが見えた。

 

「造魔、焼却……!」

 

 振り上げた拳にはグレネードめいたものが握られていて、それがツクヨの眼前の床へ叩きつけられる。

 噴き出した白い炎が、まるで津波のようにツクヨを襲う。

 

「!!……」

 

 そのまま一言も発せずーーツクヨは即座に召喚を解除された。

 GUMPのモニタからストック内を確認すると、既に戦闘不能状態となっている。

 

「くそ……対造魔兵器か!!」

 

 俺は笑うフィネガンを見た。

 こいつ……。

 俺と同じく、ファントムで開発されている造魔をぜんぜん使わない、とは思っていたが……。

 造魔の運用方法ではなくて、造魔の倒し方にこそ備えていやがったのか……!

 どっちがバトルジャンキーだよ……!

 

「さてーー頼みの仲魔は居なくなったな。ウラベ。

 思い出したが、お前には随分とでかい貸しがあった。

 安心しろ……じわじわとなぶり殺しにしてやる……」

 

 それのどこに安心する要素があるんだよ。

 召喚士の命令に従い、フィネガンの仲魔たちがじりじりと近づいてくる。

 とはいえーー仲魔が全ていなくなったところで、戦いようはいくらでもある。

 

(まさか……一撃で沈められるとはね)

 

 帽子を直す俺にーーネミッサが話しかけてきた。

 造魔の肉体がやられただけで、それを安定させていたネミッサ自身は無事らしい。

 GUMPの中から話しかけているようだ。

 

(……大丈夫なのか)

(ああ。月世さんの魂なら無事よ? GUMPの中に居る限り、どこへも行かない。

 それよりーー結構なピンチじゃない?)

 

 鬼気迫る表情のナオミと、ニヤついている西。

 ギャラリーの様子だけ見れば、そう見えるかもしれない。

 

(いや? そうでもないが)

(あっそ。でも、楽に勝てる方法があるんだけどーー聞く?)

(なんだそれは……)

(まずその、GUMPを正面に構えてーー)

(ーーこうか?)

(そうそう。でーー引き金を引く!)

(引いたって何も出ないだろうが……)

 

 今の俺のGUMPのストックに居るのは造魔ツクヨ、一体きりだ。それも戦闘不能である。

 GUMPの引き金を引いたところで何も召喚されるはずはなかったがーー

 

「あ」

 

 GUMPからは勢いよく、銀の光球が射出された。

 というか見覚えがある。

 あれは確かーーネミッサである。

 

「!あああウラベお前はまたしてもっ!」

 

 前衛の敵悪魔を難なくすり抜けた光球は。何やら喚き散らすフィネガンへーーまたしても命中した。

 

「うがああああああッ!?!?」

 

 真上を向き、がくがくと全身を痙攣させるフィネガン。

 またしてもバチバチと砕け散らばる魔除けのタリスマン。前回よりもよほど数が多い。

 フィネガンなりに対策したつもりだったのかも知れないが……どうやらアレに魔除けは無効らしい。

 

「えっ……今の、何……?」

「おいどうしたーーフィネガン?」

 

 ギャラリー達は当然だが初見のため、初見らしく戸惑っている。

 全く気にしていなかったがーーそういえば髪の色が元に戻っていたフィネガンは、またしても銀髪へと変じている。

 銀光の直撃を受けて真上を向いていた顔が、ぐりんと戻る。

 その顔は満面の笑みを浮かべている。

 

「お・ま・た・せ♪」

 

 渋い低音でそう呟くと。

 振り返っていたフィネガンの仲魔たちが、次々と姿を消滅させてゆく。

 きっと魂の再融合やら何やらで召喚が維持できなくなり、COMPへと戻ったのだろう。

 マグネタイト片の乱舞を桜吹雪のように背負い、フィネガンーーネミッサは掌へ炎を生み、呟く。

 

「ーーAgi」

「ぐああああっ!?!?」

 

 飛んでいった火の球がテーブルに座る男を直撃し、西は炎の中でネクタイをむしり取って悶えた。

 ようやくに炎を振り払い、物凄い目つきでフィネガンとーーそして俺を睨む。

 

「ウラベ貴様、何をした!? 覚えておけ、ただでは置かんぞっ!

 ……フィネガンっ! 二度も私を裏切った事、忘れるなっ!」

 

 そのまま飛び退りーー壁の模様に溶けるように消えてゆく。

 おそらくは異界化を解除して逃げ去ったのだろう。

 想像通り。程なく異界化が解け、元の特別室の内装が戻ってくる。

 ネミッサは後ろ手を組み、壮年男性フェイスに笑みを浮かべて得意気である。

 多分だが……これまで魂を融合させていた相手と再度融合させるのは、きっとそう難しくないんだろう。

 西があっさり逃げたのもーー俺が何をしたのか、まるでわからなかったからだろう。

 まあ俺にもわからなかったんだが。 

 

「ね? 言った通り、楽に勝てたでしょ?」

「勝ちというのか? 今のを……」

 

 確かにフィネガンは降したし西は逃げたし、状況的にこちらの勝ちと言えば勝ちなんだろうが……。

 ネミッサに乗っ取られてるから表に出てこれないんだろうけど、フィネガン絶対すごく怒ってるだろうなぁ。

 ファントムへの帰参の機会を潰した上に、肝心なところで裏切るシーンをばっちり見られた。

 テーブルのナオミがうーん、と伸びをした。

 

「あーあー……これから貴方達、大変よ?」

 

 まあ私もだけど……、と言うナオミに俺は頭を下げるしかない。

 不貞腐れたようにオーギョーチをやけ食いしながら、丸テーブルに行儀悪く頬杖をつくナオミは。

 改めてフィネガンーーネミッサをしげしげと眺め、きらりと目を輝かせる。

 

「それにしても……とんでもない切り札を隠し持っていたものね?」

 

 ん? このネミッサの事、だろうか?

 

「違うわよ。貴方がたった今使ってみせたでしょう?

 そのーーオカマ魔法!」

 

 ……オカマ魔法じゃないから。

 

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