デビルサマナー:おじさんハッカーズ   作:葛葉狐

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お古井戸フォーラム(ネミッサの真実)

 

 いずこかへと消えてしまったムーウィス。

 解放されたキャロルJは、どこかすがすがしい顔で俺たちを見やる。

 

「いや負けたぜ……。完敗だ……。

 星座博士たる俺の星座知識をもってしても。お前らには叶わなかったぜ……」

 

 だから何で星座知識を戦力にカウントしようとするんだお前らは。

 

「ファントムの命令は遂行不能だ……。

 となれば俺のサマナー☆ロックスターの夢も終わりだな……。

 街の片隅で、弾き語りでもして暮らすさ……」

 

 そんな夢あったのかこいつ。

 さわやかに去ろうとするところを呼び止める。

 

「待て。床のコーラを片していけ」

「うっ……」

 

 主任が持ってきた雑巾で、派手に噴き上げ床を汚したコーラを拭いてゆくキャロルJ。

 いやそんな事している場合じゃない。

 ムーウィスだけじゃない、ネミッサまで巻き込まれて消えてしまったのだ。

 プラネタリウムの操作パネルに、まるで吸い込まれていったように見えたが……。

 俺はパネルを調べるが、青い操作画面が光るばかりで特に不審な点はない。

 表示はオンラインを示している。この投影機は、無線接続で常に情報更新し、最新の星空を投影できるタイプらしい。

 RRRRR……

 ーーと。近くの内線が鳴った。

 床のコーラを拭いていた二人が怪訝な表情で凍りつく。

 休館だから館内には俺たちしかいないはずである。ちょっとしたホラーだ。

 とはいえ、俺だけは電話の主の正体に思い至った。

 受話器を取る。

 

「俺だ……桜井か?」

「ああ、うん。監視カメラをジャックしてそこに居るのはわかってたから、掛けてみたんだけどーー」

 

 電話の相手はやはり桜井だった。こいつ何処に居ても内線に掛けてくるな。

 

「うまく説明しづらいんだが……こっちにお連れさんが来てるよ」

「連れ? 何の話だ?」

「自分の代わりに電話して説明しろ、って頼まれたから言ってみるんだけどねーーどうか僕の正気を疑わないで欲しい」

 

 よくわからない事を言って、電話の向こうの桜井は変な前置きをする。

 

「お前が腕利きだってことは承知しているさ。出来のいい頭がなきゃ、そんな真似はできないってって事もな。

 いいから言ってくれーー何だ? そちらで何が起きている?」

「実は……パソコンモニタの画面の向こうから。ネミッサさんが僕に手を振っているんだ」

「ーーなるほど。そうか……」

 

 これはーーアレだな。恥ずかしがり屋で画面の向こうから出てきてくれない、というアレだな。

 俺はつとめて優しい声で答える。

 

「桜井、よく聞いてくれ。お前が電話するべきは俺じゃなくーー病院だ」

「僕の正気は疑わないでくれって言ったよね!?」

「病院でな。ちょっと長椅子に横になって、心が楽になるお薬を飲めばーー」

「……ネミッサさんが言うには。

 ムーウィスとかいう奴に、電話回線からネット空間に連れ込まれたらしいけど」

 

 急に桜井の話の信憑性が増してきた。なんだ。二次元と三次元の区別が付かなくなった話じゃないのか。

 

「ああーーそれなら話が通る。ネミッサは確かにさっき、ムーウィスに襲われそのまま消えた」

「で。そのムーウィスは、どこかへ逃げていったそうなんだけど。

 取り残されたネミッサさんは今は、『パラダイムX』に居るんだって」

「パラダイムX、って……」

 

 パラダイムX。

 さすがに俺も名前は知っている。

 ここ天海市の市民に抽選制でログイン権が与えられている、ネット上の仮想市街の事だ。

 街の名前というより、そこで利用できるサービス全体をも内包したコンテンツ名と言える。

 ネットを利用し本物の街中と同じようなサービスを提供することで、端末の前に居ながらまるで本物の街の中にいるような体験ができると噂の、次世代架空都市である。

 天海市がモデル都市となっている、次世代情報都市計画の要とも言えるコンテンツだ。

 天海市という実在の都市と表裏一体に、架空のパラダイムXという都市があって、住民はどちらにも安らうこともできるーーみたいな感じか。

 現実界と魔界をしばしばねじ曲げて繋げる俺らみたいなサマナーには。割と理解しやすい世界構造と言えるかも知れない。

 

「で? ネミッサは、パラダイムXの中から出られそうにないのか?」

「いや……それはできるって。ただちょっとこっちに来い、って言ってるよ?」

「来い? どういう意味だ?」

 

 人間はモニタの向こうには行けぬと定められている。

 古来より多くの者が。画面の向こうを目指したが。全員……この現実からは逃れ得なかった。

 三次元は二次元の壁を越えられないのだ。

 

「……ネミッサに。人間はーー永久に二次元へは辿り着けないと。教えてやってくれ」

「あれ? もういいわそっち行く、って言って消えたよ?」

 

 行く、とはどういう意味だ。

 俺が疑問を覚える間に、プラネタリウムの操作画面が何やら新しい窓を開く。

 ネットブラウザらしいそのウィンドウには、果たしてーー左下に「パラダイムX」のロゴが躍っている。

 この機器にもパラダイムXへのログイン権があったんだな。近くに説明書きがある。「パラダイムX内の星空データも、この機械の投影と同期しています」。なるほどなあ。

 急に開いたネットブラウザは、パラダイムX内のどこかだろうーー1基の古井戸を映し出している。

 画面内のその古井戸から、ずるり、と誰かが這い出す。

 ずぶ濡れのその人物は。頭を深く垂れ銀髪を垂らして、その表情は窺い知れない。

 反射的に身を引きそうになるがーーあれ。金縛りになってて動けないぞ。

 井戸からごろりと転がり出たずぶ濡れの人物は。

 地面に這いつくばり、じわり、じわりとこちらへ向かって這い寄り。

 やがてーー画面一杯に頭を押し付けると、両腕を画面のこちらへと伸ばしてきた。

 あっさりと画面から手が飛び出て、濡れた両腕に首を鷲掴みにされる。

 

「ーーーうわああああああ!?」

 

 恐怖に悲鳴を上げる俺を、首を掴む両腕は画面に向かって引きずり込まんとしーー

 そしてそのまま。

 ずるりーーと俺の体は画面の中へ引きずり落とされた。

 

「ぐわあああ!?」

 

 古井戸のそばに転がり、自分の首を掴むずぶ濡れの相手を見上げるとーー

 

「ーー何だお前ネミッサかよ!? 毎回ホラー演出やめろよ!?」

 

 ずぶ濡れのネミッサが物凄く可笑しそうに笑っていた。

 つくづくタチの悪い奴である。

 だいたい何で古井戸から出てきたんだよ。普通に出てきて声をかけろよ。

 あと何でひたすら無言でずぶ濡れで画面から腕出してきてしかも人の首両腕で引っ掴んで俺まで画面内に引っ張り込んだんだよ。普通にこっち来いやって言えばいいだろ。

 だがーー

 俺は周囲を見渡した。いかにも作り物らしい、異様に清潔で、不自然にモノのない平地がひたすらに広がっている。

 

「ここは……パラダイムXの『中』なのか。

 ネット世界に入れるなんてーーお前。そんな能力あったんだな?」

 

 それにーー人をネット世界に引き摺り込む能力も。

 地べたに胡座をかき俺が尋ねると、ネミッサは首をかしげた。

 

「いやアタシもぜんぜん知らなかったんだけど」

「知らなかったのかよ」

「記憶喪失なんだから、当然でしょ」

 

 ムーウィスに連れ込まれてはじめてネットダイブできるって知ったのよ、とネミッサは古井戸へ腰掛ける。

 自分の家みたいにくつろぐな。だいたいどこだよここ。

 ネットの理想世界にこんな古井戸不要じゃあないのか。

 

「ここは……ホラー・フォーラムね」

「フォーラム?」

「古今東西のホラー作品について天海市民たちが熱く語り合う場所よ」

「理想世界には不要とされそうな要素が満載だな……」

「あら。ホラー映画におけるもっとも残虐な殺し方を話し合いたい市民だって居るでしょ?」

「そいつは市民権剥奪していいんじゃないか……?」

 

 だいたい、なんでわざわざこんなところを選んで俺を引きずり込んだんだ。

 

「それよりも。ウラベにこっちに来い、って言ったのはね?

 レッドマンがーーお呼びだからよ?」

 

 ネミッサがその名を口にした途端……古井戸の底から。

 なんか、コヨーテの霊みたいなものが浮かび上がってきた。

 獣の目は空中に佇み、揺れながら俺を見つめている。

 

「……。レッドマンーーなのか……?」

 

 色々助けてもらったが、俺はレッドマンの声しか知らない。

 名を問うと、コヨーテは静かに頷いた。

 そして電話口と同じーー低くて渋い声を放つ。

 

「金が出来たならすぐ車を買い戻せ……。連絡ができないだろう……」

「あ」

 

 逃亡中だったせいだが、レッドマンとの連絡はいつも車載電話だった。

 車を質草に取られてしまったので車載電話もずっと使えないままだった。

 レッドマンは業を煮やして、このネット世界でーー直接接触してきたのか。

 

「……すまなかった。そういえば仕事の報告もまだだったな。

 指定通り。ネミッサ・プログラムはアルゴンNSビルから持ち出したんだが……」

 

 俺はフィネガンの姿で古井戸に腰掛ける、ネミッサを指さす。

 

「色々と複雑な事情があってな。ネミッサは、こいつに乗り移っている状態だ。

 こういう形でも納品は構わないか?」

 

 納品、という単語に、ネミッサとコヨーテの眉が等しく寄せられた。

 

「納品って何よ」

「ーーいや、ウラベよ。

 お前にしてもらいたかったのは、私へのネミッサ・プログラムの献納ではない」

 

 コヨーテは色素の薄い、ネミッサの白面銀髪を眺めやる。

 

「ネミッサを。この、死そのものを……

 死を忘れたマニトゥへと。届けてもらいたかったのだ」

「ええ!? アタシが、マニトゥの『死』!?」

 

 叫ぶネミッサ同様に、俺もまた驚きをもって……運ばされた『荷物』を眺めやる。

 俺が盗み出したのは、死。

 マニトゥの死とは。

 

* * *

 

 レッドマンの語るところによるとーー

 

 北米大陸から持ち出すにあたり、データ化され、データ的に切り分けられたマニトゥは……その時点で一旦、『死』とは切り離された。

 なぜならばデータは死なない。偏在的な存在だからだ。

 だがその一方で、データは結局、数値の羅列でしかない。

 この天海市へ運んで。再び祀り。有機体としての肉体を取り戻すならばーー

 その存在はどうしたって、ふたたび時限爆弾のような死を内包せざるを得ない。

 だが一度データ的に切り分けられたことで。

 ネミッサという『死の歌』を抽出することができたらしい。

 

 マニトゥは、ネミッサという『死の歌』を聞くことで、その長すぎる寿命を終え死に至る。

 このネミッサという要素を内包から取り除いてしまえばーーマニトゥは死なない。

 ずっと生き続ける。

 半永久的に生き続け、天海市民のソウルを回収し続け、大いなる存在に捧げ続ける。

 

 ーーファントム上層部はそう考えたらしい。

 

「ウラべ。お前に頼みたいのはーーマニトゥに、ネミッサの死の歌を聴かせることだ」

 

 コヨーテは雲を掴むような仕事を平然と振ってくる。

 だがそれはーー

 

「これより犠牲になるだろう大勢の天海市民のため。

 ……また……

 お前の家族のような犠牲者を。ふたたび出さぬためにも、だ」

 

 そう言われてしまえば、もう俺に否やはあるはずもない。

 

「ーーわかった。

 必ず、成し遂げる……」

 

 俺はGUMPの中で安らかな眠りについているだろう、黒髪の造魔を想った。

 

* * *

 

 ふたたび。

 フィネガンの姿をしたネミッサに首根っこを引っ掴まれーー

 そして俺たちは細かな光の粒子へと姿を変えーー

 光あふれる画面の外へと飛び出してゆく。

 眩しさに目を瞑って開けば……もうそこはいつもの、現実世界。 

 

「うわ! 本当に、画面の向こうと行ったり来たり出来るんだね……!」

 

 端末の前からのけぞり、驚いているのは桜井だ。

 とするとここはスプーキーズのアジト、トレーラー内か。

 ちょうど端末を見ていた桜井の前へと飛び出してしまったらしい。

 桜井はズレた椅子を直しながら、マウスをカチカチと操作している。

 

「……ハッカーとしてはうらやましい限りだが。

 見ててもう、人間を辞めている気がしないでもないかな」

「フッーー違いない」

 

 桜井の率直な感想に、俺は帽子を直して笑った。

 俺たちが飛び出してきた端末画面で作業中だったのか。

 桜井はモニタ上のブラウザを復帰させ、何かを確認している。

 

「ーーところで。ちょうど、監視カメラで追ってたところだったんだけど……」

 

 監視カメラをハッキングして追うからには現実世界の話か。

 

「何かあったのか……?」

「いやーー以前、きみたちと一緒に行動していた女性なんだけど。ナオミという」

「ナオミが、どうした……?」

「ーーつい先ほどから、天海空港で。

 君たち流の、ドンパチを始めたみたいなんだけど。大丈夫かなあ……?」

 

 桜井の示した画面には。空港内の監視カメラらしきものに映るーーナオミと、そして。

 そのナオミと正面から対峙する……これもまた、よく見覚えのある女の姿が映っていた。

 三年ぶりだが、間違えようもない。

 あれはーーレイ・レイホゥ。

 大丈夫じゃない。

 ぜんぜん大丈夫じゃない。

 

「ーーくそ。忙しいなーー!」

 

 俺とネミッサはトレーラーを飛び出し、天海ベイに向けて走り出した。

 

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