デビルサマナー:おじさんハッカーズ   作:葛葉狐

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お前を消す方法(VRパーク・VR美術館・VRホラーハウス)

 

* * *

 

「ーーウグワアアアアアアーー!?」

 

 俺の袈裟斬りに、公園で一番の大木……妖樹オムパロスが悲鳴を上げる。

 ーー俺は非現実の公園で、自然破壊に勤しんでいた。

 ここはパラダイムZ内のVRパーク。ネット内の仮想空間にて公園散策を楽しめるというふれこみの提供サービスであったが、原因不明のトラブルによりメンテナンス中だった。

 というか普通に悪魔が巣食っていた。電脳空間内なのに、である。

 次世代都市開発計画……というかファントムの幹部である西とつながったアルゴン社の提供サービスがこの有様、ということは。

 パラダイムX内のあちこちに悪魔がうろついている可能性が高い。

 いやむしろパラダイムXそのものがーー

 

「ウラべ。あれで良かったの……?」

 

 マグネタイト片の光と化し消えてゆく妖樹オムパロスに背を向けると、ネミッサが話しかけてくる。

 俺は視線も返すことなく、黙って手に入れたアイテムを整理し始める。

 

「……」

 

 ーーあの後。

 息子はようやく再会できた実父である俺の元へ留まることを拒絶し。

 保護されていた葛葉、マダム銀子の庇護のもとへと戻っていった。

 背中で訣別を告げる息子は、もう俺を父と思わない、と伝えているかのようだった。

 幼い息子のその反応を見て、マダムは「ほらね」とだけ言った。

 結局……マダムの予想する結末からは外れなかったということなのだろう。

 俺はマダムに頭を下げ、引き続いての息子の庇護を頼んだ。

 マダムは呆れた顔で、「いいわ。この子ーー怜一朗くんの気が済むまで、ここに置いてあげる」とだけ答えた。

 もう二度と会えないと思っていた息子とようやく再会を果たした、俺であったとしても。

 マダムの俺を見る目は……やがて爆発する爆発物。そこから何ら、変わる事がなかった。

 命を拾っていた息子を見出してもなお、妻の復讐をやめようとしない。自爆的特攻をやめようとしない。

 子に対する責任感の無さ。

 すなわちーー『父親失格』。

 

「…………」

 

 ネミッサの眼前。俺は元の姿を取り戻したVRパーク中央の巨木に背を預け、アイテムを使った。

 どちらもこのパーク内で手に入れたものだ。知恵の香と運の香。

 腕を組み見ているネミッサをよそに、ーー俺の腕の中で身を強張らせた息子を思う。

 

“……!!……”

 

 俺は思う。

 俺の知恵のステータスがたとえ上限40であったとしても……あれ以上の言葉なんてかけられなかっただろう。

 世の理を都合よく捻じ曲げ、自分の好き勝手に命を弄ぶ存在。

 そんなものが悪魔召喚士であっていいはずがない。子の父親であっていいはずがないのだ。

 

 俺は思う。

 世に数多の魔法はあれども。都合のよい納得のみ押し付ける、魔法の言葉なんて存在しない。

 母の死という現実に目を背け、まやかしのみを真実と見据え、そのままずっと生きてゆけるわけじゃない。

 自ら騙されようとしたところで、自分さえ騙しきれはしない。それが人間だ。

 真実から目を背けて生きようともがくのは、真実を自覚していればこそだ。

 つまりそんな虚しい試みは初めから失敗しているのだ。

 

 死に残らないこと。

 そして、生き残ること。

 ーー俺は自分のステータスを見る。

 

:ウラベ LV43

:HP415 MP207

:力11

:知7(9)

:魔3

:耐13

:速26(28)

:運5

:大般若長光

:AKS47

:通常弾99

:ドルフィンヘルム

:マクシミリアン

:ラトルスネーク

:フットエスケープ

 

 俺はため息をついた。自分の生存能力に対してだ。

 ……どんな目に遭っても、何を失おうと、結局俺は生き残ってきた。

 生き残ってしまったからには。生き続ける責任がある。

 そして同時に。

 死んでしまったからには。弔い、その存在をやがて消えるようにしてあげるのが。

 ーー残された生者の務めでもあるのだ。

 

 背を預けた大樹から身を剥がし、正面から俺を見つめるネミッサを見る。

 非難めいた眼差しはーー父親でありながらも幼い息子を手放し、せっかく取り戻した母の温もりからもまた引き剥がし、ただひたすら復讐に邁進して置き去りにすることへの抗議……なんだろう。おそらく。

 だがその母はもう居ない。温もりだって偽物だ。触れれば触れるほど別れが辛くなる。

 というか別れはもうすでに他でもない自分自身が目の当たりにした結末だというのに、偽りの人形を目の前にちらつかせ、息子を騙すことなど許されると言えるのだろうか。

 現実に直面することから、逃がすわけにはいかない。

 それこそーー親のする事じゃない。

 

 悪魔のネミッサにも、母親から引き離された子供をかわいそうと思う気持ちが理解できるのは意外だった。

 が……俺のそんな親心までは理解できないに違いない。

 俺はただ、黙って腕を組んでいた。

 そのときーー大樹の傘から少し外れたあたり。

 公園広場の隅にある電話ボックスから、けたたましい音が鳴り響く。

 

「!?、……何……?」

 

 ネミッサに構わず俺は大股で歩き去り、電話ボックスを押し開けた

 着信のベルを響かせ続けている受話器を手に取る。

 

「誰だーー桜井か?」

『ああ……まさかパラダイムXの中にまで電話が通じるとは思わなかったよ』

 

 ネット内の仮想公園の公衆電話に電話をかけるという離れ業を自分で演じておきながら、電話の向こうの桜井は半信半疑といった様子だ。

 

「どうした?」

『いや……“パラダイムX内の公園に異常を感じる”と言って君たちがそちらに行ってからーーちょっと、トラブルが起きてね』

「トラブル? 何が起きた?」

『……。身内のことで恐縮なんだけどーーうちのメンバーの妹が、突然にね。

 最近市内で多発している“無気力病”に似た症状に陥ってしまったらしくてね……。

 自室を調べたら、モニタにパラダイムXの“VR美術館”が映っていたと言うんだよ』

 

 “無気力病”については桜井や報道から多少耳にしてはいた。

 マニトゥのもたらす廃人化に酷似しているといってもいい。

 ただーーネット経由で廃人化なんて、そんな離れ業が本当にできるのだろうか?

 俺の知るマニトゥによる廃人化は、人体実験に基づく直接の影響によるものだった。

 間接的に影響をもたらし得るのかについては著しく疑問符がついたため、俺は判断を留保していた。

 

『……VRパークが悪魔の巣になっていたのかい? それで閉鎖されていたと?

 じゃあーーVR美術館が似たような事になっていてもおかしくないのか。

 ひょっとして、トモコちゃんはそのせいで……?』

 

 そのメンバーの妹はトモコというらしい。電話口の桜井は考えている様子だったが。

 果たして、ネット越しで悪魔が人間に悪さをできるものだろうか? ましてや廃人化に至る程の?

 悪魔の誘惑に負けて魂を奪われるにしてもーー画面越しではまず無理だろう、と思うのだが……。

 

『こちらでも調べてみたけどーーソースコードに目立った異常は見つからない。ただのネット空間だ。

 済まないが……ネット空間に直接ダイブできる君たちだけが頼りだ。

 VR美術館を調べてみてくれないだろうか?』

 

 ああ。わかった。

 一諾とともに受話器を下ろすと、ついため息が漏れ出す。

 

 ーー俺はお前らのパパじゃない。

 

* * *

 

「え? 誰……あなたたち?」

「おやおや?ーー邪魔が入ったみたいっキュね?」

 

 VR美術館。絵の中に入れるというふれこみの体感型アトラクション風に仕上げた、パラダイムX内の提供サービスの一つだ。

 その中の……アクアドルフィンという絵に、探していたトモコは居た。

 水色の誰もいない大海原の楽園にて、天使の光輪を宿したイルカと二人きり、遊ぶ少女。

 この少女にとってのネバーランドというわけか、と俺は帽子を直した。

 

 そしてこのイルカにはーーどことなく見覚えがある。

 文章入力ソフトを利用中に急に画面に出てきてずっと居座ることで有名なやつだ。

 おおかた、そのまま画面上で悪魔の誘惑でもされて、魂を画面内に引っ張り込まれでもしたのだろう。どうやるのか皆目見当もつかんが。 

 マイクロソフトめ……。

 イルカが嗤う。

 

「迎えに来てもらって悪いんだけど。

 トモコちゃんはスナッピーと一緒にいつまでもここで遊ぶんだっキュ。

 そうっキュよね? トモコちゃん?」

「うん……だってここには受験も勉強もない……ずっとここに居るの……」

 

 受験ごときから逃げるために悪魔に引っかかるのかよ。

 誰しもが経験する通過儀礼程度のハードルから逃げるな。

 皆がひいひい言いながら当たり前に越えていくハードルすら越えられなかったら、お前はそこらへんにうろうろしている皆が当たり前に出来る事さえ出来ない低劣な存在って事になるんだぞ。

 それでいいのか。

 

 ーーと。説教口を叩きたくはなるが、まあ現実逃避中の人間には逆効果だろう。

 それに俺も若い頃はグレて故郷の島を飛び出した口だ。偉そうな事は言えない。

 そもそも指摘するべき点は他にある。俺は口を開いた。

 

「イルカの天使か。うまく化けたつもりだろうが……滲み出ているぞ?

 ーー悪魔の気配がな」

「キュ!? トモコちゃん、騙されちゃダメっキュ!

 こいつらはトモコちゃんをあの辛くて悲しい現実に引き戻すつもりだっキュ!」

「……いや……! スナッピー、わたしを守って……!」

「お任せっキュ! さあ覚悟するっキュよ、悪党ども!」

 

 あっさり悪魔に騙されるトモコに、俺はかぶりを振った。

 人は自分の信じたいものだけを信じる。

 うまいこと籠絡したもんだが……さて。俺のやる事は変わらない。

 とーーそこでスナッピーと呼ばれていたイルカが、ふと戦闘態勢を解いた。

 

「ああでも……あんた達も。

 もし欲しいものがあるのなら、このスナッピーが用意してあげられるっキュよ?」

 

 イルカは意外な提案をしつつ、背鰭を広げてみせる。

 その先には一面、水の世界が広がっている。

 

「だってここは夢の世界。なんでも望みが叶えられるっキュからね。

 さあーー望みはないのかっキュ?」

 

 訊ねてきた悪魔へ、俺は一言だけ応じた。

 

「欲しいものはひとつだけだ」

「うん? それは何っキュ?」

「ーー『お前を消す方法』」

「……キュッ……!!」

 

 素早く身を翻したイルカが、目の前でターンする。

 水飛沫とともに、腰の入ったいいドルフィンキックを貰った。

 野郎いい蹴りしてんじゃねえか。

 吹っ飛ばされてきた俺の背中をキャッチしたネミッサが、両手に魔法の光を宿す。

 

「うわっ!? 大丈夫、ウラべ!?」

「くそ……マイクロソフトめ! あのような邪魔な機能を!」

「ちょっと何の話よ!? Agi-rao!」

 

 ネミッサはそのままアギラオの豪炎をスナッピーへと叩きつける。

 水棲生物のイルカにはさぞ効くかと思いきや、奴は炎に炙られても平然としている。

 てらてらした表面の色艶が増しており、むしろ回復したっぽい。

 

「おバカっキュね! 僕に魔法は効かないっキュよ!」

 

 俺はガードを固めるイルカに大般若長光で斬りかかるが、やたら硬くて殆ど傷つかない。

 

「残念っキュね! ちなみに物理もほぼ効かないっキュよ!」

 

 キュッキュッキュと、イルカはせせら笑った。

 

「ーーさあ、諦めてお前らも夢の世界の住人となるっキュ!」

「そんな恐ろしいディズニーランドの広告があってたまるか!」

 

 蝋人形の館かよ。

 ネミッサはジオンガにブフーラと単体対象強攻撃魔法を次々ぶち込んでいるが、イルカは回復する一方にしか見えない。

 いやーー魔法を使うたび少しずつ、イルカの体が大きくなってゆくようにも見える。

 

「キュえっぷ!ーーもう魔法はお腹いっぱいっキュ!

 スナッピーに魔法は効かないって言ったっキュよ? 学習しない奴らっキュね?」

 

 満腹ボイスを漏らし、マハブフで氷の雨を降らせてくるイルカ。

 平気そうな顔をしているが、全回復する奴の体がどんどん膨らんでいっている事が気になった。

 俺はアイテム袋からチャイカムTNTを取り出す。

 

「ーーネミッサ。続けろ」

 

 俺はネミッサに魔法攻撃の継続を指示し、自分もまた、オートマータで買ってきたチャイカムTNTをスナッピーへと投げつける。

 こいつは氷結属性攻撃アイテムだが、どうせ同じ効果ならこの際属性は何でもいい。

 

「耳が聞こえないっキュか!? だから魔法攻撃は効かないっキュ……うっぷ」

 

 魔法攻撃、属性攻撃を浴びるたびにどんどん身体を膨れ上がらせてゆくイルカは……どんどん野太い肥満ボイスになり、そして鈍重な動きになっていった。

 そして。

 

「!?!……キューーーーッ!?!?」

 

 ぱあん。

 悲痛な悲鳴を最後に、膨れ上がったイルカの全身が風船のごとく弾け飛んだ。

 さらばマイクロソフトの手先。

 悪魔の血肉がびしゃびしゃとあたりへ降り注ぐ。とんだ夢の世界である。

 

「え……? そんな、スナッピー……?」

 

 降り注ぐ血雨にずぶ濡れになりながら、トモコは呆然と呟く。

 

「ーーやはり。魔法吸収にも限界があったな」

「ド派手に弾け飛ぶなら事前にそう言っといてよ……」

 

 戦闘終了に肩の力を抜く、俺とネミッサの軽口を聞き。

 イルカの天使が派手に吹き飛んだ現実を認めて、トモコはいやいやと首を振る。

 

「いや……わたしは、現実になんて! もう戻らない!」

 

 楽園の守護者がいなくなってもなお。現実逃避の決意が固いトモコを。

 俺は帽子にかかったイルカの肉を払い落とし、改めて被り直してから再度見つめる。

 こいつが自分の責任において現実逃避し続けるというならば。それは俺にも止められない。

 だがーー

 

「お前の心は。確かに、この楽園に在るのかもしれないがな……

 お前の体はーー今どうしている?」

「……えっ?」

「自分の部屋で急に反応しなくなったお前を見て……

 お前の兄貴は。ずいぶんと心配していたらしいぞ?」

「っ。お兄、ちゃんーー」

 

 喉を詰まらせるような一言を残し。

 トモコの体は白く輝く光体へと変じた。こいつはトモコの魂だろう。

 そのまま、水面へ沈むように消えてゆく。

 きらきら輝く海の水面と見えていたのは、ただのモニタの画面であったらしい。

 その向こう側ーー現実世界へと、トモコの魂は帰ってゆく。

 

「……それでいい」

 

 おそらく現実世界では、今頃トモコが意識を取り戻していることだろう。

 

 しかし。どうやって、ネットの海の向こうから現実の人間の魂を引っ張り出したのだろうーー?

 

 疑問を残したまま、登場人物の居なくなったアクアドルフィンの絵から出る。

 そのまま、VR美術館のエントランスまで来たところでーー

 ーーふたたび、受付カウンター上の白い内線電話が鳴り出す。

 トモコ回復の連絡だろう。俺は受話器を取り上げ、耳に当てた。

 

「俺だーー桜井か?」

「ああ。お疲れ様」

「トモコなら……お前のところのメンバーの妹なら、たった今、魂がそちらへ戻っていったぞ。

 今頃はもう、意識を取り戻しているはずだが」

「うん。それはうちのメンバーからも、早速連絡があったよ。ありがとう。

 で、一仕事終えたところでーー誠に言い出しにくいんだけどね……」

 

 やたら歯切れの悪い桜井の様子に、首を傾げる。

 

「ん? 何だ? まさか、また別のメンバーが魂を抜かれたとでも言うのか?」

「うん……。実はそうなんだ……」

 

 俺は絶句した。脳裏にはキュキュッと笑顔で泳ぎ回る例のイルカ。

 もうマイクロソフト社を爆破してサービス終了させた方が早いんじゃないかこれ。

 

「もうお前ら二度とあのイルカに関わるな……。ヘルプ機能使うの禁止しろ……。そもそもwordを開くな……」

「うん? イルカ? ヘルプ? word? 一体何の話だい?

 うちのメンバーの、シックスっていう若い子なんだけどーー

 トモコちゃんと同じ。自宅でパラダイムXを閲覧した状態で、全然呼びかけにも答えない、虚脱状態で見つかって……」

「今度は何だ? excelでヘルプでも開いてシャチに魂さらわれたとでも言うのか?」

「だからさっきから何の話だい?

 どうやら彼が見ていたのは、パラダイムX内のコンテンツ、『ホラーハウス』ってところらしいんだけど……」

 

 俺は再びため息をついた。

 

 ーー俺はお前らのパパじゃないんだよ。

 

* * *

 

 ただのお化け屋敷アトラクションかと思っていたVRホラーハウスだが。

 廃屋風の見た目の部屋のところどころで、誰かの記憶の断片みたいなものを見せられる。

 まあこれが桜井のところのメンバーの「シックス」の記憶、て事なんだろうが。

 俺はVRホラーハウスのエントランスを見回す。

 

「ここって特にメンテナンス中とかじゃなかったよな……?」

 

 何言ってんの?と疑問顔のネミッサを見返し、改めてぞっとする。

 誰でも利用できるサービスで幼少時の記憶を公開されるとか処刑以外の何物でもないんだが……。

 シックスという少年が魂を取り戻したところで、デジタルタトゥーにならないことを願うばかりだ。

 もう手遅れかもしれないが。

 俺は記憶の封じられた部屋のひとつに入り直す。

 

 登場人物は二人。エリカとシンゴという幼い姉弟である。どちらも小学生くらいか。

 シンゴはビビリの弱虫男児である。まあ小学生低学年くらいじゃそんなもんか。こいつが桜井のところのメンバーの「シックス」なのだろう、恐らく。

 エリカはそんな弟を守らんと気を張る幼い姉である。だが、俺の目からするとただのブラコンという風にも見えなかった。

 むしろシンゴを余計ビビらせて意図的に姉への依存を深めさせているようにも見えた。

 シンゴの恐怖心を克服させず自分に頼りきりにさせているあたり、生粋のドSの畜生にも見える。

 支配的な姉というやつだ。

 シンゴの記憶を覗いているのにそう見えるということは、あるいは幼いシンゴの目にも同じように映っていたという事なのかもしれない。

 ちょっとした幼児虐待である。優しい虐待というやつか。

 

「うわあ! 誰? 知らない人が来たよ!?」

 

 幼いシンゴが怯えた様子でこっちを見る。

 俺たちは記憶の視聴者って立ち位置じゃなくて登場人物って扱いであるらしい。

 怯える弟の前にーー黒髪に黒タイツ、赤いランドセルの姉が胸を張って立ちはだかる。

  

「大丈夫よシンゴ。例えおっかないお化けが来てもこのお姉ちゃんが守ってあげるわ」 

 

 うーん。やはり守るふりをして脅かしているだけだな。

 児戯と思えばかわいらしいもんだが……こうして悪魔に魂を取られていると考えるのなら、冗談ではすまされない。

 幼女のふりをしているが明らかに気配も悪魔のそれである。

 

 記憶に立ち入ってみたところで、シックスの経験した過去ってのが別に変わるわけじゃない。

 だが……このまま放っておいたら姉のふりをした悪魔にべったり、のままだろう。

 ここは一応。介入しておくか。

 

「……。」

 

 一歩踏み出そうとした俺をーーシンゴの姉、エリカと名乗る悪魔が音のしそうな視線で睨みつけてくる。

 

「ーーあ」

 

 そのたたずまいの禍々しさに、俺はあることを思い出した。

 辺りを見回す。ホラーテイストの廃屋風建築物は、いかにも呪いや悪霊が似合いそうだ。

 

「ーーネミッサ。こいつは十中八九、ムド系の攻撃をしてくるぞ。一旦対策しに帰るか……」

「え? でもウラベ、呪殺は一回だけ防げるって言ってなかった?」

 

 ネミッサは不思議そうに訊ねてくるが、その友愛の加護をもたらすリャナンシーはもういない。

 あとそもそも、一回しか防げないのでは心許ない。

 以前にオートマータでテトラジャの石をMAXまで買ってあるので、俺が先制行動で使用し続けてもいいんだが。上限10個なんだよな。あとそれを選ぶと俺が戦闘中一切の行動が取れなくなる。

 それにバックアタックとか敵先制なんかも怖い。いくら速のステが高くても俺が先に行動できない。

 

「そいつはリャナンシーの『友愛の加護』だ。

 お前が造魔合体に使ってしまったからリャナンシーもう居ないだろうが」

「あっ。そうだったわね」

 

 呪殺防御もなしにフラフラしていたら、ミジャグジ様あたりに先制されて初手丑の刻参りで一発死しかねない。

 ムド系はあっさり盤面をひっくり返してくるので対策必須である。

 

 エリカの視線はどんどん険を増してゆく。

 このままここに止まっていたらムドをぶちかまされかねない。

 介入を一旦中止した俺らは大人しく部屋を出て……パラダイムXのエントランスまで戻り、そしてまたネミッサに首根っこを掴まれーー画面の外の現実世界へと復帰した。というか毎回これをやられなければ移動できんのか。俺は猫の子じゃないんだが。

 実体化したのはいつもの、スプーキーズアジトのトレーラー内。

 

「うわ!? もう解決したのかい?」

 

 画面にかじりついていた桜井がのけぞっている。

 

「いや……まだだ。

 そちらのメンバーが大変な時に済まんが……対策しないとこっちが殺られる。

 ーーちょっと芝浜コアまで買い物に行ってくる」

「ちょっと近くの商店街に買い物に行っただけで殺られなくなる対策ができるのかい……?」

 

 ビデオ屋。画廊。ドラッグ・ギア。自動人形販売店。タイ料理屋。酒屋。エナジー協会。

 ただの商店街にしか見えていない桜井からすれば疑問だろうが。(おかしいのがいくつか混じっている)

 あそこはサマナー向け店舗街の……レルムに近い存在である。

 俺たちは半地下の芝浜駐車場を出て、すぐ先に軒を連ねる芝浜コアへと足を運んだ。

 

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