* * *
ーーレオン自動車工場の最奥。車両開発室。
「ーーどう? きっちり殺せてる?」
「動体反応なし。エネルギー反応も……通電なし、火気反応なし、不可視光線なし。
完全に死んでますねェ」
両膝を押さえ上体を折るネミッサが、床に屈み込んでムーウィスの成れの果て……転がる機械の破片を調べるユーイチへと尋ねる。
ーーあれから。
怒り狂って襲いかかってきたフィネガン(丸腰)をどうにかダウンさせ。
コンテナ内部の惨状を見た桜井から、悲鳴にも似た小言をたんまり頂戴した俺たちは。
煙を吹く警備会社ロゴ入りのトレーラーと。その前の路面にずらりと並んで正座させられ、長々と説教を受ける警備員達ーーという奇妙な光景に目を丸くする、警備主任のおじさんと無事合流し。
叱られた憂さ晴らしとばかりに……夜を待ってレオン自動車工場内部の探索を開始した。
主任のいるところに悪魔あり、やはり夜のレオン自工は悪魔に満ち溢れており。
基本ツーマンセルで4グループに別れ、警備(悪魔殲滅)を開始したのだが……さすがに、サマナーが三人もいると仕事が早い。
あっという間に出現悪魔を枯らし終え、そして……目指すムーウィスも工場の最奥、開発室にて発見した。
一度爆破されてボディを完全喪失したらしいムーウィスは、まだ部品の取り込みの最中で身体を作り終えられておらず。加えてこちらにはサマナーが三人、術士も俺含め三人もいた。
(まあネミッサはヒトミに魔法を教えた後、どうにか気絶へと追い込んだフィネガンボディへと戻ったため、身体がぼろっぼろで本調子ではなさそうだったが)
ムーウィスは恨み言を残す間もなく瞬殺されーー
電霊たる仇敵の完全消滅を感じ取った俺たちは、目的完遂、とばかりに踵を返そうとしたのだが……
そこで笑い声を上げながら、ムーウィスの残骸をさらに細かく解体し始めたのが同行していた桜井たちーースプーキーズの面々だった。
そういえばこいつらは悪魔憑きの車という先端技術(?)に執着を燃やしていたのだった。
ドン引きする俺らと主任はーーマッドサイエンティストどもの解体作業を傍観し、そして現在に至るというわけである。
俺たちは怪物を倒しーーそしてまた。新たな怪物たちを目覚めさせてしまった。
恐ろしい。
各種テスターを手指にずらりと並べ、ユーイチはネミッサを振り仰いだ。
「死んでると言っても。まァーー『機械としては』、ですけどねェ?」
「……。わたしとしては、『悪魔としても』死んでいて欲しいんだけど?」
腕を組み直すネミッサの返答に。それじゃあ面白くない、と残骸にルーペを当てていたランチが返した。
開発室内に刻まれたばかりの戦闘の痕跡を示し、薄く笑う。
「機械としては完全に動作不能なのにーーなおも規定の作動を続ける。
製品として。これ以上の信頼性が存在するか?」
「それは逆に信頼できないというか、動作の不安定性って言うんじゃないの……?」
バグよバグただのバグ、と呟くネミッサに、赤ランドセルを右肩に担ぎ直すシックスがもう片方の手で髪をかき回す。
「何に悪魔が宿っているかわからないんじゃ……確かに。
ーー分解してみるしかないよなあ?」
そう言って、意味深な視線をランドセルへと送る己が主に。
ゴッギー、バグス、ルゲイエーー三体の仲魔達が、シンゴ殿!?と色めきたつ。
いや、分解したところで一体何がわかるというのか。
「わからない」事しかわからないと思うんだが。
「……わからない事がわかるだけでも。大きな収穫だ」
油断なくメリケンサック型COMPを構え、もうかなり細分化されてしまったムーウィスの残骸を見つめるカツオ。頭の横を舞うピクシーが、悪魔召喚術もね!などと混ぜっ返す。
確かに。地道すぎる調査だとは思うが……まあ、そういうものか。
眺める合間にも、ムーウィスだった残骸は金属片レベルにまで切り分けられている。
これじゃほぼサイコロステーキだ。
それにしてもーーここまで細かく分解する必要はないと思うんだが。
未知の技術を調べたいんじゃなかったのか? いったい何を調べようというのだろう?
「たぶん、ですけど。
ーー最低機能単位、というか単元、のようなものを。算定しています」
カツオに寄り添うヒトミが、俺らの疑念を読み取ってそう答えてくれる。
最低機能単位?と問い返すネミッサ同様に、俺も首を傾げる。
その時。ユーイチの掲げる各種テスターのモニタを覗き込んだ桜井ーースプーキーが、よし、とひとつ頷いた。
「ーーだいたいわかった」
分解の手を止め、リーダーを振り仰ぐメンバー達に向かって……静かに目を閉じる。
何か、この調査の結論を下すらしい雰囲気だ。
「機械と同様に。『悪魔』とやらも……」
カッと目を見開く桜井。
「……細かく分解すればーー死ぬ!」
当たり前体操だった。
ハァーーと脱力した一同は、そのまま緊張を解かれたように笑い出した。
マッドサイエンティストこわい、という視線を向け始めたネミッサとは別に。
俺は今の分解調査が、そんな単純な事実を調べるためとはとても思えなかった。
「おいおいーーそんなことを調べるために。
ここまで時間をかけて……ムーウィスを分解したっていうのか?」
「まあーーそれはついでというか、一応確認しておきたかっただけなんだけどね。
悪魔も細切れでは動かない。動けない。ということをね」
桜井は一息つくようにタバコを取り出し、主任にも一本差し出す。
火をつけながら俺とネミッサへ顔を向ける。
「ウラべさんーーああいや。こういうのはネミッサさんに訊くべきなのかな?」
「ん? なに?」
「逆に。
ここまで最小化された単位の機械部品を、もし動かせるとしたらーーそれはどんな悪魔だろうか?」
「えっ……? そうね……」
奇妙な質問を投げられたネミッサは考え込んでいる。
一方、俺の脳裏には悪霊ポルターガイストが浮かんでいた。こういった小物を操って人を脅かすのが得意な低レベル悪魔である。
とはいえーーそいつは悪魔憑きとは異なるだろう。ただの念動術だ。
ネミッサが顔を上げた。
「ええ。そうね。例えば、悪魔のーー幼体のようなものであれば。
小さな部品に仕込んで、何らかの働きをさせることは。出来るのかもしれないわね」
私に訊くってのは、つまりそういう事でしょ?とネミッサは付け加えた。
桜井は頷く。
その二人のやりとりで、俺は理解する。
海外より持ち込まれた、マニトゥの概要についてはすでに皆へ説明してある。
またーーネミッサがそこから分たれた、“死”という分体であることも。
つまり。
「仮に、マニトゥを大樹と例えるならばーーその種子にあたるものを。
機械に仕込んだのではないか、と言いたいのか……?」
「うん。わかりやすい例えだね」
桜井がまたも頷く一方で、ネミッサは何やら驚いた顔を俺へ向ける。
俺のGUMPから発射されたネミッサ(銀の光体)が眼を掠めた、あの時。
天蓋の如き梢から、まるで雨のように光の粒子を零す、白い巨樹ーーそのイメージが頭を掠めていた。
きっとあれがーーネミッサの本体とも言うべき、マニトゥそのものなのだろう。
「……次世代情報都市計画。
……マシンの全戸配布。
実に気前のいい話だけどーーその無償供与のマシンって当然、アルゴン製だろう?」
桜井は手のひらの上で、小さな金属片を回した。
それはーー車を含め。
あらゆる制御コンピュータに内臓されている、ありふれたチップに見えた。
「まあ、この残骸からは何も出てこなかったけどね……。
例えば。こういった小型の基幹部品に、小さな悪魔を仕込む事ができればーー」
「なるほどーー何も、モニタ越しに魂を攫うような、離れ業を演じずとも。
マシンに向かい合う人間へ、ダイレクトに干渉できるってわけか……」
答えを引き取った俺へ、みたび頷く桜井。
なるほど。考えたもんだ。
無気力症はパラダイムXの利用者に頻発していた。
だから俺たちはーーパラダイムX内を自由に出入りし、利用者の魂を抜き取るーーそんな手口を用いる犯人がいるのだ、ずっと……そう考えていた。
しかし真相は違うのかもしれない。
戸別配布されたマシンのそれぞれに悪魔の幼体、それもマニトゥの欠片が潜んでいるなら。
十万人と言われるパラダイムXの利用者はもちろんーー天海市民全員の魂を奪う事さえ、可能だろう。
なぜなら。戸籍で管理されている天海市民はすべて、戸別に無償供与されたマシンを利用可能な環境にあるのだから。
……とはいえ。
「そこまで狙いを絞って調べた、という事はーー
何か思い当たる節が……あるんだな?」
いくら桜井がとんでもなく頭の回るハッカーと言えど。普通、乏しい手持ちの情報からここまで飛躍はできまい。
推論に至るだけの、そう……何か、きっかけのようなものがあった筈だ。
心当たりを尋ねるとーー桜井はふい、と視線を横へ転じた。
眼差しの先。残骸を前にうずくまるのは……ランチである。
ドレッドヘアにゴーグル、若年に似合わぬ強面の青年はーーやけに深刻そうな表情で。
「…………。」
機械と悪魔の混ざり合う、がらくたの山を見つめていた。
* * *
揺れる車内。
椅子に腰掛けうつむくランチを囲み。俺たちは、その重い口を開くのを待っていた。
「きっかけはーー親父が持ち帰ってきた、チップだったんだ」
感謝する主任と別れ、レオン自工の敷地から出る。
由良島から芝浜まで帰るトレーラーの中……ぽつぽつと、ランチは話し始めた。
「俺の親父はアルゴン精工の重役でな。
あそこじゃアルゴン製マシンのCPUなんかも、自社開発してるんだがーー」
数年前から始まった、天海市民へのパソコン全戸供与にあたっては工場フル回転で、随分と儲けたらしいがな、と語ったところでその顔が曇る。
「どうした?」
「いやーー何でもない。
とにかく……ある日。久々に家に帰ったらーー親父の作業場で、見慣れないチップを見つけた」
ランチは唯一の家族である父親と不仲で、日頃あまり家に帰らないらしい。
家出少年でまだ未成年のようだが、働いて自前で生活費を稼いでいるとするとーー補導対象の浮浪児とも定義しがたい。
「その時は。
親父が仕事場から開発中の新型チップを持ち帰ってきた、そう考えたんだ。
だからアジトに持ち出してーーここのマシンに積み込んだ」
ランチが上げた片手の先には、俺らも利用させてもらった据え置き型端末がある。
コンテナ内のスピーカーから、運転席の桜井の声が響く。
『ああ。そのチップを換装する様子なら、僕も見ていた。
確かあの時は……カツオに、ヒトミちゃん。
二人もちょうどアジトに居たんだったね?』
桜井の確認に、二人が頷く。
「ええと、あの時は確か……」
「CPUの速度が倍は違う、って触れ込みの。
アルゴン精工製の新型チップーーそう、ランチさんは言っていた気がします」
記憶力のよいヒトミに頷きを返し。
ランチは再び、そのゴーグル越しの視線を下げる。
「アクセスログを確認する限り。
その直後だったかーー当選したカツオのアカウントを使って、この端末からパラダイムXにアクセスし始めたのは。
結果……この端末利用者からは、無気力症患者が出ていない。
カツオやシックスの家でさえ発生したのに、な」
それをただの偶然ーーで片付けるには。
もう既にファントムソサエティに目をつけられてしまっている。
俺の顔色を読んだランチが、一諾を返す。
「……そうだ。
目障りなハッカーグループを特定したというなら。敵は俺たちを、無気力症にでもしてしまえば一番手っ取り早かったはずなんだ。何せ患者は市内に大勢発生しているんだからな。目立ちもしない。
しかしーーファントムとやらはそれをしなかった。
代わりに直接、アジトに爆弾を仕掛けようとしてきた。サマナーまでけしかけて、あんな目立つリスクを冒してもな。
……それは何故だ?」
ランチの問いに答える者はいなかったがーー俺たちの脳裏にはすでに、ただ一つの答えが浮かんでいた。
“できなかった”。
より正確にはーー“無気力症感染を防がれていると判断し、別の手段に出た”だろうか。
だからファントムも直接的な手を打ってきたわけだ。
「……。そこから察するにーー俺の持ち出してきた新型チップは。
無気力症をもたらしたりしない、ごく普通のチップ……なのだろう」
そう告げると、なぜか表情へ苦悩の色を増してゆき、うなだれるランチ。
俺とネミッサは首を傾げる。
「? どうしてそんな顔になるの?
整理するけど。市民の魂をすべて奪うというファントムの企てに、アルゴン精工が深く関与してるって話だったわよね?
で、アルゴン精工に勤めてるお父さんが持ち帰ってきたチップは、逆に、無気力症をもたらさないものだったのよね?
じゃあーーお父さんはこの企みには関与していない。むしろ反対する立場だった。
そういう事じゃないの?」
ネミッサの結論に皆は頷いているが、ランチの反応は真逆だった。
「……違う……!あいつは……!」
突然に声を荒げるランチ。一同は目を丸くしている。
付き合いの長いメンバーからしても、この姿は珍しいようだ。
「あいつは……俺の母親が危篤の時でさえ、死に目に会いにすら来なかった!
工場に詰めっぱなしでな! 家族より仕事の方が大事、そういう奴なんだよ!
家族にさえそんな冷酷な奴がーー犠牲になる市民達を、顧みたりするはずがない!」
「……。じゃあ、持ち帰ってきたというチップは何だったの?」
「あれはきっと自分用だったんだ。自分が端末を利用しても、魂を抜かれないためのーーな」
どこまでも汚い奴だ、とランチは吐き捨てる。
コンテナ内に沈黙が降りた。
一方、ひととおりの話を聞いた俺たちの印象は真逆である。
それほどの血も涙もない悪党が、自分専用のチップを、息子の手の届くようなところにむざむざと置いておくものだろうか?
だがーー普段の冷静な印象とは裏腹に。頭に血が上り、頑なに父親を悪と決めつけるランチに、……お父さんは悪者じゃないのかもしれない、と言ったところで到底耳には届かないだろう。
膠着した状況を打開したのはーースピーカーから響いてきた、桜井の声だった。
『……北川さん。お聞きの通りです。ーーもうすぐ着きます』
声の感じからして誰かと通話しているらしい。
「!?」
北川、という名前にランチが動揺する。
そういえば前にハンドルネーム以外の自己紹介も軽く受けたが、確か本名は……北川潤之介、というんだったな。ドレッドヘアの見た目とえらくギャップのある固い名前なので覚えていた。武家かよ。
『ランチ。ちょうど、君のお父さんからも連絡があったんだ。
今の会話も全部、スピーカーフォンで流しておいた。
……お父さんと直接話して、白黒はっきりつけるといい』
「リーダー……!余計なマネを……!」
憤るランチだったが、まあーー流石はスプーキーズのリーダー、といったところか。
メンバーのことをよくわかっている。母を失った怒りに囚われ、父の歪んだ姿しか目に映らないーーなんて事もな。
俺の脳裏に一人の、幼い少年の姿が浮かぶ。
母を亡くし、父にその蘇生を願い、願いを叶えてはもらえなかった少年。
かわいそうな少年。
「……。」
俺は頭を振って余計な考えを振り捨てると、ぐっと傾斜を増したコンテナ内に足を踏ん張る。
タイヤの下に跳ねる音からしてもーー車はとっくに芝浜へと着き。
すでに業魔殿車両搬入口へと続くタラップを、ゆっくりと登っているらしい。
* * *
「!? 親父……!!」
気密の解放される音と共に、コンテナ脇の昇降口が開くと。
見えた外の光景は業魔殿の車両搬入スペースのようだった。
そして扉の向こう側に佇んでいたのはーースーツにコート姿の壮年男性だった。
ごくごく真っ当な勤め人という風体である。その顔貌は厳しくも誠実そうで、とても悪党には見えない。
叫んで立ち上がったランチの言葉からするとーーきっとこの男性が、ランチの父にしてアルゴン精工の重役……北川毅生さん、なのだろう。
次世代情報都市計画を推し進めるファントムの西とズブズブの、門倉率いるアルゴングループの幹部ーーという立場ではあるが。
馬鹿にゃ悪党は務まらないけれども。そもそも、まともじゃなければとても、勤続何十年レベルの勤め人なんて務まりはしない。
だから後継ぎ様若様と甘やかされて育った社家だの寮生活も部活もきつい実習も全部回避する甘ったれだのは神社も長く務まらねぇんだよ(以下略)
俺の印象としてはーーランチの父は、息子が語る通りの鬼畜には見えなかった。
開いた扉の先に息子の険しい瞳を認め……北川氏はしばし、沈黙する。
「ーー潤之介。
話はすべて、聞かせてもらった。お前がどう思っているのかもな」
血を吐くような返答に、ランチは冷たく顔を背ける。
コンテナの内と外。父子間の距離は、見た目以上に広く隔たっているらしい。
その距離を詰めたのはーー運転席から降りてきて、北川氏の肩を押すスプーキーだった。
「どうぞ。お話は中で伺いましょう。ーー狭いところですが」
そのまま二人は、コンテナの中へと乗り込んでくる。
ランチが父親に、まるで敵を見るような眼差しを向ける。
「おいリーダー。こいつは俺たちの敵かも知れないんだぞ?アジトに入れるなんて……」
「まあ、落ち着けランチ。
つねづね情報の裏取りを怠らない、君らしくもない。
断定するのはーー検証を済ませてからだろ?」
桜井の反駁に、ランチはぐっと唸って沈黙した。
情報を抜いて売り捌く、ハッカーの流儀というやつか。
桜井は続けて、意外な言葉を口にした。
「それに君のお父さん……北川さんはな。
何も持ち出したチップの事で怒っているんじゃない。
家に帰ってこない息子を心配してもいたけど、
『アルゴン精工の不正を暴いて欲しい』とーーお願いしに来られたんだぞ?」
その返答に一瞬沈黙してから、ランチは怒鳴る。
「は? 会社一筋の親父がか? 会社を売る? 笑わせるなよ!」
「潤之介……。もういい。お前には論より証拠、だな。
ーー桜井さん。そこの机を借りますよ」
北川父は、マウスの転がるデスクへ歩み寄りながら、コートのポケットから一枚のチップを取り出した。
表面には「crypt」のロゴがある。クリプトという名前のチップなのか。
「クリプトチップ。これは私が家に持ち帰ってきたものと同じチップだ」
北川父は転がっていた工具を手に取ると、いとも容易く、そのロゴの記されたカバー部分をチップから剥ぎ取ってしまう。その手並みを見るに、技術畑からの叩き上げだろうか。
中にはごくありふれた、ムカデ型の端子が並ぶばかりだ。
特に変わった様子はない。
「これは……最終工程前に、製品レーンより意図的に落とした正規品だ。カバーは私が付けた。
チップ製造の最終工程はーー端子のクリーニングの後、カバーの取り付けとなっているが。
レーンに配備されている取り付け機器に、ふと違和感を覚えてな。
ただカバーを取り付けるだけじゃない……
なにかーーよくわからないものを。チップ中央に配しているように見えたんだ」
北川父はそう言うが……工場で精密機器たるチップにそんな不明なものを仕込んで、チェック機構とかは働いていないのだろうか?
「最終工程は工場長の仕切りでな。私も口出しできない。
ただ説明に上がっている取り付け部品と、実際の工程との間には乖離があった。
問題は、何を取り付けているのかーー皆目検討がつかない事だ。
スパイウェアを仕込むくらいなら判りやすかったんだがーー
実際の完成品チップを分解してみても。そこには何もないんだ。
ただ……」
北川父はデスクの先のマシンを見やる。
チップを取り替える時に外しただろう、もともとこのマシンに付随していたチップはどれだ、と尋ねると……ランチが手近なゴミ箱から一枚のチップを拾い、父へと放る。
受け取った北川父は、そのチップもまた同様に、カバーを外し始める。
「正直、これまで何枚も分解してみたんだが……よく見ていてくれ」
北川父のドライバーがクリプトのカバーをこじ開けるとーー
中には。並ぶ端子の中央、まるで真珠のごとく……光る白い玉が鎮座していた。
「? 何もないよォ?」
不思議そうに覗き込むユーイチにはーー見えていないらしい。
「何なんだ、これは……?」
てらてらと表面を虹色に輝かせる、その白い玉は。
まるで生物のようにその全身を蠢かせるとーー不意に弾け。
「なにこれ、魚……!?」「ん? 何か見えてるのか?」
まるで稚魚のような姿を現すと、身をくねらせ……コンテナの壁へと消えて行った。
「消えた……!いや、どこかへ飛んでいったのかーー?」
「え?なに?なにィ?」「別に何も見えなかったぞ?」
消えていった方角へ顔を向けたのは俺含め、三人だけ。
俺、ネミッサ(フィネガン)、それにヒトミだった。
どうやら今の白い何かが見えていたのは、この三人だけらしい。
三人ともーー多かれ少なかれ、ネミッサの影響を受けた経験を持つ。
そのことを考えれば、今の白い光は……マニトゥ由来の何かなのだろう。
「君たちにははっきりと見えたのか?
私も何枚も分解するうち、ずっと奇妙な感じは覚えていたのだが……
その正体まではわからなかった。
ーー教えてくれ。君たちが見たものとは一体、何だ?」
まっすぐにこちらを見据え、問いかけてくる北川父。
これを悪役側と断じるランチは単に、母の死を忘れられず盲目になってるだけだろう。
「ヒトミちゃん。今の胞子(スポア)が飛んでいった方角ってーーわかる?」
そうか、今のは鳥でも稚魚でもなく、胞子(スポア)というのか。
ネミッサの問いかけに、携帯を取り出すヒトミ。コンパス機能があるらしい。
「はい。ほぼ北西、ですね」
その返答に、俺は脳裏に天海市の地図を思い描いた。
河口沿いの芝浜から北西に行くと、市中枢部の位置する二上門。
……前にナオミと三人、潜った場所だ。
ファントムの依頼を受け。ナオミが倒して空白にした旧き神の座(二つとも)。
そこに新たに納められたと思われるものは。おそらくーー
マニトゥ・プログラムの本体。
「……ビンゴだ」「そうね」
視線を交わす俺とネミッサ。
さっきの胞子(スポア)は、親の元へと帰還していったのだろう。
もし仮に人の魂を手に入れていたとしたら、それもきっちりと伴う形で。
説明を待つ顔の北川父にーー簡潔に、真の悪役を教えてやる。
「……北川さん。
そのクリプトチップに仕込まれたものの正体が解りました。
胞子(スポア)です」
「スポア? 何だねそれは?」
「掻い摘んで言うとーー市内に蔓延する、無気力症。
それを引き起こしている“因子”です」
「無気力症……そうか……やはり。
我が社の製品との因果関係が、ついに証明されてしまったか……」
口を覆って項垂れる北川父。
自分が心血を注いで生産した製品が悪事の片棒を担いでいたなんて、到底認められないだろう。
もう責任を取るような顔になっている父親に、ランチが噛み付く。
「被害者ヅラしてやがるがな。あんたが加害者ってセンはまだ消えないんだ。
無実だって言い張るなら、きっちりと行動で証明してもらうぞーー親父」
「……。無論だ」
父子の視線が絡み合う。
それを見ながらーー俺はレオン自工で手に入れた知恵の香と運の香とを取り出し、ためらいなく使用する。
無償配布のPCを利用した、市民からの魂の簒奪のカラクリは解けた。
となれば。その工場長、とやらが真相を握っているに違いない。
十中八九、ファントムから送り込まれたエージェントだろうが……。
計画の規模から考えてーー次は幹部クラスが出てきてもおかしくない。
(果たして……今の俺で勝てるだろうか……)
:ウラベ LV48
:HP536 MP257
:力11(9)
:知8
:魔3
:耐15
:速29(31)
:運6
:大般若長光
:ナンブ百式
:神経弾99
:アーメット
:マクシミリアン
:ラウリンの指輪
:ミラージュブーツ