「……。うーん……」
ーー俺たちの眼前には。
ド派手にガラスドアの破片を撒き散らし。天海市市庁舎の正面玄関へ頭から突き刺さって止まっている、巨大なトレーラーの後ろ姿が見える。
そのよく見慣れた車影を認め、俺はつい呻き声を漏らした。
幸い。異界化されて既に長かったのか、この突撃に巻き込まれた市職員や利用者の姿は辺りに見えないようだがーーこの次世代情報モデル都市においては、なかなかインパクトの強い光景である。
というか未来都市を通り越して既に世紀末である。
隣のナオミがつぶやいた。
「これはもはやテロね……」
桜井……。
俺は帽子を被り直した。
“キレ者“ってのは、そういう意味じゃ無いんだぞ……?
* * *
あれから。桜井の向かった先はすぐに知れた。
当然、門倉の居場所へ向かったと考えられたがーー
またしても退魔経済新聞の「市長動静」欄に、「本日昼より、市庁舎にて西次官およびアルゴンソフト門倉会長と会談」とあったからだ。だから何でこの新聞いっつも役に立つんだよ……。
俺たちは市庁舎へと急いだがーー
この通り。目の前に広がるのは、市庁舎こと超高層建築物天海モノリスの正面玄関にスプーキーズのトレーラーが突っ込んでいるという、きわめてポストアポカリプスな光景であった。
というかほぼテロだ。何も知らなかったらこのトレーラーに爆弾が満載されていると絶対誤解するに違いない。
こんなに目立つ自損事故なのに見物人の誰一人とて駆けつけてこないのはそのせいか?
ナオミがちらりと俺を見やる。
「……。これは。
ウラベの処分も検討しないといけないかしらね……?」
「俺かよ!! 何でだよ!?」
「だってその桜井?さんをけしかけて。結果的に、市庁舎へのテロ行為に走らせたのはウラベ。貴方だから……」
「うっ……」
俺は何も言い返せない。
確かに、あの電話で発破をかけたのは俺だがな……。
まさか直後に、市庁舎へトレーラーで突っ込むなんて思わないだろ……。
背後で仲間たちーーいやもう裁判官と呼んだ方がいいかーーが、ひそひそと量刑を話し合う。
「テロ行為の教唆……」
「しかしそれだけで罪に問うのは……」
「でもウラベに操られたと考えるなら……」
「そんな都合のいい術法など……」
「ウラベには底知れぬオカマ魔法が……」
「ああ例の、噂になってた……」
おい。だいぶ冤罪が混じっている気がするんだが。
皆は女言葉を喋る麻薬王壮年男性へ、重要証拠を見つめる熱視線を注いでいる。
ネミッサはここぞとばかりに被害者ヅラを振り撒いている。おい。面白そうだからって悪ノリすんな。この悪魔。
ネミッサもフィネガンもひとしく俺の邪法の犠牲者という事にされたらしい。両者は皆から深く同情され、そうして話し合いは終了した。おい。
ナオミが笑顔で振り向いた。
「お待たせしたわね、決まったわ!
ーーウラベも共犯者扱いで同罪ね!」
「おいっっ!! 俺まで袋叩きにして追放かよ!?」
「まあ、この招いた事態を自力で解決するのなら?
ここにいる全員に、中華料理食べ放題を奢るーーくらいで許してあげるけど」
「絶対お前中華食いたいだけだろ……」
こうして。凄く雑な裁定により、俺にまでリンチ&市外追放という仕打ちが迫り来るハメになった。
共犯認定を跳ね除け、中華料理の奢り程度で許してもらうためには。
どうやらーー俺自身の手で桜井を止めねばならないらしい。
門倉を追う桜井、その桜井を追う俺、そしてさらにその俺を追うこいつら(私刑部隊)、という構図なワケだ。ややこしい。
「やれやれ……面倒なことになった」
そう嘆息し。一行の露払いとして前衛を務めるべく前に出た俺はーーまず、入口に突き刺さったトレーラーの脇を抜けて市庁舎内へと踏み込む。
天海モノリス内部は案の定、既に異界化されていて、広いエントランスホールにも人の気配は無い。
俺はトレーラーの運転席側へ回り込み声をかけた。
「おい……! 誰か、いないのか……!?」
「!!ーーその声は、ウラベさん!?」
運転席は無人だったがコンテナ側から返答があった。
今の声からするとランチか?
俺は半開きとなっているアジトのドア、その隙間へと身体をねじ込む。
「ランチ。無事か?ーーここで一体、何があった?」
ぼんやりと光を漏らすコンテナ内へ声をかける。
物が散乱したアジト内には五人の人影があった。
床に二人ほど寝かされており、それを取り囲んでかがみ込む三人の後ろ姿が見える。
声に振り返るふたつの顔はーーランチと、ユーイチだった。
「……ユーイチ? そう言えば、お前たちはあかねモールへ行ったきりだったな。
そうか。無事、戻って来られたかーー」
そこまで言ったところで、ユーイチの気まずげな表情に気付く。
背後には、こちらに振り向きもせず、祈るように回復魔法の緑光を放つヒトミとーー
ーーそして床に横たわり意識を失う、カツオとシックスの姿が見えた。
「おい……その二人は気絶してるのか?
言え。誰にやられた?」
「……。順を追って話すが……」
途方に暮れたような顔を持ち上げ、ランチが話し出す。
「まずーーあかねモールに向かった、カツオ達四人なんだが。
スーパーの奥深くにあった研究区画で、何とか暴動を止める事には成功したらしい」
その話によると。あかねモールのスーパーのバックヤードから謎のラボに繋がっており、そこで無気力症患者を暴動に駆り立てていた特殊な音波の発生を止めたところ、暴動は無事収まり、カツオのお父さんもおとなしくなったらしい。
まさか、買い物客を狂わせる研究までしているとはーージュネスめ。まさにCMのキャッチコピー通りだ。
『来て、見て、触れて下さい(気が)』というわけか。
何と恐ろしい大規模量販店なんだ……。そりゃあ、店長の息子も、運以外のステータスがまんべんなく上がる変な成長のせいで行動順は早いくせに攻撃は当たらないわ痛打もらって敵にワンモア献上するわバステは全部食らうわ呪殺即死はだいたい直撃するわでお祈り案件全敗を誇るワケだわ……。花村……。
まあそんな冗談はさておき。
ラボはファントムの研究機関だろう。スーパーの地下にあったのはおそらく、大勢の被験者の立ち寄る場を実験場としたかったから、ってとこだろう。およそろくでもない理由だ。
でーー四人がスーパーから出ようとしたところで、店内の大型モニタに例の緊急速報が流れたのだという。
「……。あの、スプーキーズメンバーの一斉検挙か」
「そうだよォ……。
オレたちも、報道された検挙対象者の中にリーダーの名前がない、って事にはすぐ気付いたんだけどさァ……」
しょげた顔のユーイチは、ランチへ申し訳なさそうな目を向ける。
「てっきり。リーダーは当局にオレらを売り渡した裏切り者で、……あのときリーダーと一緒にアジトに残ってたランチはきっともう捕まったんだ、って話になってさァ」
やはりユーイチ達も同じく引っかけられたらしい。
出先で真偽を確かめようもない。タイミングとしては最悪だったな。
いや、門倉はそこまで狙って内部分裂を仕掛けたのか?
「その時点でせめて俺には連絡を試みろよ……」
「いや、そうやって慌てて連絡してきたオレたちの居場所を、逆探知で割り出す、って手もあるワケじゃん……?」
ユーイチらしからぬ深慮にランチは唸る。
ハッカーならではとも言える、慎重で過剰な心配が裏目に出たというわけか。
「それで。ランチの仇討ちに行かないと、って話になってさァ……」
「勝手に殺すなよ……」
それでこうして皆アジトに戻ってきたというわけか。
だがアジトは既に移動していたはずである。連絡を取るわけにもいかない相手の行き先なんて、よくわかったな……?
黙り込む二人に、俺は訊ねた。
「ところでーーどうしてこの市庁舎に?
どうして桜井の行き先がわかったんだ?」
「それは……みんなで相談した結果。
俺らを売ったリーダーは黒幕と合流するんじゃないか、って考えたんだよォ」
黒幕とは誰のことを指しているのか、と思ったが。
そういや、門倉も西も市長もちょうどここにいるんだったな……。だいたい黒幕っぽい奴が一同に会してるわ……。
あの新聞め……。
「で、実際来てみたら……スプーキーズのアジトが本当に、市庁舎にあってさァ……ビンゴ!って」
「いや正面玄関に突っ込んでただろ!その時点でおかしいと気づけよ!」
「あれはァ、俺らに追われてるのに気づいて焦ってダイナミック駐車したのかなァって」
「あんな駐車方法があるか……」
俺は床に倒れて動かない二人へと視線を移す。
「お前たちが戻ってきた経緯はわかった。
ーーで?
あの二人は、どうして気絶してるんだ?」
当然の質問に、ユーイチとランチは目を見交わす。
二人は話しづらそうにもごもごと切り出す。
「ーーすぐ外のエントランスホールでリーダーを見つけて。
シックスとカツオが、襲いかかったんだけどォ……」
「俺は生きてるぞとか、リーダーは裏切り者じゃないとか。
俺が誤解を解くヒマもなかったな。あれはーー瞬殺だった」
「一撃だったねェ……」
二人の様子と、ヒトミが回復魔法を使い続けている様子からすると。
どうもーー桜井が、二人を返り討ちにしたらしい。
それも一瞬で。
「はぁ!? あの桜井が、デビルサマナー二人を返り討ちにしたって言うのか!?」
「……ウラベさん。あの時の電話じゃ、リーダーだってれっきとした悪魔召喚士だーーみたいな事言ってなかったか?」
「アレは、所業が悪魔召喚士と変わらない、って言ったんだ……。
まさか本当にサマナー二人を返り討ちにする実力があるとは思わんだろうが……。
そもそも。桜井にそこまでの戦闘能力は無かったはずだろう?
ーー何したんだ、あいつは?」
「それが……一瞬すぎて、オレたちにもよくわからなかったんだ。
なんか、“心配いらない。データならすべてコピー済みだ“って言いながら、HMDを小脇に抱えて行ったけど」
ヘッドマウントディスプレイ? 確か……頭に装着するタイプのモニタ、だったか? ランチによると、端末付きの自作改造機器らしいがーーそんなもん何に使うんだ?
「外部カメラの映像なら残ってるが。見るか?」
ランチが卓上へ伸ばした片手を走らせると、青く光るPC画面に、監視カメラのものらしい録画映像が流れ始める。
映し出されているのはーー外の、市庁舎エントランスホールか。
ひと気の絶えたホール中央で対峙するのは三人。
ランチの復讐(冤罪)に燃えるカツオとシックスに、涼しい顔で向かい合う桜井。
映像の中の桜井が、おもむろに片手を天へ伸ばす。
“install:コピー・マルスム"
その宣告と共に。画面外より迸った稲光が、他ならぬ桜井自身を打ち据えーー
画面が一瞬のブラックアウトから回復すると、そこにあったのは……今まさに眼前にあるが如く。
床へ倒れ伏したカツオとシックスの姿と、その前に悠然と佇む桜井ーーという光景であった。
「はあ……!? 何やった、あいつ……!?」
電霊マルスムのデータコピーを、あのヘルメット型の機械で、一瞬だけ自分の肉体へ降ろした、……のだろうか?
ともあれ。まったく知らない召喚術である。
モニタに身を乗り出す俺の脇から、ナオミとレイが割り込んでくる。
「ーーレイ。これってまさか……」
「ええ。神降ろしじゃなくて、降魔ーーに近いわね」
降魔。そう言えば聞こえはいいものの……。
降神昇神であればふつう、聖別された依代、すなわち注連縄に囲われた生の榊一本などを対象として用いるものだが。
桜井にその手の知識や準備があるとは思えないし。それにーー
降神昇神のプロフェッショナルでもある葛葉の巫女へ、俺は訊ねる。
「降魔? それは要するに、ただの悪魔憑きーーひいては魔人化ではないのか?」
待っているのは悪魔に肉体と魂まで乗っ取られ魔人化するという破滅のみ。
まあ、かつては俺も一度選びかけた道だ。俺は女言葉の銀髪壮年男性を見やる。あのとき失敗してよかったぜ……!
俺の推測に、レイはモニタの一点を指差した。
「映像の……この、彼が装着しているヘッドマウントディスプレイ?を見て。
仮に、この機械がCOMPのようなものだと比定するなら……」
レイはそこで、ナオミへと視線を転ずる。
その腰ベルトには例のカプセルが携えられている。
「ナオミの召喚術みたいに。少ない魔力消費で、悪魔の技だけを再現するような形でーーごく限定的な降魔と、その中断を。
そうね……機械を強制終了させるような強引なやり方で、実現しているのかも知れないわ」
それを聞き、素人考えね、と切り捨てるナオミだが。俺も同感だ。
ナオミの両袖からは悪魔除けの刺青が覗いている。
何の対策もしていない一般人が、悪魔憑依を武器として弄んだところで、いずれ完全に飲み込まれるだけだ。
このままでは桜井の身も危ない。
「ーー早く止めないとな」
GUMPを抜き、車外へと向かう俺にユーイチが駆け寄り、でかいレジ袋をガサガサと押し付けてきた。なんだ。
「これでリーダーを助けてあげてよォ……!」
聞けば、あかねモールとその地下で拾ってきたアイテム類らしい。
実質ジュネスからの万引きにならないかこれ……?
まあ暴動まで起きてる世紀末な現状でそんな事気にしてもしょうがないか。
アイテム類をひとまとめに突っ込んだらしいジュネスのレジ袋の中には、貴重な耐力の香まであったため、ありがたく使わせてもらう。
GUMPをちらりと見れば、エネミーソナーは真っ赤だ。
「外はレベルの高い悪魔がそこら中をうろついてるぞ。
お前たちは絶対に、トレーラーの外に出るなよ……!」
うなずくスプーキーズの面々に背を向け。GUMPを構える俺は、エントランスホールへと歩み出る。
「行くぞ……!」
* * *
天海モノリスの探索は正直ラクだった。
中央の会議場へ至る通路はロックされており、モノリスの高層階部分にあたる双子タワーの最上階まで行ってパスワードを入れなければ開かないというとんでもセキュリティであったが(そもそもモノリスって名前にしたのになんで三叉構造で設計したんだよ、それなら天海トリリスとかいう建物名にしろや)、破壊や戦闘の痕跡を辿っていくだけで俺たちは何もせずに済んだ。パスワード入力まで桜井が全部やってくれていました。桜井が薙ぎ倒して進んだのか、敵さえあんまり出なかった。
俺らは暇潰しに“TWIN PIXY FLY WIZ“とかいう解除パスワードの意味を考えながら進んでいたが、結局意味はわからなかった。SOUL.GIFT.TO.END.とかの方がファントムソサエティ感が出て良かったんじゃないか?
俺は道中で拾った知恵の香と運の香を使いつつ、桜井の痕跡を漠然と追っていた。そういえば、この二つっていっつも組みで落ちてるよな……。拾うのもこれで三回目か四回目な気がするぞ……。何でこの二つはいつもセットで落ちてるんだ……?
エレベーターを幾つも乗り継ぐ関係で、きっとどこかで行き違ったのだろう。桜井の痕跡を追う俺らは右塔左塔どちらもキッチリ最上階まで回らされたが、一向に追いつかず……辿る痕跡はやがて、最初に訪れたものの入れなかった中央塔への分岐階へと戻ってくる。
と、ロックされていたはずの通路扉が開いている。
奥からエレベーターの駆動音がする。
顔を見合わせ、俺たちは駆け出した。
突き当たりにあるエレベーターの一基が上昇してゆき、階数表示は中層階にて止まる。
案内板によればなるほど確かに、会議場の存在する階だ。
門倉たちはここでミーティングの予定、と新聞には書いてあった。
すぐに来た別のエレベーターに乗り込み、俺らも同じ階を目指す。
中層階へ到着したエレベーター扉が開くと……廊下のすぐ先に、見覚えのあるコートの後ろ姿が見えた。
行く手には「会議場」と表札の掲げられた両扉が見える。
「桜井……!」
「ーー、くっ!」
追いつかれれば即フクロにされると思ったのか。桜井はその声に一度振り返ると、傍らの壁にあったボタンを叩いた。
ボタンの隣にあった扉が開く。桜井が走り込むと、すぐさま扉は閉まり、そしてーー上昇してゆく。
「屋上直通、作業用エレベーターか。……俺らを迎え撃つつもりか?」
レイにスケロク、ナオミはエレベーターの前へ足を止め、エレベーターが戻ってくるのを静かな表情で待っている。
まああいつらはサマナーのルール上、それを知らずとは言えド派手に破った桜井をとっちめるのが主目的だからな。
まあ。この三人が揃ってるなら、大丈夫だろう。
「悪いな……桜井のことは、任せるぜ」
「え?ーーウラベ?」
急にどこへ、と振り返ったナオミにーー俺は背を向けるまま。
ジャンバーのポケットに左手を突っ込んで肩をそびやかし、GUMPを握る右手を上げ、軽く振った。
別れの挨拶だ。
「……。」
ナオミの刺すような視線を肩へ感じる。
こつこつと廊下を叩く俺の靴先が向かう先には、重厚な会議場の扉がある。
きしむような音を響かせ、俺は両扉を押し開けた。
視界に入ってくる会議場内部は、ちょっとしたプレゼンに使えるような、案外と近代的な内装の会議室だった。
ただしーー今は白い壁のそこかしこを、血文字めいた意味不明の落書きが埋め尽くしている。
「うう……。人々を繋ぐはずだった、マニトゥが……」
そして中央の上席では、髪をツートンカラーに染め白背広にグラサン、という目立つ格好の男が、何やら悲嘆の呻きと共に頭髪を掻き乱している。他でもないーー門倉だ。
俺はそれら一切の異常を気にかけることなく、会議場の奥へと歩みを進める。俺の最終目的地は桜井でも門倉でもないのだ。
会議場奥に一基だけ存在する、直通エレベーター。
その到達階表示を見上げ。
俺は煙草を取り出し、火を点ける。
ーー『次官室』。