デビルサマナー:おじさんハッカーズ   作:葛葉狐

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豪華客船「業魔殿」

 

 暗闇の中、火災報知ベルが鳴り響くアルゴンNSビル。

 ほどなく警備会社と消防車とパトカーの一個連隊が駆けつけてくるのは火を見るより明らかだ。

 また、そいつらを有耶無耶にするためにファントムのバックアップも介入してくるだろうことは想像に難くない。

 けたたましいベルに狂奔する悪魔どもを蹴散らし、非常階段を駆け降りる最中ーー転がっていたそれに危うく転びかける。

 

「!ーーこの人まだ息がある!」

 

 ネミッサが即座に回復魔法を放った、その相手はーーどうやら。ビルに忍び込んだ際に出会った警備員のようだった。

 負っていた傷はたった今治ったようだが、そのまま意識を取り戻さない。廊下を見れば、ここまで這ってきたらしい血の跡が曲がり角の先まで伸びている。しかも、握り締めたままの警棒も得体の知れない血に塗れている。

 未知の悪魔を相手に臆していたが、ただの一般人がたかが棍棒一本で善戦してたんだな。根性のある警備員である。

 

「ここに放っておいたら、悪魔の餌食よ……!」

 

 異論はある。が、議論している暇はない。俺は無言で警備員を背負い、一階詰所の常夜灯を目指して走る。

 

* * *

 

 さまざまなサイレンがビル壁に反響し、集結し始める後方を置き去りに。

 俺のランボルギーニ・ディアブロは真夜中の二上門、官公庁街に切り裂くようなエグゾーストを響かせ、曲がりくねった通りを蛇行してゆく。

 

「ーーどこへ行くつもり?」

 

 ディアブロは2シーターだ。助手席に警備員と一緒くたに詰め込まれ窮屈そうなネミッサが、訊ねてくる。

 俺はステアから片手を離し、疲れた目頭を揉んだ。

 

「レッドマンとの合流地点……と言いたいところだが。

 生憎とそいつは連絡待ちだ。

 今晩はサプライズ続きで、さすがに俺も疲れた。

 ーーまずはセーフハウスに戻るぞ」

「セーフハウス?」

 

 満月の照らす海沿い、深緑色に染まる歩道橋をいくつも抜けたあたりで、後方からーーどぅん、と衝撃波が窓を鳴らし追い抜いていった。

 バックミラーでは建物の屋並を超え、一瞬だけ火球が空へ昇り、そして消える。

 ーー念入りにも車へ仕掛けられていた爆弾に気づき無理やり外して捨ててきたのだが、今それが爆発したのだろう。

 道脇の民家に次々と明かりが点いてゆく。

 その明かりから逃れるように、俺は海へ注ぐ太い運河沿いへと車を走らせてゆく。

 やがて辿り着いたのはーーさきほど眼下に見たばかりの繁華街の明かりの中心、商業地区芝浜。

 その運河波止場に、ひときわ煌々とその巨体をきらめかせる……一隻の豪華客船。

 

「"業魔殿“……」

 

 車窓からその船腹に刻まれた名を見上げ、ネミッサが呟いた。

 俺は躊躇いなく、船尾の開口部より伸びた車両用タラップの坂を昇り、愛車をこの巨大客船の胎へと収める。

 カーフェリーめいた船内駐車場の入り口、ホテルのドアマンの格好をした係員に受付を済ませると、俺はエレベーター側に車を停めた。

 両ドアを跳ね上げ、助手席のネミッサから気絶している警備員を受け取り、また背負う。

 

「うわぁ〜……」

 

 ネミッサは物珍しげにきょろきょろしながら、上昇してゆくエレベーターに映るホテル風の内装を眺めている。

 

「すごく大きな船……。

 これがウラベのセーフハウスってやつなの?」

「まあ。今のところは、だな。

 ーー俺だけのセーフハウスではないがな」

 

 そう言えばこいつは身体がフィネガンなんだから別に警備員背負わせても良かったな。女悪魔というか、態度が女のそれなので、無意識に力仕事をさせまいとしてしまう。

 

「そう言えば……ウラベは逃亡者って話だったけど。

 堂々と車で乗り入れて、堂々とこんな施設利用して、平気なの? 敵に見つからない?」

「この業魔殿は、悪魔合体の利用者の関係上……

 内部はおろか付近一帯にまで、特殊な結界が張られていてな。

 自分の連れならば別だがーー出入りする車も、人も、その素性をわからなくする認識阻害の魔術がかけられている。

 だからもし仮にいま敵とすれ違ったとしても、お互い認識できん」

「へぇ〜便利ねぇ〜」

 

 業魔殿支配人のヴィクトルとは長い付き合いだが、さまざまな霊地にこういった宿泊施設を抱えている。すべては悪魔合体の研究のためらしい。お陰で特定の勢力に拠らない、様々な立場のサマナーが足を運ぶらしいが……利用者集めも大変だな。

 だからこそ俺のような組織からの逃亡者が安心して休めるという部分もあるが。

 チン、と音を立て、エレベーターがフロント階に着いた。

 

「業魔殿へヨーソロ……ぶふっ」

 

 船長の装いに身を包んだ支配人ヴィクトルは、俺たちを見るなり吹き出した。失礼なオーナーだ。

 こいつは相手の外見ではなく魂を直接見ているらしい。銀髪のフィネガンを見て、その魂が女悪魔と融合していることまで一発で見抜いたのだろう。

 

「それもだが、可笑しいのはお前だウラベ。

 なぜ気絶した警備員を背負っている?

 そちらについては何があったか吾輩にも全く見当がつかん」

「……ほっといてくれ。

 しばらくぶりだが、ヴィクトル。三人部屋を頼む。

 ーーまた世話になる」

 

 あのフィネガンがやられるとはな……。

 ネミッサを興味深げに見つめ、そう呟いてから、ヴィクトルはフロント内から一枚のキーカードを差し出した。

 

「最上階だ。

 ーー素人に揉め事を起こさせるなよ」

 

 俺は頷き、再びエレベーターへと戻る。

 ヴィクトルのいいところは事情の一切を斟酌せず、施設を利用させてくれるところだ。

 横のネミッサが寒そうに体を抱えている。

 魂を直接見られたのが堪えているのか。

 

「……。あのヴィクトルって人、人間じゃないわね」

 

 俺は帽子を直し、悪魔に人付き合いの基本をレッスンする。

 

「詮索はやめておけ。そもそも俺たちは悪魔召喚士だ。

 向こうの事情に深入りしないからーーこちらの事情も根掘り葉掘り訊かれずに済んでいること、忘れるなよ?」

 

 そう言うとネミッサは黙った。

 学習が経験に生かされて何よりだ。

 エレベーターは最上階に着きーー俺たちの前には小広間のエントランス、ペントハウスの大扉ひとつしかない。

 てかこれスイートルームだ。頼んでないんだが。

 室名表示を見るとーー恐らくこれも他の利用者には読めなくなっているんだろうがーーこう書かれていた。

 

“フィネガン 様"

 

「ここフィネガンの部屋かよ!」

 

 道理ですぐさま部屋用意してもらえたはずだ。

 叫んでから、苦労してキーカードを押し当て部屋に入る。

 パッと明かりの点く室内は、一区画丸々使ってるだけあって非常に広く、片側の壁は全面ガラス張りとなっている。

 そこから眠らない街明かりに浮かぶ、運河と川沿いの芝浜商店街が見える。

 

「わあ〜ー……!」

 

 歓声を上げオーシャンビュー(オーシャンではない)に駆け寄ってゆくネミッサを放って。

 俺はいくつもあるベッドのうち、一番手近なベッドにずっと背負っていた警備員を転がしーーそして、隣のベッドへと倒れ込む。

 パリッと糊の効いたシーツ。どこまでも沈み込んでゆくこのラグジュアリー感。疲れた身体にはたまらない。

 

「ーーウラベ?」

「とりあえず今は休む……。

 ーーお前も身体を休めておけ」

 

 窓際から振り返るネミッサにそう言葉を投げると、俺は胸元を緩め、仰向けになって帽子を顔に被せる。

 帽子の向こうからネミッサがやいのやいの言っているようだが気にしない。

 疲れ切った身体にーー眠りはすぐに訪れてくれた。

 

 

* * *

 

 俺が目を開けると、隣のベッドにはバスローブ姿の知らない女が腰掛けていた。

 

「ーーあなた」

 

 戸惑う俺に、見覚えのない女はやさしく微笑んだ。

 俺をそう呼ぶのは……ひとりしかいない。

 

「忘れちゃったの?

 相手の姿が別人に見えるっていう、この不思議なホテルに。

 二人で泊まりに来たんじゃない」

 

 ああ。

 ここはホテル業魔殿か。

 そうだったのか。

 全く記憶にないがーー

 お前が言うんだから。そうに違いない。

 

「……月世(つくよ)……!」

 

 俺は最愛の人の名を叫びながら、隣のベッドに座るその女へと抱きついた。

 膝に取り縋り、ただ泣く。

 ひたすらに涙を流し続ける。

 

「あら。あなたらしくもない。どうしたの?」

 

 優しく頭を撫でる女に、詫びと弁解を思いつく限り連ねる。

 

「……お前が殺されてしまった、夢をずっと見てて……!

 俺が、俺が組織を裏切ったばっかりに……!

 その報復としてお前が、殺されてしまって……!

 バカだった俺は……! 失って気づいたんだ……!

 お前以上に大切なものなんて、有る筈が無いのに……!」

「……。そう」

 

 俺の言い訳を聞き終えた女は、泣き濡れる俺の顔をふと両手で掴むと、微笑む自分の顔と向かい合わせる。

 

「そんなに大切なのにーーどうして、あなたは。

 わタしヲ助けニ来てクれナかッタ、の……?」

 

 恨み言を述べる口元から血が垂れる。

 優しい笑顔はみるみるうちに無残な致命傷に覆われてゆく。

 押さえつけられた顔からーー目を逸らせぬまま。

 俺は悲鳴を上げた。

 

* * *

 

「ーーうわあああああ!?」

 

 飛び起きる。目の前にはだれもいない。

 疲れの染み込んだシーツは、俺が長時間そこで姿勢も変えず熟睡していたことを示している。すべては夢か。

 悪夢を見たーーいや。いい夢を見たというべきか。

 現実の俺は喪った妻に謝罪なんてできなかったし、それにこの……悪夢のような現実を未だに這い回り続けている。

 たとえ夢でも言いたいことが言えて良かった。心なしか身体もすっきりしている。力の通りも良い。

 俺は深呼吸をひとつすると、肩をぐるぐると回した。

 窓からは既に曙光が差し込んでいた。

 もう明け方か。照明の落とされた広い部屋には、くぐもった水音だけが響いている。

 部屋の奥にシャワーブースと個室風呂まであるらしい。

 やがて水音が止み、濡れた髪を拭きながらーーさっき見たばかりの、バスローブ姿の知らない女が出てきた。

 

「えーー?」

 

 驚く俺に、ああこれ?と女は悪戯っぽい笑みを浮かべ、己の身体を指し示す。

 メタリックシルバーの銀髪銀眼。色の抜け落ちた白い肌。尖った黒い爪。

 しかし、その顔だけは。

 どこか……似ている。

 

「肉体は魂に引っ張られる。ましてアタシは女悪魔。

 こうして魂の融合が進めば、融合した人間のカタチを女のそれに作り替えるくらいは簡単よ?

 とはいえーー今のアタシは二重存在のようなもの。

 実存と認識もまた、複雑に入り乱れている」

 

 アタシの存在をフィネガンと強く認識する者にはフィネガンに見え、そしてネミッサと認識する者にはーーネミッサに見えるんじゃないかしら?

 なぜなら実存と認識もまた、不可分のものだから。

 女ーーネミッサはそう言うと、片目を瞑ってみせる。

 

「もっともーー今のウラベには、アタシが。

 月世さん?に見えているのかしらね?」

「!!!ーーなぜ、その名前を……?」

 

 知らないはずの亡き妻の名を口にし。

 ネミッサはなぜか、ボロボロに破壊されたバスローブを一着、ゴミ箱から取り上げてみせた。

 

「……ウラベが夜中、何度も寝苦しそうにその名前を呼んで、謝っていたから。

 若い女の体に作り替えてから、その月世さんとやらのフリをしてみたんだけど。

 ーー悪魔召喚士をからかうもんじゃないわね」

 

 なんか良識的にあり得ないことを口にしながら、ネミッサは両肩をコキコキ鳴らした。

 

「……違う血が流れているのに全然使わないからおかしいってずっと思ってたけど、やっぱりウラベって術使いだったんじゃない。

 あなたが悲鳴を上げた途端に。しばらく封印されてたらしい魔力が暴発してけっこうな重傷負わされるわ、服一着台無しにされるわ、シャワー浴び直しだわで。

 ……割と大惨事だったのよ?」

 

 責任とってくれる?と腰に両手を当てるネミッサに、俺は叫んだ。

 

「ーーさっきのって夢じゃないのかよ!」

 

 死んだ妻のふりをするとか悪趣味すぎるだろ!

 俺こいつの膝で大泣きしちゃったよ!

 あと何だったんだよ最後のホラー演出は!

 あれもお前の仕業か!そりゃ悲鳴もあげるわ!

 

「もうこれ悪魔の所業だろ!悪魔かお前は!」

「悪魔よ?」

 

 そうでした。

 クスクスと笑うマウント女に、まだ諦めない俺は挽回を試みる。

 

「……いや。俺をからかうのはよせ。

 どうせ全部、悪魔の嘘なんだろう?

 今の話はお前が口にしただけだ。

 お前は単に、俺の夢に入って、夢を操っただけという可能性もーー」

「……あ。見てましたけど。その人の言ってたこと、本当ですよ?」

 

 急に背中側から知らない声が響いて、俺は振り向いた。

 反対側のベッドにはーー俺が転がした警備員が腰かけ、こっちを見ている。

 いや起きてたのかよ。

 なぜか同情するような視線を俺に向けてから、ーーネミッサへたしなめるような口をきく。

 

「私も妻を亡くして長いんで。……わかりますよ。

 あんなお芝居されちゃあねえーー男なら悲鳴のひとつくらい上げるってもんです。

 お嬢さん。人が悪いですよ?」

「だから人じゃなくて悪魔だって」

 

 やりあう二人から、俺は耐えきれず顔を背けた。

 恥ずかしい……!

 全然知らない警備員にも大泣きしてるとこ見られた上にフォローされてる……!

 ネミッサは開き直るように胸を張った。

 

「ああもう。いいでしょ。おかげで吹っ切れたんだから。

 ウラベもずっと魔封状態だったけど、解除されたでしょ?」

 

 は……?

 言われて自分のステータスを確認する。

 

:ウラベ LV20

:HP190 MP90

:使用魔法

:キョウ

:ハ・キョウ

:シ・キョウ

:メタモディ

 

 俺は自らの両手を見下ろす。

 ーー防げなかった妻の死を目の当たりにして以来、ずっと使えなくなっていた術が復活していた。

 卜部の家伝の占術に通じる、鏡占いより派生した封鏡術。俺の悪魔召喚戦闘は、こいつを主軸として構成されていた。

 再び使えるようになったのはありがたい……。

 ーー果たすべき、復讐の為に。

 

「……それは助かるが……。

 まさか。これを狙って、妻のふりをしたーーとでも言うつもりか?」

 

 ネミッサは愉快げに両手を広げた。

 

「ーーそれこそ。まさか、よ」

 

 よし。こいつはただの愉快犯確定だ。

 くたばれ。

 とーー急にネミッサは、もじもじし始める。

 

「ああ。それとその、術が使えるようになった代償、っていうかさ……。

 さっきのウラベの魔力暴発なんだけど。あれ、フロントにバレてねえ……」

 

 ネミッサは何やら言いにくそうに手の指を組み替えている。

 

「壊した備品とか、弁償しろって言われたわ……。

 あとーー三人分の、宿泊費の支払いについてもね……」

 

 え?

 ここはフィネガンの借りてる部屋だから、フィネガンが払うんじゃないのか?

 そう思ってネミッサを見ると、目をぱちくりさせている。

 

「……。アタシがお金の支払いとかーーわかるはずが無いでしょ?」

 

 嘘だろお前悪魔って交渉でお金欲しがったりするだろうが……。

 ああでもこいつ他の悪魔と違ってえらく世間知らずっぽいしなあ……。

 マジか……俺が払うのか。

 

「あのーー今さら礼を言うようですが。

 化け物から命をを救って頂いた上、こんなところに保護までして頂いて。

 ……ありがとうごさいます」

 

 今さら礼を申し述べる警備員を放って。

 俺は高価そうなスイートルームの内装を見渡した。

 財布を改める。

 所持金は二万ちょっと。

 ーー絶望的に足りない。

 

 俺の表情を見て。

 二人は何やら、頭を下げてくる。

 

「ええと……ウラベ。支払いよろしくね?」

「私も手持ちがありませんで……誠に申し訳ない」

 

 笑顔を浮かべる、俺の返答はひとつである。

 

「Si-kyou」

 

 とりあえず二人とも。古い銅鏡へ封じ込めた。

 (このまま叩き割ればたぶん死ぬ)

 

 

 




注:封鏡魔法は前作サマナーにのみ登場する魔法です。
前書いたものにて卜部の家伝という設定にしておりました。
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