「俺の……ディアブロが……!」
うめく俺の眼前。
人の愛車の運転席にステアリングを握り、とびきりの笑顔を浮かべているのはヴィクトルである。こいつの満面の笑みなんて初めて見たわ。
助手席にはメイド姿のメアリ。猛々しいエンジンの唸りを楽しむ主に若干の引き顔である。
「ーーおお……! ウラベよ。
お前の愛馬は、実に走らせ甲斐がありそうだ……!
しばし走りを楽しむとしよう。ではな。
ーーしっかり稼いでくるのだぞ?」
そう言い残すと、ヴィクトルーー俺の債権者は、宿泊費のカタに取り上げた俺の愛車、ランボルギーニ・ディアブロを走らせスロープを下り、豪快な排気音を残して瞬く間に視界から消えた。
「俺の……最後の、仲魔がっ……!」
ベス、プッツ、リャナンシーを失い。そして今やディアブロまでも失い項垂れる俺の肩を、誰かがぽんと叩く。
振り返れば、アタシがいるでしょ?と言わんばかりのネミッサスマイル。
俺は肩に置かれた手を振り払った。
「やかましいわ外道スライム! 一体誰の宿泊費支払いでこんな事になったと思ってんだ!?」
「ちょっとー。スライム呼ばわりはヒドいんじゃない? アタシはもう幾つもレベルアップしたのよ?」
「その割には相も変わらず使える魔法がディアひとつだけだろうが! おまえピクシー以下から脱却できてないんだよ! 仲魔だったら即二軍行きだわ!」
「ピクシー以下……二軍……」
「ーーまあまあ。お二人とも」
俺らの不毛な争いを止めたのは、第三の人物ーー警備員だった。
「支払いをして車を取り返すために。あの船長から、稼げる仕事を受けたのですよね?
仕事内容的には、私もとても助かります。
さあーー歩いていくならそろそろ出ませんと。今夜のシフトに間に合いませんよ?」
時刻は既に夕刻。運河波止場は紅に染まりつつある。
促され、俺とネミッサはしぶしぶタラップを降りてゆく。
その身体は制帽に制服ーー警備員のそれと全く同一のものに包まれている。
これは昼間のうちに、警備員が用意したものだ。
ーー夜が明けたばかりの刻限。業魔殿フロント。
手持ちの金がなく、また口座も凍結済み。加えてファントムを出奔したばかりで無職の俺が「実は当面の宿泊費が払えそうにない」と告白すると、ヴィクトルは実にいい笑みを浮かべた。
"そうか。では、質草としてーーお前の愛馬を預かろう“
呆然とする俺から鍵を取り上げ、ヴィクトルは安心させるように頷いた。
"安心しろ。手伝ってもらいたい依頼なら山ほどある。
なに。お前ほどのサマナーだ、すぐに愛馬も取り返せよう?“
ーーあれから約半日。
俺ら二人は芝浜コアを駆け回って消耗した備品だけ揃え直し(金がない)、警察の事情聴取に引っ張り出された警備員は俺たち用の制服一式を持って戻り、そして無惨にも質草は目の前で債権者に乗って行かれーー現在に至る。
ヴィクトルの言う「金を払う依頼」とは、悪魔サンプルの回収であった。つまるところ片っ端から悪魔を仲魔にして引き渡せば、合体実験材料として金を払ってくれるらしい。
この提案に飛びついたのが例の警備員だった。なんでもしばらく前からずっと、警備先に悪魔が出てどうしようもなかったらしい。報告しても正気を疑われるし、上は当然対処なんてしてくれないし、おまけに人手不足で本来原則二人詰めのところをずっと一人詰めさせられ続けていたらしい。
そりゃあいずれ悪魔と出くわして丸腰のまま戦闘になるよな、と納得のゆくブラック勤務ぶりである。事実上の死刑かな。
しかも、ーー昨夜の火災警報は忍び込んだ若者の失火で片づけられたらしいが(冷湿布……。)、今夜もまた一人きりの夜警シフトに変更はないらしい。すなわち、きょうも悪魔と丸腰で対峙させられる事確定らしい。人手不足やら危険を正しく認識されてないにしても、まず仕事の難易度設定がおかしい。
おっさんに厳しすぎる警備会社である。このおっさんが一体何をしたというんだ……。
先をゆくおっさんの背中は、上機嫌に言葉を紡ぐ。
「いやぁ。
頼りになるお二人が、偽りとは言え新人警備員として一緒に夜間警備してくれて、しかもあの化け物を片っ端から捕まえて職場から持ち帰ってくれる、って言うんですからねぇ! 私にはいい事づくめですよ!
臨時新人採用の申請と、制服の調達くらい、わけはありませんな!」
明らかに一警備員の業務の範疇を超えた状況に普通に対応しながら、警備員は笑顔で振り返る。
「あ。以後、私のことは“主任"と呼んでください。
お二人とも。くれぐれも業務外の人間とはバレないよう、ーーよろしくお願いしますよ?」
俺たちは制帽を深く被り直し、無言で頷いた。
横のネミッサが耳打ちしてくる。
(……警備員って。どこもこんな、死と隣り合わせの職場なの?)
(んなわけあるか。この“主任"が、物凄く不運なだけだ)
(なのにどうして前向きなのこのおじさん? タフねえ……)
これは多分アレだな……。
タフでへこたれないから、皆が嫌がって避ける現場を押し付けられてるだけだなきっと……。
我慢強くない皆が逃げたり倒れたりしてゆく中、最後まで立ってるのはこういうタイプだが、最後に倒れるのもまたーーこういうタイプなのである。
こういう不倒!無敵!を誇ったタンクタイプが倒れてはじめて、経営陣はようやく現場の危機的状態に気づき、奴隷ではない待遇での新規採用とか、宿直勤務翌日通常勤務プラス固定残業という頭おかしい制度の撤廃とか、ようやく昼休み与える気になるとか、しぶしぶ残業代払う気になるとか、待遇改善に乗り出すんだけどそもそも雇う側の意識が時代錯誤に吝嗇過ぎて労基にしばかれるレベルでもう手遅れな場合が多い。おめーの事だよ神社(以下略)
闇色に呑まれゆく二上門ビル群を眺めながら、俺はつぶやいた。
「真っ当な勤め人も。ラクじゃないんだな……」
「そうね……」
「うん?何か言いましたか?」
* * *
闇の中、今宵も煌々と浮き上がるアルゴンNSビル。
退勤する昼警備とも引き継ぎを済ませ(主任が"ああいう事があったばかりだから、知り合いに無理言って臨時バイトとして来てもらった"と俺らを偽名で紹介したので、頭下げただけ)、残業の社員も全員帰り、時刻は夜。
警備員詰所からも感じる、闇の中に蠢く気配。
昼は隠れて大人しくしていた悪魔どもがーー動き出す。
「ーー行くぞ」
俺はGUMPの銃把へ、ヴィクトルから預かった増設メモリを差し込み、悪魔ひしめく廊下へと駆け出してゆく。
行く手にたむろす三体はーー妖精ピクシー。地霊ノッカー。魔獣ギャリートロット。
小手調べとしては十分だ。俺はGUMPを構える。
「え?ウラベ?」「ウラベってあの?」「ひいいい!」
半ば脅すような形になってしまったが、低レベル帯の悪魔はおとなしく仲魔になってくれた。
俺は仲魔を収納した増設メモリを付け替える。
暗い廊下を曲がればーー再びうずくまる次の標的。
外道スライム。外道フェイスバインド。悪霊ポルターガイスト。
ダーク悪魔にトークは不可能だが、俺も元ファントム所属のダークサマナー。
普段はインストールしてないが「ダークマン」くらいは持っているし、今回はしっかりインストールしてきている。
「ミンゼンハ 善ラノカ?」
あっ……。獣タイプ……。バロウズ語か……。
「ジャイブトーキン」インストールしてこなかったわ……。
そもそも持ってないわ……。
まあレベル差あるし、雰囲気で会話すれば仲魔になるだろ。TALK!
「フッ 死ネ デリルアワカー」
お前が死ね!
残念ながら交渉は不調に終わった。
まあ瞬殺されたスライムを見て震え上がった他二体が即仲魔になってくれたからよしとする。
ま、仲魔に同じ悪魔がいると仲魔になってくれないもんな。うまく行かなかったのはそのせいだよな。うん。
「?……どうしてそこでアタシを見るの?」
「いや何も。ーーさて、この階に反応はもうないな」
「エレベーターはこっちですよ」
ちなみに俺が交渉失敗した相手は、連れの二人が即座に警棒でぶん殴って仕留める流れである。
この狂犬2匹に怯えて仲魔になってくれる悪魔もいる。
やはり暴力とは、種族も世界も超えて分かり合える素晴らしい言語である(狂気)。
階を登るに連れレベルの高い悪魔が出てきて、交渉も難航し始めるが、交渉(説得)に交渉(物理)を交えてやればーーまあこの通り。大体上手く行く。
俺の眼前では。仲魔になる事を快く了承してくれた妖鬼ビルヴィスが、腫れた顔面に笑顔を浮かべ、手土産がわりに……と情報をくれる。
「えへへ……ウラベ様。
実はこの塔の最上階には。この塔の悪魔たちをシメる、三柱の魔王がいやしてね?
ウラベ様ほどの実力者ならワンパンでしょうが……仲魔増やすなら。俺ら小突き回すより、そいつらシメた方が早いかも知れやせんよ? ……へへへ」
ほう。三柱の魔王か。
きっとこのビルで一番強い悪魔たちなんだろうな。
ヴィクトルにも高く引き取ってもらえそうだ。
さっそく最上階に行ってみよう。
* * *
この先で魔王たちがふんぞり帰っているという、屋上扉を開け放つ。
「「「!?」」」
結果的に言うとーーその三柱の魔王は、知り合いだった。
「! ベス!プッツ!それにリャナンシー……!」
「「「!? ウラベ様……!」」」
幻魔ベス。地霊プッツ。鬼女リャナンシー。
改めて考えてみれば……そりゃそうだ。
俺がこの三体の召喚契約を解除したのも他でもない、ここだったんだから。
悪魔としてのレベルもみな高いんだし、ここに蔓延る悪魔どもの元締め役の座に着くのも納得である。
魔王たちは思わぬ再会に顔を綻ばせている。
「ウラベ様、どうしてここに……?もしや、あの時別れた我らを再び迎えに来て下さったのですか……!?」
喜びに湧き立つ三体に、きょとんとした顔のネミッサが教えてやる。
「? ううん、違うよ? ウラベはここに、実験材料として高く売れる悪魔を捕まえに来ただけ。そうだよねウラベ?」
「「「……なっ……!!」」」
「ネミッサちょっと黙ってろお前」
余計な一言で好感度が最高から最低にまで下がった。いやホント悪魔かアイツは。悪魔か。
ーーその時、三体の前に膝をつき、俺たちに背を向けたままだった男が立ち上がり、ゆっくりと振り返った。
「ううっ、……あん? 今日はやたらゲストの多い日だな。
って、お前はウラベ! それにフィネガンまで!」
ライダースーツにリーゼント、赤ギターを下げた男は俺たちを見て驚く。
ファントムソサエティ所属の悪魔召喚士ーーキャロルJだ。
「こそこそ這い回るネズミを1匹捕まえたと思ったら……
続けて大物が2匹もかかったぜ!
イエェァ!俺ってツイてるゥ!」
ツイてるゥなどと快哉を挙げつつも、キャロルJの周囲にはダーク悪魔が点々と倒れている。
状況から見て、俺らが本来の警備業務をおろそかにしている間にこいつもNSビルへと忍び込み、そして最上階の三魔王とやらの噂を悪魔から聞きつけ、俺らより一足先に挑戦して敗北した、ってところだろう。
こいつの目的は気になるところだが……ネズミを1匹捕まえた、と言っていたのもどういう意味だ?
こちらの疑問はどこ吹く風、キャロルJは萎れたリーゼントを再び奮い立たせ、ギターピックを構える。
「ここで裏切り者二人をキッチリ俺がシメれば!組織の連中も俺を見直すはず!
あとは。こいつらさえ仲魔にできれば……
おい!お前ら、力を貸せっ!」
後方の三体に声をかけながら、キャロルJはエレキギターをかき鳴らす。耳障りな弦音と共に召喚されたのはーーイッポンダタラにパドロックか。
なるほど。この程度の仲魔じゃあ、後ろの三体には当然勝てなかっただろうな。
そもそも仲魔にしたくともレベルが全然足りんだろう。
後ろに控える三魔王……ベス、プッツ、リャナンシーは、そんな練度未熟な召喚士キャロルJを一蹴するかと思いきや、何やら三体でこちらを見ながら話し合っている。
ーーと。三体のうちの鬼女リャナンシーが、俺に向かって話しかけてきた。
「ウラベ様。再び相見えたのは嬉しい限りですが。
……その泥棒猫とおじさんは、新しい仲魔ですか?」
泥棒猫て。ネミッサに当たりキツいなリャナンシー。
仲魔も何も、見ての通りの警備員仲間だ、と肩をすくめると、リャナンシーは眼差しを少し厳しくした。
「未契約状態の悪魔にふたたび契約を結ばせる方法。
ウラベ様なら当然ーーよくご存知ですわね?」
無論である。
種族も世界も違う、俺たちの共通言語はひとつだ。
「私たちを再び迎え入れるお気持ちがお有りなら。
ウラベ様ーー力を。お示し下さい」