種族も世界も違う、俺たちの共通言語はーーひとつしかない。
「私たちを再び迎え入れるお気持ちがお有りなら。
ウラベ様ーー力を。お示し下さい」
慇懃に頭を下げてから、リャナンシーは傍らの男へ視線を転じた。
「さて……そこのサマナー。ミシェル栄吉、でしたか」
「キャロルJだ! ああん?」
「およそ契約を結ぶには至らぬ、練度未熟の貴様ですが。
私たちがウラベ様と戦うにあたり……召喚士として、私たちに命令をしてみなさい。
私たちの特徴性格を読み取り、もしも的確な命令ができたならばーー貴様がきちんと成長した暁には。
私たちの同族を、紹介することも考慮してあげましょう」
リャナンシーは他二体と頷き交わし、ちらりとこっちを見た。
まあ前に仲魔にした時と同様、普通に戦ったら俺が勝つだけ、同じことの繰り返しになるからな。
自分達にも召喚士の司令塔を置いた上で、三体のチームプレイによって、俺ら相手に力比べをしようという魂胆なのだろう。
頭脳派のリャナンシーらしい戦い方だ。実に面白い。
「マジか!つまりこのバトルに手を貸してくれるってことでいいんだな!ヒュー!気合い入れて行くぜっ!」
だが肝心の司令塔がこいつで本当にいいのか……。
ここからしばらくはキャロルJのターンか。俺はひとまず、奴の手並みを拝見することにした。
最初にまずは、自分の召喚した悪魔と三体とを見比べ、いそいそと後列へ下がってゆく司令塔。自分がパーティの弱点という自覚はあるらしい。潔い。が、悪魔を率いる召喚士としては情けない。大社の宮司と胸を張るなら宮司室で相撲中継見てないで社頭の現場で率先垂範で指揮官先頭で陣頭指揮を(以下略)
次にキャロルJは、ギター越しにじっと前列の三体を見定める。何をしているんだとは思うが、あのギターが奴のCOMPである以上、デビルアナライズをしているのだろう。
サングラスを俯かせ、キャロルJは黙考している。自分ならどうするかな。俺もかつての戦友たちのステータスを思い出しつつ考えてみる。
ベスは性格が冷静だから、前列にいる今なら回し蹴りを選択するだろう。プッツは性格愚鈍なのでガンフォーンかアタックで構わない。リャナンシーは性格友愛なので、前列に出された1ターン目はガード一択だろうな。忠誠度上げ切るまでは後列で回復役以外させようがないが。
「……よし!命令が決まったぜ!
よく聞けや、三体ともっ!」
顔を上げたキャロルJが、前列から振り返る三体へと命じる。
熟慮の末。ギターヘッドを振りかざす悪魔召喚士キャロルJの下した命令はーー
「ーーGO!」
今の長考に何の意味があったんだよ。
「失格!」「失格だな」「……合格」
三体の評価はおおむね失格だったが微妙に割れた。
合格判定を下したのは地霊プッツか。性格愚鈍だから、判断を悪魔自身にぶん投げるGO指示が刺さったのか。悪魔も個性はさまざまだ。
ーーと。
命令を下された三体はGOして攻撃に移らず、こちらへと視線を転じた。
「どうぞーーウラベ様」
どうやら俺のターンらしい。
俺がキャロルJの長考を黙って見ていたので、向こうもこちらの準備を待ってくれるらしい。相変わらずフェアな三体である。
じゃあ遠慮なく、と俺もGUMPを起動する。
使用するのは直前まで付けていた増設メモリだ。
「Summon:Billvis,Wendigo,Nightstalker」
俺は両脇の二人ーーネミッサと主任に目で合図し、後列へ下がらせる。
空いた両脇と背後に……すぐ下の階で仲魔にしたばかりの、妖鬼ビルヴィス、邪鬼ウェンディゴ、外道ナイトストーカーを召喚する。
この配置にも意味はあるが……召喚した悪魔は敵前列の三体よりもレベルが低い。
普通にぶつかれば力負けするだろう。
さてーー戦闘配置は整った。
屍鬼パドロック キャロルJ 邪鬼イッポンダタラ
幻魔ベス 地霊プッツ 鬼女リャナンシー
VS
邪鬼ウェンディゴ ウラベ 妖鬼ビルヴィス
電霊ネミッサ 外道ナイトストーカー 社畜シュニン
屋上を一陣の風が吹き抜けてゆく。
対峙し睨み合う俺たちの間へ不可視の緊張が膨れ上がりーーそして弾ける。
戦いが始まった。
先手を取ったのは速10、前列のウェンディゴ。高々と踵を振り上げ、敵前列を左から薙ぐように回し蹴りを放つ。
敵前列の三体は綺麗に被弾したが、まともに食らったのはリャナンシーくらいのものだ。プッツは打撃無効でノーダメージ、ベスに至っては打撃吸収で回復している。リャナンシーも一番右に位置取りしていた関係で被ダメは低い。
この三体相手に単純な力押しは通じない。それは仲魔にしていた俺が一番わかっていることだ。
まして、よりレベルの低い仲魔を引き連れてーーどう戦うつもりなのか。
三体がそれぞれに笑みを浮かべた。
だがーー
俺には切り札があることを。そちらも忘れてはいないだろうか?
装備しているフットエスケープの効果で。速度9の前列である俺がーー敵前列よりも速く行動する。
「Si-kyou」
短く印を切り、俺は封鏡魔術を発動した。
「!?」「使えなかったはずでは!?」「甦ったのですね……ウラベ様」
思い思いのコメントを残しながらーー銅鏡に閉じ込められてゆく、かつての仲魔たち。
思えば、妻の死以来……ショックで術も使えなくなり、こいつらには不甲斐ないところばかり見せてしまった。
心配をかけたな。
悪魔召喚士ウラベーーようやくの、復活である。
「!? てめえ! ウラベ!
一体何をしやがったっ!?」
宙に浮く鏡に取り囲まれ。運良く封鏡化を逃れたキャロルJが喚き立てる。
こいつは俺の奥の手だ。新人じゃ聞いたこともない術だろう。何をされたかもわかっていないらしい。
俺は黒帽子を被り直す。
「さて……親切に教えてやる義理は、無いな」
全体封鏡術、シ・キョウ。
封鏡化に成功した対象は一切の行動を封じられる。
早ければ1ターンで解除されてしまう封鏡化ではあるが……
封鏡化中は、物理攻撃に弱くなり、魔法攻撃に強くなるというーーステータス変化が発生するのだ。
つまり……。
前列右のビルヴィスが、鏡の群れに向かってかすみ斬りを放つ。
前列を右から襲う斬撃は、鏡に易々と罅を入れてゆく。
続けて後列、ナイトストーカーのガンフォーン。音波の衝撃的が鏡の破片を飛び散らせ、そしてーーネミッサと主任にあらかじめ渡しておいた俺とフィネガンの銃が、二人のへっぴり腰で火を吹いた。銃弾を受けた鏡は、もはや砕け散る寸前だ。
「……くそっ!」
敵後列から唯一行動できるキャロルJが、必死にショートジャブを放ってくるが、俺は軽くいなして衝撃を殺す。
さてーー2ターン目。早くも二体ほどの敵が封鏡化から回復しているが……。
ウェンディゴの再度の回し蹴りがついに一枚の鏡を叩き割ると、また手番が巡ってきたーー俺は再び、シ・キョウを唱える。
「「!?」」
今度はキャロルJまでもが封鏡化した。
封鏡化を回避した悪魔もいるが……後は時間の問題だろう。
俺はGUMPの増設メモリを外す。
毎ターン頭に放たれる封鏡術により、パーティの大半が行動キャンセルと対物理弱体化、加えてターン経過による自然な状態異常回復までもが再度の封鏡化でリセットされてしまえば。
あとは物理攻撃主体の仲間&仲魔たちの猛攻によって、あらかた片付いてしまう。
かつての葛葉キョウジは、悪魔を符に封じて焼き払うーーシャッフラー……符封術と、マハラギオン……炎術とのコンボ攻撃を得意とし、“キョウジスペシャル"と呼んでいたらしいが。
それに倣えば。俺のこの奥の手は“ウラベスペシャル“とでも言えようか。
俺はこの技でファントム有数の悪魔召喚士と呼ばれるまでに至った。
「うわぁ〜ー……!」
すべての悪魔を鏡に封じられた上に砕かれ。
最後にウェンディゴの回し蹴りを食らったキャロルJは、屋上外へ吹き飛んで悲鳴とともに落ちていった。
ビル外から悪魔召喚の光が輝き、見れば……召喚したらしい有翼の悪魔グレムリンに運ばれて滑空し、逃げ去ってゆくキャロルJの姿が見えた。
ーー戦いは終わった。
鏡から解放され、本来の姿を取り戻す三体の悪魔。
うやうやしく頭を垂れ、俺に向かって跪く。
代表してリャナンシーが口を開いた。
「ウラベ様。ーー甦りしお力、しかと拝見しました。
我ら三体。再び、御身の力に。
たとえこの身が。実験材料として売り払われようとも……悔いはありません」
……いや、売らないからね?
再契約。俺は増設メモリではなくGUMP本来のメモリーーかつての彼らの在処へと、取り戻した仲間たちを収納した。
戦場からすべての悪魔が消え、静寂がよみがえる屋上。
見上げれば昨夜と同じ星空の下。何も変わらない。
俺は、大きく肩で息をついた。
これでひとまずはーー元通りだ。
術を取り戻し、仲魔も取り戻し……戦う力は甦った。
失ったままなのはーー二度と帰らぬ伴侶(ひと)だけだ。
「フウ……」「なんとか、勝てましたね……」
ようやく緊張から解かれた二人が、俺に銃を返してくる。
この二人は後ろから適当に銃を撃っていただけだったが、正直なかなかの働きだった。
警備員姿のネミッサは何やら、手のひらに紫電を生み出したりしている。他の魔法が使えるまでには成長したらしい。
主任もちょっとはレベルアップしたようだ。ふだん警備員やってるおっさんに意味があるのかはわからんが。
おっさんが笑顔で振り向く。
「いやあ。現場から根こそぎ化け物を片付けて頂いてーーこの度は本当に、ありがとうごさいました!」
「……どうする? もうここに悪魔の気配はないし、帰ってヴィクトルに手に入れた仲魔ぜんぶ売り払う?」
全部は売らないっつの。
俺はキャロルJの言葉を思い出していた。
「いや……。
奴が口にしていた“捕まえたネズミ"とやらが気になる。
もう一度ーービル内をくまなく探すぞ」
* * *
地下一階、最奥にある用具倉庫。
重荷で塞がれた扉の向こうから声がする。
“……うん? そこに誰かいるのか?
ここから出してくれ。捕まって、閉じ込められたんだ"
「本当にいましたね、潜伏者……あれ、でもこの声……」
首を傾げる主任と三人で荷をどかし、扉を開ける。
その向こうから現れたのはーー咥え煙草の、飄々とした印象の男だった。服装はラフだが勤め人にも見える。
「あれ。貴方は……確か契約社員の、桜井さん、でしたか」
「ああーーここの警備員さん、でしたね。どうも」
二人は一応顔見知りらしい。そこまで面識が無さそうなのは、出社する機会が少なめの契約社員だから、だろうか?
桜井と呼ばれた男は、知らない俺たちに目を瞬かせてから、用心深く辺りを見回す。
「それより。僕をいきなり捕まえて、ここへ閉じ込めた部外者がいたんだがーー」
「ーーそいつならもう追い払った」
答えた俺を見上げて、桜井はへらり、と笑った。
「それなら一安心、と言いたいところなんですが……
僕の目には。あなたもその部外者とご同業に見えますね。
警備員さん。見たことないけど、こちらは新人さんーー?」
警備員の制服を身につける俺らを煙草で差し、桜井は全然信じてなさそうな声で、旧知のおっさんへ尋ねる。
「……いや。こちらは……」
答えを口ごもるおっさんの姿に。
短くなった煙草をひと吸いしてから、桜井と呼ばれた男はーー俺とネミッサに向かい、軽く頭を下げた。
「ああ。人に名前を尋ねるならまずは自分から、ですね。
アルゴンネットセキュリティで契約社員をつとめる桜井……いや、こう名乗った方が良さそうだ。
僕はーーハッカーの。“スプーキー"」
底知れぬ笑みより立ち昇る紫煙にーー
俺とネミッサは。顔を見合わせた。