デビルサマナー:おじさんハッカーズ   作:葛葉狐

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頑張れ負けんな力の限り生きてやれ(湾岸倉庫)

 

 ーー天海ベイ。

 湾岸倉庫街の先、堤防の突端にその姿はあった。

 

「答えろ。なぜお前がここにいる……?」

 

 ヴィクトルから依頼された、新たな調査対象を訪れた俺たちを待ち受けていたのはーー予期せぬ人物だった。

 打ち寄せる波が飛沫を上げ。

 その向こうの背中は、何も答えない。

 

「答えろ……!」

 

 俺は握りしめるGUMPを構える。

 ネミッサも掲げた掌に魔法光を宿す。

 振り返った男の。よく知る、その顔はーー

 

「主任ーー!」

 

 あの警備員だった。

 あの時と変わらぬ警備員の制服に、両手は無手のままーーまるで脱力したように、だらりと下げられている。

 アルゴンNSビルで別れて以来、道は二度と交わらないはずだった。

 ただの不幸な社畜とだけ考えていたがーー本当はファントムの工作員で、俺たちをずっと監視していたのか……?

 そして今。

 時は満ち。裏切り者の粛清のため、本性を晒して現れたというのか……!?

 

「…………。」

 

 俺たちを見つめる警備員の片目から、すう……と涙が流れた。

 その涙は。一瞬とは言え、肩を並べて戦った俺たちを離反者として始末せねばならない哀しみゆえか。

 意図を測りかねる俺の前で。主任は、彼方の湾岸倉庫へと視線を転じた。

 その通用口脇にはーー警備員の制服にあるものと同じ。

 警備会社のマークが記されたシールが、貼られている。

 

「ーーあ」

 

 その瞬間。俺はすべてを理解した。

 GUMPをしまい。潮風に黒帽子を被り直し。俺は踵を返す。

 

「みなまで言うな。事情は理解した。

 待っていろ……また、借りてくる」

 

 俺の言葉に。背後で号泣する声が響く。

 無言で引き返す俺と波打ち際に泣き崩れる警備員とを忙しく見交わし、ネミッサの疑問が俺を追いかける。

 

「……えっ? なに? 何なの……?」

 

* * *

 

 だいたい一時間後。

 

「ーーい"や"あ"ヴラ"ベざん"ば本"当"に"い"い"人"でずな"あ"……ひっぐ……!」

「……。いいから涙を拭け」

 

 そんな大泣きしてたら怪しまれる。

 というか通り過ぎる倉庫作業員から既に怪しまれている。

 俺たちは感涙にむせぶ主任と共に、海沿いに立ち並ぶ倉庫の中を巡回していた。俺もネミッサもまた、以前着用した警備員の制服に身を包んでいる。

 そして俺のGUMPの銃把からはまた、ヴィクトルから借り出してきた増設メモリが生えている。

 

「ちょっと……。

 言われるままに着替えて着いてきたけど。

 そろそろどういう事かーー説明してくれない?」

 

 横のネミッサが消化不良の顔でつついてくる。

 とは言え。かかる事態を招いたのは半分は俺らのせいでもあるのだ。

 ため息をつき、説明しようとしたところでーー

 縦長のカマボコ型倉庫の一番奥、事務室めいた扉に入る。

 

「お疲れさんですーーうわっ!? 警備のおやっさん!? ど、どうしたんすか!? 何でそんな、大泣きしてんすか!?」

「いやあ世の中にはいい人がいるなあと思いまして……ぐすっ」

「? ああ!」

 

 倉庫管理者みたいな人は主任の背後の俺らを見て、納得顔になる。

 

「なるほど……! 前に話してた、頼りになるっていう臨時バイトがまた来てくれたんですか! そりゃ良かったですねおやっさん! これで第二の地下行くのも、もう一人じゃなくて済むっすね!」

 

 壁にかけられた複数の防寒着を取り、とてもイイ笑顔で手渡される。さあアンタら下は寒いからこれ着てってな……!と、まるで死地へ赴く兵士への餞別のごとく押し付けられる。

 第二の地下……? 下……?

 

「でもおやっさん、そんなに泣かなくったって。

 警備会社の抱える契約先の中でも、問題ある心霊物件を“枯らした“ことが評価されて。異例の異動になったんでしょう?

 会社に評価されての異動なんだから。われわれ会社員としては、もっとホラ、喜ばないと!」

 

 けして自分が追いやられることのない死地について。

 人はとてもーー想像力が無く。解像度が低く。また寛容である。

 神職養成室の出荷業者どもとなんら変わらない(以下略)

 よくエアコンの効いた事務室で。ブラック企業の価値観を笑顔で押し付ける倉庫管理者から……俺は顔をそむけた。

 渡された防寒着を着込んだにも関わらず、無言で震え続けている主任をちらりと見るとーーー腰に差した警棒はすでに折れ曲がっていた。

 その「下」とやらで何があったか想像に難くない。

 

「……」

 

 震え続ける厚着の主任を見て、どんな目に「また」遭ったのか想像がついたのか。横のネミッサが俯いた。

 まあ察するに。

 NSビルが急に「夜間警備中異常なし」になったことから、主任が何かした、と思われたのだろう。

 そして別の「夜間警備中異常あり」の警備契約先へと急に配置転換させられたのだろう。

 でまた同じ目に遭ったのだろう。

 俺らも同じで自力でどうにかできる非社家ほど穢れの酷い神社へ放(以下略)

 何らかの日替わりコード、とやらを受け取って事務室を後にする。

 第一倉庫を出て、第三倉庫でも同じものを受け取りーーそして俺たちは、ついに問題の第二倉庫へ入ってゆく。

 どうやらここは低音倉庫らしく中の空気は寒々しい。

 第二倉庫の通路中央。二か所で受け取った日替わりコードを入力すると、ロックが解除された扉の奥にエレベーターが現れる。

 周囲の倉庫作業員たちが作業の手を止め、俺たちに視線を注いでくる。

 どの顔にも。え、マジで行くんだ地下……と書いてある。

 

「……。」

 

 立ちすくむ主任の背を押し、俺らはエレベーターへ乗り込んだ。

 

「俺たちの受けた新たな依頼は。ここにある研究所から、サンプルを取ってくるという内容だ。

 主任。お前は、何を見た……?」

 

 下降する箱の中で。無言の主任へ訊ねる。

 俺はヴィクトルの指定した調査対象「研究所」が、ファントム関連の施設であることを思い出していた。

 管理者はドクタースリル……ファントム所属の研究者だ。

 やつは平崎でも幾つもの研究室を抱えていたがーー。

 

「……この下は前と同じ。悪魔の巣窟でした。

 低温調節がおかしいため、あちこちのドアが凍りついて開かず。最奥の室温管理室へ確認に赴いたのですが……。

 部屋に入るなり、襲ってきて……」

 

 己が身を抱き締める主任。ボス的存在の顔を見るところまでは辿り着いたのか。ひとりで。

 あの時のレベルアップも無駄ではなかったらしい。

 

「ーー何に襲われた?」

「ゴスロリの……ドクロに……」

「ゴスロリのドクロ!?」

 

 どんな悪魔だ。想像できんわ。

 少なくとも既知の悪魔ではないだろう。

 スリルの開発したオリジナル悪魔か。

 奴め。今度は一体何の研究をしているんだ。

 ヴィクトルも俺たちに一体何を取って来させようとしているのか。

 

「あのドレスに……さんざん追い回されて……」

「しかもドレス姿なのか……」

 

 ドレス着た骨に地下倉庫を追い回されるとかホラー映画だろ。

 そりゃトラウマになっても仕方ない。

 

「……まあいい。前のように、片端から仲魔に取り込んで、拒否した奴は殲滅して。ここも"掃除"してゆくぞ」

「わかったわ」

「……。わかりました。またお願いします」

 

 俺はフィネガンの使っていた大口径拳銃を、ホルスターごと主任へ放る。

 エレベーターが停止し、扉が開く。

 冷凍倉庫にしても冷たすぎる風が頬を撫でる。

 目の前には。早くも現れたーー怪異かみおとこ、夜魔モコイ、妖鬼アズミ。

 即座に銃声が連続する。

 ついさっき示したはずの。「まずは仲魔に取り込む」という方針に反してーー複数の銃弾を浴びたかみおとこが消えると、

 

「イ、イケてるね、チミ」

「あ、あらぁ〜。おばちゃんが力になったるわ〜」

 

 残りの二体は快く仲魔になってくれた。

 増設メモリを付け替え、次の悪魔を探す。

 

* * *

 

 地下三階、室温管理室前。

 殆どのドアが凍りついてほぼ一本道ということもあり、順調に悪魔を無力化させていった俺たちはーー遂に目的の部屋前へとたどり着いた。

 

「……ここです」

 

 緊張の面持ちの主任が、銃をホルスターへしまう。

 防寒着のおかげで消耗も少ない。道中、氷結攻撃してくる悪魔ばかりだったせいだ。確かにこれなら、一人でボスの顔見に行って生還するのは難しくなかったかも知れない。

 

「ではーー手筈通りに。行くぞ……!」

 

 パネルを操作し、両開きの扉を開ける。

 中に座っていたのは確かにーーゴスロリドレスの髑髏頭だった。

 中世のミイラにも似たその悪魔は、首元のスピーカーから女の声を放つ。

 

“マタ来タノネーー楽園ノ破壊者“

 

 楽園? 何のことだ?

 

「……あれです」

 

 主任が指差したのは部屋奥、温度調節コンソールである。

 そのパネルにはあり得ないほど低い温度設定が表示されている。

 楽園とは寒冷地のことか。

 こいつは温度設定を守るため、ここにいるのか……。

 

“楽園ノ主ハコノワタシ、ガルガンゼロ。

 スリル様カラ頂イタ、コノ楽園ーー奪ワセハシナイ!“

 

 ドレスをはためかせ髑髏が高々と跳躍しーーそうして、エアコンの温度をめぐる戦いが幕を上げた。

 俺は空中の髑髏ーーガルガンゼロを目がけ、手にした火炎瓶を投げつける。

 

「ーーギャアアアアァ!」

 

 派手に燃え落ち床で悶えるガルガンゼロに、さらに主任の投擲した火炎瓶が追い打ちをかけ、そしてネミッサの放つアギが着弾する。

 オートマータで火炎瓶上限まで買っておいてよかった。封鏡術の効かなそうな相手へは、弱点攻撃に切り替えるに限る(金はかかるが)。

 髑髏の口から迸る冷気で火を消し、そのまま氷塊の礫ーーアイオンの雨で全体攻撃を見舞ってくるガルガンゼロだったが。

 防寒着を着ている俺ら三人には大したダメージもない。負傷した仲魔も、(後列からの攻撃手段がマハブフくらいしかないので)待機していたリャナンシーのメディアであっさり回復する。

 ベス、プッツも物理攻撃を加えてゆきーーほどなく、ガルガンゼロはあっさりと倒された。

 

「アア……スリル、様……」

 

 倒されたガルガンゼロは他の悪魔のようには消えず。おくるみに包まれた赤子のような、奇妙な人形を残した。

 これは……? もしやヴィクトルの指定した、回収対象の「ドリー・カドモン」だろうか……?

 寒い寒いと言いながらコンソールへ駆け寄り、温度設定を冷凍倉庫の正常へと復する主任。

 その時背後から声がかかった。

 

「あああ……。ワイの造魔ガルガン・ゼロが……。

 こないな警備員ふぜいにやられてまうなんて……。

 自信喪失や……。めっちゃ自信喪失や……」

 

 背後の別の扉から姿を見せていたのは。

 おかっぱ頭に厚縁眼鏡、鼻の大きいーードクター・スリルの特徴的な容貌だった。

 肩を落とし、見るからに意気消沈している。

 さいわい俺とフィネガンには気づいておらず、ただの警備員と思っているらしい。悪魔を使役する倉庫警備員がいてたまるか、と思うものの、スリルとは同じ組織にいたもののサマナーと接点の少ない研究者だったので、俺らの顔を知らなくとも無理はない。

 

「やっぱり。造魔ピンではダメなんや。

 コンビやトリオが基本なんやなあ……。

 アカン。一から研究し直しや……」

 

 なんだか漫才研究みたいな言葉を残すと。

 スリルは開けていたドアをロックし、その奥の搬入エレベーターに消えていった。この研究所を放棄するのだろう。

 

「あ。ヴィクトルに見せられた写真通りね。回収、っと」

 

 ネミッサが床に転がる、奇妙な人形を抱き上げる。

 任務完了だ。

 

* * *

 

 その後ーー凍結の解かれた研究所区画の悪魔狩りをしながら知恵の香・運の香という貴重なアイテムを入手し即使用、思ったより多くの悪魔を退治したためレベルもギリギリ1だけ上がった。

 今の俺のステータスはこうだ。

 

:ウラベ LV22

:HP200 MP98

:力10

:知6

:魔3

:耐9

:速9(11)

:運4

 

 まだ速度に不安が残るな……。同レベル帯や格上を相手に確実に先手を取るには、今しばらく伸ばし続けたい。

 知が上がって魔法命中上昇、状態異常の術を行使する俺にはありがたい。あまり関係ないが魔法威力とMPも少しは伸びた。

 運は、敵先制初手呪殺とか避けようのない死への対策として重要な要素だ。まあ俺の場合は忠誠最大性格友愛悪魔のリャナンシーがいるから、友愛の庇護が一度だけ発動するんだが。なるべくそんな目には遭わせたくない。

 ネミッサもまあまあレベルは上がったようだが。メインで使用する魔法が変わるほどではないらしい。

 主任もまたレベルが上がったらしいが。今後の平穏な生活にレベルアップが役に立たない事を願うばかりだ。

 

 地上に戻り、平伏して礼を述べる主任にまた制服を返して(もう戦闘でボロボロだ)別れ、日の沈む海沿いを芝浜波止場へと帰る。

 ヴィクトルにまた増設メモリを返しつつ、引き取り悪魔の査定もしてもらってーー依頼された例の奇妙な人形を引き渡すと、ヴィクトルの口元がわずかに綻ぶ。

 貴重なサンプルを手に入れたんだ。きっと研究に入るんだろうーーそう思って踵を返すと、笑顔のヴィクトルに呼び止められる。

 

「ーーウラベ。これで造魔を作ってみるがよい」

 

 思いがけない提案に訊ね返すと、どうもヴィクトルははじめからそのつもりで俺らにドリー・カドモン回収を依頼していたらしい。サマナーの実戦における造魔作成と運用も、やつの研究の一環らしい。

 とはいえ。いきなり造魔を作れと言われても。

 組織に申請すれば試作品くらいは貸してもらえただろうがーーこれまでずっと、造魔を使役してはこなかった。

 仲魔と比べ。自由意志のない傀儡のような有り様が……ファントムの手先としていいように使われる、己が姿と重なって見えたからだ。

 躊躇する俺に……出し抜けに。横のネミッサが、明るい声を放った。

 

「あ! ウラベ、それならアタシに任せてもらっていい?」

 

 ネミッサには何か考えがあるらしい。訝しみつつも、構わない、と告げると、

 

「ちょっとこのGUMPも貸してね?

 ーーみんなと相談もしたいから!」

 

 GUMPを取り上げられ、そして俺一人だけ自室へと追いやられる。何なんだ一体……?

 とはいえ今日も一日、戦闘続きで疲れた。

 自室にて熱いシャワーに疲れを洗い流しながら、ーーけして流し去ることのできない思いに沈む。

 冷えゆくタイルに背を押し当て、そこに残る熱を惜しむ。

 

 ーーネミッサは一体、何を考えているんだ……?

 

 

 

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