少年は落下していく。
もう終端速度には到達している。この命が助かることは無いだろう。
逆さになった体と、ゆらゆらと揺れる髪と制服。
彼の目は開いていた。
なぜ?と聴いてみる。
怖くないから。
目にしておきたいから?
うん。
けれど、目を開くのであればなぜ、君は自分の命を終わらせてしまうの?
しょうがなかったんだよ。僕は言葉を持たなかった。現実と戦えない。戦えない人間が存在できるほど都合のいい場所じゃないんだ。だからこれでいい。
それでも、この世界を見ていると?
そう。
と口にして彼が手を伸ばすと、朝焼けの光と指が重なり、指が明るく透けて見える。
綺麗だねと語りかける。
ありがとう。君と僕は友達だった。
僕には小説しか無かった。会話も行動も、全てが小説だった。小説というシステムでしか世界を観測できなかった。だから君が隣にいるようになった。けれど、ここで終わりなんだよ。そう、決めたから。
後悔が、あるんじゃないか。
戦えなかった事が?
これは"僕"だから言うんだ。本当は悔しいんじゃないかって。
悔しいよ。けどね、満足もしてるんだ。この世界の形を知れたから。
じゃあ、もっと世界の形を知ろうとは思わないの?
それは思わないよ。もう十分見たもの。世界の形がどうであれ、戦えないならもうこの場所にはいられない。
そうかな。戦う事ができなくても、味わうことはできたと思う。
・・・それはどうだろう。やっぱり僕は、戦う中でしか世界を味わえないと思う。小説家になるにしても、映画監督になるにしても、その歓びは戦うプロセスにしか無いんだよ。きっと。
じゃあ、せめて戦う事ができない君のために、夢を見せたい。
そうして僕は彼に夢を見せた。
空中にいる彼の周りに、今まで見てきた小説のヒーローや、美しい女性たちが現れる。
冒険譚の勇気ある青年。推理劇の洞察の鋭い探偵。宇宙服を着たパイロット。月夜に光る黒髪の乙女。
君は僕であり、僕は君だ。
だから、こうやって夢を見せる事もできる。
凄いね。こんな事もできるんだ。
太陽の光がプリズムとなって角ばった形になるのは、何の雫が元だろうか。
人はゆめをみている。
ずっとずっと、ただゆめを見ている。
それは夢を追って生きる人間も、飛び降りる人間もそうなんだろう。
どこか、現実ではない夢を見て、夢想しながら生きている。
ひとが現実を見ている時間など、きっと無い。
だから、ひとは好きなように夢を見てもいいのだ。
そして、全ての夢は終わる。
目の前の人は消えていき、太陽の光が目に焼けていく。
でも、これで良かった。
ありがとう。
それじゃあね。
おやすみ。