ハッピーは顔を蒼白にさせ、直ぐに立ち上がって駆け出すと、キュアピースの掌から電撃が発射されてハッピーがいた地面を抉り取る。
ハッピーはピースから離れ、射程外に出るがピースに気を取られている内に何者かに背後を取られ、振り向き様に腹部に膝蹴りを食らい、仰け反った所に連続で後ろ回し蹴りでまた吹き飛ばされた。
「あぐぁ…、
なお…ちゃん?」
キュアマーチに蹴り倒されたハッピーは四つん這いになり、体の痛みが引くのを待って呼吸を整えると…、左の頬を“透き通った刃”が掠め、小さな切り傷から血が流れ落ちた。
ハッピーの瞳は溢れてくる涙でぼけ、体を起こして後ろを振り向くと…、そこには氷の剣を構えたキュアビューティが立っていた。
「ビューティ…、
れいかちゃん…!?」
ハッピーはキュアビューティを見上げ、頬に涙を伝わせ…切られた傷から滲む血が涙と混ざった。
ビューティは優しげに微笑みかけ、唇を微かに開いて呟いた。
「…死んでください、みゆきさん。」
ハッピーの顔が絶望で歪み、只その場に下を向いて泣き崩れた。
キャンディもまた大粒の涙を振りまきながらキュアハッピーを守る為にビューティの前に立ちはだかった。
「もうやめてクル、ビューティ!
みんな仲良しクル!ハッピーを…
みゆきをもう傷つけないでクルッ!!」
キャンディの精一杯の声にビューティは僅かに動きを鈍らせるが、右手に引いた剣の切っ先はキュアハッピーの胸に定められてビューティの刺突が一気に心の臓を貫抜こうとしたその時、氷の剣は光の矢により砕かれ、振り返ったキュアビューティを黒い影が懐に入り込み蹴り飛ばした。
泣き顔のハッピーが気付いて見上げた其処には、黒く長い髪を左手でかき上げた赤いリボンを頭に巻いた少女…暁美ほむらの姿があった。
「まだ泣くには早いわ、星空さん。」
「暁美…さん、どうして此処に…?」
「匿名でわたしの携帯に連絡が入ったのよ。
貴女が危険だとね。」
そう言ったほむらとみゆきの前にまた背の高い影が被る。長くフワリとした黒髪を二つに束ね、その右手には鋭く光る日本刀が握られていた。そしてハッピーにはその後ろ姿に見覚えがあった。
「まさか、貴女は…っ!?」
ハッピーが声を上げると、ジャケットジャンバーの背中を見せていた人物は此方を向き、あの紅く綺麗な瞳を見せてまた前を向き直す。
それはあの雪の降る血塗れた夜の東京で出会った黒髪の少女との再会であった。
遊園地の敷地外に一台のバンが停車しており、車内からはカタカタとパソコンのキーボードを素早く押す音が鳴り響いていた。
「おい藤村、インコグニートって野郎のいる場所はまだ分かんねーのか!?」
運転席でニット帽を被った怖面の青年…松尾伊織が後ろの座席でノートパソコンのキーを忙しなく指で叩き続ける眼鏡をかけた少年…藤村駿が苛立ちを感じながらもノートパソコンに送られてくる遊園地内のテレビカメラの画像を何枚も何枚もチェックをしていた。
「あーもー、無茶言わないで下さいよマッさん!
今“月ちゃん”が遊園地のモニターをハッキングして施設内の画像を此方に送っくれてるんスから、その中から“イントクニート”らしき人物探すのかなり大変なんスよ!」
「インコグニートだろが!?」
「どっちでもいいっス!!」
二人の下らない言い争いに見かね、藤村駿の隣に座っていた柊真奈が眉をひそめて間に割り込んだ。
「もう、敵は遊園地内の放送を使ってるんです!
当人を探さずに敷地内の放送施設をピックアップして探せば良いじゃないですか!?」
真奈が声を荒げると松尾と藤村は息を呑みマジマジと彼女を見た。
「柊が怒ったぞ!?」
「…っスね!?」
二人の緊張の無さを余所に柊真奈は直ぐ様サーラット本拠地に連絡を入れる。
「矢薙さん、月ちゃんに○×遊園地内の全敷地に放送可能な施設をピックアップしてもらって暁美ほむらさんの端末機に繊細を送ってあげて下さい!」
端末機の向こうから了解を貰い端末を切る真奈。その表情は不安に押し潰されそうに沈み込んでいた。
暁美ほむらと一緒に星空みゆきを助けに来た少女…小夜の日本刀とキュアビューティの氷の剣が刃鳴を鳴らしてぶつかり合い、ビューティの氷の剣が粉々に砕け散る。
ビューティは直ぐに後方へ飛び退いてキュアマーチが小夜に飛び込んでダッシュパンチを叩き込むが小夜はジャケットジャンバーの裾を翻し簡単に躱す。続いてピースの電撃が小夜に降りかかった。だが此も刀を避雷針にして離してその場を離れ、小夜はピースに向かって駆け走り側頭部をハイキック。クリーンヒットしたのか、キュアピースは小さな悲鳴を上げて倒れ込み動かなくなった。
しかし直ぐ様マーチとサニーが小夜に挑みかかり息も吐かせない連撃コンビネーションを見せるがしかし…全ての打撃が紙一重で躱されていく。
そして二人に挟まれた一瞬の際を見極め、マーチとサニーの互いの拳打を交わすと同時に引き寄せて二人を激突させた。額同士でぶつかり合ったサニーとマーチはその場に崩れ落ちた。催眠術で操られているとはいえ“リミッター”が外れた状態の彼女達を息を乱さず三人を地面に沈め、残りビューティだけとなったのだ。
キュアビューティは微かに後退りながらも意を決したかの様に小夜を睨み突進してガムシャラに連撃を繰り出す。だがやはりその全てを紙一重にかわされ、小夜の顔面にビューティの拳が迫った瞬間に小夜はビューティの右手首を掴み下方へ引くと同時に左掌でビューティの下腹部を突き上げた。すると彼女の体は空中で逆様となり激しく背中をアスファルトに叩きつけられた。
「カハッ!?」
ビューティは背中から落とされた衝撃で息が出来ずにその場に丸く蹲り気を失った。
物の数分であった。キュアハッピー…星空みゆきと暁美ほむらをインコグニート討伐に向かわせた小夜は独りで四人を相手にし彼女達を一蹴した。四人のプリキュアが完封無きまでに叩きのめされた事に遠くから事の様子を見ていた神出鬼没の男…ジョーカーは眉をひそめた。
(…強い!
尋常ではない体捌きです!
“永き時”を生きてきた合間に彼女は幾度と生と死の狭間を駆け抜け…生きる為に人の達人の下で鍛え上げた技!
幾らプリキュアと云えど実戦経験が違い過ぎましたか。)
小夜の身体能力を分析し、ジョーカーは事の顛末を見届ける傍観に徹する事とした。
小夜は倒れたままのキュアビューティに近付いて片膝を地面に付いて腰を下ろすと、ビューティの体を起こして首元を調べた。
(噛まれた後は…ないな。)
安堵したのか、表情が微かに緩んだその時、突如地面が吹き飛んで地中から肉食獣の四肢を持った大きな牛の怪物が姿を現した。
「チッ、“古きもの”か!!」
小夜は刀が落ちている場所を確認してビューティから手を離そうとするが、彼女も突然目を覚まして小夜に抱きついて身動きを取れなくする。
「くっ、こんな時に!?」
「“あまい、甘過ぎるよ、更衣小夜”。」
ビューティの口を借り、何者かが小夜に語りかけてきた。
「お前が来る事は解っていた。
何せ“お前達の遣り取りは全て傍受しているのだからな”!」
小夜は敵の嘲りを聞いてギシリと歯茎を軋ませ、キュアビューティを無理矢理引き剥がそうとするがびくともせず、それ所かジャケットジャンバーの上から分かる程に細い指を食い込ませてきた。
(ぐぅ、コレは…催眠術だけではないな!)
「クフフ…、既に二体の“古きもの”をお前の仲間の元に送りつけてやったぞ。
どうする、“似て非なる化け物”よ?」
小夜はビューティの右上腕を握り締めると力を強め捻り上げた。
“ゴキリッ”と厭な音と同時に彼女の悲鳴が小夜の耳をつんざいた。右肩の関節を強引に外したのである。キュアビューティはまるで意識を取り戻したかの様に痛みに苦しむ。
「惨い事をするものだ、お陰でその娘の催眠術は解けてしまったじゃないか。」
インコグニートの声に紅い瞳で振り返る小夜。その先にはサニー、ピース、マーチの三人が嘲笑を浮かべて小夜を見つめていた。
「娘達にかけた術は催眠だけではないな?」
小夜の質問に対し、インコグニートはプリキュアの口を借りずに放送スピーカーから声を出す。
『その通りだ。
プリキュア共には催眠だけでなく、私の育てた“ワーム”を呑ませてある。
この虫は寄生した宿主に過剰な神経作用を施す様造り出したのでな、今お前が肩の骨を外した娘は腕を引き千切られたかの様な激痛を体験しているのだよ。
後三人のプリキュアも同じ目に合わせれば催眠だけなら解けるぞ?
だが痛みにのたうつ娘共を守りながら其処にいる古きものを相手に出来るか?
何より今の状態で“外にいる仲間”を助けに行けるのか、人ならざる少女…“更衣小夜”?』
インコグニートの声が途切れると、小夜の顔は鬼気迫る形相となり、暗闇に向かい吼えた。
「二度、私を“更衣”と呼んだな。
その名は七原文人の次に嫌いなモノだっ!!」
小夜の憤怒を聞いてスピーカーからはインコグニートの嘲りが耳障りに響く。
『フハハハハハハハッ!!
聞いている、浮島地区での実験で我が主がお前ともう一人の人外に付けた名字だ。
更に聞いているぞ、お前は父と慕ったその人外…更衣唯芳をその手にかけたのだとな!
所詮はそんなものよ、人外の情などな…。
哀れだ、哀れ過ぎて…
笑いが止まらぬわ!!』
インコグニートの高笑いが辺り中に響き渡り、小夜の瞳が紅く染めあがるとサニー、ピース、マーチが一斉に襲いかかり、牛頭の古きものがその後に続き鋭い角で突進してきた。小夜は刀を拾い直ぐ様構え殺意を露わにしたその時、背後から叫び声が聴こえた。
「退いて下さいっ!!」
怒りと殺意に塗り潰されかけた中に残っていた小夜の意識が一瞬で正気を取り戻し、左方向に飛び退くと先程まで激痛に苦しんでいたキュアビューティが立ち上がり力を集中して解き放つ寸前でいた。