戦乙女は死線を乗り越えて   作:濁酒三十六

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鬼は聖女に導かれ幕は降りる…。

「莫迦めがっ!!」

 

 インコグニートは頭上の杏子とキュアハッピーを見上げるといつの間にか右手に持った得物…グレネードランチャー・マンビルXM18を向けて引き金を引いた。飛び出した弾は炸裂し、硬質化したワームの無数の散弾が杏子とハッピーを襲い着弾。インコグニートは二発三発と撃ち二人はワームの散弾に肉を削がれ血飛沫を上げた。

 …そう思われた瞬間、掛け声と共に凄まじい稲光がインコグニートに降り注いだ。

 

「プリキュア・ピース・サンダーッ!!」

 

 “ズシンッ”と激しい轟音と雷光に呑まれたインコグニートは悲鳴を上げてロケットガンを手放した。

 そして続いて左右からハモる掛け声がし、炎と突風がインコグニートに襲いかかった。

 

『プリキュア!』

「サニー・ファイアーッ!!」

「マーチ・シュートッ!!」

 

 火球と風球がインコグニートに直撃し、風と炎が螺旋を造り上げ吸血鬼を包み込んだ。

 

「ギョワアアアアアアッ!!!?」

 

 絶叫を上げ、黒焦げとなり両膝を付いた吸血鬼はだらしなく口を開き、地面に尻を落とした。

 正に“会心”であった。そして先程殺されたかと思われた杏子とキュアハッピーは杏子の魔法による幻影であった。

 インコグニートがキュアハッピーに邪眼を向けようとした時に杏子は巴マミから念話を聴き、一か八かの幻影による一芝居を打ったのだ。

 言わばインコグニートにやられた幻惑を全く同じシチュエーションでやり返したのである。

 その後は何が起こるのかは分からなかったが、まさか他のプリキュア達による一斉攻撃とは思いもよらなかった。

 暁美ほむらの傍にはキュアビューティが付いて首の傷を狭い範囲で凍気で冷やし、一時的に出血を止めてくれていた。

 ほむらの側にいたキャンディはビューティの笑顔を見て泣き笑いの顔になる。

 

「みんな、無事だったクル!

本当に良かったクルーッ!」

 

 キャンディはキュアビューティに飛びついて彼女に頬を擦り寄せた。

 

「キャンディ、ありがとう。」

 

 ビューティは幼い妖精にお礼を言ってほむらの肩に手を添えて支えた。

 全ての古きものを打ち倒した巴マミと小夜もゆっくりと歩いて現れ、皆の視線が傷だらけの吸血鬼に注がれる。プリキュア三人の必殺技を無防備に受けた体は治癒が働かず、黒く煤けた火傷や裂傷を痛々しく見せつけていた。

 

「うぅ…ぉぉ、ぁぁ…。

何故だ…、何故体が治癒されない?

何故我が細胞は再生しないのだ??」

 

 誰かに問いているのか、自問自答しているのか、インコグニートは苦しげに呻きながら声を絞り出した。反対にキュアハッピーの両二の腕の怪我はゆっくりと治癒していき、痛みもまた少しずつ引いていた。体内に入り込んだワームがプリキュアの体を流れる聖なるエナジーに耐えられず浄化されてしまったのだ。

 四人のプリキュアもまた体内のワームが浄化されて駆けつける事が出来たのである。

 未だ疑問が拭えず呻くインコグニートに答えを与えたのは巴マミの肩に乗ったキュゥべえであった。

 

「簡単な話さ、吸血鬼インコグニート。

彼女達プリキュアのパワーは君達吸血鬼にとって危険極まりない力だからだよ。

彼女達の力はそれこそ“陽の光”と同質、それを三撃連続でまともに受けたのだから身体の崩壊はもう避けられない。

君の完敗と言う事さ、インコグニート。」

 

 キュゥべえの話を聞くとインコグニートの顔から鬼相がゆっくりと失せ、先程までの残忍な顔が穏やかに和らいでいく。

 

「そうか、私は…

負けたのだな…。

やっと…わたしは…」

 

 そう呟いたインコグニートはキュアハッピーに視線を向けた。

 

「プリキュアよ…、後二発…いや、黒髪の娘の分とお前の分を入れれば四発だ。

私が消える前に、済ませるが良い。」

 

 悪意と敵意を現さず、身体が少しずつ崩れていくインコグニートをキュアハッピーは眉間をひそめて口を噤み、インコグニートの前に立った。二人は互いの視線を交わし、ハッピーはその死を求める愚者の赤い瞳に耐えられなくなり…顔を背けた。

 

「…出来ないよ。」

「…何故だ?」

 

 インコグニートが少女に尋ねた。自分は少女を解放した黒服の男を目の前で惨殺し、彼女の仲間達を拐かして卑怯にも互いに戦わせた敵である。その様な相手に情けをかけるなど愚かしい行為なのだと彼自身が理解していた。

 

「何故出来んのだ?

私はお前にとって憎むべき敵だ。

お前は私をいたぶりながら、

苦しませながら私の無様な最期を飾るべきではないのか?」

 

 インコグニートの言葉にキュアハッピーは強い反発を覚え、怒鳴り声を上げた。

 

「そんな酷い事尚更出来ないよ!!

貴方のやった事は…確かに許せないけど…、

それでも…、貴方が苦しみながら死ぬ所なんて見たくない!」

 

 どうしようもない涙が溢れてきた。残忍極まりない吸血鬼の為にハッピーは涙を流した。

 インコグニートにとっては有り得ない…有ってはならない出来事である。

 

「何だそれは、わたしの様な化け物の為に何故泣く事が出来る!?」

「分かんないっ!!」

 

 インコグニートは泣きじゃくるハッピーに呆れ果て、小さく苦笑する。そして彼の口から今回の戦いの経緯が語られた。

 

「私は…、セブンスヘブン日本支部長であり【塔】の主である男…“七原文人”にお前達を殺せと命じられた。

私の今の主は七原文人だ、今私を殺さねば最後の力で一番近くにいるお前の喉笛を咬み切ってやるぞ?」

 

 それでもキュアハッピーは動けなかった。しかし七原文人の名前が出た途端に小夜はガチャッと刀を震わせた。その表情には鬼気迫るものを感じさせる。

 

「七原…文人っ!」

 

 小夜の押し殺したと怒りを抑えた様子に気付いたマミと杏子が彼女を訝しげに見つめ、プリキュア達は戦慄を覚える。

 そして既にヘルシング機関のインテグラより知識として教わっていた組織の名はほむらとプリキュア達にとっては全面的に戦いが始まったのだと認識せざるを得ないものであった。

 

「…七原文人はお前達プリキュアを邪魔者として見ている。

最早逃げる道などありはしない。

コレは儀式だ、甘い考えは棄てろ。

私の息の根を止めろ。

私に絶対的…無慈悲なる最期を…っ!」

 

 まるで神を崇め奉るかの様に両腕を大きく広げ、インコグニートはキュアハッピーに止めを強く求める。

 しかし仲間のプリキュアも、魔法少女達も…そして小夜もまた理解していた。

 キュアハッピー…星空みゆきに今のインコグニートを殺す事など出来ない。彼女は断罪者には絶対になれないのだ。

 俯き絶えず涙を零すハッピーの代わりにと小夜が彼女に歩み寄り前に出ようとすると、ハッピーは小夜を左手で遮り、今一度インコグニートを見た。

 

「分かったよ、わたしが貴方を…殺します!」

 

 予想だにしなかった言葉であった。皆がキュアハッピーに視線を移し、キュアサニーがハッピーに駆け寄ろうとするが杏子に止められてしまう。

 

「何で止めるんや!?

ハッピーに…みゆきに“殺し”なんてさせられへん!!」

「…なら代わりにお前が弱った彼奴を殺すか?」

 

 “殺す”と聞いた瞬間、サニーの足が竦むが…サニー…日野あかねは強い意志を露わにして答えた。

 

「…殺せる!

ウチがみゆきの代わりにあの吸血鬼を殺す!!」

 

 そう言って杏子を押し退けるも、突如目の前が真っ赤に染まり、キュアサニーは後方へ飛び退く。

 其処には赤いロングコートを着極した男…吸血鬼アーカードがサニーに背を見せ、後ろを向きサニーに鋭い視線を浴びせた。

 

「邪魔は赦さん、黙って見ていろ!」

「なっ、何やとおっ!?」

 

 いきなり現れて大きな顔をされたと思い、キュアサニーはアーカードにくってかかろうとするがキュアマーチとピースに抑えられた。

 

「よせサニーッ!」

「ダメだよ、あの人に手を出したら!」

「せっ、せやかて元ゆーたらアイツがっ!」

 

 しかし、アーカードは三人のプリキュアを余所にしてその視線は小夜に向けられ、小夜もまた赤い瞳を更に赤く輝かせてアーカードを睨んだ。言葉を交わさず人ならざる視線をぶつけ合う二人だが、キュアハッピーがインコグニートの前に両膝を付いて座ると、彼女に視線を戻して事の成り行きを待った。

 キュアハッピーは両手でハートを形取り、インコグニートの心臓にあてた。

 

「プリキュア…

ハッピー・シャワー…。」

 

 ハッピーの両手が淡く輝き出し、光はインコグニートの胸に灯り…その場所から彼の身体は崩壊を早め始めた。

「…何と言う、度し難い程に腑抜けた小娘だ。

此処まで来て、怨敵に“情け”をかけるとはな…。」

「違うもん、もう…パワーが残ってないだけだから…っ。

でも、わたしは…、

わたしは貴方の全てを…許します。

さようなら、吸血鬼さん…。」

 

 赤い目頭で送られた…まだあどけなさを残す屈託のない柔らかな笑顔…。

 只一言、心の底から彼の罪を清めた少女の言葉…。

 それを目の前にして、そして耳にしてインコグニートは初めて全ての呪縛から解放されたと確信した。彼の表情から狂相は完全に消え、苦痛すら消え失せ、消滅する直前に彼は少女に言葉を残した…。

 

“…幼き聖女の導きに、感謝を…”

 

 インコグニートの体は全て灰となり、消滅した。

 キュアハッピーは星空みゆきへと戻ると、ふらりと揺れてその場に倒れ込んだ。

 

「みゆきっ!?」

 

 キュアサニーが真っ先に駆け寄り、みゆきを抱き起こす。

 ピースとマーチも直ぐにみゆきの所へ行き、ビューティは心配そうに四人を見守るが、マミと杏子がほむらを支えてビューティに彼女達も元へ行くよう施した。

 

「ありがとうございます!」

 

 魔法少女達にお礼を言ってキュアビューティも走り、みゆきに寄り添った。

 ケンカ別れをしてから1日以上経ち、顔を合わせるみゆきとあかね達。みゆきははにかみ、今言いたい事だけを口にした。

 

「みんな…、

わたし、みんなが大好きだよ。

だからみんなと離れたくない、みんなと一緒にいたい!!

…一緒に…いたいよ。」

 

 目尻がヒリヒリしているのにまたもや涙が溢れてしまうみゆき。

 サニー達も変身を解き、一人一人がみゆきの言葉に応えた。

 

「ウチかて同じや!

天地がひっくり返ったってウチ等五人は大親友やで!」

 

 あかねはみゆきを抱き締めて涙を溢れさせ、やよい…なおもまた涙が抑えられなくなった。

 

「わたしもみゆきちゃんが大好きだよ。

みんなの仲間に入れて、スッゴく幸せなんだから♪」

「わたしも、みゆきちゃんが大好き!

コレからだってずっとずっと一緒なんだからねっ!」

 

 そしてれいかもまた頬を一杯に涙を伝わせ、みゆきの手を自分の掌で包み込んだ。

 

「私も皆さんに負けないくらい、みゆきさんが大好きです。

私達の道はどんな時だって共に、前へと進んでいきます!」

 

 みゆきを囲い、四人はスクラムを組む様に寄り添い…、魔法少女達と小夜は微笑みを浮かべて見守った。…しかし、其処にアーカードの姿は既になく、遠くより傍観していたジョーカーもまたその姿を消したのであった。

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