見滝原中学校第三校舎では魔法少女となった佐倉杏子と同じく魔法少女になった…、しかし蒼白な顔で胸を抑えながら杏子に肩を抱えられて前のめりに歩く巴マミの姿があった。
「大丈夫かよ…、マミ?」
マミは青い顔に苦笑を浮かべ杏子に答える。
「どう…かしらね、あまり良くなったとは…言えないかしら…。」
その口調はまるで自嘲している様にも聞こえ杏子は顔をしかめる。
二人のいた教室で起きた惨劇は特別な武器によるモノであった。他の教室の様に銃による乱射ではなく、手榴弾と云った爆弾でもない。
…“毒ガス”である。
突然侵入した鬼面兵は奇妙なタンクと一緒にマミと杏子をクラスメイト達と担任ごと閉じ込めた。そして完全に密封された硬壁ガラスの教室に置かれたタンクからガスが噴出され、そのガスを吸った生徒は一人…また一人と苦しみ出しては泡と血反吐を吐いて次々と事切れて逝った。杏子は直ぐに魔法少女に変身してガラス壁を破壊しようとするがなかなか壊せず、他の生徒を守ろうとして端角にいたマミは変身が遅れ僅かに毒ガスを吸ってしまっていたのである。
杏子がガラス壁を破壊して鬼面兵達を倒した時には生きている教師やクラスメイト達は居らず、魔法少女の姿になっていたマミは友達の亡骸を両手に抱き寄せ泣いていた。
杏子は右肩にマミを抱え、左手に三角刃の多節槍を強く握り締めて床を踏み締める。彼女もまたマミと同じ誰一人助けられなかった事を深く悔いていた。…自分が周りへの被害を気にかけ且つ硬壁ガラスを侮ったばかりに直ぐに砕けず、壊すのに七撃も要してしまいその間に致死量の強い毒ガスはマミ以外の命を全て奪い去ってしまった。
「必ず“ツケ”は払わせてやるぅ…!!」
杏子は泣きたいのを我慢しながらも歩を進めるが…廊下の向こうから熱気に焦げ臭い厭な匂いとけたたましい女性の絶叫が聴こえ、前方にいる二人の鬼面兵を睨んだ。
「マミ、少しの間ジッとしていてくれ!」
マミは無言で頷き、杏子は彼女を廊下の脇に降ろすと常人の目には捉えられない早さで鬼面兵の一人を瞬殺し、気付くのが遅いもう一人を多節槍で払い飛ばした。そこで杏子はその鬼面兵が装備した銃器を見て真っ青になる。背中に背負った二本のガスボンベにそれとホースで繋がった銃型の噴射器…。
(まさか…、火炎放射器!?)
更に焦げ臭さが増し、鬼面兵のいた場所は女子トイレの前。そしてその中からは咽せかえる程に肉の焼け焦げた臭いが杏子を地獄の底へ叩き込んだ。…ガクリと膝をつく杏子は焼けた女子トイレの隅にある黒焦げた四つの性別の解らない死体を見てしまったのだ。杏子の後ろで昏倒している鬼面兵は火炎放射器まで使用してこの学校の生徒達を殺害していたのである。
「…駄目だ、もうネジが取れちまった。」
そう呟いた杏子の表情に殺意が宿り、立ち上がった途端に彼女の足下で血飛沫が飛んだ。仰向けに倒れていた鬼面兵の心臓に槍を突き立てたのである。そしてもう一人にもその狂刃を向けた時、マミが其処に立っており、左手に構えたマスケット銃の銃口を下に向け…引き金を引いた。“バンッ”と銃声が鳴ったと同時に廊下一面にはワッとドス黒い血が広がり、鬼面兵の頭の肉片が其処等中に散らばる。
「…マミ…。」
呆けた表情の杏子がマミを見つめ、彼女は生徒の焼死体と人を殺したショック…そして毒ガスによる症状が合わさってしまい激しく嘔吐してしまう。
「うぅ…ウエオォォ…ッ!!?」
胃液を吐き出し、四つん這いになったマミはマスケット銃を投げ捨てて声を上げて泣き始めた。
「もうイヤだあ!!
こんな思いをする為に命を繋ぎ止めたんじゃない!
こんな光景を見る為に魔法少女になったんじゃないわ!!
どうしてわたしにこんなモノを見せるのよ、お父さんとお母さんだけじゃ飽き足らないの!?
なんで…何でわたしがこんな場所に居なくちゃならないのよおおっ!!!」
彼女は完全に恐慌状態に陥っていた。同級生の死に際を見せつけられ、怒りの為とはいえ遂には自分の手を血に染めた現実に堪えられなくなったのだ。泣き喚く彼女の悲痛な嘆きに我に返った杏子が駆け寄り、マミの両肩を掴んだ。
「おいマミ、しっかりしろ!?」
体を揺さぶり、杏子は泣きじゃくりながら叫ぶマミを正気に戻そうとするがマミは唐突に杏子を突き飛ばす。
「何すんだよ!?」
「そっちこそ、どうして平然としていられるのよ!?
人が殺されているのよ、わたし達人を殺してしまったのよ!!
…平気そうになんかしないでよ…。」
隠し切れずに動揺を爆発させるマミに杏子は苛立ち、右拳を振り上げるとそのままマミを殴りつけた。マミは倒れ込み、杏子は膝座りのままでいた。
「…いたい……。」
「あたしも手ぇ痛えよ、バカ女。」
そう呟いた杏子は倒れ伏しているマミの胸ぐらを掴み上げてお互いの顔が近付いた。
「あたし相手に甘えんなよマミ。
こちとらアンタの泣き落としに付き合える程人は良かねえんだよ!」
杏子に胸ぐらを吊されたマミは悔しげに唇を咬み締め、目を瞑り涙を絞り出す。
「マミ、この学校はもう戦場なんだよ。
敵が魔獣だろうと人間だろうと絶対に迷うな、そして終わらない内に泣くな!
あたし等は…
あたし達はどんなに否定しようと“魔法少女”なんだっ!!」
杏子の言葉にマミは目を開け、歯をきつく噛み締めた。彼女の言う通りなのだ、どんなにマミが泣こうが喚こうが…魔法少女である事実からは逃げられない。
彼女の両親が死んだ日、マミもまた二人と同じく命を落とす筈であった。…だがマミはキュゥべえと出会い強く願ったのだ、まだ生きたいのだと…。
彼女が魔法少女を否定する事は自分の生そのものを否定してしまうのだ。杏子には其れが許せなかった。
「テメエの持ち分を放り出して逃げようなんざ、あたしは絶対に許さねえ!!」
気付けば杏子の目から涙が流されていた。思わず感情的になったせいだろうか…、それに気付いた本人はマミを離して左腕で涙を拭う。
そんな杏子の姿にマミは落ち着きを取り戻したのか、自分も涙を袖で拭い…ハンカチを出して杏子に渡そうとするが、廊下の向こう先から光が一瞬視えた。
「杏子危ない!!」
マミは杏子を力一杯に突き飛ばしたと同時に高速で飛んできた“エネルギー弾”を脇腹に喰らい、弾き飛ばされた。
「マミッ!?」
杏子は血を吐いて転がるマミに駆け寄ろうとするがエネルギー弾が飛んできた方向に人影を見つけ多節槍を構える。
「・・・何だ、お前!?」
杏子は自分と向かい合う敵の姿に驚きと動揺が隠せなかった。“彼女”の姿があまりにキュアマーチに似ていたからだ。…しかしよく見れば大きな違いもあった。所々にフリルを飾った黒いボディスーツに広い袖…髪はマーチと同じポニーテールだが彼女とは違いしっとりとした長い緑色の髪であった。
「弱者は強者に踏み潰される…。此は宇宙全ての真理だ。
生徒と教師は【塔】の兵士に殺され…
兵士はお前達魔法少女に殺され…
そして魔法少女はわたし達“バッドエンドプリキュア”に駆逐される!
全てはもう決まった最悪の結末だ…。」
彼女はニタリと嗤うと突如杏子の視界から消えた。
(しまった!?)
杏子は咄嗟に多節槍を横に頭上に掲げると“敵”は頭上から長い脚を振り上げて踵落としを狙ってきた。多節槍が大きくしなり、踵は杏子の額ギリギリで防げた。
「アッハッハッハッ、まだまだまだまだああっ!!」
キュアマーチと同じく蹴り技と得意としたその敵はすかさず鞭の様にしなる蹴撃を連続で繰り出す。杏子も避けては多節槍で受け、または流して防ぐが防戦一本となってしまう。
(やべえ、蹴りが速いだけじゃなく重過ぎる!!)
受けては流し、避けては受ける。杏子の戦闘スタイルは攻撃こそ最大の防御と云う言葉通りの闘い方である。防御は魔法少女四人の中で一番不得意なのだ。だからこそ彼女はマミやさやか、ほむらとチームを組み自分の弱点を補った。
しかし今…ほむらとさやかは居らず、マミは敵の奇襲で動けずにいる。よって敵の蹴撃連打を躱し切る事は不可能に近かった。
「ほらほら、もっと速くなるよ!
しっかり気張りなっ!!」
杏子は反撃出来ずにコンクリートの壁に追い詰められ、敵の予告通りに蹴撃のスピードはどんどん速くなっていく。そして敵の蹴りがとうとう杏子の防御を剥がし切り横っ腹にヒットした。
「ガハアァッ!?」
杏子の腹部に敵の爪先がめり込み、杏子は呼吸を封じられ、その隙を敵は逃さなかった。
「終わりだ、魔法少女。」
キュアマーチに似た魔少女は右脚を弓を引く様に腰の位置で膝を折って止めると…、今度は機関銃の如く直線的な蹴突が杏子を襲った。ノーガードで受けてしまったその蹴突の連撃に杏子は為す術なく身を曝す。背にした壁は連続する蹴突に亀裂が走り、杏子の体をめり込ませていくと敵は深いピンク色のエネルギー弾を発生させてサッカーボール程の大きさになると右脚の連打を止めて左脚を振り上げエネルギー弾を蹴った。エネルギー弾はほぼ零距離で意識が虚ろの杏子を直撃…後ろの壁をぶち抜いて更にまた壁をぶち抜き、その瓦礫が彼女を埋めてしまった。
「魔法少女…他愛ない。
わたし達バッドエンドプリキュアの敵じゃないね!」
バッドエンドプリキュアを名乗る少女は動かなくなった杏子を遠目に罵り、やはり動けないマミに視線を向けて近寄ると蔑みの眼差しでマミを見おろし彼女の腹部を蹴りを打ち込み、浮いた彼女をサッカーボールの様に壁に蹴りつけた。
「あぐぅ!!」
吐血が廊下に散らばり、マミはまた膝を折り倒れようとするが、彼女がそれを許さず首を鷲掴みにし、苦しがるマミを無理矢理壁に押し付けた。
「さて、お前はどう料理してやろうか~?」
魔少女の大人びた顔は残酷な笑みを作り出し、マミの眼前に敵の二本指が彼女の目玉を抉り出さんと迫る。
「その位にしておきなさい!」
突然緑色の少女の背後から別の女の声が聴こえ、振り向き様に左脚の回し蹴りを入れようとしたが赤黒い液体の様なモノに受け止められると凄い力で勢いをつけて持ち上げられて天井に叩きつけられた。
「グアッ!?」
更に床にも叩きつけられて遠くへと放り投げられた。
最早マミは声も出せず、気を失い前のめりに倒れ込むが、彼女を助けた何者かが抱き止めてゆっくりと廊下に降ろした。
「バッドエンドプリキュア…か、それじゃあ貴女はバッドエンドマーチ…とでも言うのかしら?」
マミを助けた人物は左目を前髪で隠したショートヘアの金髪…声と豊満な胸が女性であると伺わせるが、赤黒く変色したヘルシングのワッペンを付けた部隊服を着ており左腕が無い。…代わりに赤黒い液状…或いは“影”の様な物体が生えて蠢いていた。
彼女の名はセラス・ヴィクトリア…。ヘルシング機関の現ゴミ処理係であり、吸血鬼アーカードの僕…眷族である。
放り投げられた敵…バッドエンドマーチはゆっくりと起き上がり、吸血鬼セラスを睨んだ。
「吸血鬼か、相手にとって不足はない!!」
バッドエンドマーチは床を蹴り、突進。セラスは迫るマーチを笑みを浮かべて迎え討った。