戦乙女は死線を乗り越えて   作:濁酒三十六

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伯爵は乙女の窮地に駆けつける…

 魔獣共の猛攻が始まった。激しい毒害の瘴気を吐きつけ、幾本の腕がハッピー達を狙い伸びては地面に突き刺さる。キュアハッピーがほむらを抱えて攻撃を回避し、サニーとマーチで二人への攻撃を打ち払うが、あまりの数と瘴気の霧により体は焦燥し…動きもどんどん鈍くなって来ていた。小夜は加藤と真剣による死合いにより彼女達に手がいかず、魔獣一体を倒した時には既に三体も増えており見渡す限りに魔獣が溢れる程であった。

 キュアハッピーは肩に腕を回して抱えたほむらに強く呼びかける。

 

「ほむらちゃんお願い、戦ってっ!

このままだとわたし達保たないよおっ!!」

 

 しかしほむらの体はマリオネットの様に力無くへたり、ハッピーはその体を支え続ける。その時、ハッピーはマーチとサニーの悲鳴を聴いた。

 何本もの魔獣の腕が二人の身体を絡め捕り、その強力な圧迫がサニーとマーチを苦しめ徐々に“死”へと誘おうとしていた。

 

「サニーッ!?マーチッ!?」

 

 苦しみながらも身を捩ろうとするも、魔獣達の腕は更に二人に覆い被さり、その姿は見えなくなってしまった。

 

「イヤアアアアアアッ!!!

あかねちゃんっ、なおちゃんっ!!?」

 

 泣き叫ぶハッピーをほむらは横目に見るが、悔しげに歯を噛み締めるだけで動こうとはしない。彼女の中にあるのは困惑と疑惑…そして絶望のみであった。そしてキュアハッピーと暁美ほむらにも魔獣達が迫ろうとした時、二人の耳に闇より響くかの様な男の声がハッキリと聴こえた。

 

“拘束制御術式(クロムウェル)

一号、二号解放!

目標完全沈黙までの限定解除っ!!”

 

 次の瞬間、サニーとマーチに群がった魔獣達が突如爆ぜ、黒い大きな塊がキュアサニーとキュアマーチを背に乗せて飛び出した。

 ハッピーとほむらは唖然とした表情で二人を助けた…姿そのままの“黒き獣”を見た。それは真っ黒で目を六つ…いや八つと揃えた大きな犬であった。“ブラックドッグ”、アーカードが使役する凶暴な使い魔である。三十年前の戦いで失っていたが、新たなブラックドッグをアーカードは手に入れていたのである。そして襲い来る魔獣達の頭が白銀…漆黒の銃より放たれた弾丸により十体が瞬時に破壊された。

 更に凄まじいスピードで多節槍が鞭の如く唸りを上げて六体の魔獣を瞬時に薙ぎ払った。ハッピーとほむらの前に幻惑の魔法少女…佐倉杏子と本来の戦闘スタイルである黒い拘束服を身に付けたざんばら髪のアーカードが降り立ったのだ。

 

「お待たせした、みゆき姫…。」

「ア…カードさ…、遅いよ…。

もっと早く来てよ~!」

 

 戦士の顔を保てずにくしゃくしゃにして泣きじゃくるハッピーをアーカードは無表情に見おろす。誰もが吸血鬼が彼女を侮蔑するかと思ったが…、アーカードはハッピーの前で片膝をつき、彼女の頭を優しく撫でた。そして一言を呟いた。

 

「すまない…。」

 

 その時の表情は何時もの傲岸不遜な顔ではなく、心を許した相手にしか見せないであろう優しげな微笑みであった。杏子もまた項垂れるほむらを見おろし、アーカードと同じく彼女の前で膝をつくが…彼とは反対にほむらの胸ぐらを掴んで自分の眼前に近付けた。

 

「杏子ちゃんっ!?」

 

 ハッピーは杏子を止めようと手を伸ばすが、その手をアーカードが掴み取る。

 

「アーカードさん…!?」

「戦えぬ者に生きる資格はない!

例え虫螻でだろうと猛獣であろうと生きる為に命を賭して戦っている。

戦えぬのならば、腐り死ぬのが摂理だ。」

「…そんな…!?」

 

 反論しようとするキュアハッピーをアーカードは何時もの態度で一瞥するとその手に握る二挺の巨銃でまたも迫る魔獣達を粉砕した。

 

「みゆき、其処で寝ている二人を起こせ。

総出で“ゾア”共を掃滅する!!」

 

 そう言ってアーカードは魔獣の群に飛び込み、ブラックドッグもまた魔獣達を蹴散らし、食い散らかす。その行動は正しく千歳ゆまとの血の契約に基づくものであった。

 アーカードによって魔獣達はキュアハッピー達には触れる事も出来ずにいるが決して優勢とは言えず、アーカードの二挺拳銃にも弾丸に限りかある以上は思い通りには行く筈もなかった。

 アーカードに守られる中で杏子はほむらの胸ぐらを掴まえたまま彼女を見据え、ほむらは杏子から目を反らす。ハッピーが目を覚ましたサニーとマーチを介抱していると杏子は言った。

 

「ゆまが…死んだ…。」

 

 皆、耳を疑った…。千歳ゆまが死んだ。見滝原中学校で起きた戦いにプリキュアや魔法少女達が生き残れたのはゆまの広域治療魔法があってこそなのだ。何より一番護らなければならない幼い少女が一番早く逝ってしまうなどあってはならなかった。

 キュアマーチは信じられないとばかりに杏子の腕を掴み、今一度問い質した。

 

「ゆまちゃんが死んだなんて…、嘘だろ?

…もしそうなら杏子ちゃんがそんな平気でいられる訳ないじゃないか!?」

 

 そこまで言ってマーチは気付いた。杏子の目が既に赤く腫れているのを…。

 

「わりいな、なお。

さっきまであたしお前達放ったらかして屋上で泣き喚いてたんだぜ。

…だからさ…。」

 

 …と、杏子はゆまの死に打ち拉がれたほむらにもう一度視線を向ける。

 

「だから本当ならあたしにはコイツを責める資格なんてねえんだ。

…だけどさ…、

お前悔しくねえのかよ、ほむらあっ!?」

 

 杏子の胸ぐらを掴んだ拳に力が隠る。

 

「敵に何されたか知らねーけど、学校のみんな殺されて、仲間いい様にされて…、ゆままで殺されて、あたしは腸煮えくり返ってるんだぜ!!

このまま何もせずに終わる気か、暁美ほむら!?」

 

 杏子は問う、ほむらの戦う意志を…。彼女が魔法少女として戦い抜いて積み重ねた苦しい日々を今一度思い起こさせる為に…。

 

「…わたしは…」

 

 ほむらは考えてしまうあの軍人が実の父なら…、あの男はゆまを殺したかも知れない敵なら、自分の存在は…。ほむらは自身を強く抱き締めて蒼白な顔になってしまった。

 そんな彼女を杏子は歯痒くも何も言わず、胸ぐらを掴んでいた手を離した。

 

「みゆき、もう少しだけ…ソイツの事守ってやってくれ。

コッチはチャッチャと終わらせちまうからさ。」

 

 そう言って杏子は二人に背を向け、多節槍を右手に取り軽く振り回すと突然杏子の姿が左右三人に分身し、真ん中の一人を入れた七人となった。

 

「あたしの魔法、全開で往くぜ!!」

 

 七人の杏子は天高く飛び跳ね、魔獣の群に飛び込んだ。

 そしてキュアサニーとキュアマーチもまた立ち上がり決意の眼差しをハッピーに向けた。

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