力を使い果たし、或いは死を迎えこの世界から消滅した魔法少女の魂を安らぎへと導くモノ…。それが円環の理である。みゆきは鹿目まどかと名乗る少女から目が離せず、キャンディもまた不思議そうな目で少女の顔を見つめた。
「何だか雰囲気がみゆきに似てるクル…?」
キャンディが言った事にみゆきとまどかと名乗った少女は顔を見合わせ、微笑んだ。“円環の理”の事が気にはなったが、みゆき、キャンディ、まどかはいつの間にか見滝原の公園となっていた中で歩きながら話をした。
「へえ、ほむらちゃん達と友達だったんだ。
…じゃあ、まどかちゃんも…魔法少女だったの?」
「うん、わたしも魔法少女だった。本当なら、他の魔法少女と同じ道を辿る筈だったけど…
ほむらちゃんのおかげで大きな願いを叶える事が出来たの。」
まどかの言う“大きな願い”と言うものに強い感心を持つみゆき。しかし其処でまた周囲の背景ががらりと変わり、みゆきとキャンディは総毛立つ。先程の賑やかな教室や爽やかな公園とはまるで違う異形の空間。不快感を催す捩れ混ざった色彩に染まる歪んだ床や壁、何処へ続いているのか解らないジグザグの道や扉が其処等中にのたうつ迷宮はまるで魔物の胃袋をみゆきとキャンディに連想させた。
そして二人は遠くにある剥き出しの階段を走る二人の少女を見つけた。
「あの人…、マミさん!?
それにもう一人は…、エエエエッ!?!?」
階段を駆け昇るマミと手を引かれながら付いて行くもう一人の少女は…、鹿目まどかであった。
隣のまどかに目を向けたみゆきとキャンディは彼女の表情が強張っているのに気付く。
「まどか…ちゃん、コレは一体何なの?
彼処にいるマミさんとまどかちゃんは偽物…なの!?」
みゆきの疑問にまどかは苦しげな表情を向けて答えた。
「今わたし達が見ているのはわたしが人間だった時の記憶…。
わたしの存在があった時の…魔法少女達の悲しい結末…。」
憂う瞳でまどかはまた走るマミと自分を見る。場面はまた変わり、魔法少女となった巴マミが勇猛果敢に襲い来る小さな魔物を両手に握る銀のマスケット銃で迎え撃ち、正に無双を誇り此を撃ち倒した。
「マミさんすごい…!」
笑みすら浮かべてまどかを後ろに突き進むマミにみゆきとキャンディは目を輝かせ、隣のまどかをそっちのけで応援までし始めた。
そして迷宮の最深部。其処には美樹さやかとキュゥべえが二人を待っていたかの様に居てマミとまどかが着いたのと同時に皆が凝視する壁に刺さった黒い玉の様な物が割れてピンクの可愛らしい人形が飛び出した。
すると何を思ったのかマミはその人形に一方的に攻撃をして黄色いリボンで拘束。トドメの一撃を喰らわせたその刹那…、人形の口から有り得ない程に巨大な人面の蛇の様な怪物が飛び出してマミの眼前で大きく裂けた口を開いた。鋸の様に並ぶ鋭い歯を剥き出した顎はマミに迫り…何と彼女の頭を噛み砕いた。
何が起きたのか全く理解出来ないみゆきとキャンディ。先程までマミと一緒にいたまどかとさやかも絶句したまま動けず、キュゥべえが必死に契約を迫る。しかし其処に現れたのは黒く長い髪を靡かせた魔法少女…暁美ほむらであった。彼女はどの様な魔法を使っているのか…消えたり現れたりして怪物を翻弄し、いつの間にか爆弾を怪物に飲み込ませて其れが体内で連続で爆発。怪物は黒い肉片を飛び散らせて絶命した。後に残ったのは先程怪物を生み出したのと同じ小さい玉が針で串刺しにされたかの様な形の物体だけであった。
みゆきはその場にへたり込んで項垂れる。目の前で巴マミがあまりにも凄惨な死を遂げた事実に頭の中が混乱していた。キャンディもまた恐怖に心を奪われてみゆきの胸に顔を埋めてブルブルと震えた。
周囲は真っ暗となり、闇の中でみゆきとキャンディ…そして鹿目まどかが残された。みゆきは下を向いたまま、まどかに問い掛ける。
「ねえ、まどかちゃん…。
今の怪物は何…?
マミさんは…死んじゃったの…?」
「うん…、わたしが存在した世界ではマミさんはあの“魔女”に殺されてしまった…。」
「…魔女…?」
まどかは語る。魔女とは魔法少女達のソウルジェムが絶望に染まりきった時、彼女達の魂はあの串刺しの玉…グリーフシードに変わり、魔女と言う怪物に成り果てて世界を呪い続けるのだと…。
「マミさんの死後…、さやかちゃんが魔法少女になり、杏子ちゃんと対立したわ。
二人の考えが交わらなかった為に…、そしてさやかちゃん自身が絶望に染まり始めた為に…。」
さやかはマミの意志を継いで誰かを守る為に力を奮い、杏子は魔法は不幸を呼ぶとして自分の為だけに奮った。しかしさやかは自身が人で無くなってしまった事実と其れが原因で幼馴染みの上条恭介と友達の志筑仁美との三角関係に踏み切れない現実に疲れ果て、親友であるまどかに罵声を浴びせて自分自身に絶望をした。
そして彼女の最期は魔女となり、佐倉杏子と共に消滅したのである。
みゆきはゆっくりと顔を上げ、涙腺が壊れてしまう程に涙を溢れさせてまどかを見上げた。
「貴女は…、友達の最期を…、ずっと見て来たんだね。
…苦しかったよね…。」
まどかは自分を憂う言葉をくれたみゆきの前に両膝を付いて座り、話を続けた。
「わたしはマミさんやさやかちゃん…杏子ちゃんの死に対して何も出来なかった。
全てはキュゥべえが仕組んだ罠だって事に気付いてもどうする事も出来なかった…。
でも、わたしを導いてくれたのは…ずっとわたしを守ってくれていたほむらちゃんだったの…。」
真っ暗な周囲がまた変わる。それはかつて別の時間軸で魔法少女だったまどかと体の弱い内向的な少女…暁美ほむらとの出会いから始まった。
強大な力を誇る魔女…“ワルプルギスの夜”との戦いで命を落とす巴マミと鹿目まどか…。暁美ほむらはキュゥべえに願った。
「鹿目さんとの出会いをやり直したい!
鹿目さんを守れる自分になりたい!」
…と…。ほむらの願いは叶い、彼女は時間を操る魔法を手に入れた。だがそれが暁美ほむらの茨の迷宮の入口であった。何度時間の逆行を繰り返してもまどか達は命を落とし、ワルプルギスの夜は倒せず、事態は世界の終焉にまで発展した。まどかを中心にした他の時間軸の因果が次の時間軸のまどかに絡み、彼女が絶望する事でワルプルギスの夜すら凌駕した最強最悪の魔女を生み出したのである。
そして失敗する度にほむらは時間の逆行を繰り返し幾度となく彼女の最期を見届けていたのだ。
「ほむらちゃんはわたしなんかよりも…、みんなの死を繰り返し繰り返し見て来た。
その度に時間を逆行して、わたしなんかを守る為に戦ってきた。
…わたしは、ほむらちゃんに応えたかった。ほむらちゃんが守ろうとしてくれたこの命を、無駄になどしたくなかった。…だからわたしはキュゥべえに願ったわ。
過去、現在、未来のグリーフシードから生まれる全ての魔女を消し去りたい…とっ!」
再び景色が変わると其処は破壊された見滝原の街、まるで天変地異を起こしたかの様に稲光が発し、周囲のビルディングが倒壊して宙を飛び交い他のビルに激突して更に被害を拡大させる。
その様な中を駆け抜ける独りの魔法少女がいた。左腕に純銀の盾を装備し、黒いリボンを巻いた暁美ほむらである。彼女が向かう先には下半身が巨大な重なり合った歯車に上半身はやはり巨大な目のない嗤い顔をした貴婦人…魔女ワルプルギスの夜がけたたましい嗤い声を上げながら倒壊したビルディングの残骸を暁美ほむらに投げ込んでは前進した。
最強の魔女に勝てない現実の中で絶望に取り込まれていくほむらの前に現れたのはキュゥべえと…決意を胸に秘めた鹿目まどか。そして彼女はその身に絡まる因果律を武器に願いを解き放った。
「さあ叶えてよ、インキュベーター!!!」
魔法少女となったまどかは弓を構え、光の矢を天空に放つ。光の矢は天井にて系統樹の様な魔法陣を描き、其処より幾千幾万もの光の矢が広がり、現代…過去…そして未来へと向かい世界中の魔法少女達の絶望を消し去り、絶望に項垂れ魔女に変貌する筈であった少女達は安堵と安らぎの中で眠りについて逝った…。
みゆきとキャンディは只神々しいその光景に深い悲しみと安寧を感じながら見届ける。
ワルプルギスの夜は上半身を崩し、巨大な歯車になり果てて尚まどかに迫るが彼女は両手を伸ばして最強の魔女を招く。そして次の瞬間、“宇宙の改変が始まった”。
星空みゆきとキャンディ、鹿目まどかは青空の下…草木が風になびく原っぱに佇んでいた。みゆきとキャンディが見たのは魔法少女達の宿命と鹿目まどかと云う少女がその存在を賭してその宿命を変えた新しい世界…、つまり今自分達が存在して、鹿目まどかが“存在”しない世界である。
「まどかちゃんは…、それで良かったの?
大好きな人達に忘れられて…、たった独りで戦って…。」
「ふえぇ…、そんなのかわいそうクル!」
只々泣くしか出来ないみゆきとキャンディだが、まどかはそんな二人を優しく抱き締めた。
「ありがとう、二人とも。
わたしは…平気だよ、こうして夢の中ではみんなに会えるから。
でも…、夢から覚めた時にわたしを覚えている人はいない。さやかちゃんもマミさんも杏子ちゃんも…ほむらちゃんも消えた時間軸の記憶はあってもわたしと夢の中で会った事は何も覚えていない。
…だから、わたしは貴女に託したい。
ほむらちゃんを…魔法少女のみんなをお願い。
わたしは何も出来ないけど…みゆきちゃんの心にほんの一欠片でもわたしの事を刻みつけてくれたら…それがきっとみんなの助けになってくれる。
勝手なお願いなのは解ってるけど…、みゆきちゃんなら…出来ると思うから…!」
まどかは体を離すとみゆきを真っ正面から見つめ、みゆきもまたキャンディを肩に載せると涙を拭いキャンディと一緒にまどかを見つめた。
「分かったよ…まどかちゃん。
何処まで期待に応えられるか解らないけど頑張るよ。」
頼りない返事ではあったが、みゆきの瞳は強い意志が籠もっており、まどかにはとても頼もしく感じられた。
「…まどか。」
キャンディに呼ばれまどかは彼女に顔を近づける。
「何、キャンディ?」
「今日からまどかはキャンディとみゆきの友達クル♪
」
まどかはキャンディの言葉を嬉しく思い、笑顔で迎える。しかし夢が覚める時は一刻と過ぎていき、意識が薄れていく中…みゆきとキャンディは朝の日差しを感じて眠りから覚めた。
「みゆき…?」
不安げで小さな声で呼びかけるキャンディにみゆきは優しく小さな声で返す。
「なに、キャンディ?」
「不思議な夢を見たクル。
…でもどんな夢だったのか、思い出せないクル。」
「わたしも、夢を見た。
…でもキャンディと同じで思い出せない…。
とても悲しくて切ない、それだけが心を埋めている感じ。」
みゆきはキャンディを抱き抱えて日差しがさし込んでいる部屋のカーテンを開ける。窓越しに見る朝焼けの空はとても眩しく、あの日…アーカードに空港へ向かう途中に見た夕焼けの空と同じ様に何もかもを焼き尽くしてしまいそうに思えた…。
「…ほむらちゃん…!」
みゆきは右の拳を握り締めると窓に押し当て、胸の深くから込み上げてくる闘志を強く抑えた。