戦乙女は死線を乗り越えて   作:濁酒三十六

68 / 76
Gradus vita…

 最上階にてアーカードは携帯端末より連絡を貰い、【塔】の一員であった筈の網埜優花と話していた。

 

『“伯爵”、【塔】とは無関係の職員は避難させました。

御理解と御協力…感謝致します。』

「我が主より命令を受けたからだ、勘違いをするな。」

『同じ事です、では…失礼致します。』

 

 電話は切れ、同時に用無しと言わんばかりに端末を握り潰して捨てるアーカード。…そして両手の白手に染められた五芒星の魔法陣を両側面に掲げ、唄を謳う…。

 

“私はヘルメスの鳥…

私は、自らの羽根を喰らい…”

 

 彼は決戦前より到着直前まで…、“血”を食らっていた。シュレティンガーの能力で世界を周り、“食らってよい命”を食らっていたのだ。イギリス~イタリア~メキシコでマフィアを、アフリカ~南米~中東でテロリストを、そして独裁軍事国家の軍兵君主を食らっていたのだ。

 そして、見滝原にて吸われた…若くして無慈悲に殺された少年少女の命が今…現世に舞い戻る。

 

「…飼い…慣らされる。」

 

 三十年の時を経て、クロムウェル拘束制御術式零号が今解き放たれた。アーカードを中心に大量の血が湧き溢れ彼をも呑み込み、崩れた最上階を満たし底をぶち破る。大量の血は通路を満たし濁流となり、まだビル内にいる人間を呑み込んで行く。更には血の濁流より幾人もの腕が伸びて人の形を取り、ビル内の人々を襲い始めた。眼球のない目から血の涙を止め処なく流し、歯を剥き出しにした口からは血反吐と怨唆を吐き続け血塗れの体を這わせた亡者達は老若男女関係なく生者の体を引き裂いた。何処かの国の一兵卒、背広姿のマフィア幹部…或いはその手下、中東のゲリラ兵、見滝原中学校の生徒…その教師が徒等を組んで生者を捕らえ、臓腑を引きずり出し心臓を抉り出した。阿鼻叫喚は各下階に飛び火して闇の塔は“ヘルハザード”と化したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下50m下のラボにてキュアサニー・ピース・マーチ・ビューティは赤色灯に浮かぶその悍ましい光景にその身を凍りつかせていた。着地した場所にあった鉄扉を開ければ其処は無数の怪物の様な死骸がホルマリン漬けにされたカプセルがズラリと並んだ研究室で、よく見ると怪物の中にはピクリ…ピクリと痙攣をしている…つまり生きているモノもいるのだ。

 キュアピースは言葉が出ず、嘔吐感を感じて口を両手で抑えた。キュアマーチも口を閉ざし…嘔吐感を耐えるかの様に息を呑み込み、キュアビューティに至ってはカプセルに手をあて、不快感を露わにして中の怪物を睨んだ。

 

「本当に…、七原文人と云う人は何をなされるつもりだったのでしょうか…?」

 

 ビューティの疑問は皆の疑問にして【塔】と云う組織が狂い出した理由でもあった。浮島地区で小夜とイベントと称して集められた人達を使った大規模で残忍な実験…。政界までも動かしてまで未成年の深夜外出とネットを規制した青少年育成保護条例を成立…。

 そして本拠地にあるこの地下研究施設…。九頭は“世界を制する力”だと言っていたが、“何かが違う”気がする。しかしそれが何なのかは解らず、それこそ彼女達にとってはあまりにも理解し難いモノであった。

 キュアサニーもビューティと同じくカプセル内の怪物を睨みつけながら自分の思いを口にする。

 

「ウチもごっつう気になるけど…、もう今となってはどーでもええ事や。

ソイツが何を考えておっても、今はもう目の前に七原文人はおるんや。

早ようハッピーと小夜さん助けに行こっ!」

 

 サニーはエントランスに残り、過去と決別しようと闘うアルフォンスの背中を思い出し、自分も彼の想いを無駄にしてはならないと先を急いだ。そして四人が大きな鬼神の扉に着くと、鬼神のレリーフの前に一人の少女が立っていた。

 

「随分遅かったじゃない、偽善者さん。」

 

 その少女はバッドエンドハッピーであった。ニヤニヤとあの時と同じ人を見下した嘲笑を浮かべ四人のプリキュアを睨めつける。キュアサニーは構え、彼女に続き三人もまた周囲に気を配り構えた。

 

「アンタがおるって事は…、あの“軍服男”もおるんやね?」

「えぇ、それに…。」

 

 BEハッピーはパチンッと指を鳴らす。すると、周囲の機械の影から四人のバッドエンドプリキュアが姿を現した。キュアピースは死んだ筈のBEピースの姿を見て愕然とする。

 

「そんな…、生きていたの?」

 

 此に対し、BEハッピーはキュアピースの疑問を素直に否定した。

 

「安心してよ、あの娘達はシッカリあの時に死んでるから。此処にいるのは新たに新生したバッドエンドプリキュアよ!

…だから今度こそお前達を最悪の結末に叩き落としてあげるわ!!」

 

 BEハッピーの罵声と同時に四人のBEプリキュアが一斉に魔光弾を作り上げてプリキュア達に撃ち込んだ。赤・黄・緑・青の魔光は周辺機器を薙ぎ倒してサニー達に着弾、爆発を起こし“ラボ”を破壊した。

 BEハッピーはニヤつきながらその中心を見るが、その表情は歪み悔しげに口をへの字に変えた。

 

「この程度でやられる私達ではありませんわ!」

「へっ、前回と対して変わってないんじゃないかい?」

「そうよそうよ、こんなの痛くも痒くもないんだから!」

 

 ビューティ、マーチ、ピースはダメージをものともせずにBEプリキュアを挑発してサニーもまたガッツポーズを作り高らかに叫んだ。

 

「お前達が何度来ようがウチらには絶対勝てへんねん!

理屈やなくソレが決定事項なんや!!」

 

 サニーの言葉と同時に四方より双方のサニー・ピース・マーチ・ビューティが駆け出して激突。二度善と悪のプリキュア達の戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼神の扉の向こう側では未だ動けない小夜と殯の銃弾を受け死の間際に陥ったキュアハッピーが倒れたままとなっており、七原文人は上と下の爆発音に耳を澄ましていた。

 

「おい文人、早く此処から脱出しないと危ないんじゃないのか!?」

「そうだね、上も扉の向こうも大騒ぎの様だ。」

 

 自分達の危機が迫っているかも知れないと云うのに眉一つ動かさず、文人は動けない小夜に近付いて彼女に手を伸ばす。…だがその手をキュアハッピーが掴み取り、顔を起こし文人を睨みつけた。

 

「小夜さんには…、触れさせ…ない…っ!」

 

 文人は困りげに微笑むが、特に彼女の手を振り払う事なくハッピーに話しかけた。

 

「みゆきちゃん、君は彼女の正体を知っていて…小夜を助けると言うのかい?」

 

 彼の問いにハッピーは頷く。

 

「小夜が“古きもの”と同種の人外だと分かっているのに…

どうしてだい?」

 

 文人は続けて尋ねた。

 

「小夜さんが…、大好きだからに決まってる!!」

 

 瀕死ながらも強く大きな声でキュアハッピーは叫んだ。そしてその声は小夜にも響き、瞳はハッピーに向けられる。

 

「小夜さんって…、いつもムッツリしてる…けど、微笑うととても可愛いんだよ。キョトンとした顔なんか…、もう抱き締めたいくらいに…。

そして…すごく優しいの…。お姉さんがいたら小夜さんみたいな人がいいな…、て…、いつも思ってた…。

わたしは小夜さんが大好き…。」

 

 いつしかキュアハッピーと小夜の視線が重なり見つめ合う。

 彼女達が出会ってから二人の接点がそれ程多くあった訳ではない。しかしハッピーはいつしかアーカードと同じ様に小夜と云う存在に惹かれていた。

 

「人じゃないからとか…そんなの関係ないもん…。」

 

 ハッピーの話を静かに聞く文人。彼は自分の手を掴んでいるハッピーの手を優しく離し、静かに床に置く。

 

「みゆきちゃん、古きものは存在を維持する為に人を食らう…。だけど古きものと同じ小夜は何故か人は食らわない。

なら、一体何を食べていると思う?」

 

 一瞬みゆきには文人が何を言っているのか解らなかった。小夜は人を襲わない、人を守る為に古きものと戦って来た。みゆき達にとっては其れ以上の事は知る必要がなかった。

 

「彼女の食欲は僕達人間が食べる物では満たされないんだよ。

故に彼女は…“同族”を食らうんだ。」

 

 それは衝撃的な事実であった。それは小夜が古きもの達を喰らい、生きて来たと云う事である。古きものでありながら人は食らえず、他の食物では満たされない。だから小夜は同じ古きものを食らったのだ。

 

「…でもね、古きものは年々急激に減って来ているんだ。

“朱食免”などいらない程にね。

だから僕は作る事にしたんだ。古きものを…。

人間に降ろし、憑かせる事で…。」

 

 ふと、キュアハッピーの脳裏にカプセルに入った化け物の死骸の映像が過ぎった。

 

「ま…さ…か…!?」

「そう、ラボのカプセルの中身は古きものを取り憑かせた人間の成れの果てさ。

人間の身体は脆くてね、直ぐに死んじゃうんだよ。」

 

 其れは人間の諸行とは思えない狂行であった。文人の目的は現世より減ってきた古きものを人に取り憑かせ、家畜の様に増やそうとしていたのだ。只、小夜に食わせる為だけに…。

 

「僕も小夜が大好きなんだ。

だから浮島では彼女の記憶を塗り替えようともした。…色々あって失敗しちゃったけどね。

…でもだからこそ、この実験は成功させたかったんだ。

この先何年…何十年…何百年と生きるかも知れない君の為に…。」

 

 そう言って文人は膝を付いて小夜を抱き起こす。

 

「サーラッドのメンバー、“真奈”ちゃん…だったかな?

お父さん新聞記者なんだってね?

“彼”は結構生きたんだよ。」

 

 文人は藪から棒に真奈の名前を出して来た。

 

「…でもね、この前逃げ出しちゃってね。

やっぱり死んじゃった。

東京に来た小夜とみゆきちゃんが出会ったあの夜にね、小夜が斬り殺しちゃったんだ。」

 

 小夜の身体が震え出し、それに気付いた文人は小夜をまた床に戻して殯の方へ戻る。

 ハッピー達が初めて出会した“古きもの”…。当初五人がその怪物に“もしかしたら”と云う違和感を感じていた。それは現実の悪夢となり、柊真奈の父親は【塔】に捕らわれて実験台とされ、それでも娘の真奈に会う為に逃げ出し…あの雪の夜に真奈を見つけて攫ったのだ。彼女を食らう事に躊躇していたのは人の心が残っていたからなのである。

 キュアハッピーは唇を血が出る程に噛み締め、白い床を涙で濡らした。

 

「文人、下らないお喋りで時間を無駄にするな!!」

 

 声を荒げた殯蔵人の前に立つ文人。…すると突如蔵人の悲鳴が湧き上がった。

 

「うぎゃああああああっ、ふっ、文人っ、何をおおっ!!!?」

 

 車椅子から転げ落ち、まるで陸に上げられた魚の様に飛び跳ねては足元で仰け反る蔵人の左目には赤い液体の入ったガラス管が刺さっており、その無様な姿を文人は冷ややかに見降ろした。

 

「ゴメンね、蔵人。

実はね…僕は君の言う“世界”に全く興味がないんだ。」

 

 それは残酷な裏切りの言葉であった。蔵人は彼と世界を取る為に家族を捨てた。自ら外道に堕ちたのだ。文人の裏切りは彼の行い全てを否定したのである。文人との会話で時間が稼がれた為、スマイルパクトの力で瀕死の傷が治癒されたキュアハッピーは小夜を抱き起こして立ち上がった。

 

「文人さん、貴方って人は…!

同じ人間なのに…、わたし達は同じ人間なんだよ!!!」

 

 キュアハッピーは抑え切れない怒りを言葉でぶつけるが、文人は仮面の様に張り付いた笑顔で冷静に言葉を返した

 

「今さっき君は言ったね、人かどうかなど“関係ない”って…。

その考えには賛同するよ。…なら、人間だって化け物と同じ事をしたって関係ないじゃないか。」

 

 二人の会話の間に蔵人の体に異変が生じていた。喉を掻き毟り、全身の血管が浮き出苦しみに喘ぎ続ける彼に文人は言った。

 

「そのガラス管に入っていたのは前に保管していた“小夜の血”なんだ。」

「なっ、あああっ、はあああがああああっ!!!?!!?」

 

 断末魔を上げる蔵人の体が宙に浮き上がり、キュアハッピーと小夜は何が起きているのか分からず、文人はそんな彼女達に笑顔を崩さず説明した。

 

「小夜の血はね、人と古きものの関係を壊す力があるんだ。

その力を利用して“朱食免”は作られ…、殯家当主の体に隠された。

…そして…。」

 

 浮き上がった蔵人の体はその形を崩していき、まるで裏返るかの様に怪物の眼球の様な物が姿を現した。蔵人はその眼球に吸い込まれ、この世から消滅してしまった。その眼球は文人の両手に収まり、フワフワと浮いていた。

 

「此が…“朱食免”さ。

小夜、あの“賭け”を覚えているかい?」

 

 文人に呼び掛けられた小夜はハッピーから離れ、自分の足で立ち、右手に日本刀を握った。

 

「…勝者には褒美を…。」

「敗者には罰を…。」

 

 文人が続き、朱食免は彼に操られ彼と同じ大きさに変化した。

 小夜とキュアハッピーは感じた。彼は朱食免を遣い戦うつもりなのだと…。

 

「みゆき…」

 

 キュアハッピーはまるで小夜の言葉を遮る様に何度も首を横に振った。

 

「イヤだよ小夜さん。此処まで来たらもう逃げたくない!」

 

 小夜は横目にハッピーの顔を見る。怒りに満ちていながら冷静さを失っていないその顔は頼るに足る仲間であると、心から思えるものであった。

 

「行くぞ!!」

「おうっ!!」

 

 二人は同時に床を蹴り、文人に向けて駆け走った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。