セブンスヘブンの日本支部本社ビルを置く埋め立て地区の東北側より“鬼”が一人、侵入していた。旧日本陸軍の軍服にマントを靡かせ、五芒星を染めた白手袋に右手には鞘に納められた妖刀“関ノ孫六”を握り深々と被った軍帽のツバの奥からは危険な眼光を灯した鬼は眼前に立ち塞がる“古きもの”の群を見て“ニ~ッ”と嗤う。
「ククク…、七原文人め、古きものを喚び出せるだけ喚び出したか。」
鬼であり、魔人でもある男…加藤保憲は古きものの群れに臆する事なく歩を進める。…と、彼の後ろに異様に背の高い“影”が一つ…また一つと増えて加藤に付いて行く。古きもの共が加藤に襲いかかると影は彼を守る為に古きものに向かって尾を引きながら飛んでいく。スキンヘッドに白い肌、真っ白な法衣のみを纏い目はモザイクでもかかっている様にぼかされた魔物…魔獣の群は古きものの群と混じり合い互いに引き裂き合いながらもまるで絵の具が混ざるが如く斑となり融合していた。加藤が左腕でマントを捲り上げるとその手の中より魔法少女姿の暁美ほむらが現れた。その瞳は虚を映し、覚束ない足取りで加藤にもたれ掛かった。
「もう直ぐお前の出番が来る。
それまでは虚ろに身を委ねた悪夢に浮かぶが良い。
…我が娘よ。」
加藤はほむらを抱き寄せると、煙を彼方此方から上げたセブンスヘブン本社ビルを見た。その光景は映画の“タワーリングインフェルノ”を彷彿させる恐ろしき“地獄”であった。
ビル内では亡者が【塔】の者達を次から次へと襲い階下へと降り、一階では九頭であった“古きもの”とアルフォンス・レオンハルトとの死闘が繰り広げられていた。周囲には九頭によって喰い散らかされた鬼面兵達の“残骸”があり、最早この場所で生きているのはアルフォンスのみであった。しかし彼も先程以上にボロボロとなり、左目を潰され、左腕は手首を喰い千切られ、右の太腿には深い裂傷を受けていた。アルフォンスは荒れた息遣いをしながらも地下へ降りたプリキュア達を心配し、あかねの笑顔を思い浮かべていた。
(こんな時にあいつの顔か…。
いつからだったのかな、こんなにあんな小娘を気にかける様になってしまったのは…?)
日野あかねに戦い方…体術を教え、気付けばまだ年端もいかない少女と笑い合うのが心地良くなっていた自分がいた。
部活の後に公園や河原で体術の稽古を型を簡単にやらせ、技を教えないまま組手をする。始めは変身して本気の疑似戦闘をする。キュアサニーになり超人的なパワーを武器にしたあかねをいとも簡単に組み伏せ、自分の未熟さを知らしめる。そして今度は生身で組手をし、その体に技をかけて叩き込んだ。女の子だからと言って容赦せず、弱音を吐いて逃げ出すだろう程に痛めつけた。
しかし弱音は吐いても逃げはせず、反対に闘志を燃やし向かってくるこの少女に好感を持ち、やがて妹が出来た兄の様な感情に変わっていた。…そして殯の屋敷で憂いた目で見つめ、頬に触れてきたあかねを確かに異性と感じ…彼女が自分に想いを寄せているのを知った。アルフォンスはあの時、自身の気持ちに戸惑いながらあかねの手を掴み、頬より離したのである。
「はっ…、歳が離れ過ぎだ。」
そう呟いてアルフォンスは古きものを見据えた。古きものもまた何発も戦車の装甲を貫く銃弾を喰らい、穴だらけの身体を重たげに動かす。何より致命傷ではないその銃痕が一切治癒されていなかった。やはり人に降ろされ憑依した古きものには未だ致命的な欠陥があるのだ。
アルフォンスは右手の対戦車ライフルを担ぎ上げ、最後の勝負に出る。
「九頭、もう聞いちゃいないだろうが言わせてもらう。
結局アンタが何をしたかったのか俺には解らない。
…解らないままでいい。
きっとアンタは七原文人に人間が踏み込んでは行けない境界線を見せられ、ソレを越えてしまったんだ。」
九頭であった古きものはアルフォンスの言葉に呼応したのか猛々しい咆哮を上げてアルフォンスへ突進、大きく口を開けて彼を噛み砕きにかかる。
“バクリッ”!!
アルフォンスは上半身をライフルごと呑まれ古きものが顎に力を込めようとした刹那、アルフォンスは対戦車ライフルの引き金を引いた。
突然古きものの首の後ろ部分が破裂し、古きものは悲鳴を上げるが更に数回破裂し、口から首の後ろに大きな空洞が開けた。その中ではボーイズ対戦車ライフルの銃口から硝煙が立ち昇り、その奥で返り血で真っ赤に染まったアルフォンスが笑みを浮かべていた。今、彼は全ての因縁に決着を着けたのである。
古きものが“ズズンッ”とその身体を前のめりに沈ませ、勢いで口の中からアルフォンスが飛び出し転げ落ちた。左手首を失くし、先程のライフルの反動で右肩脇の骨が砕けていた。アルフォンスはうつ伏せの体を捻って仰向けにし、天井を見つめた。
もう彼には何も聴こえていない。視界も返り血でぼやけている。
「九頭…、
アンタが俺を義弟だと言ってくれた時…、
本当に嬉しかったんだ…。
アンタだけが俺を認めてくれていた…。
ああ…、どこで…はぐるまが…くるって…しまった…んだろ…な…?」
アルフォンスの脳裏に日野あかねの笑顔を想い浮かべ、今まで誰にも見せなかったであろう微笑みで笑う。
「あか…ね…、
おれの…、
たい…よ……ぅ……」
それっきり…、アルフォンス・レオンハルトは動かなくなり、笑顔もまたなくなり…何も映らない瞳で天井を見つめ続けた…。
地下にてバッドエンドプリキュアと死闘を繰り広げるキュアサニー達四人は同じく自分達を模したバッドエンドの四人に苦戦を強いられていた。そしてキュアハッピーと小夜も七原文人が護衛として用意していた鎧武者姿の古きものに阻まれていた。
以前浮島地区にて闘った鎧武者と同形の古きものはキュアハッピーには刃を向けず、八本腕に握る刀で小夜を一方的に攻めていく。
「クッ!!」
キュアハッピーが小夜を支援に突っ込むと多数の腕による変幻自在の斬撃が此を払い、そして同じく四方八方より繰り出される剣撃に小夜も翻弄されていた。
「小夜さんっ!?」
ハッピーが彼女の名前を叫んだ時、突然扉が砕け散り、其処より飛び出した影がキュアハッピーを捕らえ壁に叩き付けた。
「バッドエンドッ…ハッピーッ…!?」
「ようやくこの時が来たよ~。
ゆっくりと絞めてその首へし折ってあげるわ!!」
壁際へ押さえつけ、キュアハッピーの首を鷲掴みにして絞めあげるBEハッピー。その状況を七原文人は冷ややかな視線でジッと見る。
「みゆきちゃんと違って随分乱暴な娘だな。
あの扉は結構気に入ってたんだよ?」
「お前が七原文人ね、随分と弱そうな男な事。
その朱食免はわたしのお父様の物になるんだからサッサと逃げてしまいなさい、追わないで置いてあげるわ…多分だけど?」
そう言い、更にキュアハッピーの首を絞め、指先を食い込ませた。
「ハア…ッ、アァ…」
搾り出た悲鳴を聞いたBEハッピーは殊更喜んで両手で首を絞め直しキュアハッピーを吊り上げた。
「とてもかわいい声だわ♪
今から貴女に偽善者に相応しい瞬間をプレゼントしてあげる!!」
BEハッピーの顔に凶相が刻まれた次の瞬間、背中に悪寒が走り咄嗟にBEハッピーはキュアハッピーを盾にして振り返った。紙一重の差で破壊された扉より飛び込んだ佐倉杏子の槍の切っ先がハッピーの背の数ミリの間で止まった。
「バアアアカッ、お前等の小賢しい動きはお見通し…っ!?」
しかしその刹那に美樹さやかがキュアハッピーの脇をすり抜けてBEハッピーに斬りかかった。BEハッピーはハッピーから手を離しさやかの斬撃をやはり紙一重で躱して後方へと飛び退き、悔しげに歯を軋ませ上目遣いでさやかを睨んだ。
「この偽善者共がああっ!」
だがBEハッピーを余所に空中より巴マミはマスケット銃型の大砲を抱え高らかに叫ぶ。
「ティロ・フィナーレ!!」
大砲より放たれた玉は何と文人へと向けられ、鎧武者は小夜を弾き飛ばして文人の盾となった。八本の腕と刀は砕け散り、この機を逃さず小夜は鎧武者を真っ二つに斬り伏せた。その向こうより現れた文人と朱食免の姿に小夜は驚愕する。
何と文人の身体が朱食免の網膜部分に右腕を入れてどんどん呑み込まれているのだ。この異変にキュアハッピーとBEハッピー、そして三人の魔法少女もその異様な光景に絶句する。何より呑み込まれている当人が当たり前の様に笑顔のままでいるのが異常さを際立たせていた。
「もう少し遊んでいたかったけど、役者が揃ったみたいだからフィナーレを飾ろう。
僕は此から喚び出せる中で“一番”の“古きもの”を召喚する。それを倒す事が出来たら…
小夜、君の勝ちだ。」
身体の半分が朱食免に埋まり、小夜はダッと床を蹴り文人を止めようと手を伸ばすが彼は朱食免と完全に融合し、その瞳からとつてもなく“巨大な掌”が出現して小夜を包み込んで天井をぶち破った。さやかはBEハッピーから解放されて咳き込むキュアハッピーを支え、肩を貸す。
「星空さん、大丈夫!?」
「う…ん、大…丈夫。
ありがとう、美樹さん。」
さやかはハッピーが無理矢理ながらも笑顔を見せたので一先ずホッとするが、朱食免より出て来た腕は急速に膨れ上がり杏子とマミの自分達を呼ぶ声も地下の崩れ落ちる音にかき消されてビルの崩壊が全てを呑み込んでしまった。
地下より現れ出でた巨大な腕はどんどん膨張をしながら天井を次々と破壊し、屋上のヘリポートへと達してセブンスヘブン日本支社ビルを倒壊させた。
そして“塔”の如くビルの代わりに聳え立った腕がもたげ、“本体”が山の様に大きな身体を起こしその姿を現した。