転生したら博麗霊夢(自殺未遂)だった件 作:敵ゆん
元々投稿してあった話を結合しただけなので、内容に変化はありません。
巫女服は、思っていたよりも重かった。
その重さとは、質量的な意味ではない。
袖を通した瞬間に、身体の奥から引きずり出される感覚――それが、直感的に重いと感じた。
永遠亭の一室にて、俺は姿見の前に立ち、自分の姿を見下ろしていた。
肩にかかる袖。
腰に結ばれた帯。
動くたび、布がわずかに擦れ、音を立てる。
目を瞑れば、脳裏に光景が浮かんでくる。
この服で歩き、この服で戦い、この服で異変に首を突っ込んできた鬼巫女博麗霊夢の姿が。
――本当に、俺が着ていいのか?
高揚は、ない。
胸が高鳴ることも、懐かしさに包まれることも、好きなキャラクターになれた喜びも、ない。
あるのは、なんとも形容し難いズレだ。
自分の内側と、外側が、ぴたりと噛み合っていない違和感。
借り物の皮を被っている感覚そのものだった。
深く息を吸う。
永遠亭の空気に混じった、わずかな薬草の香りが、鼻奥でツーンと刺激する。
――もう、俺が博麗霊夢だ。
そう言い聞かせるように、心の中で呟く。
だが、言葉は思ったほど力を持たなかった。
最後に、頭にリボンをつけようとして、手が止まる。
結び目が、どうにも安定しない。
引けばずれ、直せば歪む。
鏡の中で、赤い布が情けなく垂れ下がった。
……こんなだったか?
焦りが、じわりと滲む。
たかがリボン、されどリボン。
ゲームや漫画でゴテゴテした装飾を身に纏うキャラクターを見るたび、それどうやって着用しているん?と思わず突っ込むことが度々あったのだが、今まさにその状況に置かれている。
実際にやってみると、意外と手こずる。
どうしてもうまく形が揃わず、何度目かの試行錯誤の末、俺は諦めて息を吐いた。
「……すみません鈴仙さん、少し助けてくれませんか」
障子の向こうから、すぐに返事が返ってくる。
「はい、どうしましたか?」
彼女が入ってくる。
白い長そでブラウスに赤いネクタイを着用した、いつも通りの穏やかな表情。
だが、その視線は、まず俺の服装を一瞬でなぞった。
「その、リボンがどうにも上手くいかなくて」
言い訳じみた言葉になったのは、自覚している。
鈴仙は、少しだけ目を丸くしてから、柔らかく笑った。
「まー久しぶりですもんね。では、鏡を見ていてください」
そう言って、俺の後ろに回る。
距離は近いが、必要以上には近づかない。
引っ張りすぎず、緩めすぎず、指先が慎重に布を整える。
慣れた手つきだった。
その間、彼女は何も言わない。
余計な感想も、励ましもない。
鏡越しに、鈴仙の表情が見える。
真剣で、少しだけ緊張しているように思えた。
結び目が整い、リボンが正しい位置に収まる。
鈴仙は一歩下がり、軽く頷いた。
「……ヨシ!出来ましたよ霊夢さん」
「本当にすみません……ありがとうございました」
短いやり取り。
だが、その間に流れた空気は、以前とは明確に違っていた。
俺は、もう一度鏡を見る。
そこにいるのは、首の痣を除けば、慣れ親しんだ博麗霊夢の姿だ。
けれど――
この服は、決して"戻った証"ではなく、あくまでも"許可された範囲で着ている"にすぎない。
その事実が、袖の重さとなって、じっと肩に残っていた。
永遠亭の廊下は、朝と昼の境目のような静けさに包まれていた。
人の気配はある。
だが、それは常に一定の距離を保っていて、こちらに踏み込んではこない。
病棟というより、管理された生活空間。
ここが「治療の場」であることを、静かに主張する造りだ。
「まずは、この辺りの掃除からしましょう」
鈴仙がそう言って、箒と雑巾を差し出す。
声色はいつも通り柔らかい。
だが、言葉選びは明確で、曖昧さがない。
俺は黙って受け取った。
「範囲は、この廊下と、奥の薬庫の手前までで」
範囲指定。
達成条件が、明確にかつ最初から決められている。
「分かりました」
答えると、鈴仙は一歩横に立つ。
距離は近い。
かと言って、隣に並ぶ位置ではない。
半歩後ろ、視界の端に、常に入る位置。
……監督だ。
箒を動かす。
畳の目に沿って埃を集める。
身体は驚くほど自然に動いた。
緊張、そして呼吸の乱れはなく、足取りも安定している。
"できる"――という実感が、じわりと広がる。
だが同時に、視線を感じる。
優しさと心配を含んだ、評価、そして看護の目だ。
鈴仙は、俺の動作を見ている。
一挙手一投足を、というほど露骨ではないが、要所要所で確実に観察している。
立ち止まる時間。
前屈みになったときのバランス。
箒を持つ手の力の入り方。
僅かな要素に含まれる意味・原因を瞬時に解析している、と考えてしまうのは、この生活が長く続いた弊害かもしれない。
そうであれ。
「無理はしないでくださいね」
箒を動かしながら、鈴仙が言う。
「疲れたら、すぐに言ってください」
「……はい」
反射的に答えてから、思う。
疲れたら、言う。
それはつまり、「疲れたかどうか」を自分で判断する前提だ。
――いや、違う。
実際には、「疲れたように見えたら止める」が正しいのだろう。
俺がどう感じるかより、彼女がどう判断するか。
そのズレが、わずかだが確かに存在している。
掃除を終え、次は薬草の仕分けに回る。
乾燥させた葉、刻まれた根、紙包みに入った粉末。
匂いが混じり合い、鼻腔をくすぐる。
卓の上に並べられた籠。
それぞれに札が付いている。
「これは種類ごとに分けてください。こちらは触らないで」
禁止事項がまず先に来る。
俺は頷き、言われた通りに作業を始める。
手先の感覚は、問題ない。
集中もできる。
時間の流れが、少しだけ早く感じられる。
――役割がある。
それだけで、思考が外に向く。
内側に沈み込んでいた意識が、少し持ち上がる。
いい兆候だ。
自分でも、そう思う。
だが、その実感を、誰かと共有することはできない。
鈴仙は、横で同じ作業をしている。
だが、完全に同じではない。
彼女は、俺の進捗を確認しながら、時折、視線を廊下の奥――永琳がいる部屋へ向ける。
何もしていなかった昨日までよりはずっといいと思えた。
鈴仙の視線を感じながら、俺は黙々と手を動かし続ける。
それは、守られている感覚と、測られている感覚が、奇妙に同居した時間だった。
薬草の仕分けは単調な作業だった。
乾いた葉を一束ずつ取り、札を確かめ、籠へ移す。
同じ動作の繰り返し。
だが、集中していると時間は不思議と早く過ぎる。
卓の脇に、『衝撃注意』という注意書きの札が張られた、少し大きめの木箱が置かれていた。
中身は、つい先ほどまで薬草が入っていた空の瓶類である。
俺は腰を落とし、両手を使って持ち上げる。
ずしりと、確かな重みが体全体に伝わった。
――ちょっと重いな。
この感覚。
ふと、思い出す。
力で持ち上げる必要なんてなかった。
身体にかかる重さを、そのまま受け止める必要も。
博麗霊夢は――空を、飛ぶ。
思考というより、反射だった。
重さを"持つ"のではなく、重さの所在を、ずらす。
次の瞬間。
木箱が、ふわりと浮いた。
「――っ!」
鈴仙の息を呑む音が、はっきりと聞こえた。
軽い。
いきなり軽い(?)。
腕にかかっていた負荷が一気に消え、勢い余って手が上に引かれる。
「あ――」
止めようとした時には、もう遅かった。
木箱は視界を外れ、そのまま天井へ吸い込まれていく。
バァン!
勢いよく天井にぶつかり、乾いた衝撃音が薬庫に反響する。
時間が、止まったようだった。
そして次の瞬間、鈴仙が動いた。
「霊夢さん!?」
声が、鋭い。
いつもの柔らかさが、完全に消えている。
彼女は素早く木箱を押さえ、床に戻す。
その動きに、迷いがない。
「霊夢さん大丈夫ですか!?どこか――」
「わ、私は、大丈夫です……。それよりも、梱包と天井が……」
反射的に答える。
怪我も痛みもない。
問題はそこではないことを理解していた。
鈴仙は一瞬、俺の顔をまじまじと見つめる。
その瞳孔は、わずかに開いている。
鈴仙は恐れている。
失敗でもなければ、事故でもない。
"能力が発動した"ということを。
「……まあ木箱は無事ですし、屋根も目立った外傷がないので、大丈夫でしょう。それよりも、霊夢さんが無事ならなによりです」
声色が、いつものそれに戻る。
「補助が必要そうなら、遠慮せずに言ってくださいね」
何事もなかったかのように、話を進める。
「では、気を取り直して、続けましょう」
続けましょう――その言葉に、猛烈な違和感を感じざるを得なかった。
「……すみません、久々に能力を使ったせいで制御ができませんでした」
「いいえ」
即答。
「事故ですし、仕方ないですよ」
事故、その言葉で全てが片付けられた。
――
―
――
夜は静かだった。
慣れ親しんだ永遠亭の一室、障子越しに月明かりが差し込み、畳の目が白く浮かび上がっている。
布団の中に入る俺は、隣で横になっている優曇華に背を向け、指先に残った感覚を何度も確かめていた。
――間違いない。
昼間に起きたことは、偶然でも錯覚でもない。
博麗霊夢の能力を、俺は確かに使った。
祈りの言葉もなければ、術式を組んだ覚えもない。
発動条件は一切分からないが、とにかく"なるようになった"。
こういう霊夢らしい力―空を飛ぶ程度の能力―を使うのは、成り代わってから初めてだった。
能力の使用を控えるようにお達しが出ていたことや、そもそもあの部屋でほとんどのことが完結するため使う機会自体がほぼなかったり、使ったら使ったらで何かしらの地雷を踏みぬきそうなどと、今まで能力を使わなかった理由はある。
だが、最大の理由は、大変恥ずかしいことに、使い方がよく分からなかったことにある。
想像してほしい。
ある日いきなり、あなたは魔法を使える体になりましたと言われて、説明書など一切ない状況を。
単純に方法が分からなかった、それに尽きる。
それが機械ではなく、より漠然とした表現――超常的な力だとすれば、尚のことだろう。
ゆえに俺は、アレが起きるまで"博麗霊夢の力が使えない"という可能性を危惧していた。
能力は人格と連動しているから俺は使えないとか、まあいろいろな理由があって発動することができないものだと思っていた。
博麗の巫女を務められる理由なんて、そういう能力があるからこそだろう。
だから能力を使えないことが外野から見て確定した場合どうなるか、などと色々と思案を巡らせていたが、それは杞憂に終わった。
能力が使えないことによる最悪の可能性が消えた代わり、能力が使えることによる最悪の可能性が浮上してくる。
一難去ってまた一難とは、まさにこのことだと思った。
――静かすぎる
ともかく、能力を使用すれば、本来ならもっと大ごとになるはずだと俺は思っていた。
それこそ、いつの日か華扇がお見舞いに来てくれた時の様に、無力化されるとさえ想定していた。
しかし実際はどうだ?
あのあと鈴仙は一言、「疲労による誤作動でしょう」と言い、簡単な検査だけで話を終わらせた。
拍子抜け……というか、あまりにもあっさりしすぎて、裏に何かがあると考えてしまう。
……いや、実際、何かあるのだろう。
それを今から考えるのだ。
今まで勘違いしていたが、もしかすると、能力を使ったこと自体が問題なのではないかもしれない。
真に問題なのは、それに対する"対応"だ。
使った瞬間に、鈴仙は迷わなかった。
慌てもしなかった。
想定外の事態として扱われなかった。
能力を使用されることは想定済みだったと言われればそうだし、実際そうなのだろう。
もしかすると、それほど深いことではないのかもしれない。
あるいは、注目してほしくないことに目を向けさせないためのデコイなのかもしれない。
しかし、俺は勘繰る。
――実はこれ、「初めて」ではないのでは?
つまり、博麗霊夢の自殺未遂は今回が初めてではないという説。
思い返せば、永琳が処方していた睡眠薬も、前回の自殺未遂の治療のために提供していたのかもしれない。
以前の入院で、博麗霊夢が自分の能力を無意識に使い、そして――うまく制御できなかったことが。
もし、能力の暴走が原因で、取り返しのつかない結果を招いたとしたら。
もし、それが博麗霊夢自身の心を折ったのだとしたら。
能力に触れさせない。
思い出させない。
使わせない。
――その判断は、理解できてしまう。
では、肝心の避けたい記憶・過去とは何か?
……俺は静かに息を吐いた。
背筋に電流が通り、痒くなる。
今日、俺は初めて博麗霊夢の能力を使い、結果として、踏み込んではいけない場所へ踏み込んだ。
これだけは、確実な事実だろう。
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第1の選択肢
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それでも、今はまだ耐え忍ぶ時だ
-
もう限界だ!脱走し、力づくで真実を暴く