第11話:旅の始まり
1. 東への道
研究所を出て、俺たちは街道に出た。
「ここから東に十キロメートルほど行くと、サクラモントという街があります」
ルーシェンが説明した。
「サクラモント?」
「ええ。サンホーキン川に沿って作られた、物流の拠点です」
ルーシェンは、地図を広げて示した。
「この川は、東に五十キロメートルほど先にあるダホ湖までつながっています。そこにリノアという街があり、そこまで船で行くことができます」
「船、ですか」
「ええ。アルセイン翁の塔は、リノアからさらに東に百キロメートルほど行った山の中にあります」
「結構遠いんですね……」
俺は溜息をついた。
「まあ、途中までとはいえ船があるなら楽ですが」
街道を歩いていると、驚くほど多くの人々とすれ違った。
商人、旅人、荷馬車。
「人が多いですね……」
ファルマがきょろきょろと周囲を見回す。
「ここは物流の要衝ですから」
ルーシェンは街道を行き交う馬車を指した。
「東のリノアから川で荷が運ばれ、ここで陸路に切り替わる。王都に向かうなら、必ず通る場所です」
「だから、こんなに賑わってるのか……」
俺が周囲を見回すと、確かに荷物を積んだ馬車が目立った。
「ルーシェンさん……船は川を逆流する……んですよね?」
ファルマが聞いてきた。
「どうやって……進むんですか?」
「見れば分かりますよ」
ルーシェンは、意味深に笑った。
人通りが多いせいか、トラブルもなく、昼前にサクラモントの街に到着した。
2. サクラモントの街
サクラモントは、想像以上に大きな街だった。
巨大な川が街の中央を流れており、川沿いには無数の船が停泊している。
そして、街は活気に満ちていた。
商人の声、荷物を運ぶ人々の足音、馬車の車輪の音。
全てが混ざり合って、賑やかな喧騒を作り出している。
「すごい……」
俺とファルマは、その活気に圧倒された。
「では、船着き場に行きましょう」
ルーシェンが先導した。
川沿いに進むと、大きな船着き場があった。
そこには、様々な船が停泊している。
そして、俺は驚くべきものを見た。
「あれは……」
船の前方に、何頭ものイルカに似た生き物が繋がれている。
そして、その生き物たちが、犬ぞりのように船を引っ張っている。
「あれが、河導(かどう)です」
ルーシェンが説明した。
「召喚獣の一種で、川を非常に速く泳ぐことができますし、力もとても強い。あれを使えば、逆流でも二十から三十キロメートルの速度で進めます」
「すごい……」
ファルマが目を輝かせた。
「では……五十キロメートル先のリノアまで……昼に出ても夕方には着きますね」
「ええ、その通りです」
俺たちは、まず昼食を取ることにした。
川沿いには、多くの屋台が並んでいる。
「川魚の串焼き……美味しそうですね」
ファルマが言った。
「では、それを食べましょう」
俺たちは、川魚の串焼きを買った。
一口食べると、その美味しさに驚いた。
「うまい!」
脂がのっていて、香ばしい。
川魚特有の臭みもなく、絶品だ。
「これは確かに美味しいですね」
ルーシェンも満足そうだ。
「でも、榊さんが作った煮付けも美味しかったです」
「煮付け?」
ファルマが興味を示した。
「はい。以前、榊さんが川魚の煮付けを作ってくれたんです」
「それ……私も食べてみたいです……」
ファルマは、上目遣いで俺を見た。
「え、あ、うん……」
俺は、思わず照れた。
上目遣いのファルマは、破壊力抜群だ。
「じゃあ、また今度作りますよ」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
ファルマは嬉しそうに笑った。
3. トラブル
昼食を終えた俺たちは、船に乗るために交渉に向かった。
船着き場の管理事務所のような建物に入ると、一人の男が対応してくれた。
若い男で、どこか軽薄そうな雰囲気がある。
「いらっしゃい。船に乗りたいのか?」
「はい。リノアまで、三人で」
俺が答えると、男は俺たちをじろじろと見た。
童顔の俺。
子供に見えるファルマ。
あまり強そうに見えないルーシェン。
「ふーん……」
男は、ニヤリと笑った。
「リノアまでだと、一人金貨五十枚だな」
「金貨五十枚!?」
俺は驚いた。
明らかに、ぼったくりだ。
「高すぎませんか?」
「いや、これが相場だよ」
男はあっさりと言った。
「嫌なら、他を当たってくれ」
「ちょっと待て……」
俺は、怒りを抑えながら言った。
「それは、どう考えても高すぎます」
「俺がその金額だって言ってんだ」
男は、不遜な態度を崩さない。
俺は、思わず拳を握りしめた。
横を見るとルーシェンは全く関心がなさそうに、窓の外を見ている。
ファルマは、オロオロとしている。
「おい、お前……」
俺が男に詰め寄ろうとした、その時。
「何をしている」
低い声が、背後から聞こえた。
振り返ると、初老の男性が立っていた。
威厳のある顔つきで、高価そうな服を着て、後ろには屈強な男たちを連れている。
「ボ、ボス!」
若い男は、慌てて姿勢を正した。
「お客様に、失礼な態度を取るな」
ボスは、若い男を殴った。
バキッ!という音が響く。男が大きくよろめく。
「も、申し訳ございません」
男は、俺たちに頭を下げた。ボスがこちらを見る。
「部下が、失礼を」
「いえ……」
だが、ボスの視線が、ルーシェンに向けられた瞬間。
空気が、わずかに張り詰めた。
「……まさか」
男の喉が、ひくりと鳴った。
「久しぶりですね、ヴィルヘルム」
ルーシェンは、まるで昔の知人に会ったかのように穏やかだった。
その一言で、場の主従が完全に逆転した。
「ル、ルーシェン……!」
ボスの喉が、わずかに震えた。
威圧的だった態度が、一瞬で崩れ去る。
「何故ここに……!」
「知り合いですか?」
俺は、不思議に思った。
「知り合いという程の付き合いではありませんが……あれはもう十年以上前のことです」
ルーシェンは、あっさりと言った。
「この方が、まだ下っ端だった頃の話です」
ルーシェンは淡々と続ける。
「刃を向けられました。思わず殺しかけましたが、見逃しました。興味がなかったので」
冗談めかしているようで、まったく冗談に聞こえなかった。
先程の男が、信じられないという顔でルーシェンを見ている。
ボスは、冷や汗をかいている。が、部下の手前か咳払いをして平静を装う。
「あれは若気の至りだ……。それで、ルーシェン殿。今日は、何の用だ?」
「リノアまで、船を出してほしいのですが」
「ふむ、ここにいるなら当然そうか……しかしルーシェン殿がいるなら……」
ボスは、何かを考え込んでいる。
少し考えた後ボスは言った。
「ルーシェン殿を見込んで仕事を頼みたい」
「仕事、ですか?」
「ああ、ある施設に住み着いた魔物の討伐を頼みたい」
厄介事の匂いがする。
「まずは話を聞かせてください」
俺たちは詳細を聞くことにした。
4. オーク退治の依頼
ボスは、俺たちを奥の部屋に案内した。
「実は、川沿いに監視施設があるのだが……」
ボスの近くにいた男が、地図を広げた。
「ここから東に一キロメートルほどの地点だ。川を不正に通行する船を監視するための施設なのだが、最近オークの群れに占領されてしまっているのだ」
「オーク?」
「ああ。10匹程なのだが非常に厄介な相手でな、我々の手に負えん」
ボスは、困った表情を見せた。
「冒険者に依頼することも考えたが、我々の案件には手を出したがらないし、騎士も反応が悪い」
「マフィアの案件だからですか?」
俺が聞くと、ボスは苦笑した。
「わかるか」
「まあ、雰囲気で」
ボスは葉巻を咥えると、魔法で火をつけた。紫煙を吐き出しながら言う。
「そのオークを退治してくれれば、報酬と船も無料で出す」
「いいでしょう、分かりました」
ルーシェンは、即答した。
「榊さん達もいいですか?」
オークは初めての魔物だ。これからの旅でも出会う可能性がある以上、ここで戦闘経験を積んでおいた方が良いだろう。
「良いですよ。ファルマも良い?」
「はい……大丈夫です」
「では、行きましょうか」
オークか。やはり豚みたいな魔物なのだろうか。
「ああ、わかってるとは思うが討伐証明はマスクだ。健闘を祈る」
部屋を出ようとする際、ボスが背中に声をかけてくる。マスク?なんの事だ?
僅かに疑問を持ちながらもそのまま出る。
俺たちは、監視施設へと向かった。
5. オークとの戦い
監視施設は、川沿いに建てられた小さな建物だった。
行く途中でルーシェンにオークのことを聞いてみる。
「オークって豚みたいな魔物ですか?」
「そうですね。大きさは2mから3m。動きは鈍いですがとても力が強いです。回復力も高いので倒すのが大変ですね」
「マスクというのは?」
先程の疑問を聞いてみる。
「マスクはマスクです。それより二酸化炭素の魔法がどれぐらい効くか楽しみです」
答えになっていないが、ルーシェンは楽しそうだ。やはりそれが目的か……。
そうこうしているうちに施設に着く。
その周囲には、複数のオークがウロウロしている。
そして、そのオークたちは、手斧やマチェットを持ち全員が白いホッケーマスクを着用していた。
「……え?」
俺は、思わず叫んだ。
「おい、ジェ〇ソンじゃねえか!」
「ジェイ〇ン?誰ですか?」
ファルマが不思議そうに聞いた。
「いや、俺の世界の……まあ、いいです」
俺は首を振った。
「異世界の?後で教えてくださいね」
ルーシェンは平常運転だ。
オークたちは、こちらに気付きゆっくりと歩いてくる。
無言で、不気味だ。
「では、始めましょう」
ルーシェンが杖を構えた。
俺も、剣を抜いた。
ファルマも、薬と魔法の準備をしている。
「まずはこれですね」
ルーシェンがオークたちを覆う結界を貼る。
「二酸化炭素よ、上昇せよ」
二酸化炭素が満ちる。
本来なら、生物はすぐに動きが鈍るはずだった。
――だが。
オークたちは、足を止めなかった。
「……呼吸が、浅い?」
ファルマの声が揺れる。
「あるいは、肺そのものが通常と違うのでしょう」
ルーシェンの目が、興味と警戒の色に変わった。
本当に不死身の怪人じゃないだろうな。
「ふむ、あまり呼吸をしてないのか、耐性が強いのか……興味深いですね」
「冷静に観察している場合じゃないだろ!」
オークはもうすぐそこに来ている。
「オークともう接敵する!結界を解除してくれ!」
結界の解除と共に俺は、一体に斬りかかった。
鋼の剣がオークの肩口から胸まで深々と食い込んだ。
血が噴き出す。
だが――倒れない。
オークは何事もなかったかのように、手斧を振り上げた。
「何っ!」
無言で手斧を叩きつけてくる。
「くっ」
まるで爆弾でも爆発させたような音が地面を揺るがす。
剣を無理やり抜いて回避したが、完全には間に合わなかった。
手斧が地面を抉り、その衝撃で身体が浮く。
「ぐっ……!」
背中を打ちつけ、肺の空気が一気に抜けた。
斧を叩きつけた地面が大きく凹む。あのエドワード以上のパワーだ!
「爆炎弾」
ルーシェンの声は、研究者が実験を観察するように淡々としていた。
炎の塊が左奥のオークを包み込む。
だが、オークは燃えながらも、歩き続け、建物にも飛び火する。
燃え移った火が、梁を舐める。
嫌な音がした。
「火が!このままだと、建物が持ちません!」
ファルマが叫ぶ。
――長引かせるわけにはいかない。
俺が態勢を整えているうちに、残りのオークも左右から挟み込むように向かってきた。まずい、囲まれる!
その時右側のオークの動きが鈍る。ファルマの筋弛緩の薬か!
俺は、その隙にすぐ左側のオークに斬りかかった。生物である以上首は急所のはず。
だが、オークは首の半分を切られ、血を噴き出しながらも向かってくる。
「首を斬っても倒れない!?」
「本当にしぶといですね……」
ルーシェンも呆れていた。
それからは、ひたすら剣を振るい続けた。
もう何回オークを斬ったのかも覚えていない。
どのオークも切りつけるたび、肉が裂け、血が噴く。それでも倒れない。
ルーシェンの魔法とファルマの毒。それらも駆使しながら何とかオークたちを倒していった。
そして最後の一体は、どれだけ傷つこうとも倒れなかった。
全身血まみれで、ルーシェンの土の槍が何本も身体に刺さっている。毒で動きが鈍り仲間が全滅しても、無言で機械のように淡々とマチェットを振り回してくる。
まるで、感情が削ぎ落とされた人形だ。
「……こいつ、何んなんだ!?」
視界の端で、ファルマが一瞬よろめいた。まずい薬の代償だ。
――時間がない。
俺は限界まで闇の力を腕に込めるとオークに突撃した。マチェットの嵐を何とかやり過ごし剣を奴の首に振り下ろす。
首を断ち切った瞬間、確かな手応えがあった。
それでも、完全に動きが止まるまで、数秒を要した。
最後の一体を倒すと、俺は疲れ果てて座り込む。
「疲れた……」
「お疲れ様です……」
疲れた表情ながらもファルマが、回復薬を差し出してくれた。
ルーシェンは燃えていた施設を、水魔法で消火している。
周囲はオークの死体で溢れ、俺も返り血で血まみれだ。早く帰りたいが、倒した証明を持って帰らないといけない。
たしかこのマスクが討伐証明だったな。
マスクを外した。
瞬間、豚面が露わになった。
完全な豚顔だ。
鼻だけで拳大はある。
「……待て」
俺は真顔でマスクを持ち上げた。
「このマスク、内側の容積どうなってんだ?」
物理的に、入らない。
どう見ても、入らない。
「内部空間が少し歪んでいますね」
ルーシェンがやってきて興味深そうに覗き込む。
「今まで気にしたこともありませんでしたが、付与魔法と空間魔法の痕跡があります。誰かが“そう作った”のでしょう。才能の無駄遣いですね」
ルーシェンはマスクを観察しながら冷静に言う。
「まあ、いいです。残りのマスクも回収しましょう」
俺たちは、十個のマスクを回収した。
「因みにこのオーク、美味しくは無いらしいですが、食べれるみたいですよ?」
ルーシェンの言葉に顔が引き攣る。ファルマは口を押えている。絶対食べたくない。
6. 船の手配
街に戻り、俺たちは回収したマスクをボスの前に並べた。
十枚。数も、状態も申し分ない。
「……見事だ」
ボスは短くそう言って、深く頷いた。
その表情には、純粋な満足が浮かんでいる。
だが――
「しかし、ボス」
横に控えていた幹部格の男が一歩前に出た。
「監視施設が半分焼け落ちたと聞いています。修復には相当の金と手間が――」
言い終わる前に、
ボスの手が、静かに上がった。
それだけで、空気が凍りつく。
「……燃えたのは、建物だ」
低い声だった。
だが、部屋の隅々まで届く、重みがあった。
「人は死んでいない。川も止まっていない。監視の役目も、明日から再開できる」
ボスは、幹部の男をじっと見据える。
「お前は、何を失ったと思っている?」
「そ、それは……」
男が言葉に詰まる。
ボスはゆっくりと立ち上がり、葉巻を灰皿に押し付けた。
「建物は、また建てればいい。
金も、手間も、俺がどうにでもする」
一拍、間を置く。
「だがな」
視線が鋭くなる。
「オークを放置していれば、いずれ船が沈み、人が死ぬ。
そうなってからでは、“半分燃えた”では済まなくなる」
誰も口を挟めない。
「俺は、“安い被害”で済んだと思っている」
ボスはそう言い切った。
そして、俺たち――いや、正確にはルーシェンを見た。
「仕事をやり遂げた者を、結果論で責めるほど、俺は落ちぶれていない」
部屋の空気が、一段深く落ち着く。
「異論がある者は、今ここで言え」
沈黙。
誰一人、声を出さない。
「……なら、話は終わりだ」
ボスは再び椅子に腰を下ろし、こちらに向き直った。
「改めて礼を言う。
約束通り、報酬と船は用意させる。最上のものだ」
その横顔には、
この街を裏から支配する男の重みが、はっきりとあった。
こうして、俺たちは無事に船を手配でき、報酬も得た。
しかし戦闘で疲れ、日も暮れてきたため俺たちは街に泊まることにした。血もある程度は流したとはいえ気持ち悪いからな。
泊まった宿では案の定、俺の世界の無差別殺人をする怪人の話をする羽目になった。ファルマは怖がっていたが。
そうしているうちに夜はふけていき、翌朝、リノアに向けて出発することになった。
オーク
体長は2~3メートルにもなる、豚の顔をした魔物。
……なのだが、何故か全ての個体が、ホッケーマスクのような仮面を着けている。
動きは人が歩く程度でしかなく、逃げるだけなら追いつかれることはない。
しかし力は非常に強く、ほぼ全ての個体が装備している手斧やマチェットによる攻撃は、致死的な威力を誇る。
再生力も高く、一撃で倒すには首を切り飛ばすしかない。
その身体は一応食べることができるが、味は悪く人気はない。
(非常食としては優れている)
仮面には、ルーシェン曰く「才能の無駄遣い」と言えるほどの高度な技術が使われているが、その出処は分かっていない。
生態についても、多くが謎に包まれている。