ホラーかと思ったら異世界召喚だった   作:絵成数基

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ほぼ説明回です。長くてすみません。


魔法使いの研究所

1. 森の道

 

「さあ、行きましょうか」

 

ルーシェンは軽やかな足取りで森の奥へと歩き出した。俺はその後を追いながら、周囲の様子を警戒する。先ほどの異形の怪物との戦いがまだ脳裏に焼き付いていた。

 

森は深く、木々が生い茂っている。地面には枯れ葉が積もり、足を踏み入れるたびにカサカサと音を立てる。木漏れ日が差し込む場所もあれば、まるで夜のように暗い場所もある。

 

「ルーシェンさん、この森は危険な生物が多いんですか?」

 

俺が尋ねると、ルーシェンは振り返らずに答えた。

 

「ええ、それなりには。土ゴブリンや土コボルトといった魔物が生息していますからね」

 

その声音は淡々としていて、まるで実験レポートを読み上げるような調子だった。しかし土?先ほどのゴブリンもかぎ爪が付いていたし、自分がゲームなどで知るゴブリンとは少し違うようだ。

 

「ただ、心配には及びませんよ。これらの雑魚魔物は、私一人で十分に対処できますから」

 

雑魚魔物、か。確かに先ほどの異形の怪物も、ルーシェンにとっては取るに足らない相手だったのかもしれない。だが、その言い方には妙な違和感があった。まるで、実験の邪魔をする虫を払うような、そんな感覚が滲んでいる。

 

二人が森の小道を進んで十分ほど経った頃、茂みの中から何かが飛び出してきた。

 

「ギャアアアッ!」

 

甲高い叫び声とともに現れたのは、少し前に自分を追い詰めた緑色の肌をし、両手がかぎ爪の小柄な人型の生物だ。鋭い牙を剥き出しにして、俺たちに襲いかかってくる。

 

「土ゴブリンですね」

 

ルーシェンは立ち止まることなく、いつの間にか取り出してた杖を軽く振った。すると、その杖の先から赤い光が生まれ、一瞬で矢の形を成した。

 

「炎矢」

 

淡々とした声で呪文を唱えると、炎の矢が放たれた。それはゴブリンの胸を貫き、生物は断末魔の悲鳴を上げて地面に倒れ込んだ。そして、数秒のうちに炎に包まれて最後には土塊となった。

 

俺は呆気にとられた。ルーシェンは歩みを止めることもなく、まるで邪魔な虫を払うかのような仕草で魔法を放ったのだ。そこには戦闘の緊張感も、生命を奪った重みも感じられない。

 

ただ、実験の障害を取り除いただけ。

 

そんな印象だった。

 

「今のが魔法……」

 

「ええ、炎の魔法です。基本中の基本ですよ」

 

ルーシェンは肩越しに振り返って微笑んだ。その笑顔は丁寧で柔らかいものだったが、どこか目が笑っていない。まるで、興味深い実験結果を眺めるような、そんな冷たさが瞳の奥に潜んでいる気がした。

 

「この世界の魔法は、自然の力を借りて行使します。私が使うのは自然魔法と呼ばれるもので、土、水、風、炎の四元素を操ります」

 

「四元素……」

 

俺は頷いた。ゲームや小説で聞いたことのある概念だ。だが、実際に目の前で使われると、その威力と現実感に圧倒される。

 

そして同時に思う。この男は、俺をどう見ているのだろうか。

 

「もっとも、元素から力を借りるといっても、おとぎ話の精霊のような存在がいるわけではありません。少なくとも、この世界では精霊の存在は確認されていませんから」

 

説明しながら、ルーシェンは再び前を向いて歩き続けた。俺もその後に続く。

それから三十分ほど歩いただろうか。再び茂みが揺れ、今度は三体のゴブリンが一斉に飛び出してきた。

 

「ギャアアアッ!」「ギギギッ!」「グルルルッ!」

 

三方向から襲いかかってくる。俺は思わず後ずさりしたが、ルーシェンは相変わらず冷静だった。

 

「少し多いですね。まあ、問題ありませんが」

 

そう言いながら、ルーシェンは杖を前に突き出した。

 

「炎矢・三連」

 

同時に三本の炎の矢が生成され、それぞれが異なるゴブリンに向かって飛んでいった。三体とも同時に胸を貫かれ、炎に包まれて倒れそのまま土塊になって崩れる。そういえばファンタジーでおなじみの魔石みたいなのはないのだろうか。

 

しかしルーシェンは崩れた土塊に一瞥もせず、歩みを止めることすらなかった。

 

俺は背筋に冷たいものを感じた。確かに、強い。圧倒的に強い。だが、その強さの裏にある冷徹さが、魔石などの疑問よりどうしても気になってしまう。

 

この男は、俺を人間として見ているのだろうか。

 

それとも、貴重な実験材料として見ているのだろうか。

 

「榊さん?どうかしましたか?」

 

ルーシェンが振り返った。その表情は親切そうに見えるが、やはり目の奥には何か冷たいものがある。

 

「いえ、何でも」

 

俺は首を振った。今は、この男に頼るしかない。疑念を抱いても、選択肢はないのだ。

 

その後も、森を進む間に何度かゴブリンに遭遇した。多い時には五体が同時に襲ってきたが、ルーシェンは全て片手間に炎の矢で倒してしまった。

 

まるで散歩の途中で邪魔な小石を蹴飛ばすかのような自然さだった。

全く隙がない。

 

そして、そこに人間らしい感情が見えないことが、俺をますます警戒させた。

 

2. 研究所

 

それから約一時間ほど森を歩き続けた。俺の足は疲労で重くなっていたが、ルーシェンは全く疲れた様子を見せない。

 

やがて、森が開けた場所に出た。そこには、思いがけず牧歌的な光景が広がっていた。

 

石造りの小さなコテージが一軒、緑の草原の中に建っている。コテージの周りには整然と区画された畑があり、野菜や薬草のようなものが植えられている。さらに、その外周を取り囲むように、淡い青白い光の膜のようなものが張り巡らされていた。

 

「あれが私の研究所です」

 

ルーシェンは誇らしげに言った。

 

「どうです?研究に最適な環境でしょう?」

 

俺は頷いた。確かに、この場所は静かで美しい。だが、同時にどこか隔離された印象もある。外界から切り離された、閉鎖的な空間。

 

実験室として、完璧な環境だ。

 

「あの光の膜は?」

 

「結界ですよ。空間魔法の一種です。これがあれば、魔物は中に入ってこられません。また、内部の魔力の流出も防いでくれます」

 

「空間魔法……」

 

「ええ、私は自然魔法が専門ですが、結界を張るための空間魔法だけは習得しました。実験環境を守るために必要ですからね」

 

実験環境、か。やはり、この男にとってここは研究施設なのだ。そして、これから俺もその一部になる。

 

二人は結界に近づいた。ルーシェンが手をかざすと、結界の一部が扉のように開いた。

 

「さあ、どうぞ」

 

俺はルーシェンに続いて結界の中に入った。結界を通過する瞬間、微かな痺れのような感覚があったが、すぐに消えた。

 

コテージに近づくと、その造りの丁寧さに俺は少し驚いた。石壁は綺麗に積まれており、窓には硝子がはめ込まれている。屋根は焼いた赤い瓦で葺かれている。ドアは木製だが、精巧な彫刻が施されている。

 

「中へどうぞ」

 

ルーシェンがドアを開けた。俺は中に入って、再び驚いた。

 

内部は予想以上に広く、そして異様なほど整理されていた。入ってすぐの場所は居間のようになっており、木製の椅子とテーブルが置かれている。奥には小さな台所があり、その隣には本棚が壁一面に並んでいる。本棚には無数の書物が整然と並べられている。

 

魔法使いの住処と聞いて、俺は混沌とした魔法道具や薬品の瓶が散乱しているような光景を想像していた。だが、実際には驚くほど整理整頓されており、まるで研究機関のラボのような清潔感がある。

 

人間臭さがない。

 

生活感がない。

 

ただ、効率的に研究を行うためだけの空間。

 

「意外ですか?」

 

ルーシェンが俺の表情を読み取って笑った。

 

「魔法使いの研究所というと、多くの人が雑多で怪しげな場所を想像されるんですよね。でも、乱雑な環境では、正確な実験はできませんから」

 

実験、という言葉を、この男は自然に使う。

 

俺は警戒心を強めた。

 

「まずは座ってください。お茶を淹れますから」

 

「ありがとうございます」

 

俺はソファに腰を下ろし、改めて部屋を見回した。本棚の本には、様々な言語で書かれたタイトルが見える。ただ、不思議なことに、俺にはその文字が読めた。いや、正確には、見た瞬間に意味が頭に流れ込んでくる感覚だった。

 

「あの、この世界の文字が読めるんですが……」

 

「ああ、それはおそらく召喚の効果ですね」

 

ルーシェンが振り返って答えた。

 

「過去の文献で読みましたが異世界から召喚された者には、自動的にこの世界の言語、読解能力が付与されると言われています。文字も話し言葉も、全て理解できるようになります。召喚魔法の基本的な効果の一つのようですね。便利で良いことです」

 

その説明も、やはり実験レポートのような口調だった。言葉を教える手間が省けたという感情以外が欠落している。

 

やがて、ルーシェンがお茶を持ってきた。陶器のカップに注がれた淡い緑色の液体からは、爽やかな香りが立ち上る。

 

「森で採れるハーブのお茶です。疲労回復に効果がありますよ」

 

俺は一口飲んだ。ほのかな甘みと爽やかさが口の中に広がり、確かに疲れが和らぐような気がした。

 

もっとも、毒でも入っていないか、という疑念が頭をかすめないわけではない。

 

だが、今の俺にそれを確かめる術はない。

 

「それでは、約束通り、この世界のことをお話ししましょう」

 

ルーシェンも自分のカップを手に取り、ソファに座った。

 

その目は、興味深い実験対象を観察する研究者のそれだった。

 

3. この世界の魔法体系

 

ルーシェンは一口お茶を飲んでから、話し始めた。

 

「まず、あなたが召喚されたことについてですが」

 

「はい」

 

「実は、異世界からの召喚というのは非常に稀なものなんです。記録に残っている限りでは、最後に召喚が行われたのは百年以上前のことです」

 

「百年以上……」

 

俺は驚いた。てっきり、もっと頻繁に召喚が行われているのかと思っていた。

 

「ええ。しかも、その時の召喚は国家規模のプロジェクトで、莫大な魔力と準備期間を要したと記録されています。さらにその時事故が起こり、異世界の来訪者が来るどころか、召喚方法までもが喪われたそうです。なので偶発的に召喚が起こるなど、本来はあり得ないことなんです」

 

「では、なぜ俺が……」

 

俺は思い出していた。あの夢のことを。

 

何度も何度も繰り返された、あの声。

 

『来い』

 

『待っている』

 

『お前が必要なのだ』

 

そして最後に聞こえた、あの言葉。

 

『見つけた』

 

『ようこそ』

 

引きずり込まれるような感覚。抗えない力。

 

「実は、俺が召喚される前、夢の中で何度も声が聞こえたんです」

 

俺は躊躇いながらも、ルーシェンに告げた。

 

「声?」

 

ルーシェンの目が鋭くなった。明らかに興味を示している。

 

「ええ。『来い』と何度も繰り返されて……最後には『見つけた』『ようこそ』と言われました。そして、足を掴まれて引きずり込まれるように、この世界に」

 

「興味深い……」

 

ルーシェンは顎に手を当てて考え込んだ。

 

「つまり、あなたの召喚は偶発的なものではない。国家規模のプロジェクトでもないのに明らかに何らかの意思が介在している」

 

「意思……?」

 

「ええ。誰か、あるいは何かが、あなたを意図的にこの世界に呼び寄せた。しかも、闇の力を持つあなたを、です」

 

ルーシェンの目が輝いた。まるで、重要な発見をした研究者のようだ。

 

「我々の世界の通常の召喚魔法では、このようなことは起こりません。最上位の召喚魔法使いに限られますが、別世界からの召喚魔法は白銀界の知恵ある魔物と契約をしての召喚に限定されています。何よりあなたのケースは、意図を持ってあなたを探し、見つけた上で引き寄せた」

 

この世界には異世界召喚以外の召喚魔法があるのか。それに白銀界?色々と疑問は出るがそれよりも…。

 

「誰が、何のために……」

 

「それはまだ分かりません。ただ、一つ言えるのは」

 

ルーシェンは真剣な表情で続けた。

 

「あなたが闇の力を持っていることと関係があるのは間違いないでしょう。邪神、あるいはその眷属である悪魔が関与している可能性が高い」

俺は背筋が凍った。邪神?悪魔?

 

「ですが、心配には及びませんよ」

 

ルーシェンは微笑んだ。その笑顔は、相変わらず目が笑っていない。

「むしろ、これは貴重な研究材料です。邪神や悪魔の意図を解明できる可能性がある。あなたは、非常に価値のある被験者なんですよ」

 

被験者。

 

やはり、この男にとって俺はそういう存在なのだ。

 

「では約束通り魔法について説明しましょう。この世界の魔法は、大きく分けて六つの系統に分類されます」

 

ルーシェンは指を折りながら説明した。

 

「一つ目は、私が使う自然魔法です。土、水、風、炎の四元素から力を借りて魔法を行使します。攻撃魔法としても防御魔法としても優れており、最もバランスの取れた系統と言えるでしょう。ただし、先ほども言いましたが、精霊のような存在はこの世界では確認されていません。魔法はあくまで、術者の魔力と意志によって発動するものです」

 

俺は頷いた。

 

「二つ目は空間魔法です。これは空間そのものに様々な作用を及ぼす魔法で、先ほどの結界もこの系統に含まれます」

 

「結界以外には、どんな魔法があるんですか?」

 

「空間を歪めて攻撃を逸らしたり、ある程度離れた物を手の中に呼び寄せたり、といったことができます。そして、極めて高度な技術ですが、瞬間移動も可能です」

 

「瞬間移動!」

 

俺は身を乗り出した。

 

「ただし、瞬間移動ができるのは本当にごく限られた達人だけです。世界に数人しかいないレベルですね。私も結界を張ることはできますが、瞬間移動はできません」

 

「そんなに難しいんですか」

 

「ええ。空間を操るというのは、非常に繊細で高度な技術を要するんです。一歩間違えれば、自分の身体が空間の歪みに飲み込まれてしまいますから」

 

ルーシェンは少し怖い話をするように言った。だが、その口調は相変わらず淡々としている。まるで、実験の失敗例を報告するような調子だ。

 

「三つ目は付与魔法です。これは物や生物に一時的に魔法的な効果を与える魔法です」

 

「効果、というと?」

 

「例えば、剣に魔力を付与して非実体系の魔物にも効く剣にしたり、鎧に防御力を高める効果を付与したり、といったことです。また、人の身体能力を高めることもできます」

 

「便利そうですね」

 

「ええ、ただし基本的には対象に触れなければなりません。遠距離から付与魔法を使うことはできないんです。そのため、他の魔法と組み合わせて使われることが多かったり、戦士が自分の身体強化のために覚えていたりですね」

 

戦士も魔法?この世界の魔法の敷居は意外と低いのだろうか?

 

ルーシェンはお茶を一口飲んでから続けた。

 

「ただし、付与魔法を極めた者は、魔道具と呼ばれる魔法道具を作ることができます。これは永続的に魔法効果を持つ道具で、非常に貴重です」

 

「魔道具……」

 

「今の時代、魔道具を作れる者は、知られている限りでは世界に一人しかいません。それほど高度な技術なんです」

 

俺は感心した。この世界の魔法は、想像以上に奥が深い。

 

「四つ目は先ほども言った召喚魔法です」

 

俺は思わず身を乗り出した。あまり関係ないようには言われたが、やはり名前の響きからして自分の召喚に何らかの関係があるかもしれない。

 

「召喚魔法は、白銀界と呼ばれる別世界の生物を使役する魔法です」

 

「別世界……」

 

「ええ。この世界とは別に、白銀界と呼ばれる世界が存在することが確認されています。そこには様々な魔物が生息しており、召喚魔法の使い手はその魔物の卵を白銀界から持ち帰り、この世界で孵化させます」

 

「卵を?」

 

「そうです。孵化した魔物は、孵化させた人間を親として認識し、その人間に寄生します。そして、術者が魔力を与えることで実体化し、様々なことをさせることができるんです。まあ孵化だけでなく、召喚魔法使い同士での移譲もできるみたいですが」

 

ルーシェンは説明を続けた。

 

「白銀界の生物は、この世界では魔力がないと実体を保てません。ですから、召喚する度に術者の魔力を消費します。召喚魔法の使い手は、常に複数の魔物を寄生させており、状況に応じて使い分けるんです」

 

「複雑ですね……」

 

「ええ。そして、これも先ほど言いましたが召喚魔法を極めた者は、白銀界の知性を持つ上級魔物と直接契約を結び、呼び出すことができるそうです。ただし、これも伝説に近い話で、実際にできる人間は極めて少ないでしょう」

 

俺は思った。自分が召喚されたのは、この召喚魔法とは明らかに違う。白銀界ではなく、元の世界から呼ばれたのだ。そして、何者かの明確な意図によって。

 

「五つ目は精神魔法です」

 

ルーシェンの声が少し低くなった。

 

「精神魔法は、心のある知性体に様々な影響を与える魔法です。催眠、幻覚、恐怖の植え付け、そして……」

 

ルーシェンは一呼吸置いてから続けた。

 

「熟練者は、相手の心を覗き見ることもできると言われてます」

 

「心を……」

 

俺は身震いした。それは恐ろしい能力だ。そして同時に思う。この男は、精神魔法を使えるのだろうか。俺の心を読んでいるのだろうか。

 

「その効果の危険性から、精神魔法の習得者は迫害を受けやすく、表に出ることはほとんどありません。実際、私もこれまで精神魔法の使い手には会ったことがありませんし、学ぶ機会もほぼないと思っていいでしょう」

ルーシェンはそう言ったが、俺は完全には信じられなかった。この男なら、嘘をつくことなど造作もないだろう。

 

「そして六つ目、最後は神聖魔法です」

 

「神聖魔法……」

 

「神を信仰することで習得できる魔法です。主に回復系の魔法や、不死者への攻撃魔法に特化しています」

 

「回復魔法があるんですか」

 

俺は少し安心した。怪我をしたときに、治療手段があるというのは心強い。

 

「ええ。ほかの魔法にも回復系のものはありますが、基本治癒力高めたりするものなので即効性はありませんからね。ただし、神聖魔法を使うには、神への深い信仰が必要です。そして、信仰する神によって、習得できる魔法に若干の差があります」

 

「この世界には、どんな神がいるんですか?」

 

「五柱の主要な神がいます」

 

ルーシェンは指を折りながら数えた。

 

「光の秩序神、武神、自然神、運命神、そして生命神です。それぞれが異なる領域を司っており、信仰する神によって神官の役割も変わってきます」

 

「なるほど……」

 

俺は頷いた。この世界の魔法体系は、想像以上に複雑で体系化されている。

 

ルーシェンは真剣な表情で俺を見つめた。その目には、興奮が宿っている。

 

「そして、あなたが使った闇の力についてですが」

 

俺は息を呑んだ。

 

「闇の力は、基本的に神々の敵対者である邪神と、その眷属である悪魔が使う力です」

 

「悪魔……」

 

「ええ。この世界では、神々と邪神の戦いは遥か昔から続いています。今は過去の大きな戦いで、お互い直接下界に来ることはできなくなっていますが、闇の力は邪神と、悪魔の邪悪な力とされているんです」

 

ルーシェンは重々しく続けた。

 

「もし、人間が闇の力を使えることがバレたら、問答無用で粛清の対象となります。神官たちは、闇の力を持つ者を見つけ次第、即座に処刑します。一般人にも通報義務がどの国でも法律化されています」

 

俺は背筋が凍った。自分は、この世界では存在そのものが罪なのだ。

 

「だから、あなたは絶対に闇の力を人前で使ってはいけません。少なくとも完全に制御できて、見た目分からなくなるまでは。命が危険にさらされます」

 

「分かりました……」

 

俺は小さく頷いた。

 

4. 取引

 

ルーシェンは少し間を置いてから、笑みを浮かべた。だが、その笑みは目に届いていない。

 

「ただ、私にとっては非常に、興味深い研究対象です」

 

研究対象。

 

やはり、この男は俺をそう見ているのだ。

 

「ええ。実は、私は以前から闇の力に興味があったんです」

 

ルーシェンは目を輝かせて語った。まるで、待ちに待った実験材料を手に入れた研究者のようだ。

 

「神々が邪悪だと定義する闇の力。しかし、それは本当に邪悪なのか?魔法としての性質はどうなのか?長年、研究したいと思っていました」

 

「でも、危険なのでは……」

 

「ええ、非常に危険です。闇の力が使える人間は、見つかり次第粛清されますし、悪魔を捕らえても、彼らはすぐに消滅してしまいます。生きたサンプルがないんです」

 

生きたサンプル。

 

俺は、この男にとってそういう存在なのだ。

 

「私は長年、悶々としていました。研究したくても、研究対象がない。どうしたものかと」

 

ルーシェンは思い出すように語り始めた。

 

「それで、半年ほど前、王都で研究をしていた時のことです」

 

「王都、つまりムステル王国の首都ヴァレリアですが、そこに星詠と呼ばれる凄腕の占い師がいるんです」

 

「占い師?」

 

「ええ。彼女の占いは、ほぼ百パーセント当たると言われており、王族や貴族たちも、彼女に占ってもらうんです。まあ彼女は気まぐれかつ、高位の空間魔法を使いますから、機嫌を損ねないよう貴族たちも、不可侵としてますので、なかなか占って貰えませんが」

 

ルーシェンは苦労しました、としみじみと話す。

 

俺は少し懐疑的になった。占いなど、当たるも八卦当たらぬも八卦ではないのか。

 

「信じられませんか?」

 

ルーシェンは俺の表情を読み取って笑った。

 

「私も最初はそう思っていました。でも、実際に占ってもらうと、驚くほど的確でした。彼女はおそらく、運命神の加護を受けているのでしょう」

 

「運命神の……」

 

「ええ。彼女に占ってもらったところ、こう言われたんです。

 

『深き緑が、外の理を拒む場所にて。

 空より落ちた余所の理は、まだ名も持たず眠るでしょう。

 

 三十の隔たりを越えた先、

 人の声が途切れ、知だけが息づく地。

 そこに、灯はともります。

 

 月が六たび満ち欠ける頃――

 探し求めぬ答えが、あなたを見つけるでしょう』と」

 

「まず『深き緑が、外の理を拒む場所』。

 これは今いるエルドウィンの森を指しています。

 特に、結界的な魔力循環を持ち、

 神性・異界干渉が弱まる区域ですね。

 

 『三十の隔たり』は距離。

 王都を起点に測ると、約三十キロ圏内で

 条件に合致する地点はこの森一つしかありません。

 

 『人の声が途切れ、知だけが息づく地』――

 人里離れた研究拠点。

 つまり、私が計画していた森の研究所です。

 

 そして『月が六たび満ち欠ける頃』。

 これは半年後を意味します。

 

 結論として、

 半年後、エルドウィンの深森に研究所を構えた時、

 異世界由来の存在と接触する。

 ――そういう予言だった、というわけです」

 

俺は驚いた。

 

「それで、あなたは……」

 

「ええ、すぐに王都を離れ、この森に来ました。そして、コテージを建て、研究所として整えたんです」

 

ルーシェンは誇らしげに言った。だが、その誇りは研究環境を整えたことへの誇りであって、人間的な温かみはない。

 

「畑も作りました。長期的な研究に集中するためには、自給自足できる環境が必要ですからね。そして、半年間、ずっとあなたを待っていたんです」

 

「俺を……」

 

「ええ。星詠の予言は、必ず当たります。ですから、あなたが現れることは確信していました」

 

ルーシェンは俺を見つめた。その目には、研究者の情熱が燃えている。

 

「それで、あなたにお願いがあるんです」

 

俺は身構えた。

 

「あなたの闇の力を、研究させてください」

 

やはり、そう来たか。

 

俺は躊躇した。聞く限り闇の力は邪神由来の危険な力だ。もし、制御を失えば、誰かを傷つけてしまうかもしれない。何より存在がバレれば粛清されてしまう。そして、この男に利用されるかもしれない。

 

だが、選択肢はあるのだろうか。

 

「ただし、誤解しないでください」

 

ルーシェンは丁寧な口調で続けた。

 

「私は、あなたを実験動物のように扱うつもりはありません」

 

嘘だ、と俺は思った。この男の目は、明らかに俺を実験材料として見ている。

 

「あなたは貴重な研究対象です。だからこそ、丁寧に扱わなければなりません」

 

やはり、研究対象なのだ。

 

「無理に実験を強要すれば、あなたのストレスが高まり、正確なデータが取れなくなります。ですから、あなたには自発的に協力していただく必要があるんです」

 

ルーシェンは真摯な目で俺を見つめた。だが、その真摯さは、より良い実験結果を得るための打算に基づいている。

 

「私が約束します。あなたの意志を尊重します。そして、研究を通じて、あなたが闇の力を制御できるように全力で手伝います」

 

制御できるようになること。それは、確かに俺にとって必要なことだ。

 

「闇の力は、確かに危険です。でも、それはあなたが制御できないからです。もし、完全に制御できるようになれば、あなたは自分の力を恐れる必要はなくなります」

 

「それに、あなたはこの世界に一人で放り出されたんです。知識も、この世界での身分も、何もない。生きていくためには、誰かの助けが必要でしょう?」

 

ルーシェンの言葉は正論だった。俺は異世界で完全に孤立している。この世界の常識も、生き方も分からない。

 

「私はあなたに住む場所を提供します。食事も、この世界で生きていくための知識も教えます。その代わり、あなたの力を研究させてください」

 

ルーシェンは手を差し出した。

 

「これは取引です。お互いにとって利益のある、公平な取引です」

 

公平、か。

 

俺にはそうは思えなかった。この男は、俺を貴重な実験動物として扱おうとしている。丁寧な言葉遣いも、礼儀正しい態度も、全ては良好な実験結果を得るための手段に過ぎない。

 

だが、選択肢は限られている。

 

この世界で一人で生きていくことは不可能だ。そして、ルーシェンは少なくとも、俺を生かしておく理由がある。研究対象として。

 

それに、闇の力を制御できるようになることは、俺にとっても必要なことだ。このままでは、いつまた暴走するか分からない。

 

「分かりました」

 

俺は覚悟を決めて、ルーシェンの手を握った。

 

「ただし、条件があります」

 

「条件?」

 

ルーシェンは少し驚いた表情を見せた。おそらく、俺が従順に従うと思っていたのだろう。

 

「俺の力の制御を、本当に手伝ってください。それと……」

 

俺は真剣な目でルーシェンを見つめた。

 

「俺を人道的に扱うと、約束してください。実験動物ではなく、人間として」

 

ルーシェンは一瞬、目を細めた。その目の奥で、何かを計算しているのが分かった。

 

そして、微笑んだ。

 

「もちろんです。約束します」

 

その笑顔は、相変わらず目が笑っていなかった。

 

二人は握手を交わした。

 

俺は思った。この男を信用することはできない。だが、今は利用し合う関係を受け入れるしかない。

 

そして、いつか自分の力を完全に制御できるようになったら、その時は……。

 

まだ、その先のことは考えられなかった。

 

5. この世界の地理

 

握手を終えると、ルーシェンは再びソファに座り、お茶を飲んだ。

 

「では、これからよろしくお願いしますね、榊さん」

 

「こちらこそ」

 

俺も座り直した。警戒心は解けない。

 

「さて、この世界の魔法についてはある程度、説明しましたが、地理についても知っておいた方がいいでしょう」

 

「お願いします」

 

ルーシェンは立ち上がり、本棚から一冊の大きな本を取り出した。それを開くと、地図が描かれていた。

 

「これが、私たちがいる大陸の地図です」

 

俺はその地図を見て、少し驚いた。大陸の形が、どことなく北アメリカ大陸に似ている。

 

「私たちが今いるのは、ムステル王国です」

 

ルーシェンは地図の中央あたりを指差した。

 

「ムステル王国は東西に広い国で、温暖な気候と豊かな農地に恵まれています。人口は約五千万人ほどでしょうか」

 

「五千万……」

 

俺は思ったより少ないと感じた。だが、中世ヨーロッパ程度の文明レベルと考えれば、妥当なのかもしれない。

 

「首都はヴァレリアです。ここから東に約三十キロメートルほどの場所にあります」

 

ルーシェンは地図上の、元の世界で言えばシリコンバレーのサンノゼのあたりを指差した。

 

「ヴァレリアは商業と魔法の中心地で、多くの魔法使いや商人が集まっています。人口は約二百万人で、この国最大の都市です」

 

「魔法の中心地……」

 

「ええ。魔法学院もあり、若い魔法使いたちが修行しています。私も何度か、教えに行ったことがあります」

 

ルーシェンは淡々と説明を続けた。まるで地理の講義をしているようだ。

 

「そして、ムステル王国の北には、カルガリー神聖国があります」

 

ルーシェンは地図の北部、元の世界で言えばカナダのあたりを指差した。

 

「カルガリー神聖国は、光の秩序神を主な国教とする神権国家です。国土は広大ですが、寒冷な気候のため人口は少なく、約三千万人ほどです」

 

「神権国家……」

 

「ええ。神官たちが国を統治しており、非常に厳格な宗教国家です。闇の力に対しても、最も厳しい姿勢を取っています」

 

ルーシェンは俺を見つめた。その目には、警告の意味が込められている。

 

「ですから、あなたは絶対にカルガリー神聖国には近づかない方がいいでしょう。もし闇の力がバレれば、即処刑か最悪拷問の末に火刑に処されます」

 

俺は頷いた。神聖国家に闇の力を持つ自分が行けば、確実に殺されるだろう。

 

「そして南には、トレオン帝国があります」

 

ルーシェンは地図の南部、元の世界で言えばメキシコのあたりを指差した。

 

「トレオン帝国は軍事国家で、強大な軍隊を擁しています。皇帝が絶対的な権力を持ち、領土拡大を常に目指しています」

 

「危険な国なんですか?」

 

「今のところは友好国です。ムステル王国とトレオン帝国、そしてカルガリー神聖国の三国は、互いに不可侵条約を結んでいます」

 

ルーシェンは少し間を置いてから続けた。

 

「ただし、トレオン帝国は野心的な国です。いつ何が起こるか分かりません。常に警戒は必要です」

 

俺は地図を見つめた。三つの国が微妙なバランスで共存している。まるで冷戦時代のような緊張関係だ。

 

「他にも小さな都市国家や、独立した領地はありますが、主要な国家はこの三つです」

 

「分かりました」

 

「ちなみに、この研究所があるのは、先程も言いましたが、ヴァレリアから西に約三十キロメートルの森の中です」

 

ルーシェンは地図上の位置を示した。

 

「近くの街としては、サクレイアやストークレンといった街があります。この森は人里離れた場所ですから、研究には最適なんです」

 

研究には最適。

 

つまり、人目につかない場所で実験ができる、ということだ。

 

俺は改めて、自分が置かれた状況の危うさを感じた。

 

「さて、地理の説明はこれくらいにしましょう」

 

ルーシェンは本を閉じた。

 

「もう夕方ですし、夕食の準備をしますね。今日は色々あって疲れたでしょう?」

 

「はい……」

 

俺は改めて疲労を感じた。異世界に召喚され、怪物と戦い、森を歩いて、大量の情報を詰め込まれた。心身ともに疲れ果てている。

 

「今日はゆっくり休んでください。本格的な実験は明日からにしましょう」

 

実験、という言葉を、この男は何の躊躇もなく使う。

 

「分かりました」

 

俺は短く答えた。

 

6. 夕食と寝室

 

ルーシェンは手際よく夕食の準備を始めた。俺は手伝おうとしたが、ルーシェンに座っているように言われた。

 

「今日はゆっくりしていてください。明日からは色々と手伝ってもらいますから」

 

俺は木の椅子に座り、ぼんやりと窓の外を眺めた。夕日が森を赤く染めている。美しい光景だった。

 

だが、俺の心は複雑だった。元の世界に帰れるのだろうか。家族や友人は、自分が突然消えたことをどう思っているだろう。

 

そして、この男に利用され続けるのだろうか。

 

「考え事ですか?」

 

ルーシェンが声をかけてきた。

 

「あ、はい……元の世界のことを考えていました」

 

「帰りたいですか?」

 

俺は少し考えてから答えた。

 

「分かりません。帰りたい気持ちもありますが……」

 

「でも?」

 

「元の世界で、俺は特別な存在ではありませんでした。普通の社会人で、何も成し遂げていない」

 

俺は自嘲気味に笑った。

 

「でも、この世界では闇の力という特別な力を持っている。危険な力ですが、もしかしたら何か意味があるのかもしれない、と」

 

ルーシェンは微笑んだ。その笑顔は、相変わらず目が笑っていない。

 

「それは良い考え方です。前向きな被験者は、より良い実験結果をもたらしますから」

 

被験者。

 

やはり、この男にとって俺はそういう存在なのだ。

 

やがて、夕食ができあがった。テーブルには、野菜のシチューと黒パン、それにチーズが並べられた。

 

「畑で採れた野菜で作りました。どうぞ」

 

俺は一口食べて、その美味しさに驚いた。野菜の甘みが濃厚で、シチューのスープも深い味わいだ。

 

「美味しいです」

 

「それは良かった。健康な被験者を維持するためには、栄養バランスの取れた食事が重要ですからね」

 

またも、被験者という言葉。

 

俺は黙って食事を続けた。

 

二人は静かに食事をした。窓の外では、すっかり日が暮れ、星が輝き始めていた。

 

食事を終えると、ルーシェンは俺を二階へ案内した。階段を上ると、小さな廊下があり、二つの部屋があった。

 

「こちらが客室です。今日からあなたの部屋ですよ」

 

ルーシェンが扉を開けると、こぢんまりとした寝室があった。ベッドと小さな机、それに椅子が置かれている。窓からは森が見える。

 

「狭いですが、我慢してください。研究に集中するためには、シンプルな環境の方が良いでしょう」

 

「いえ、十分です」

 

俺は短く答えた。文句を言える立場ではない。

 

「では、おやすみなさい。何かあれば、隣の部屋にいますから」

 

「おやすみなさい」

 

ルーシェンが部屋を出ていくと、俺は一人になった。ベッドに腰を下ろし、深く息をついた。

 

信じられないような一日だった。朝、目が覚めたら異世界にいて、怪物に襲われ、魔法使いと出会い、そしてこの研究所で暮らすことになった。

 

実験動物として。

 

俺は窓の外を見た。星空が広がっている。見たことがある星座は見つけられなかった。ここは、本当に別の世界なのだ。

 

「これから、どうなるんだろう……」

 

俺は呟いた。不安と警戒心が入り混じった気持ちだった。

 

あの男を信用することはできない。だが、今は彼に頼るしかない。そして、闇の力を制御する方法を学ばなければならない。

 

それまでは、この歪な関係を受け入れるしかない。

 

俺は服を脱ぎ、ベッドに横になった。

 

そういえば傷は治ったが脇腹の辺りが破けているし血で汚れているな…別の服も貰えるのだろうか?

 

そう考えながらも意外にも、すぐに眠りに落ちた。深い、深い眠りだった。夢は見なかった。

 

 

7. 新しい朝

 

翌朝、俺は鳥の鳴き声で目を覚ました。窓から朝日が差し込んでいる。

一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。だが、すぐに思い出した。ここは異世界、ムステル王国のルーシェンの研究所だ。

 

俺は起き上がり、窓の外を見た。朝霧が森を覆っている。幻想的な光景だった。

 

下の階から、何か良い匂いが漂ってきた。おそらく朝食の匂いだ。俺はいつの間にか脱ぎ捨てた服がなく、代わりにベッド脇に用意されていた新しい服があるのに気付いた。大きさも特に問題ないようだ。それを着て、階下へ降りた。

 

「おはようございます、榊さん」

 

ルーシェンが笑顔で迎えた。テーブルには、焼いた黒パンと目玉焼き、それにりんごのような果物が並んでいた。

 

「おはようございます」

 

「よく眠れましたか?」

 

「はい、ぐっすりと」

 

「それは良かった。十分な睡眠は、正確な実験データを得るために重要ですからね」

 

またも、実験という言葉。

 

この男にとって、俺の全てが実験の一部なのだ。

 

「それにその服は私のお古ですが我慢してください。着ていた服は破けてましたからね。背丈が同じくらいなので問題ないはずです」

 

ルーシェンのお古なのか…

 

「さあ、朝食を食べましょう。食べたら、早速実験を始めますよ」

 

俺は少し緊張した。今日から、闇の力の研究が始まるのだ。

 

だが、同時に思う。この実験を通じて、俺は闇の力を制御する方法を学べるかもしれない。それは、この男に利用されることと引き換えに得られる、唯一の希望だ。

 

「分かりました」

 

俺は短く答えた。

 

「ああ、そうそう。一応一つ忠告しておきます」

 

ルーシェンは笑顔のまま言った。

 

「決して逃げようとは思わないことです。この森は危険な魔物で溢れています。そして、あなたは戦闘能力がない。一人で森を抜けることは不可能です」

 

その言葉は、警告であり、同時に脅しでもあった。

 

「それに、あなたが闇の力を持つことが世間にバレれば、即座に処刑されます。ここにいる限りは、少なくとも安全ですよ」

 

ルーシェンは優しく微笑んだ。だが、その目は冷たかった。

 

俺は、完全にこの男の手の中にあるのだ。

 

「分かってます」

 

俺は答えた。

 

二人は朝食を食べ始めた。窓の外では、朝霧が徐々に晴れていき、青空が広がり始めていた。

 

新しい一日が始まった。俺の異世界での生活が、今、本格的に始まろうとしていた。

 

実験動物としての生活が。

 

そして、俺はまだ知らなかった。自分が持つ闇の力が、この世界にどれほど大きな影響を与えることになるのかを。

 

それは、まだ遠い未来の物語だった。

 

だが、一つだけ確かなことがあった。

 

俺は、この状況を受け入れるつもりはない。

 

いつか、必ず自分の力を完全に制御し、この男から独立する。

 

そのためには、今は耐えるしかない。

 

俺は心の中で誓った。

 

 

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