第55話:迷いの森
1. 川からの脱出
「大丈夫か!」
「は、はい、大丈夫です」
「ええ、問題ありません」
「衝撃はありましたが、許容範囲内です」
川に落ち、それなりの衝撃は受けたものの、皆の無事を確認する。
だが、川の流れは速く、そのまま流されていく。
このまま流され、岩にぶつかったりすれば飛行機が沈むかもしれない。
「出てこい、鎖蔦狼!」
俺は鎖蔦狼を召喚し、近くの大きな木にツタを絡ませる。
闇の力も最大限に使って、ツタを手繰り寄せ、何とか河原に飛行機を乗り上げさせることに成功する。
「ハアッ!ハアッ!」
疲れて、河原で大の字になる。
「榊さん!」
「榊様!」
ファルマとエリシアが、駆け寄ってくる。
その隣で、ルーシェンは飛行機の状態をチェックしていた。
「飛行機の状態は……?」
寝っ転がりながらも聞く。
ルーシェンが一通りチェックすると、少し安堵したような表情を浮かべる。
「水の中に落ちたおかげで、ダメージは最小限です。半日ほどかけて修理すれば何とかなるでしょう」
修理できる範囲で良かった。
「何にしろ、拠点を作る必要があるな」
エリシアに向き直る。
「ここがどの辺か、わかるか?」
だが、エリシアは首を横に振る。
「位置情報や方向の機能が、エラーを起こしています。この森についてのデータもありません」
少し困惑したような顔つきだ。
「機能自体に障害が出ているわけではありません。
周囲の魔力が、こうした機能に影響を及ぼしています」
(ますます富士の樹海かよ……)
しかし、方向的には山に向かえばいい。
最悪、山の位置を確認しながら進むしかないだろう。
「河原から少し離れた所に野営地を作って、そこで修理しよう」
「もう少し離れないと、川の増水とかが怖くないですか?」
ファルマが懸念を示す。
だが、エリシアが答える。
「セイレーンの指輪をつければ、水は入ってきません」
「あ、そういえばそうでした」
ファルマは安心した様子で手を叩くのであった。
2. 野営地の設営
河原から少し離れたところで、狭いが、木と木の間の隙間に小さな野営地を作る。
ルーシェンは飛行機の修理を始め、ファルマが手伝う。
「周囲を見てくる」
俺は、野営地の周りを見回りに行く。
「私も行きます」
エリシアが着いて来ようとする。
「あまり離れるつもりもないから大丈夫だ。念のため、ルーシェンとファルマの護衛を頼む」
エリシアは、少し迷ったような顔をするが――
「……わかりました」
頷いて、残ってくれた。
3. 巨大なイノシシ
野営地の位置を気にしながら、森の中を進む。
(エルドウィンの森を思い出すな……)
木々をかき分けながら進む。
エルドウィンの森に比べ、一本一本の木がとても大きいことに気づく。
(まるで……巨人の森だな)
その時、何かの気配を感じて身を伏せる。
身を伏せたまま、気配の先を見ると、体長3mはある、立派な牙を持った巨大なイノシシが草を食べていた。
(大きいが……狩れば肉が手に入るか)
静かに剣を抜く。
気配を消して近寄るが、イノシシは気づいた様子がない。
鎖蔦狼を召喚し、ツタで拘束するよう指示を出す。
意表をつかれ、ツタで拘束されもがくイノシシ。
俺は飛び出し、首を斬ろうと剣を振りかぶる。
「ブヒイイイイ!!」
だが突然、イノシシが巨大化する。
鎖蔦狼のツタも弾け飛び、3mから一気に10m近くまで大きくなった。
「ウソだろう……!?」
鎖蔦狼がダメージを受けたと判断し、召喚を解除する。
体勢を立て直したイノシシとの睨み合いとなる。
イノシシは前足をかき、突進の準備をしている。
俺はそれを見てすぐに横に飛ぶ。
轟音を立てて、イノシシが俺がいた場所を走り抜ける。
そして通り抜けた先で方向転換し、また突進の準備をする。
(さすがにあの大きさのイノシシは、どうしようもない……!)
逃げるにしても、野営地の方に逃げるわけにもいかず、どうするか焦りながらも考える。
突進してくるイノシシに対して、とにかく木の上に逃げようと、近くの木の幹にジャンプして剣を突き刺す。
そこから剣を軸に反動で上に飛び上がるが、枝まであと一歩届かない。
(おかしい……こんなにも枝、高かったか!?)
しかし、このままではイノシシに潰される!
「風踏!」
一瞬だけ風踏を召喚して足場として、更に飛び上がって何とか木の枝の上に乗る。
乗った瞬間、イノシシが木にぶつかり、大きく揺れる。
「うおっ!」
木から落ちそうになるが、何とか耐える。
ぶつかったイノシシは、ダメージを受けたようには見えず、木の下で幹を前足でガリガリと引っ掻いている。
(どうする……?闇の剣で落下の勢いも乗せて斬るか?しかし躱された時のリカバリーが難しいな……)
考えていると、イノシシが何かに気づいたように、前足で引っ掻くのをやめ、後ろを振り返る。
俺もその方向を見ると、イノシシと同じくらいの大きさの白い犬がやってくる。
「グルルル……」
「ブヒィ……!」
しばらくイノシシと犬は睨み合ってたが、イノシシが犬に攻撃を仕掛ける。
突進するイノシシに、それを躱した犬がイノシシの首に噛みつき、もつれ合ったまま俺がいる木から遠ざかる。
その振動は凄かったものの――
(早く野営地に戻るべきだ……!)
鎖蔦狼を召喚し――少しボロボロになっているが――そのツタを別の木の枝に引っ掛け、それを振り子のように移動する。
(やはり周りの木も大きくなっている。どういうことだ?)
4. 異常な森
野営地に無事戻って来る。
「榊様、何かあったのですか?」
エリシアが聞いてくる。
だが、音が聞こえなかったのか、逆に不思議に思う。
先程のイノシシや犬は、かなり大きな音を立てていたはずだ。
野営地にも少しは聞こえてないとおかしい。
「何か大きな音が、聞こえなかったか?」
だが、エリシアもファルマも首を横に振る。
「何も聞こえませんでした」
「私も大きな音は感知してません」
不気味に思いながらも、巨大なイノシシや犬がいたこと。
ここも危ない可能性があるので、木の上などに野営地を作った方がいいかもしれないことを伝える。
「一度、木の上に登って周りを観察してきます」
エリシアが、近くの大きな木に斥力を上手く使って登っていく。
そして、しばらくして戻ってきたエリシアが、困惑した顔をしている。
「どうした?」
「見えるはずの天落山が……見えません」
声が、少し震えている。
「明らかに最初見た時と違い、森が果てしなく広がっています」
(一体……この森は何なんだ……?)
危機感を、強く感じる。
俺は背筋に氷を当てられたように、寒気を感じるのだった。
巨大イノシシ
森に満ちる魔力の影響で異常巨大化したイノシシ。体長は三メートルを超える個体も珍しくない。
巨大な牙と質量を乗せた突進は盾ごと人を弾き飛ばし、森で命を落とす新人冒険者の死因上位に挙げられる危険種である。
しかしその肉は魔力により旨味が凝縮されており、市場では高値で取引される。
命知らずか、腕に覚えのある中級以上の冒険者にとっては、危険と報酬が釣り合う“森の金塊”とも言える存在である。