ホラーかと思ったら異世界召喚だった   作:絵成数基

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水の底の影

第79話:水の底の影

 

1 井戸と水道橋

 

 朝、エドワードと並んで騎士団詰所に向かった。

 道すがら、エドワードが話しかけてくる。

「最近また新しい問題が出ている」

エドワードは前を向いたまま、声を落とした。

「王都各所の井戸で、体調不良者が出始めた」

「水を飲んだ直後に倒れる者もいる」

そういえば、入口の衛兵も同じことを言っていたな。

「毒ですか?」

「調べたが毒物は出なかった。井戸を何か所も確認したが、いずれも同じだった。異常は見つからない」

「それでも体調不良が出ている?」

「ああ」

エドワードが続けた。

「症状は重い。高熱、嘔吐、全身の倦怠感——ただ死者は出ていない。命には関わらないが、水への不信感が広がっている。市場で買い水をする者が増えて、値段が上がり始めている」

「騎士団は?」

「衛兵を増やして巡回しているが犯人が見つかっていない。行方不明事件も含め騎士団への不満も出始めている」

エドワードは少し息を吐いた。

「騎士たちも疲弊している」

 ファルマが歩きながら言った。

「体調不良になった方と、実際の水を見てみたいです」

「点呼が終わったら誰かに案内させよう」

エドワードが頷いた。

「水の成分を分析できれば何かわかるかもしれません」

ルーシェンがエリシアと視線を合わせながら言った。

「エリシアさんには物質を分析する力がある。それを使えば何か別の視点で見つかるものがあるかもしれません」

エリシアも隣で頷いた。

騎士団詰所の広場に入ると——

 整列した騎士たちが並んでいた。その数はかなりの規模だった。エドワードが集団の先頭にいる男のところへ向かった。

 騎士団長だった。以前も見た三十代の、体格のいい男だ。エドワードが近づくと、その目が俺たちを一瞥してから険しくなった。

「エドワード、朝の訓示の時に部外者を勝手に入れるとはどういうつもりだ」

声が低かった。

「規律の問題だ」

しかしエドワードは動じず答える。

「宰相の許可は取っています」

「む……またか」

 騎士団長の口が閉じた。腕を組んで、鼻の先で息を吐いた。それ以上は言わなかった。

 俺は広場の端に立った。点呼が始まった。

 俺は騎士たちの頭を見た。

やはりいた。

 百人以上が並ぶ中で、全体の二割近くに草が生えていた。俺は一人一人を確認しながら、エリシアに小声で伝えた。

「前から三列目の右から四人目。その後ろの列の左端」

 エリシアは無表情のまま、視線だけを動かして確認し記憶していた。

 騎士団長ともう一人の副団長には草がなかった。

 しかし点呼が進む中で、一人が目に止まった。前列に立っている、年齢からして三十代半ばの騎士だった。体格がよく、立ち姿に隙がなかった。その男の頭にも草があった。エドワードに後で聞くと、その騎士は次期副団長の有力候補、現在の部隊長だという。

 

2 騎士団長の苦情

 

 エドワードの執務室で草のある騎士の情報をまとめていると、扉が荒々しく開いた。

 騎士団長が入ってきた。顔が普段より赤かった。

「エドワード、最近の貴様の行動は目に余る」

騎士団長は机の前で腕を組んだ。

「宰相の許可があればなんでも通ると思っているのか。騎士団の規律は騎士団長が守るものだ。部外者を点呼の場に連れ込む、宮廷の許可なく独自の調査をする——」

「ジョアン団長」

エドワードが机から立ち上がった。その声は静かだった。

「事前に申し上げていたはずです。大悪魔フォロードゥ・スキャムが王都で暗躍している可能性があると」

「可能性の話で規律を曲げるわけにはいかん」

「可能性が現実になった時、手遅れでは困ります」

エドワードは言葉を続けた。

「今この瞬間、人同士で対立することが悪魔の最も望むことです。私が動いているのはそれを防ぐためです。団長もそれはご理解しているはずです」

 騎士団長の口が開いたまま閉じた。

 言い返す言葉を探している顔だった。顔が更に赤くなった。 だが、それ以上踏み込もうとはしなかった。

「覚えておけ」

 それだけ言って、騎士団長は出ていった。扉が強く閉まった。

 俺はエドワードを見た。

「あれが騎士団長で大丈夫なのか」

「実務はとても頼りになるのだが……」

エドワードが苦笑しながら言った。

「プライドが高く、主導権の問題には敏感なのだ——いざという時には動いてくれるはずだ」

 そこは断言できないのか。俺の不安は解消されなかった。

 

3 地下水路の成り立ち

 

 草のない騎士二名(ジンとロイという名前だった)に案内されて、体調不良者が出た井戸に向かった。

 歩きながら、道の途中で水道橋が見えた。

 高い石造りの橋が、街の上を走っていた。古代から続く構造で、山の湖から引いた水を王都全体に供給していた。水道橋の水が街中の噴水や公共浴場に流れ込み、そこから地下の排水路を通って外へ流れ出る仕組みだという。

「水道橋は安全なのですか?」

俺は案内の騎士に聞いた。

「巡回の兵士に加えて、要所に管理人を置いています」

ジンが答えた。

「水量が多いので、全てを汚染する毒を流すのは現実的に考えにくい——というのが現在の見立てです」

 俺は水道橋を見上げた。

 それは正しい見立てかもしれない。しかし内心の不安は消えなかった。

「地下に排水路があると言っていましたね」

「はい。王都の地下には汚水や雨水を流す水路が張り巡らされています。もともと汚食粘獣を使って街の汚物を処理していましたが、大量の処理物を流すために地下水路が整備されたんです」

「汚食粘獣?」

どこかで聞いた覚えがある……。

「緑色の、スライムのような召喚獣だよ」

ロイが説明した。

「汚物を食べて魔力に変える。街の衛生を保つために広く使われているんだが、所持には登録が必要で厳しく管理されているんだ。死体も処理できてしまうからなぁ——」

そういえば、最初に王都に来た時にルーシェンに説明された気がする。

「それで登録制ですか」

ジンが説明を引き継ぐ。

「大きな街ほど所持者が多いですね。王都には数百人の登録所持者がいます」

 なるほど、と思った。その地下水路が今、問題の中心にいる可能性があるかもしれない。

 

4 井戸と患者

 

 井戸を調べた。

 見た目は普通だった。石造りの縁、深い水面、綺麗に見える水。ルーシェンが魔力で成分を分析しようとした。エリシアが精密な解析を試みた。

「通常より量が多い粒子があります」

エリシアが静かに言った。

「ただ——これが必ずしも異常とは言い切れません。地下の岩盤の成分が溶け込んでいる可能性もあります」

「宮廷魔法使いの研究所なら詳しく調べられます」

ルーシェンが汲んだ水を見ながら言った。

「設備が整っているはずです」

「過去の功績から使用許可は出るはずだと思いますよ」

ジンが提案する。

「ルーシェン様であれば大丈夫でしょう」

次に体調不良の患者のところに向かった。

 老人だった。布団の中で、顔が青白かった。神官が回復魔法をかけた跡があったが、効いていないという。薬師の薬も同様だった。

 ファルマが傍に座り、静かに患者を診た。手を当てて、目を閉じた。しばらくして目を開けた。

「身体には大きな異常が見当たりません」

ファルマが少し首を傾けた。

「 “内側”じゃない気がします。身体ではなく精神に影響しているかもしれない……。試してみたいことがあります。少し残ってもいいですか」

「わかった。ジンについておいてもらおう……いいか?」

俺がジンを見ると頷いた。

 

5 ヴィルヘルムからの連絡

 

 ルーシェンとエリシアが宮廷魔法使いの研究所に向かった直後、イヤリングが反応した。

『榊、ヴィルヘルムだ』

「聞こえています」

『調べてわかったことが三つある』

 ヴィルヘルムの声は低く、抑えられていた。

『一つ目。夜の井戸に影のようなものが入り込むのを見た貧民が何人かいる。水の中に“落ちた”んじゃない。“溶けた”らしい。場所は今まで体調不良が出た井戸と一致している』

 あの影か。

『二つ目。夜に地下墳墓に、葬儀もないのに遺体と思われる袋を担いだ人影が入り込んでいるのを乞食が目撃している。警備の目を盗んで、複数回あったらしい』

「遺体を地下墳墓に運んでいる……」

何か人に言えない殺された遺体を隠すためか?いや、それならわざわざ警備のいる地下墳墓に危険を犯してまで運び込むメリットがない。とすると……。

『三つ目。地下水路に住んでいる乞食が何人か行方不明になっている。かろうじて逃げた一人が、地下水路で悪魔のような影を見たと言っている。また何か分かれば連絡する』

通信が切れた。三つの情報が頭の中で繋がり始めた。

ロイに、地下水路への入口はどこかと聞いた。

「地下水路か——あそこは一般人は入れないんだがなぁ」

ロイが少し眉を上げた。

「軽く偵察するだけだ。何かあればすぐ引き返すよ」

「しょうがないな。エドワード副団長にはよく迷惑かけているしな……」

ロイは仕方ないといった顔で頷いた。

「こっちだ」

 地下水路の入口は、市場区画の外れにあった。石造りの低い扉で、扉の横には管理官の詰め所があった。

 しかし詰め所の前に、人が集まっていた。

 白銀の鎧だった。

 四人の聖騎士が入口の前に立っていた。その中心に、ランエルがいた。

 俺は思わず半歩後退した。

「行くぞ……む!?」

ランエルが俺を見た瞬間、俺を認識した。その目が細くなった。

「昨日の——」

「たまたまです」

俺は両手を前に振って答えた。

「地下水路を調べようと思っていただけで……」

「同じだ」

ランエルは言った。

「悪魔の気配がここから感じられる。情報を持っているなら話してもらおう」

エドワードに対して使っていた丁寧さはどこにもなかった。

「俺もそれほど持っているわけでは——」

「なら一緒に来て貰う」

それは命令だった。

 ランエルはそれだけ言って、地下水路の扉に向かった。

 俺は内心で深く息を吐いた。

 拒否できる雰囲気ではなかった。ランエルと聖騎士と一緒に地下に入る羽目になった。最悪に近い形で、やっかいな状況になった。

 ロイが俺の隣で小声で言った。

「これ、どうすんだよ……」

「行くしかないだろう」

俺は諦観の気持ちで答えた。

「引き返す選択肢がなくなった」

「マジか……今日は厄日だな……」

 地下水路の扉が開いた。湿った空気と、暗い闇が、俺たちを迎えた。

足元の水面に、俺たちの影が揺れていた。

——その数が、合っていなかった。

 

 

 

 




地下水路

大都市の地下に張り巡らされた排水網で、雨水や生活排水を流すための水路。
排泄物などの汚物は汚食粘獣によって処理され、水路内も定期的に巡回・清掃されているため、見た目に反して衛生状態は保たれている。
流された水は複数の貯水槽に集められ、そこでも常時汚食粘獣による浄化が行われる。
この水は飲料には適さないものの、生活用水として再利用され、余剰分も浄化された上で河川へと排出されるため、周辺環境への影響は少ない。
ただし、大雨などで処理能力を超える水量が流れ込んだ場合は浄化が追いつかず、そのまま排出されることもある。
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