増税クソイケメン 作:覆面生徒
窓際の前から二列目の席はあまりよろしくない。
俺は世界の中心であるからして教室の席の配置もど真ん中、どセンターが相応しい。
だってのにこの高度育成高等学校は明らかに普通ではないので、席替えくらいはあるだろうと断言できないのが辛いところだ。
当然が存在せず、意外が存在するなんてことに慣れていく必要がありそうな場所だ。
ともかく担任の教師が来るまでの間はすることもないので、前の席の野郎の背を指先に力を込めて押し込む。
「んおっ……な、何かな?」
「俺、庵治。
「えっと……平田洋介だよ。よろしくね」
前の席の野郎は思いの外──。
「おま、生意気にも顔面力高ェなオイ!」
「そ、そうかな? ありがとう?」
特殊な環境の学校への初登校ってのもあって柄にもなく緊張していたが、もう大丈夫。
本来の自分を取り戻せてきた。陽気な庵治くん。俺は顔面最強天下無敵の庵治征十郎である。
「まあいいや。んでどうよ平田」
「ごめん。どうとは?」
「んなのこの学校に関してだよ。馬鹿みたいな数の監視カメラあんだぞ」
事前におふくろから「うちらとは表向き卒業するまでは連絡取られへんで」とは聞いていたので、普通ではない高校に放り込まれる覚悟はしていた。
でもここまで監視の目を光らせているような場所ってのはちょっと想定外。
「ええっ!?」
「声、デッカ」
「ご、ごめん……でも本当かい? その、監視カメラが?」
監視カメラを見つけるのは得意なんだ。うちにもたくさんあったから。
「露骨に視線向けんなよ?」
「うん? うん、わかった」
「まず教室にほれ、あそことあそこ、他にもこっからじゃ死角になってる所にもありそうだし、あとは廊下に幾つもあった」
このカメラを卸している会社はメンテも請け負っているだろうし、利権的にも大きそう。
「た、確かに。よく気付けたね」
「まあまあそれは別によくてさ」
「ええっ!? いいのかい?」
この野郎平田。爽やかに驚きやがってこの野郎。
俺の方が爽やか度も高いので許してやろうこの野郎。
「いんだよ。んでよ、こんなにカメラがあるってことはさ。寮の個室はどうなんよってことになんだろ? 露骨にそれとわかるカメラ以外にも隠されたやつとか絶対あんだろうし、それってシンプルにファックじゃん。となると浴室やらトイレに設置されてっかもって気になるし、俺ってそこらの女子よりそういうのに敏感にならなきゃだろ? この見た目だし。わかる? この見た目の良さ。わかるだろ? な?」
ふう。いっぱい喋ってる俺も格好良い。
「……う、うん。そうだね」
お喋りし過ぎたし飴舐めよ。
「ふぁから──」
「ねえねえ、二人って同じ中学からだったりするの?」
は? んだこいつは──なるほど、多少は己の顔面レベルに自信があるのだろう派手目の女子が話に割って入ってきたパターンね。
あー、はいはい。こういうのどこにでもいるんだな。
「えっと、違うよ? 僕と彼は初対──」
「おふぁえ誰? ふぁに俺らの会話遮ってんの?」
「え……その、ごめん……あの」
派手な雰囲気に加えて攻撃力の高そうな化粧なわりにこの女打たれ弱そう。
もー、雑魚なら雑魚で大人しくしとけよー、もー。
フォローするこっちの身にもなれよー、もー。
「今のってこんな感じで言い返されるパターン入ってっから。入学早々強引に肩ねじ込むのはやめとけ。俺だから許してやらんこともないけど気ィ付けろよマジ。ふぉら、お手しろ」
飴玉を頬に寄せて喋るのって面倒。もう噛み砕こ。
「庵治くん? 一体何を……」
相手の利き手だろう方に合わせて左手を差し出す俺って超優しい。
「いや、なんとなく。とにかくお手だよお手。お手しとけ」
「う、うん。はい」
「よし。大人しく自分の席に戻って俺の手の温もりを感じとけ」
「わ、わかった。ありがとね」
ニヤつきよってからに。
「なんだかすごいね……君」
お手をさせた女子の席が近いからか平田が声の大きさを抑えつつ称えてくる。
でも尊敬の眼差しがゼロなのは遺憾である。
「そう、俺はすごい」
「ハハッ……そうだね、色んな意味ですごいね」
「つってもあの女、この俺を差し置いて平田にチラチラと視線を向けていた気がした」
やり取りとしては数十秒程度ではあったが、釈然としない部分があった。
視線は俺にだけ向けておくべきだ。女子はとくに。
「それって……彼女が助けを求めていたからじゃないかな」
「助け? 最初はビビってたけど途中からニヤつきが顔に出てたろ」
「そうかもしれないけど、なんて言えばいいんだろう……えっと、ドンマイ」
は?
「は?」
「ハハハ」
「ハハハじゃねえんだわ。どうして笑うんだい平田」
「クフッ……庵治くんって、へ、愉快な人だと思って、つい。ごめんよ」
愉快ねえ。あまり言われたことがないかもしれない。
「愉快、まあ愉快な人ではあるはず。うん、この見た目かつ愉快。愉快? そもそも愉快って何? どゆこと平田?」
こういう時に端末が手元にないと不便だ。辞書でも買っておくべきだろうか。
「そうだなあ……君と一緒にいると楽しいということじゃないかな?」
「当たり前だ」
「当たり前なんだ」
当たり前だ。
「おう。俺の周りは誰も不幸にならない──女以外はな」
女といってもそれは家族は含まれないし、彼女らは不幸どころか幸せに違いない。
祖母にしろ母にしろ、姉らにしてもいつも笑っているというか下品なくらい口を大きく開けて爆笑してるし幸せなはずだ。
でも恋愛ドラマや映画を観てどっかんどっかん爆笑する姿は異様過ぎるので外ではやめてほしい。
「じょ、女子は不幸になるの?」
「まあ……うん。絶対じゃねえけどなりがち? だからさっきみたいなスタダ決めようとした鼻息荒めの女子と聞き耳立ててた女子にも見てわかるように意地の悪い高嶺の花感を出して牽制してやったんだわ。無警戒に鼻息荒い女子に押されてっと女子どもが争い始めてイジメの温床になっからな」
小声で伝えていくうち、平田の顔から表情が抜け落ちていく。
気性難の女子にトラウマでもあるんだろうか。
いや、何か抑え込んでる? 我慢してる感じ? よーわからん。
「……そう、なんだ」
顔だけじゃなくて声まで暗っ!
「おう……どしたん平田」
「……大丈夫だよ。色々と庵治くんは考えてるんだね……すごいよ、本当に」
それはそう。俺はすごい。何度だって褒めろ。
「でも勘違いすんなよ? お互いがやる気満々のキャットファイト的なのは好きだからな? ガチのやつは笑いがとまらん」
「キャットファイト?」
「女同士のガチの殴り合い」
「ああ、そういう……うわあ」
ふん、平田めにはあの面白さが解せないか。
それになんだその変態を見るような目は。
■
「──無理やりカツアゲするような真似だけはするなよ? 学校はイジメ問題にだけは敏感だからな」
前の席の平田が肩をビクッとさせているけど、なんだろ? ウンコ?
さっきの我慢顔はやっぱりそっちだったか?
さておき、入学式の前に事前説明ってことでこの担任の女性教師が教卓に立った時、その谷間の強調っぷりには驚いた。
周りの反応を確認するにほとんどの奴が反応らしい反応を示しておらず二度目の驚きである──東京恐るべし谷間。
そして、言動は服装ほど奇天烈ではなかった破廉恥教師によって校則? ルール? Sシステムなるもの等々の説明が終わり、俺は三度目の驚愕に包まれている。
学校側から月ごとに支給されるポイント──すなわち金が10万円だけ、だと?
家賃や光熱費を負担しなくてもいいとしても食費やら遊興費が1日あたり3000円と少ししか使えないと? だ? は?
1日3000円ておま。安めのランチ1食分じゃん。
「先生! 先生先生! ハイ! 質問よろしいか!」
「……言ってみろ」
「この月々貰えるポイントってのは卒業後に現金で返済等するのであれば現時点から借り入れることは可能だったりしますか?」
「できない」
破廉恥教師はわずかに目に動揺の色を浮かべていたが、嘘を吐いているようには見えない。
そもそも教師が嘘を吐いているかもと疑念を抱いた自分にビックリ。
ここは想定以上にヤバい場所なんだろう、だからこそ俺のソウルが勝手に歩き出そうとしたのやもしれない。
てか10万はパネェ。桁が足りねえ。
「おう……! 月10万生活! すっくなっ、ガチ?」
「……他にはないか? では良い学生ライフを送ってくれたまえ」
いや、でも月10万は庶民にとっては当たり前か?
日に食費や遊びに3000円と少し使える場合、一定水準以上の暮らしを送れるんだっけ?
ん? 待てよ。怪我や病気とかになったら保険が適用されるつっても怪我や病気の種類や求める治療の水準なんかによっては10万どころか桁がひとつふたつ増える額が必要じゃね?
そこらへんは救済処置があるとしても歯列矯正にホワイトニングだとか美容に寄った治療はどうなんだ?
そもそも持病を持った生徒は入学が許されていなかったり、病気とは無縁な生徒のみが入学を許されているのか?
確かに我が家は花粉にも強く痔にも強い……毛根は弱いが。
なるほど。これは罠だな。
ふん、クラスメイトのほとんどが気付いていないんだろうな、これは。
今この時から無駄な金は使わないようにしておくべきだ。
イジメ問題
出費は抑えるべきだが、必要経費として早速入学式の後すぐに良い紐を買っておこう──の前に。
「平田ァ! 入学式までちょい時間あっし便所の具合確かめようぜ!」
「わっ! う、うん、いいけど……待ってくれないか? 皆、少し話を聞いてもらってもいいかな?」
ウンコしたそうだったし気を遣ってあげたってのに、この野郎。
何? 自己紹介? そんなのアタシの気遣いより優先することー? ってな顔で平田に視線をひたすら向けておく。
結果、若干のやり辛さを抱えている模様──でも自己紹介の順番的に大トリはアテクシになるよう配慮しているところは評価してやらんこともない。
だって俺は目立つのが好きだから。
さてさて自分の番までは配布されたばかりの学生証端末を使って、自己紹介を作業用BGM代わりにして学内のモールに入っているホームセンターでも検索しておこう。
ほうほう、一般的な紐相場と比べて割安か? 売っている紐も商事に貿易、産業にと信頼の置けるメーカー製のものが取り揃えられているようだし、型番的にも最新──ん? なんだか自己紹介を散々っぱら聞いた後に自分の番になったら怒り出した赤髪の男子生徒が教室から出て行った。
嫌なら最初から出て行けばいいものを、彼は彼なりに気を遣った? いやでも言葉遣い的に平田には悪態を吐いていたし、あいつは何がしたかったんだろう。
謎過ぎる。さらに追従するように何人かが教室から出ていくし、流されやすいタイプが多いのかもしれない。
「──そのようなものを目にしたら、果たしてどうなってしまうやら」
おお、高円寺イイ。彼イイよ。ナイス。顔面力が生意気にも高いのはむかつくけど、立ち振る舞いや声色、表情の作り方なんかが素晴らしい。すごくモノマネしやすいネタキャラだ。
忘れないうちに端末に彼の発言をメモっておこう。でもちょい抜けてそうだから平田に──は、なんか忙しそうだから後ろの席にいたはずの野郎、は不在だから隣の席の女子を頼ろう。
「あの金髪の自己紹介って最初の方なんて言ってた?」
「え? えーっと、高円寺コンツェルンの一人息子?」
「いや、その後。不愉快が云々のところ」
「あー、容赦なく制裁だとか、醜いものがどうのってやつ?」
「お、結構覚えてんな、抜けてそうなところここに書き込んでくんね?」
「い、いいけど……」
この左隣の席の女子はなかなか使える奴やもしれない。
記憶力もさることながら変に感情を表に出さないその姿勢も好感が持てる。うむうむ。ほーん、松下ってのか。覚えておいてやろう。
手持無沙汰になったので、うむうむと仕事を丸投げ中の仕事ができない上司ムーブを決めていたところ──不意に背後からガタッっと席を立つ音が聞こえ、意識を向ける。
「えー……えっと、綾小路清隆です」
ド緊張している姿が初々しいなオイ!
「皆と仲良くなれるよう頑張りますので、えー……よろしくお願いします」
平田に高円寺同様、綾小路めも
「──仲良くなりたいのは僕らも同じだ。一緒に頑張ろう」
平田なりにフォローしたものの、パチパチとおざなりな拍手が鳴り響く。
さすがに居た堪れないのでフォローすべく──わりと全力のスタンディングオベーションをしつつ合間合間に綾小路を指差し何度も大きく頷いておく。
席の近い奴らが椅子や机をガタガタと鳴らして驚いているけど、盛大な拍手をしばらく続ける。
件の綾小路はぎこちなく笑って不安そうにも見えるが、小さく頭を下げる仕草をしているので感謝の念は抱いているはず。
だが感謝は不要だ。俺はお前を利用した面もある──己をより際立たせるために。
俺の後ろは不在なわけだから次の次が俺の番となる。
わざわざ理由を付けて初々しい綾小路を持ち上げたのもこのためにある。
大トリである上に既に注目を集められているこの状況は俺にとって有利に働く。
負けないよ! 高円寺! くん!
嫌いで語るのではなく、好きで語る王道の自己紹介の威力を教えてやる。
それにしても松下よ、仕事が遅過ぎないか?
「まだー?」
「できたわよ。ほら」
「さんきゅー。はい、飴やる」
「え? いらない」
「ッ!」
なんやこいつ! 嫌い!
「──庵治征十郎だ。まず言っておく。俺からの施しを受け取らない奴は嫌いだ」