増税クソイケメン 作:覆面生徒
放課後、定時になると校舎からモールへと続く途上にあるベンチに必ず座っている人物の前を通り過ぎるのに合わせて端末を取り出し、その際に落とし物をしておいた。
そのまま寮や上級生の女子の部屋には向かわずに校舎に戻り、ここ最近よく足を運んでいる職員室へ。
目的の人物である担任の茶柱はいつもとは違い、珍しく物憂げな表情で肘をついてぽけっとしている。
その顔は何も予定が入っていない休日の朝、一人暮らしの部屋で朝食を食べる気も湧かなくってそのまま二度寝に入る前の婚活中の独身OLのようで──すごく良い。溜まっている洗濯物や洗い残しの食器を片付け、起きるのに合わせて音が鳴ってうるさくなるペットボトルや缶を分別して掃除機をかけ、朝食を兼ねた少し早めの昼食を作ってあげたくなる。
ドラマか何か、いや漫画だったかで見たアレをやってあげたくなる面をしておられる。
「先生」
「……庵治か。何用だ?」
「指導室いいすか?」
「わかった。確認するのでしばらく待っていろ」
よろしい。あまり長く待たせないでちょうだいね。
「ういーっす」
さて、不在となった茶柱の席に腰掛け足を組む。
それにしても俺は教師となっても様になるだろうし、政治家になる前に高校の教師をやるのもありかもしれない──この真っ黒な職場は論外だけど。だってここは生徒より教師の方により負荷が掛かっているだろうし。
さておき、周囲の教師からの視線が集まってくるが特段注意されることもない。
いつものことである。
「あら、庵治くん。今日はどうしたの? サエちゃんとまた内緒話?」
俺の美貌に惹かれ、この保険医兼Bクラスの担任は職員室にいるとよく話し掛けてくる。
「フフフ」
「二人ってちょっと怪しいくな~い? どうなの? そこんとこどうなのよ。エイッ! エイッ!」
あざとい掛け声と共に肩のあたりを指先でつんつん──ではなく、グーでわりと強めに叩いてくる。おい、肩パンすな。
「ッ……フフフ」
「あれ~? 誤魔化すんだ~? エイッ!」
足を組み換え、ブツの入った学生カバンを撫でつつ笑顔を浮かべる。
いい加減肩パンを停止させるためにもさっさと答えておこう。
「今日は特別な日ですから」
「? 特別な日?」
「サエちゃんの誕生日ですよ」
「あっ!」
ぴょこんと飛び跳ね、驚きを表現する保険医兼Bクラスの担任の星之宮知恵。齢27。
成人女性の小ジャンって初めて見たわ。嫌いじゃない。むしろ好き。この振る舞いを50を過ぎても続けてほしい。
「庵治、お前はまた……私の席に座るなと言っているだろう。さっさと行くぞ」
さて、たまにヤニ臭い齢28になる教師が来たので指導室へゴーだ。
■
「お前は馬鹿なのか? こんなもの受け取れるわけがないだろう」
「えー? 趣味じゃないもの貰うより現物が一番じゃないですか?」
「……」
「先生が愛飲してるのってこれですよね?」
これを手に入れるのにモールのババアに代理購入してもらったわけだけど、ほんと苦労したんだぞ。
「そもそも教師は生徒から一方的に金銭やポイント、その他如何なるものも原則受け取らない」
「……愛も?」
「庵治。それでお前はこれをどのようにして手に入れた?」
どうして無視するんだい、茶ー。
愛すること、愛されることを恐れているの?
それならこのぼくが自分を愛するっていう一石二鳥のワザップを教えてあげるよ。
「受け取ってくれないんですか?」
「そう言っている」
「ではクラスの馬鹿そうな奴らのポストにでも投函しときますね」
投函する場合、やり方が問題となるな。
寮内には監視カメラが設置されているし、どうしたものか。
「やめろ」
「池とか山内なら好奇心に負けて吸っちゃいそうじゃないです? で、換気なんて発想もないでしょうから火災報知器誤作動させて事が露見する姿が目に浮かびません? もしくは善意の通報があったり」
「やめろ。実行した場合、お前もただではすまんぞ」
お手軽にただですむ方法ないかねえ。
さすがに櫛田にウーバーさせるわけにもいかないし……あ、投函するんじゃなくて更衣室とかで隙を見てカバンに詰め込むとかならカメラの目もないしイケるか?
「ブー」
「今一度問う。これはどのようにして手に入れた?」
「ブー」
それはさすがに吐けねえよ、破廉恥刑事さん。
「ともかくこれは没収だ。余計なことはさせん」
「喫煙しているわけでもないですし没収は難しいのでは?」
「フッ。何を根拠にしているのか知らんが、没収は没収だ」
「未成年者喫煙禁止法では20歳未満の者の
ググって仕入れた法律を盾にするのは趣味じゃないけど、素直に受け取ってもらえるとは考えていない。
屁理屈を押し通すための前フリだ。
「フン。校則で所持自体が禁じられているんだ。没収するのになんら問題はない」
ですよねー。
「なら出費は痛いですけど、次は酒でもばら撒いて酒盛りでもするよう誘導して善意の通報を──」
酒はタバコよりも手に取ってみたくなるハードルが圧倒的に低いだろうし、幼稚な奴ほどこの手の罠に嵌る。
「このっ! わかった……受け取ってやる。受け取れば満足するんだろう」
よし。手に取ったな。
「28歳おめでとうございます! フー!」
席を立ち大声で祝う。盛大な拍手も忘れない。
顔を引きつらせていないで笑えよ、茶柱。
「……」
「来年はギターとか手料理も用意して盛大に歌って祝ってあげますから、期待しといてくださいね! 改めておめでとうございます! フー!」
「……要件はこれで終いか?」
「いいえ?」
「ハァ……ではなんだ」
「……」
堀北と同じなの? このおばさん。
「さっさと言え」
「おめでとうございます」
「お前は一体何を……そうか……あ、ありがとう。これで満足か?」
「はい! それじゃあ失礼しゃっす!」
ありがとうって言葉はいつ聞いても心地良いから好き。
もう女子は全員、俺と話す前に枕詞にありがとうって付けて欲しいくらいだ。
■
中間テストの前日、教室で堀北が苦虫を噛み潰したような顔で過去問を配っていた。
配布するのがテスト前日になった理由は、本当に中間テストで出題されるものと合致するかどうかの確認作業があったからだそうな。
つっても俺は過去問には頼らず試験を受けた──次回以降のテストで過去問が使えるはずもなし、ここでもし赤点を取って退学になったとしたら、早いこと身の丈に合った学校に入り直すなりした方がいいし。
結果は自己採点したところ全教科平均して80点は取れていたので問題はなかったけど……高1のこの時期なら最低でも90点くらいは取れていないと危うい。
世界の流れに合わせるように日本でも再びゆとり化(拡張版)の波が来て、高校卒業までに修める必要がある学業レベルが下がっているからこそ危機感を覚えるべきだ。
大学では従来どおりのレベルが維持されていて、進学した際に苦労するのは自分だ。
これからは匂わせついでに櫛田にでも家庭教師の真似事をさせるのも手──いや、あいつもどっこいか? やっぱ頼れる存在の上級生の女子でいいや。
さておき、中間テストも終わったことだし「あーそーぼー!」とたまには平田の部屋に突撃しようとしていたところ、急な呼び出しを受けた。
呼び出されたのはそこそこ人気のあるカフェで、入店するとコヒー好きの顔をすぐに見つけることができた。
「急に呼び出しちゃってごめんね」
「な。俺を呼び出すとか。な」
「……すまん。俺が同席する必要はあるのか?」
あるんだよ。な。
「女子とは──とくに1年の女子とは基本二人きりにならないようにしてっからさ」
「えっ? でもこの前、櫛田さんと二人で食事していなかった?」
案の定目撃者の一人でもあった一之瀬は突っ込んでくるが、この手の質問には慣れてんだ。
一流の男の返しってやつを見せてやろう。
「神崎は何飲んでんのー? また生意気にもコヒー? てか奢れなー?」
「露骨に話題を逸らすんだな」
「ねっ! 噂通り櫛田さんとは本気だったりするのかにゃ~?」
随分と楽しそうな顔をするじゃないか一之瀬。
無表情を維持する神崎のようにしとけば、この手の話で余計なヘイトを稼がないんだぞ。
「チッ……櫛田とはそういう関係じゃねえよ」
ぶっきら棒かつちょい照れ。
そんな言い回しはここ最近何度もやっているので完成度は非常に高いと思う。
おのれ松下。生意気にも揶揄ってきよってからに。許さんぞ。
「ふふふ、でもあまりこういことって詮索するのも良くないよねっ。ごめんね庵治くん」
「ふふふ、お返しに神崎と一之瀬が縄で縛りあってるって噂流しとくねっ☆」
「おい、やめろ。それはシャレになっていない」
「え? 縄で縛りあうって、どうして?」
「毎年体育祭の種目に大縄跳びがあんだよ。で、それが毎年の目玉らしい」
面倒だし誤魔化そ。
「ほう……お前の立場であれば知り得ることなのか? だが、何故俺たちに?」
「そうそう、それってBの私たちに教えちゃって良かったの?」
素直に信じちゃったっぽい二人が怖い。
壺を売りつけてくる奴の保証人になりそうな一之瀬なだけはある。
神崎も神崎で少しは疑えよ。
「秒で信じんなよ……」
「嘘、か」
「もうっ!」
この二人ってお人好しな部分が強そうだし、本来はリーダーの周りで正論や正道を説くのが適役なんだろう──というのは擬態かもしれない。
こいつらはわりと学生とは思えないほどに強硬な手段でクラスを統治して、出てきて当然の不満を見事に抑え込んでいる。
「それよりも二人には聞きたいことあったの思い出したわ。俺から先に用件済ませていい?」
「なんだろう? 私は構わないよ」
「ああ、言ってみてくれ」
すっと指を二本立てる。
今の俺ってばすごく格好良いと思う。
自撮りしたい。てか撮ってほしい。動画で。
でもこの流れで止まりたくないし、しゃーない進めるか。
「……2割」
「……」
「……」
「Bクラスは学校から支給される月々のプライベートポイントのうち2割をクラス全員から徴収している。金庫番が誰なのかは知らないが、大方お前らのうちのどちらかだろう。さて、ここで俺は疑問に思った。クラスメイトから徴収した大量のプライベートポイントを何に使うのかってな。あらかじめ言っておくが、何かあった場合の保険とかいうくだらない回答は求めていないからな。お前らが掻き集めている大量のプライベートポイント──既に100万を超えているであろうプライベートポイントを何に使うんだ?」
長いペラ回し及びイケボで決めちゃったから喉渇いちゃった。
そういえば注文すらせず話し始めていたんだった。
仕方がないので神崎の前に置かれているカップに手を伸ばし口にする。
コヒーを盗まれた神崎は俯き、一之瀬は顔を強張らせて視線を彷徨わせ──指先が小さく震えている始末で、動揺が手に取るように伝わってくる。
昨日3年の女子と一緒に観た推理ものの学園ドラマの影響でこういうのしてみたくなっちゃったッピ。
「俺、が答えよう……まず──」
「ううん。神崎くん……私が答えるよ」
「へえ、一之瀬が答えてくれるんだ。立ち直りが早いな」
「そうでもないよ。まさか私たちのクラスから秘密が漏れるだなんて思わなくて……まだ動揺してるもの。今も内心この話題から逃げ出したいって思ってる」
座りが悪くなったんだろう。
もにゅっと座りなおした一之瀬がこちらの目をまっすぐに見据えて語る。
声には動揺は見られず、堂々とした物言いだ。
「俺は評価してんだぞ。驚くべきことに4月分のプライベートポイントまで徴収しているなんてな。クラスポイントについての詳細な説明がされた5月の頭からではなく、おそらく4月の時点から動いていたんだろ?」
「そこまで知られてるんだね。でも納得かな。庵治くんは入学してからずっと山菜定食ばかり食べていたし、他のメニューを選ぶ時も必ず無料のものを選んでいたよね。神崎くんによくたか──奢ってと口にしていたし……私たちもそれで気付けた。ポイントはただの生活費じゃないんじゃないかって」
嘘、だろ。俺が悪いの? 俺が他のクラスに気付きを与えたの?
あ、だから早い時期からポイントを賭けるのが常態化してる麻雀部なんてものを知っていたわけか?
「それで? 掻き集めたプライベートポイントの使い道は?」
「保険。それが一番……安全で無難な用途だと考えてた。でも今は違う使い道もあると思ってるよ」
「ほーほー、ほんで? 違う使い道って何?」
「教えてあげられない」
やっぱりお人好しそうな言動は擬態だよなあ。
もう目付きが子を守る母熊みたいだもの。
「チッ」
「でも私のお願いを聞いてくれるなら教えてあげてもいいよ」
「でー? お願いって何ー?」
「私を生徒会に入れてほしい」
俺が生徒会入りしてからそんなに日が経っていないのに、動きが早すぎない?
生徒会を結構前から探っていたから、前々から俺の動きは見られていて──それで神埼がよく探ってくるようになっていた? いや探ってくるような感じは生徒会入り前からあったか?
とはいえ、こいつらは生徒会が持つ有利をもう把握してるんだろうな。
「ふーん……断られたんだっけか。ま、会長は俺に全ベットしてっからな。この俺一人いれば十分だし。俺にすべてを任せているってメガネをくいくいさせつつ口癖のように言ってるし」
あのメガネは俺に対してもう少し信頼を寄せてもっと特別扱いすべきだと思うの。
主にお小遣いの額的な優遇と過去の特別試験とやらについての閲覧を早いことすべて解禁しろってんだ。
過去に行われた体育祭のしょっぱいポイントの動きの試験について熱く語られてもこっちは上がらねえのよ。
あと三打席勝負を素直に受けろ。指南書読み込んでこっそり素振りなんてして準備したところで無駄だってのに空手バカめ。
「ふふっ」
「んだから、あのメガネを説得すんのなんて秒だけどさあ、取引としてはあんまし俺に得が無くね?」
メガネが一之瀬を生徒会に加入させなかった理由は知っているので、こちらで調整すれば説得は可能だ。
最悪、橘茜の方から手を回すという裏テクもあるし。どちらも秒のはず。
「私が生徒会へ加入できたらクラスの皆で集めているポイントの全額──120万ポイントを報酬として支払います」
お人好しなだけではなく強権を振るえる冷徹な部分もある。
それでも早すぎる動きにしろ、大胆なポイントの使い方を実行しようってな考えをこの二人が持ち合わせているとは思えない。勘だけど。
揺さぶっとこ。
「ほーん……なるほどな。それ誰の考え? お前ら二人の考えのわけねえよな?」
「それは言えないにゃ~」
これはやっぱ台本があるな。
「随分と余裕があるにゃ~」
「ふふふ。そんなことないよ」
さて、どうしたものか。
カップに残るコヒーをぐびっと一気に呷って並列思考も発動して頭をフル回転させる──ま、いっか。ノリで了承したろ。
「オッケ……メガネを説得してやるよ──ただし」
「何、かな?」
「ポイントはイラネ。その代わり一之瀬は俺の生徒会長就任と卒業まで会長の座でいられるよう全面的に協力しろ」
「……」
「一之瀬」
こちらの提案を直列思考で熟慮しているであろう一之瀬は黙り込む。
手持無沙汰となり空となったコヒーのカップを指先でつんつんする仕草の俺ってば素敵。
「わかった……協力する」
「協力を拒んだり明確な裏切り行為があったと
「……うん。それじゃあ、先生には先に話を通しておくね」
「へーい」
そろそろ品を頼んでもよろしくって?
アタシ、キノコソテーを口にしたくなってますの。
「もしかして……こちらがお願いすることも最初から知っていたのかな?」
「そりゃな。スパイを炙り出そうだなんて面倒なことしてくれるなよ? これからは協力関係を結ぶんだから」
事前に一之瀬のお願いなんて知っているわけもなし、Bクラスに潜らせているスパイなんて飼っていない。
こいつらがポイントを徴収していることを知ったのなんて、学校のトイレでウンコしてる時にたまたまBクラスの奴らがポイント徴収の件を話していたのを盗み聞いたからだし。
ふう、ともかくこれで想定以上に頭の回る得体の知れない強キャラ感を出せたはず。
今日は自分へのご褒美に奮発して、アロマバスを楽しんじゃおう。