幼馴染がウマ娘になった話   作:サボテニウム

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第11話:沈黙のレッド・クリムゾン(後編)

 

 

 

「……行くぞ、カズユキ」

 

 クロが、俺の手を引き強引に立ち上がらせる。その視線が、伝票と俺の顔を交互に行き来している。「ここの支払いは当然お前な」という無言の圧力だ。  

 

 ……感動的なシーンの直後にこれかよ。

 

 俺の財布は、あいつの涙を拭うハンカチ代わりってわけだ。友情はプライスレスだが、カラオケの延長料金はリアルに発生する。世知辛い青春だぜ。

 

「……あぁ」

 

 俺たちは並んで、夜の静まり返ったトレセン学園へと続く坂道を登っていく。俺のジャージを腰に巻き、少し股を広げるような、男特有のガサツな歩き方のままのキタサンブラック。その背中は、どんなに着飾った時よりも、あいつ本来の「クロ」としての意志を放っていた。

 

 学園の門が見えてきた頃、クロがポツリと口を開いた。

 

「……カズユキ。お前、さっきのドラッグストアでのこと、一生恩に着るからな。……もしお前が正式なトレーナーになったら、……オレを、誰よりも『強く』してくれ。女の子として可愛いとか、お姫様だとか、そんなのは他の奴に任せればいい」

 

 クロは立ち止まり、月明かりの下で俺を真っ直ぐに見つめた。

 

「泥を跳ね飛ばして、血を吐くような練習して……。それで一番にゴールを駆け抜ける。それが、オレなりの……『男』の証明だ。……それ、手伝ってくれるだろ?」

 

 差し出されたのは、白くて細い、けれどマメだらけのウマ娘の手。

 中1の俺たちが結ぶには、あまりに重く、けれど火傷しそうに熱い契約。

 

「……あぁ。当たり前だ。お前を誰よりも『かっこいいウマ娘』にしてやるよ」

 

 俺がその手を握り返すと、クロは照れくさそうに、けれど今までで一番力強く笑った。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 寮の入り口。

 学園の門をくぐり、寮へと続く並木道に差し掛かった時。

 街灯の光に照らされて、その人は彫像のように静かに立っていた。

 舎監のおばちゃんではない。もっと悪い。ラスボスだ。

 

「……カズユキ、まずい」

 

 クロが足を止める。その視線の先には、腕を組み、鋭い眼光をこちらに向けている生徒会長、シンボリルドルフの姿があった。

 

「門限を5分過ぎている。……それに、その姿はどうした、キタサンブラック」

 

 会長の視線が、クロの腰に巻かれた俺のジャージ、そして涙で赤く腫れた目に注がれる。中1の男子と女子が門限を過ぎて、しかも一方がジャージを借りてボロボロの状態で帰ってくる……。端から見れば、事後どころか、修羅場明けに見えてもおかしくない状況だ。

 

「……会長、これには理由が」

 

 俺が前に出ようとしたが、ルドルフ会長はそれを手で制した。

 

「カズユキ君。君が彼女を支えようとしているのは、その目を見れば分かる。……だが、ここはトレセン学園だ。キタサンブラック」

 

 会長はクロの目の前まで歩み寄ると、その瞳を真っ直ぐに射抜いた。

 

「このあいだ君に話したことを覚えているか。……抗えない揺らぎ、そして身体の変化。……それは来たのか?」

 

「…………っ」

 

 クロは言葉を詰まらせた。  

 

 プライドの高いあいつにとって、この「女の子の身体」の現実を、最も尊敬し、恐れている生徒会長に突きつけられるのは、死ぬほど恥ずかしいことに違いない。

 

「……はい。……来ました」

 

 絞り出すような声。

 クロは拳を震わせながら、それでも逃げずに会長を見返した。

 

「そうか」

 

 ルドルフ会長の表情が、わずかに和らいだ。それは厳格な「皇帝」ではなく、同じシステムエラーとバグ修正を乗り越えてきた「先達」としての顔だった。

 

「……今日から君は、名実ともにウマ娘としての『生』を歩み始めた。それは呪いではない。その痛みを知る者だけが、ターフで誰かの想いを背負って走れるのだ」

 

 会長は俺のジャージの上から、クロの肩にポンと手を置いた。

 

「カズユキ君。今夜は彼女をすぐに寮へ。舎監には私から話を通しておこう。……ただし、明日からは『甘え』は許されない。身体の変化を言い訳にしない強さを、彼女に教えなさい」

 

「……はい」

「……あぁ、分かってるよ」

 

 会長はマントを翻し、静かに夜の闇へ消えていった。

 

 ……全部お見通しかよ。

 

 去り際のあの背中。あれは「皇帝」の威圧感じゃない。俺たちと同じ「バグ持ち」特有の、とてつもなく深い孤独の色だ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 寮の自室へ向かう廊下。

 

「……カズユキ」

 

 別れ際、クロが俺を呼び止めた。会長に認められた安堵からか、それとも「女」になった実感が改めて湧いたのか、あいつは俺のジャージの袖を少しだけ引っ張った。

 

「明日さ。……練習、朝5時からやるぞ。……今日、走れなかった分、取り戻さなきゃいけないからな」

 

 その顔は、もう泣き言を言うガキの顔じゃなかった。

 

「……ダイヤちゃんにも、会長にも……そしてお前にも。オレが『ただの女の子』になったなんて、思わせねーから」

 

 そう言って、クロは部屋へと消えていった。俺の手元に残ったのは、あいつの体温と、ほんのり甘い匂いが染みついたジャージだけ。

 

 ……やれやれ。

 

 俺はため息をつく。

 

 どうやら俺の平穏はこれで終了らしい。  

 

 ま、付き合ってやるけどな。

 

 腐れ縁ってやつは、一度契約したら死ぬまで解約できないブラックプランらしいから。

 

 

 

 

 

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