幼馴染がウマ娘になった話   作:サボテニウム

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第3話:いや、キモいから

 

 

 

 トレーナー課でも、今年の新入生に「キタサンブラック」という、とんでもない逸材が現れたと専らの噂だ。休み時間の講義室。聞こえてくるのは、チョークの粉よりも鬱陶しい、野郎どもの浮ついた声ばかり。

 

「おい、見たかよウマ娘課のキタサンブラック。あのルックスで、あのエロ体型だぜ?」

「あのむちっとした太ももとブルマの隙間がさぁ……マジでたまんねえよな」

「あんな可愛かったら、俺が担当になって私生活までビシバシ『密着指導』してやりたいぜ、ひひっ……」

 

 下卑た笑い声と一緒に飛び交う、最低な妄想。教室の空気中の酸素濃度が下がった気がして、俺は鉛筆をへし折りそうになるのを必死で堪える。……ちっ、どいつもこいつも。脳みそがピンク色に腐ってやがる。

 

 お前らが「えっちしたい」だの何だの言ってるその相手、かつて俺と一緒に全身泥パックみたいになって、女子のスカート捲って先生に竹刀で追いかけ回されてた、あの「クロ」だぞ? それを知ったら、お前ら絶対に同じこと言えんのか? 「ひひっ」とか笑えるのか?

 

 胸の奥が焼けるように熱くなって、吐き気がする。お前らに、あいつの何が分かるんだよ。あいつがどれだけ、自分が「女の子」になっちまったことに戸惑って、毎朝鏡の前で慣れない身支度と格闘してるか。「お祭り娘」なんて明るく振る舞いながら、夜の裏庭でどれだけ心細そうに俺の肩を叩いてくるか。

 

 何も知らないくせに。ただ「エロい身体をした美少女ウマ娘」としてしかあいつを見ていない連中に、あいつを語る資格なんて、これっぽっちもねーんだよ。 ……ふん。まあ、その「真実」を知ってるのは、世界で俺だけなわけだが。そう思うと、少しだけ優越感に浸れる自分もいて、それがまた気持ち悪い。

 

(……俺も同じ穴のなんとやらか)

 

 そう思うと不意に自嘲的な笑いが漏れた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 その日の放課後。いつもの桜の木の下。俺が地面の蟻を睨みつけていると、軽い足音が近づいてきた。

 

「……あれ? どうしたんだよ、そんな『単位落とした』みたいな絶望的な顔して。トレーナー課の試験、難しかったのか?」

 

 裏庭に現れたクロが、俺の顔を無邪気に覗き込んでくる。月明かりに照らされた彼女は、昼間のゲスな噂なんて届かない場所にいるみたいに、清らかで、そして切ないほど綺麗だ。……腹が立つくらいに。

 

「……なぁ、クロ。お前、あんまりあちこちで愛想振りまくなよ」

 

 思わずそう口にすると、クロは目をパチクリさせて、それからニヤリと口の端を上げた。また頬が赤くなっている。分かりやすいヤツだ。

 

「な、なんだよ急に。……もしかして、お前……。オレのファンが多くて、嫉妬でもしてんのか?」

 

 からかうような口調。だけど、その瞳は「正解って言ってくれ」と書いてあるみたいに、期待で揺れている。……ああ、そうかよ。期待してんのかよ。なんだかその期待に応えてやりたくなった俺は、今まで読んできた少女漫画の知識を総動員して、最上級に格好をつけることにした。

 

 俺はスッと手を伸ばし、クロの顎をくいっと掴んで、顔を近づける。クロの息が止まるのが分かった。

 

「……ああ、独占欲だよ。悪いか?」

 

 俺が低く、吐き出すように、最高にクールな角度でそう囁いた、その瞬間だった。  

 クロは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まり、パクパクと口を動かし――。

 

「……うわ、っ、おま……ヴォエッ!! 気持ち悪っ!!!」

 

 俺の鼓膜を震わせたのは、黄色い悲鳴ではなく、胃の底から絞り出されたような本気の「えずき」だった。

 

「…………え?」

 

 クロは全身の毛を逆立てるような勢いで、バックステップで三メートルくらい飛び退いた。顔を真っ赤にしているのは変わらないが、さっきまでのしおらしい雰囲気は霧散して、今は全力で「汚物」を見る目つきだ。

 

「……何が『独占欲』だよ! どこのポエムだ! 寒気がして鳥肌立っちまったじゃねーか! 謝れ! オレの三半規管に謝れ!」

 

 そう言ってあいつは、自分の腕をゴシゴシさすりながら俺を蛇蝎のごとく睨みつけてくる。……やっぱり中身は、あのデリカシーのかけらもなかった「クロ」のままだ。俺の純情を返せ。

 

「あれ、かっこよくなかった?  俺、結構練習したんだけど」

「うん! 一ミリも! むしろキモすぎて、今夜の晩飯戻すかと思ったわ!」

「……そこまで言わなくてもいいだろ……」

 

 ガックリと肩を落とす俺。いや、泣いてない。泣いてないぞ。

 

「いいか、オレは……! 身体はこんな漫画みたいな美少女になっちまったけど、心までお前の安っぽい恋愛ごっこに付き合うつもりはねーんだよ! 独占欲? 吐き気がするぜ!」

 

 クロは肩で息をしながら、恥ずかしさを怒りに変換してまくし立てる。でも、その目は泳いでいるし、耳は相変わらずパタパタと落ち着きなく動いている。動揺しているのがバレバレだ。

 

「……大体、お前だってトレーナー課の連中と同じだろ。オレがこんな、その……女の子っぽくなったからって、調子に乗って……」

 

 あいつは拳を固めて、威嚇するように一歩踏み込んできた。

 

「昔みたいにプロレスでも仕掛けてくる度胸、もう無くなったのかよ! 首絞めてこいよ! ヘッドロックかけてこいよ!」

 

 その言葉に、俺はハッとした。あいつの瞳の奥に見えたのは、怒りじゃない。「急に変わってしまった自分」と、それに合わせて「腫れ物を扱うように変わってしまった俺との関係」に対する、強烈な戸惑いと寂しさだ。触れ合えば、男と女になってしまう。昔みたいに、汗臭いまま取っ組み合いなんて、もう二度とできない。その事実を一番恐れているのは、俺なんかより、クロの方だったんだ。

 

「……勘違いすんなよ。お前がトレーナーになるのは、オレが最強になるためだ。変な色気出してサボったら、その時はマジで絶交だからな!」

 

 そう叫んで、クロはフイっと顔を背けた。

 

 暴君かよ。

 

 でも、その震える背中が「まだ見捨てないでくれ」と言っているように見えて、俺は結局、あいつのことを嫌いになんてなれそうもなかった。

 

「……へいへい。せいぜい『ヴォエ』って言われないような男になりますよ」

 

 俺が苦笑いすると、クロの尻尾が、少しだけ嬉しそうに揺れた気がした。

 

 

 

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