幼馴染がウマ娘になった話   作:サボテニウム

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第6話:その男らしさはバグであり、皇帝だけが結末を知っている

 

 

 

 翌日、合同トレーニング場。

 

 そこには、まさに「高嶺の花」という言葉が辞書から飛び出してきたような、凛とした佇まいのサトノダイヤモンドがいた。彼女がクロの姿を見つけた瞬間、昨日の不安げな表情はどこへやら、パッと向日葵が咲いたような笑顔になる。

 

「キタちゃん! おはようございます!」

 

「う、うん……! ダイヤちゃん、今日も……その、綺麗、じゃなくて……気合入ってるね!」

 

 クロは顔を赤くしながら、必死で「ハードボイルドな男」を演じようと肩をいからせ、喉仏もない喉で低い声を出そうとしている。……が、特等席でこの悲劇を見ている俺から言わせれば、それはただの「ちょっと反抗期気味だけど、好きな子の前で虚勢を張っている健気な美少女」にしか見えない。いや、むしろこの認識のズレは、もはや悲劇を通り越してコントだ。

 

 トレーニングが始まると、クロの暴走機関車っぷりはさらに加速した。

 

「ダイヤちゃん! 足元がふらついてるよ! ほら、オレ……私にしっかりついてきて! 風除けになって守ってあげるから!」

 

 そう言って、不必要にダイヤちゃんの前に出て風を一身に受けようとしたり、休憩中には「ほらッ!」と、どこで覚えたのか宝塚の男役トップスターみたいなポーズでスポーツドリンクを差し出したり……。

 

 ダイヤちゃんは、そんなクロの「男前ムーブ(のつもりの奇行)」を受けるたびに、頬を染めて胸の前で手を組む。

 

「……っ! キタちゃん、なんて可愛らしいの……(やっぱり私には見せない、あの人との『絆』を意識して、無理してかっこつけてくれているのかしら……?)」

 

 ――……ってところか?

 

 あーあ。ダイヤちゃんの中で、クロの評価が「かっこいい」じゃなくて「いじらしい」方向でストップ高を更新し続けている。この勘違いのレイヤー構造、複雑すぎて俺の頭じゃもう解析不能だ。

 

 そんな二人を、俺は死んだ魚のような目で遠くから眺めていた。すると、いつの間にか隣に、空気の質量を変えるような人物が立っていた。

 

「……やれやれ。あちらの二人は、ずいぶんと賑やかだね」

 

 静かだが、腹の底に響くようなバリトンボイス。振り向くと、そこには「皇帝」シンボリルドルフが、眼鏡を中指でクイッと押し上げながら、呆れたような、それでいてどこか懐かしむような目でオレを見つめていた。

 

「……君も苦労しているようだね」

「そう見えますか?」

「ああ。今の君の顔は、まるで死にかけの……いや、すでに死んでいる人間のようだからな」

 

 おい、訂正してねーぞ。すでに死んでるって言ったな今。俺の目は元からこうなんだよ。眩しい青春の光を浴びすぎて網膜が焼けただけだ。

 

「『彼女』は……昔の私を見ているようで、少しばかり、放っておけないんだ」

 

 ……昔の私、か。その言葉の響きに、俺は少しだけ戦慄した。つまり、この威風堂々たる「皇帝」もかつては、あのバカみたいに、自分の内なる「男気」と、外側の「美少女」との乖離に、枕を濡らした夜があったということか?  あるいは、鏡の前でカッコつけたポーズをとって、後から死にたくなるような黒歴史(ダーク・ヒストリー)を積み上げてきたというのか?  ……想像できない。いや、想像したくない。それは俺たち一般生徒が触れてはいけない、神域のタブーだ。

 

 だが、もしそうなら、会長の目に映る今のクロは、過去の自分の「痛々しい青春」を、最高画質の4K映像で、しかも大音量のサラウンドで垂れ流されているようなものではないのか。「放っておけない」というのは、慈愛なのか、それとも過去の自分を抹殺したいという衝動なのか。

 

 しかし、あいつの場合は「高潔な苦悩」なんて高尚なもんじゃない。ただの「盛大な勘違い」と「暴走する自意識」が正面衝突した、多重玉突き事故だ。誰かが止めなきゃ、あいつはそのまま崖の下まで「お祭りだワッショイ!」と笑顔でダイブしてしまう。被害者は、あいつ自身と、巻き込まれる俺の胃壁だけだ。

 

「……助けてください、会長。あいつの勘違い、もう誰にも止められないんです。ブレーキが壊れたダンプカーなんです」

 

 俺が半ば絶望しながらそうこぼすと、ルドルフ会長は「ふっ……」と短く、どこか自嘲気味な笑みを漏らした。その表情は、全生徒が恐れ敬う「皇帝」のものではなく、同じ「業(ごう)」を背負った先輩としての、ひどく人間臭いものだった。

 

「……無理もない。自分の魂が望む『男らしさ』と、肉体が放つ『女らしさ』。その歪みが大きければ大きいほど、若者はその隙間を埋めようと極端な行動に走るものだ」

 

 会長は、いま正にダイヤちゃんに向けて「君の瞳に乾杯」みたいな顔をしているクロを見つめながら、静かに続けた。

 

「私も、かつてはそうだった。……誰よりも強く、誰よりも気高くあろうとした。それが『男』としての意地だと思っていたからね。だが、皮肉なものだ。そうやって『理想の男』を演じようとすればするほど、周囲の目には……『凛として美しい、理想の女性像』として映ってしまう。今の彼女のようにね」

 

 なんという説得力。経験者は語る、とはこのことか。 クロが「男」であろうと足掻くほど、周りはそれを「キタサンブラックという少女の魅力」として消費していく。

 

「……君の悩みは分かる。だが、無理に止める必要はない。彼女は今、全力で『自分』を証明しようとしている最中だ。たとえそれが、致命的な方向違い(エラー)だとしてもね」

 

 会長は俺の肩に、ポンと手を置いた。その手は温かく、そして重かった。

 

「ただ、一つだけ忠告しておこう。彼女が本当の意味で『女』としての自分に直面した時……つまり、自分の『かっこよさ』が通用せず、誰かに『女の子』として扱われ、それに抗えなくなった時だ。その時、彼女の心は、今までにないほど激しく揺らぐだろう」

 

 会長の眼鏡の奥が、鋭く光る。

 

「その時、支えてやれるのは……彼女が『クロ』であった頃を知る、君だけだ。……だから今は精々あの滑稽な『お祭り』を特等席で楽しんでおきたまえ」

 

 皇帝はそう言い残して、制服をマントのように翻して去っていった。……楽しめって言われてもな。こっちは胃に穴が開きそうなんだが。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 その日の夜・帰り道。  

 街灯の下を、クロはスキップしそうな勢いで歩いていた。

 

「おい! 見たかよ今日のダイヤちゃんの顔! オレが『オレの背中だけ見てろ』って言った時、あいつ、マジでうっとりしてたぜ! 脈アリどころか、もう王手だろこれ! 詰みだ、詰み!」

 

 興奮冷めやらぬ様子で、鼻息を荒くするクロ。「どうだ!」と言わんばかりのドヤ顔を見せているが、中身は皇帝に「滑稽」とまで言われた大いなる勘違いの真っ最中だ。お前が見た「うっとり」は、多分「あらあら、まあまあ」っていう母性本能に近い何かだぞ。

 

「……なぁ、次は何を仕掛けるべきだと思う? 男ならやっぱり、夜のデートに誘って、夜景の見える場所でビシッと決めるべきか?」

 

 そう言って花火大会のチラシを広げるクロ。

 

「……夜景っつっても、それ、ただの府中の花火大会じゃんか」

 

 俺が呆れ果てて指摘すると、クロは「うぐっ……」と言葉を詰まらせた。

 

「な、なんだよ! 悪いかよ! 府中の花火は最高だろ! 下町情緒っていうかさ、あのドーン! とくる衝撃が『男の祭り』って感じで、ダイヤちゃんみたいな深窓の令嬢を連れて行くには、ギャップがあって最高なんだよ!」

 

 必死に食い下がるクロ。

 頬を膨らませて、自分の「男の美学(昭和)」を否定されたことに憤慨している。

 

「いいか? 人混みの中でさ、オレがこう、ダイヤちゃんがはぐれないように肩をグイッと引き寄せて、『離れんなよ』って。……どうだ? これ、マジでかっこよくないか?」

 

 ……いや、お前。今のキタサンブラックのルックスで、そんなことしてみろ。人混みの中で輝くような美少女ウマ娘二人が寄り添ってたら、周りの連中が「尊い……」「キタサトてぇてぇ……」って拝み始めて、即座にSNSで拡散されて終わりだ。

 

 それに、肩を引き寄せられたダイヤちゃんは「男らしさ」を感じるどころか、その細い指先や、ふわっと香る椿油の匂いに、「キタちゃん……なんて守りたくなる華奢な身体をしてるの……」って、さらに『女の子』としてのクロに惹かれちまうぞ。

 

「……なぁ、なんで黙るんだよ。やっぱりオレの作戦、完璧すぎるか?」

 

 どこまでもポジティブに勘違いを突き進む暴君。

 俺は、昼間のルドルフ会長の言葉を思い出した。

 

『彼女が本当の意味で「女」としての自分に直面した時……その時、支えてやれるのは君だけだ』

 

 あぁ、なるほど。この花火大会、あいつの「男のプライド」が完膚なきまでに粉砕される、絶好の処刑台(ステージ)になりそうだな。

 

 俺は大きく息を吐いて、諦めにも似た覚悟を決めた。

 

「……分かったよ。いいんじゃねーか? 行ってこいよ、花火大会」

 

 俺がわざと突き放すように、でもニヤリと笑って背中を押してやると、クロは「よっしゃあ!」と夜空に向かって拳を握った。

 

「そうこなくっちゃな! よし、当日のエスコートプラン、さらに練り上げるぜ! 浴衣じゃなくて、あえて甚平で行くってのはどうだ!?」

 

「やめとけ。絶対やめとけ」

 

 こうして、俺たちの夏は、破滅に向かって加速していくのだった。

 

 

 

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