幼馴染がウマ娘になった話   作:サボテニウム

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第8話:俺たち半端者

 

 

 

「……もう、死ぬ。オレ、今すぐこのへんの手頃な枝で腹切って死ぬ……」

 

 浴衣の袖で顔を覆い、くぐもった声で絶望を垂れ流すクロ。華やかな花火の残光が、地面に突っ伏した「絶世の美少女」を虚しく照らしている。この光景、絵画にして美術館に飾りたいくらいシュールだ。タイトルは『美少女の落日』でどうだ。

 

「……見たろ。……見たよな、今の。……オレ、ダイヤちゃんの前で、あんな……か弱いヒロイン扱いされて……っ!」

 

 クロは顔を上げると、涙目で俺を睨みつけてきた。怒ってるのか泣いてるのか分からない、ぐちゃぐちゃの顔だ。

 

「……お前、笑うなら笑えよ! 『ざまぁ見ろ』って言えよ! ……あんなの、あんなの絶対、ダイヤちゃんに『男』として見てもらうなんて、もう一生無理じゃねーか……!!」

 

 ご名答。無理だ。天動説が覆るくらい無理だ。だが、今のこいつに必要なのは正論じゃない。もっと実存的な、腹の底に落ちる何かだ。

 

 俺は無言でバッグを探り、例の「土付きのニンジン」を一本、ひょいと差し出した。

 

「……食うか?」

 

 絶望の淵にいたクロが、ピクリと反応した。涙目で、鼻を赤くして、浴衣姿で地面にへたり込んだまま、差し出されたニンジンをボーッと見つめている。夜空に大輪の菊の花火が弾け、その光があいつの虚ろな瞳に反射した。

 

「………………は?」

 

 数秒の沈黙の後、クロの口から漏れたのは、魂が抜け落ちたような声だった。

 

「お前……。この状況で、それかよ……。オレが今、どんな気持ちで……ダイヤちゃんに『抱っこ』されて、どんな屈辱を……っ」

 

 そこまで言って、クロは奪い取るようにニンジンを掴むと、そのままガブリと勢いよく齧りついた。ポリッ、ポリポリッ……。 静かな夜の道に、およそ美少女ウマ娘には似つかわしくない、野生味溢れる咀嚼音が響く。

 

「……土の味。……マジで、泥の味しかしない……」

 

 こいつはボロボロと涙をこぼしながら、必死にニンジンを口に詰め込んだ。「女の子」として扱われた屈辱も、ダイヤちゃんへの歪んだ恋心も、全部その泥臭いニンジンと一緒に飲み込んで、消化してしまおうとしているみたいに。その姿は滑稽で、でもどうしようもなく「生きてる」って感じがして、俺は少しだけ救われた気がした。

 

「……ふっ、……ひっ、……あーあ、最悪だ。一生の不覚だ。お前に見られるわ、ニンジン食わされるわ……」

 

 ニンジンを一本完食する頃には、クロの目から少しだけ正気が戻ってきた。あいつは浴衣の袖で乱暴に顔を拭くと、俺の膝をポカポカと叩いた。

 

「……おい。……今日のことは、絶対に墓まで持ってけよ。いいか、誰かに言ったら、今度こそマジでお前を刺して、オレも死ぬからな」

 

 物騒すぎる。そう言って俺を見上げるクロの顔には、口の周りにうっすらと土がついていて、相変わらず「キタサンブラック」の美貌を台無しにしている。でも、その眼差しだけは、いつものガキ大将だった頃の「クロ」に戻っていた。

 

「……帰るぞ。……お前の肩、貸せ。腰が抜けて、一人じゃ歩けねーんだよ」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 その帰り道。  

 花火の終わった喧騒を避けて、裏道を二人で歩く。俺の肩にずっしりと体重を預け、慣れない下駄をカランコロンと鳴らしながら歩くクロ。

 

「……なぁ。ダイヤちゃん、あんなに強かったんだな」

 

 ポツリと、クロが呟いた。

 

「オレを守ろうとしてくれた時の、あの顔……。正直、ちょっと……かっこいいって思っちゃったよ。……男として、情けねーけどさ」

 

 敗北宣言。  

 

 でもそれは、ただ負けただけの言葉じゃない。

 相手の強さを認めた、男の(中身だけだが)言葉だ。

 

「……ま、そう卑屈になるなよ。俺もまだ免許すらない『候補生』のガキだ。お前の男気を世界中に証明してやるには、俺たち、まだちょっと修行が足りないみたいだな」

 

 俺がわざと茶化すと、肩に寄りかかっていたクロが、ムスッとした顔で俺の脇腹を小突いてきた。

 

「うるせーよ。……けど、忘れるな。秋のデビュー戦、あそこでオレが勝てば、お前だって『正式な担当』に一歩近づくんだろ?」

 

 クロはそう言って、夜空を見上げた。さっきまでの情けない顔はどこへやら、その瞳にはデビュー戦を見据えた勝負師の光が宿っている。

 

「……ダイヤちゃんに守られるのは、今日で最後だ。デビュー戦では、オレのかっこいいところ……いや、オレがアイツを引っ張っていくくらいの走りを、絶対に見せてやる」

 

 中1という、子供と大人の境界線。身体が劇的に変わっていく時期に、心まで「ウマ娘」という存在に飲み込まれそうになりながらも、こいつは必死に「男」としてのプライドを、走ることで繋ぎ止めようとしている。

 

「おい、候補生。明日から練習、倍にするからな。お前の考えたメニューで、オレがアイツを……サトノダイヤモンドを驚かせてやるんだ」

 

 そう宣言するクロの横顔は、土がついてるくせに、やっぱり驚くほど綺麗だった。……まぁ、この「男気」が空回って、またダイヤちゃんに「キタちゃん、なんて情熱的で素敵……!」なんて勘違いされる未来が、4K画質で鮮明に見えるようだけどな。その時はまた、俺が泥付きのニンジンを用意してやるしかないだろう。腐れ縁ってやつは、そういうもんだ。

 

「……よし、寮まであと少しだ。シャキっと歩け、美少女」

 

「美少女って言うな! ぶっ飛ばすぞ! ……あと、肩、もうちょっとしっかり支えろ。……疲れてんだよ、心の方がさ」

 

 夜風が、少しだけ涼しくなった気がした。

 俺たちの夏は、まだ終わらない。

 

 

 

 

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