夢のその先のそのまた先   作:木綿杏仁

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第一話 憧憬と女神と恋

 強くあれ。

 そう言ってアルフィアおばさ――お義母(かあ)さんは僕を鍛えてくれた。

 戦いの才能がない僕は何度も何度も殴る蹴るの暴力もとい鍛錬を繰り返しその度に僕の心はポッキリ折れそうになった。

 何度も立ち上がれたのはおじいちゃんが読み聞かせてくれた『英雄譚』のおかげに他ならない。

 巨悪に立ち向かう彼らの勇気や気高さ。たまに見せるだらしない一面さえも。

 物語の中の英雄たちはいつだって僕の憧れであり、そうなりたいと思わせてくれる。

 

 そして14歳になった今。ついにアルフィアお義母さんの許しを得て僕は冒険に出た。

 迷宮都市オラリオ。『ダンジョン』と呼ばれる地下迷宮の上に気づかれた巨大都市にして『英雄の都』または『世界の中心』なんて呼ばれ方をしている。

 そこで僕は神様(フレイヤ様)の眷属として冒険者の仲間入りを果たした。

 英雄がいざ行かん。目指すは巨大な大穴ダンジョン!

 数多の未知や試練僕を待っている。もしかしたら可愛い女の子や綺麗な異種族の女性との交流だってきっと待っているかもしれない。

 一人の雄としてそんな邪な考えも夢見てしまうのは当然で。

 まぁ結論として僕が言いたいのは――『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』ってことだ。

 

 

 

 結論。 

 僕が間違っていた。

 

 『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼』

 「ほぁああああああああああああああああああああああああああっ⁉」

 

 少しでも邪で青臭い考えを抱いて冒険者になった結果、僕は今、死にかけている。

 牛頭人体のモンスター『ミノタウロス』に追いかけられている。

 確かに僕はアルフィアお義母さんの鍛錬のお陰で強くなった。

 もしかしたら期待の新星なんてもてはやされるかも、なんて思っていた僕が馬鹿だった。

 強くなったといってもそれは技術とか戦法とかの話であって、Lv.1の僕のステイタスではミノタウロスの固い皮膚には一切ダメージを与えられない。

 木や岩に必死になって締め技をかけても無駄なように、そもそもの地力不足。

 

 浅はかな妄想に取りつかれた僕の末路。牛の餌。僕の痴れ者。

 日々数えきれない死者を出す危険地帯に運命の出会いなんかを見出した僕が馬鹿だった。

 ああ、戻りたい。ダンジョンの恐ろしさを嫌というほど教え込まれていたというのに無謀にも単身で足を踏み入れた過去の自分を引っ叩きたい。

 まあ、Lv.2にカテゴライズされるモンスターが五階層に出現するなんてイレギュラーを予想しろなんて無理な話なのだが。

 

『ヴゥムゥンッ‼』

「でぇっ⁉」

 

 ミノタウロスの蹄。

 逃げ惑う僕に振り下ろされたそれをすんでで回避するも、地面がひび割れ僕の足をもつれさせる。

 思わず尻もちをついた僕は恰好の的だったのか人間の顔程もある巨大な拳が振り下ろされる。

 間一髪。僕の全身全霊の回避で拳を避ける。

 奇跡。今僕が生きているのは奇跡だ。

 力。敏捷。耐久。いずれも僕よりこのミノタウロスが遥かに上。

 防戦一方どころか逃走一方の僕を今アルフィアお義母さんが見たら間違いなく『福音拳骨(ゴスペルパンチ)』が降り注ぐことだろう。

 

「げっ……!」

 

 奇跡はいつまでも続かない。

 僕が逃げた先の曲がり角に差し掛かると待ち構えていたかのようにコボルトの群れが。

 後ろからミノタウロスが迫る中、やれることは一つだ。

 

 「ハッ!」

 『『『グギャッ‼』』』

 

 向かってくるコボルトを迎え撃つ。

 ミノタウロスと違ってコボルトの皮膚にはあっさりナイフの刀身が刺さる。

 コボルトとの戦闘なら慣れてる。

 アルフィアお義母さんとの鍛錬の中。実戦経験の一つとして野生のモンスターの中にナイフ片手に放り込まれることがあった。

 ダンジョンのモンスターに比べ野生のモンスターは弱いが今は『恩恵(ステイタス)』が刻まれている分、圧倒的に楽に思える。

 

 『フゥー、フゥーッ……!』

 「ぅあっ……⁉」

 

 しまった。

 予想よりミノタウロスの接近が早い。

 いくらコボルトとの戦闘に慣れているとはいってもミノタウロスと同時に相手できる程僕も器用ではない。

 かといってミノタウロスにだけ意識を向けていてもコボルトの猛攻が収まるわけもなく。

 今度こそ完全に詰んだ。

 振り上げられるミノタウロスの丸太のような腕。とびかかるコボルトの群れ。

 僕の目に映る絶望の二文字が迫りくる中、どこからか風が吹いた。

 次に目をあけた時にはそこに絶望はなく代わりに一人の女性がそこに立っていた。

 

「怪我はありませんか?」

 

 緑のマントに身を包み、彼女は後ろでまとめられたその黄金のような金髪を揺らしながら振り返る。

 髪から覗く尖った耳と整った顔立ちはエルフの身体特徴そのものでスラっと細い身体からは想像できないが僕は彼女に助けられたということを理解した。

 彼女のことを僕は知っている。

 【アストレア・ファミリア】。

 【ガネーシャ・ファミリア】と同じ都市の中でも憲兵的役割を果たし、正義を司る女神アストレア様を主神とするファミリア。

彼女はそこに所属する数少ない第一級冒険者の1人。

 【疾風】リュー・リオンその人だ。

 

 

 

 

 

「ベル! 聞いてますか!」

「はっ……! へ、ヘイズさん⁉」

 

 目の前に迫る顔に意識を戻す。

 特徴的な薄紅色の髪を二つに結わえたヒューマンの少女。

 彼女は【フレイヤ・ファミリア】の治療部隊『満たす煤者達(アンドフリームニル)』の筆頭格(トップ)を務める治療師(ヒーラー)ヘイズ・ベルベット。

 ステイタスはLv.4で彼女の治療はオラリオ内でも【戦場の聖女(デア・セイント)】に次いでの実力を持ち、ファミリア内では日々の鍛錬で負傷した団員たちの治療に駆り出されている。

 

「全く、Lv.1なのに一人でダンジョンに入るなんて……。猛者(団長)に追いつきたい気持ちは分かりますが、なにも彼の鍛錬を真似しようなんて思わないでください。いくら第一級冒険者でもドン引きですかねアレは」

 

 ダンジョンへの単独挑戦。

 このファミリアの団長を務めるこの都市唯一のLv.7を誇る【猛者】の逸話の一つだ。

 どうやらヘイズさんは僕がオッタルさんの真似をしてダンジョンに潜ったと思ったらしい。

 まあ確かに憧れがないといえば嘘になるが、同じ拠点(ホーム)で生活をしていると羨望よりも恐怖の方が勝ってしまう。

 鍛え抜かれた肉体に圧倒的強者から放たれる圧を直に感じると体が竦む。それこそさっきのミノタウロスなんて屁じゃないくらいには。

 

「今回は運よく【疾風】に助けられたからいいものの、普通は駆け出しの冒険者がミノタウロスに遭遇したらコロっと死んじゃいますよ。……アナタはフレイヤ様のお気に入りなんですから、あの方が悲しまれるような行動は今後慎むこと! 分かりましたか?」

「は、はいっ!」

 

 ヘイズさんの剣幕に押され、うわずった声で返事をする。

 僕の返事にとりあえず満足したようで、彼女は業務に戻る。

 

「あ、あのヘイズさん……」

「なんですか?」

「リュー・リオンさんについて、教えてくれませんか?」

「……」

 

 僕の言葉にヘイズさんの手がピタリと止まった。

 そしてギギギと壊れたブリキ人形のようにこっちに視線を向ける。

 「コイツマジか……」とでも言いたげな表情に不安を覚えながらも僕の頭の中はリューさんのことでいっぱいだった。

 迫りくるミノタウロスから僕を救ってくれた命の恩人。

 理想がそのまま目の前に現れたんじゃないかと思う程の美貌に僕の心は奪われてしまった。

 

「はぁ……。命の危機に颯爽と駆け付けた白馬の王子様的存在に惚れるなって方が無理な話ですけど、生憎相手が悪いですね。往々にして初恋は散るものだとどこぞの神様も言ってましたよ」

「そ、そんなぁ……!」

 

 何故か僕の想いはヘイズさんに筒抜けだったようで、ばっさりと切り捨てられてしまった。

 初恋がバレた恥ずかしさよりも、そう断言する彼女の言葉に軽く絶望してしまう。

 

「【疾風】リュー・リオン。Lv.5の第一級冒険者にして【アストレア・ファミリア】の幹部。あの【剣姫】と肩を並べるほどの実力者で前衛としても後衛としても優秀なオールラウンダーです。その一方で性格の方は超が付くほどの潔癖症。正義の眷属らしく、曲がった事が大嫌いで自身が認めた人間じゃないと触れることも許さないって噂ですよ?」

「でも、実際に話してみたら意外と大丈夫だったり……?」

「残念ながらその可能性もゼロに近いですね。あの美貌ですから彼女のファンを名乗る人物が一定数居て、その中でも命知らずの男たちがアプローチを仕掛けたようですけど、一人残らず病院送り。一番怪我の程度が軽い方でも全治一カ月なんだとか」

「……」

「そんな人物が異性と恋仲になるなんて私は想像できませんね」

 

 追撃に次ぐ追撃。

 もう僕のライフはゼロだった。

 

「派閥間での恋愛なんてそもそも無謀の極みですからね。ここはすっぱり諦めるのが吉ですよ」

 

 そう締めくくり、ヘイズさんは再び業務にもどった。

 突き放すような彼女の言葉が頭の中で繰り返される中、僕は部屋を後にする。

 

「はぁ……」

 

 すっかり日も暮れ、冷たい廊下に溜息が漏れる。

 ヘイズさんの言葉は正しい。

 ファミリア間の色恋沙汰なんて他派閥がつけ入る隙を与えかねない行為だ。

 しかも僕のようなLv.1の下っ端がリューさんに釣り合うワケがない。

 まだ種族的にも実力的にもヘディンさんやヘグニさんなんかならまだ釣り合いが……。

 と、そこまで考えて頭を振る。

 派閥の幹部同士なんてそれこそ問題になりかねない。っていうか、【フレイヤ・ファミリア】の団員は皆、フレイヤ様に忠誠を誓っているのだ。それに背く行為なんて万が一にもするはずはないだろう。

 

「……ベル?」

 

 そんな様子でうなだれていると声を掛けられる。

 顔を上げるとそこには女神がいた。

 

「神様、ですか……?」

 

 煽情的な服装に身を包んだ肢体。

 プラチナのような長髪が月明りに照らされより一層輝きを増しているように感じる。

 

「あら、美の女神を誰かと見間違えるなんて失礼ね」

「えっ、いやっ、でもバベルに居るはずじゃ……」

 

 そう。フレイヤ様は普段はバベルの最上階に居を構えているのだ。

 【フレイヤ・ファミリア】に入団してから二週間程度しか経過していない僕が言うのも説得力がないが、拠点にいるなんてこと自体レアだ。

 

「ちょっと用事があってね。ベルはこんな夜中にどうしたの?」

「えっと、少しヘイズさんとお話を……」

「こんな時間に男女が二人きりで話だなんて。……まさか逢引かしら?」

「ち、違いますよ⁉」

 

 盛大な勘違いに思わず声が大きくなる。

 そんな様子を神様はいたずらっ子のような笑みを浮かべながら見つめていた。

 

「フフッ。冗談よ。ヘイズのことだから何かお説教とか、そんな感じかしら? あまり迷惑をかけちゃダメよ。あの子も色々忙しいから」

「は、はい……」

 

 顔が熱くなる。

 全てを見通すような瞳の前では何かを誤魔化すなんてことはできはしないだろう。

 もしかしたらダンジョンでの醜態もこの女神にはお見通しなのかもしれない。

 

「そういえば、ここでの生活には慣れた?」

「はい。最初は戸惑いましたけど皆さんが親切に教えてくれて」

 

 僕はしばらく神様の散歩に付き添うことになった。

 慣れない神様とのコミュニケーションには最初こそドギマギしていたが、しばらくやりとりを交わす内に自然に話すことができるようになっていく。

 もし、この場面を誰かに見られたら……とも思うがもっと続けたいとも思ってしまう。

 それぐらいに心地よい時間。普段は訓練漬けで一対一で人と話し込むというのが新鮮に感じるからかもしれない。

 

「ベルは恋をしたことある?」

 

 ふと、神様がなんの脈絡もなくそんな言葉を投げかけてきた。

 

「……え、っと」

 

 言葉に詰まる。

 脳裏に焼き付いた眩しい黄金の髪と正義の背中。

 ついさっきの出来事がフラッシュバックする。

 その様子に気づいたのか女神は僕の顔を覗き込んでいた。

 

「ふぅん……」

 

 落ち着いた声の神様に僕は少し後ろめたさを感じていた。

 別に隠すようなことでもないのに。

 

「私はないわ」

「えっ?」

 

 どうゆうことだろう。美の女神が恋を経験していない?

 いや美の女神どうこうではなく長い時を生きてきた神様が恋をしていないなんて驚いた。

 そんな様子の僕を他所に神様は話を続ける。

 

「でも、最近気になってる子がいるの」

「その相手って神様ですか? それとも……」

「それは秘密。だけどその子を見つけると心が躍るし、話をしていると不思議と落ち着くの。恋を経験していない私にはそれが恋なのかすらも分からない」

 

 美の女神にそこまで言わしめる人(神?)はどんな人物なのだろうか。

 少なくとも僕のような人間ではないことは確かだ。きっと英雄のような気高い精神を思った人物だろう。

 

「ベルは恋はどんなものだと思う?」

 

 神様の問いかけに僕は考える。

 恋とは何か。

 神に比べたら僕が経験してきたこれまでの人生なんて瞬きほどの時間だ。

 そんな未熟な人間に納得のゆく答えが出せるだろか。

 実際、僕がリューさんに抱いている感情は果たして恋なのだろうか。

 単なる憧れの延長のような気もしてくるが、鮮烈な憧憬は今もなお僕の心を震わせる。

 僕はそれ以上深く考えることはせずに思ったままを口にした。

 

「どうしようもできない衝動ですかね……」

「……衝動?」

「理性とか理論じゃ抑えきれない何かで頭の中が相手のことでいっぱいになって、その人のことになると酩酊したみたいに普通じゃなくなる……みたいな?」

「……」

 

 僕の答えに黙り込む神様。

 やってしまった。神様相手に何を言っているんだ。酩酊もなにも僕はまだ14歳でお酒なんて飲んだこともない子供だ。それにこんなあやふやな説明に神様も返す言葉に困っているじゃないか。

 

「ぷッ。――あはははははははは!」

 

 困っている僕を他所に神様は吹き出し、笑い声をあげる。

 静かな廊下にそのソプラノの笑い声が反響する。

 

「なっ――。馬鹿にしないでくださいよ! 僕だって真面目に答えたのにっ!」

「ごめんなさい。馬鹿にしたつもりはないの。でも、あんまりにも可笑しくて」

 

 神様は僕に謝りながらも笑いをこらえるのに必死だった。

 恥ずかしい。僕なんかが恋について真面目に語ってしまったことが。

 

「でも、よかった。アナタに話して。私は少し恋を重く考えすぎてたのかもしてないわ。もっと神聖で崇高なもののように思っていた。でもあんなにも私が焦がれていたものが単なる衝動だなんて少しがっかりするわね」

 

 そう言い残して女神は僕から遠ざかってい行く。

 彼女が何を考えているのか僕には分からないが、少しでも彼女の満足する答えが出せたのならよかった。

 再び一人きりになった今、僕はもう一度頭の中の憧憬を思いだす。

 

 言葉にしたことではっきりした。

 諦めたくない。僕が釣り合わないのなんて分かっている。派閥の問題なんてクソくらえ。

 まずは強くなろう。あの英雄譚たちのような人たちみたいな。誰もが認めるような英雄のように。

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