夢のその先のそのまた先   作:木綿杏仁

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第二話 戦いの野

 【フレイヤ・ファミリア】での日常はそれすなわち殺し合いの連続である。

 彼らの拠点(ホーム)である『戦いの野(フォールクヴァング)』では毎日のように激しい殺し合いが繰り広げられている。

 剣を交え、魔法を打ち合い、血を流す。たとえ相手が同じファミリアの団員同士であれど容赦する理由にはならない。

 その激しい戦いの中で培われた戦闘経験や技術が彼らを最強派閥と言わしめる所以でもある。

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

 一面に緑の海が広がるその原野にベル・クラネルはいた。

 Lv.1冒険者というファミリア内でも最弱の立場にありながらも彼はかろうじてその場に立っている。

 相対するは最低でもLv.2以上の上級冒険者たち。

 同じLv.1の団員はとっくに地面に倒れ意識を失っていた。

 彼らとベルの違いは経験の差。

 故郷の村での訓練の日々、アルフィアという最強のお墨付きをもらった彼の技術はそこらの冒険者を優に凌ぐものだった。

 しかし、技術だけではレベルの差は覆すことはできない。

 攻撃速度には反射神経が追い付かず、圧倒的な力の前では攻撃をいなすことも叶わない。

 

 だからこそベルはこの場において勝つことではなく生き残ることを優先して戦っていた。

 攻撃の矛先を他者に押し付け、狙われた時は回避に全力を注ぐ。

 獅子の群れに放り込まれた兎はそうすることでしか生きることはできない。

 

「さっきから見ていれば逃げてばかりだなァ! ベル・クラネルッ‼」

 

 背後からの声に振り向く暇もなく痛みが走る。

 声の正体は半小人族(ハーフパゥルム)の団員であるヴァン。

 その見た目からは想像もできない速度の攻撃がベルの背中を切り裂いた。

 

「ぐぁっ!」

 

 この戦場においてベルは油断などしていなかった。

 ただ、認識できない。

 それほどまでにレベルの差という壁は分厚く高いものなのだ。

 痛みに悶えながらもなんとか倒れるのを踏みとどまりナイフを構える。

 地面に滴る血液の量を鑑みればすぐにでも意識を失ってもおかしくはないが、幸か不幸かその傷の痛みがベルの意識を繋ぐ役割を果たしていた。

 

「かかってこい。入団から二週間のヒヨッコだろうが容赦はしないぞ」

 

 満身創痍の相手を前にヴァンは警戒を怠らない。

 彼自身、半小人族(ハーフパゥルム)という種族上、弱い者の強みを理解しているからだ。

 相手の油断を誘い、致命的な一撃を見舞うという唯一のチャンスを封じられたベルは歯を食いしばる。

 

「うぉおぁぁぁああああ――ッ!」

 

 腹を括り、咆哮を上げ攻撃を仕掛ける。

 態勢を低くし、より素早く最速の一撃を叩きこむ。

 窮地に立たされたからか、その攻撃は理想と言っていい程に完璧なものだった。

 限界を超えた。そう断言してもいい。

 普段じゃ絶対に実現することはできない奇跡の一撃がヴァンの首元に迫る。

 短い刀身が太陽の光に照らされ今――。

 

「遅い」

 

 あっさりと。

 そしてあまりにも無慈悲にその一撃は正面から叩き折られた。

 

「づぁっ⁉」

 

 ベル自身なにが起こったのか理解できない様子で地面に叩きつけられる。

 追撃と言わんばかりに横っ腹を蹴り飛ばされ、土を巻き上げながら吹っ飛ぶ。

 自分の下にできる血だまりの熱を感じながらベルの意識は闇の中に沈んでゆく。

 

 

 

 

「――チィッ!」

 

 白髪の少年を蹴り飛ばしたヴァンは怒りを隠そうともせずに舌打ちをする。

 苛立ちの原因は先ほどの少年が放った一撃。

 Lv.4のヴァンにはついぞその刃が届くことはなかったが、幾度と戦闘を繰り返した第二級冒険者の自分ですらも目を見張る程の攻撃だった。

 それを無理やりフィジカルだけで叩き潰した自分の実力不足に腹が立つ。

 Lv.1。それも駆け出しも駆け出しの少年がそれを実現したことも苛立ちを加速させる。

 

「らぁぁぁああッ!」

 

 殆ど八つ当たりのように他の団員に攻撃を仕掛ける。

 攻撃を繰り出すたびに自分にも傷が増えることも厭わず一心不乱に戦う姿は獰猛な獣のように映った。

 

 

 

 

「見たか?」

「ああ」

 

 『戦いの野』の中心に存在する拠点から覗く二つ影。

 黒妖精(ダークエルフ)白妖精(ホワイトエルフ)の魔法剣士たちは今目にした光景に興味を示した。

 第一級冒険者の彼らにとってここで行われる戦闘は児戯のようなもの。

 本来なら目にも留めること自体ありえないのだが、彼らの視線の先。

 治療師に囲まれる人間(ヒューマン)の少年は特別だった。

 

「あの猪が連れて来るだけのことはある」

「しかし器が伴わず宝の持ち腐れといってもいい……」

 

 第一級冒険者とまでは言わないが駆け出しとは思えない圧倒的なまでの技量。

 彼がどのようにしてその技を体得したのか気になるところだが、ヘグニが口にしたように体がそれに追いついていない。

 ステイタスを刻んだばかりだからしょうがないとはいえそれが二人にはどうしようもなく勿体なく感じてしまう。

 自分たちに追いつくことができるのは甘く見積もっても10年以上はかかるだろう。

 レベルアップに関しても才能や運が要求されることを考慮すればそれ以上の時間を要することが考えられるし、実力が下手にある彼は他の冒険者よりもよりハードルの高い偉業が求められる。

 とすれば成長の過程で死んでしまう可能性も高いだろう。

 だが、それを乗り越えてこその第一級冒険者。

 この最低ラインを越えなければ最強にはなれないという線引きでもあるのだ。

 

「ククク……。今はまだ見守ることしかできまい。……認めたくないが奴は女神の寵愛を受けし者。いずれ我らが領域に手を駆ける日もくるだろう」

「……その喋り方、いい加減鬱陶しいぞ。これだから街中で阿呆の神々に『厨二病乙!』などとワケの分からいことをいわれるのだ」

「べ、別に今は関係ないだろ……!」

 

 

「――――がッ!」

 

 意識が覚醒すると同時に息苦しさを覚え地面に這いつくばる。

 空咳を何度か繰り返した後、肺から黒い塊を吐き出した。

 

「げほっ……げほっ……!」

 

 むせる喉を抑えながらも何度かの呼吸を繰り返し、僕はやっと落ち着きを取り戻した。

 揺れる視界に入り込んでくるのは赤色の光。

 どうやら夕暮れのようで、周囲を見回すと皆が満身創痍の体を引きずるようにして拠点に足を運んでいた。

 何度繰り返しても慣れない。

 入団当日から繰り返し繰り返し見続けた光景と感じた痛み。

 僕の体はそれに順応することはできずいつも新鮮に苦痛を感じている。

 

「大丈夫ですか?」

 

 いつまでも地に伏す僕を見下ろす影。ヘイズさんだ。

 彼女も毎日のように治療師として酷使されているせいか目の下には深い隈を作っている。

 

「はい。なんとか……」

 

 彼女にこれ以上迷惑をかけまいと立ち上がろうとするも、体がよろけてしまう。

 

「おっと」

 

 バランスを崩した僕を受け止めてくれるヘイズさん。

 いつもなら瞬時に体を離すが、今はそれをする体力すら残っていない。

 

「すいません」

「いーえ、治療後のサポートも治療師の役目なので」

 

 何とか一人で立てるようになると僕も皆に習って拠点に歩みを進めた。

 今日もなんとか生き残れたことにほっとしながらもまだまだ自分は未熟であることを思い知らされる。

 

 強くなりたい。

 

 僕の心の中で燃えるその想いまでの道のり。それは果てしなく険しいものだと改めて再認識した。

 

 

 

 

 【フレイヤ・ファミリア】での一日は拠点の一階に位置する『特大広間(セスルームニル)』での晩餐をもって終了する。

 『食の闘争』。

 そう呼ばれるほどに熾烈な食事風景には気品の欠片も存在せず、原野の戦いで血を失った戦士たちはそれを回復するべく一心不乱に並べられた食事をかきこむ。

 その光景を他所に僕は席の端っこで細々と食事をしていた。

 ぶっちゃけこのファミリア内に親しい友人はいない。神様たちが言うところのぼっちってやつだ。

 これは元々僕自身がそこまで外交的な人間ではないことに起因している……と、思う。

 

 そもそもファミリアの雰囲気的にも慣れ合うような派閥ではないからあまり苦ではないが、少しだけ寂しいと感じてしまう。

 先日、ダンジョンに一人で潜ったのもパーティを組めなかったからに他ならない。

 『戦いの野』での戦闘訓練も悪くないが一冒険者としてはダンジョンに潜りたくなるのは仕方の無いことだろう。

 皿の上に乗った肉の塊を見つめ溜息を吐く。

 どうすればパーティを組んでもらえるだろうか。

 思い返せば故郷の村でも同世代の子供たちとまともに話したことがなかった。

 毎日がアルフィア義母さんの訓練漬けでそんな暇がなかったのだが、こんなところでそれが弊害になるとは。

 

「はぁ~い。おかわりですよぉ~」

 

 間延びした声と共に机が揺れる程の大皿を叩きつけるヘイズさんに視線を向ける。

 ここ最近まともに話をしたのは彼女くらいのものだ。

 ヘイズさんにお願いしたら動向してくれるだろうか……いや、ただでさえ多忙な彼女にそんな時間はない。

 レベル差も考慮すればヘイズさんに得する要素は皆無だ。

 駆け出し冒険者の中にはギルドを経由してパーティを募集することもあるようだが、【フレイヤ・ファミリア】はサポーター制度を利用していないためそれも望み薄。

 何度考えても僕の頭ではまともな案など思い浮ばず、喧騒のなかで黙々と食事を口に運ぶことしかできなかった。

 

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