次の日、18階層から出るにあたって、ロキ・ファミリアが先行するとの事だ。その後にベル・クラネルたちと彼の救助隊を含む者が地上を目指す事となる。
シンとリューは集合場所でベル・クラネルたちを待っているが、時間を過ぎても来ない。
「まさか、寝坊じゃないだろうな。オレが真面目に集合時間10分前に来てるんだ。寝坊だったら、あいつらを半殺しにする」
「全員が寝坊とは考えにくいですよ。それにアンドロメダと神ヘルメスも来ていない」
「……仕方ない。探しに行くか」
シンとリューはベルたちを探しに行こうとする。その時、シンはとてつもなく嫌な気配を感じた。
その気配は昨日シンと戦った仮面をつけた者に近い感覚だ。まるで隠すつもりがない。故にシンは簡単に気づく事が出来た。
「シン?」
急に立ち止まったシンにリューは問いかけた。問いかけられたシンの身体からは冷気が発せられている。
「リュー、オレは少し用事が出来た。少年のところへはお前が行ってくれ。……少年は1本水晶のところにいる。どうやら、誰かと戦っているみたいだ」
見聞色の覇気を極限まで使い、ベル・クラネルの居場所とその状況を感じ取ったシン。しかし、それはついでだ。本命は仮面をつけた者と似たような雰囲気を出している者の場所を正確に把握して、尚且つその近くに何があるのかを知るためだ。
「シン、一人で行くのですね」
「まぁな。少年の方は頼んだぞ」
シンはシュンッ!!とその場から消える。彼が向かった先は当然嫌な気配を滲み出している者のところだ。
「さてと、お前だな。昨日の奴と気配が似ている」
「貴様は誰だ?」
シンの目の前には赤髪の目つきが鋭い女が大剣を構えて立っていた。その者の名はレヴィス。見た目は普通の人間だが、その正体は人間と怪物の混合種である怪人だ。
レヴィスから感じられる気配は、昨日戦った仮面をつけた者と似ている。
シンは2人が関係あると思い、捕縛しなければならないと考える。そのための行動を開始した。
「『アイスボール』!!!!」
シンは冷気でレヴィスを包み込み、球状の氷塊を作り出して閉じ込める。
しかし、パキッパキッと音がしていき、次の瞬間には氷塊が割れるのであった。
「……力付くで解いたか」
「……妙だな。魔法とは思えない力だ」
レヴィスはシンに斬りかかるが、シンは避けることなくそれをわざと受ける。
大剣はシンの身体を斬り捨てることなく、途中で止まり凍っていく。そして、レヴィスが逃げないようにシンは彼女が大剣を握っている右手首を掴んだ。
「『アイスタイム』」
パキンッと音を立てながらレヴィスの右腕が凍っていく。
このまま腕から身体まで凍っていくかと思われたが、レヴィスはそれをさせない。彼女は広がっていく氷結を止めるために凍っている腕を斬り落としたのだ。
「腕くらいはくれてやる」
レヴィスはシンから距離を取ると、食人花たちを大量に呼び込んだ。
「また、食人花か…お前等は本当に芸がないな」
「私は神の気配を感じて見に来ただけだ。目的はお前と殺し合いをすることではない」
そう言って、レヴィスは何処かへと消えた。残されたシンは食人花に囲まれており、さっさとそれらを倒そうと構える。
冷気が辺りを覆おうとする時、ダンジョンが揺れ始めた。
(ダンジョンが……揺れている……、何が起きているんだ?)
シンは中央の方へ振り向くと、ピキッと天井に亀裂が入っていた。そこから生み出されたのは
ゴライアスは足元にいる冒険者たちを蹂躙していく。そして、ゴライアスは咆哮を放ち、他のモンスターを呼び寄せる。
(ロキ・ファミリアが地上へ戻ったこの現状ではあのゴライアスを倒せるのはオレぐらいしかいないだろうな)
「チッ!!イレギュラーというのはつくづく面倒だな」
シンは自分を囲っている食人花たちを一瞬で凍らせた。そして、それらは簡単に崩れて消える。
食人花たちを倒したシンは中央で暴れているゴライアスの元へ行こうと考えた。だが、その考えを彼は瞬時に捨てた。何故、捨てたのか…。それはゴライアスよりも格上の存在であるレヴィスがまだこの階層にいるからだ。
「逃げたと思ったが、まだこの階層にいるとはな」
「しつこいな。私はお前に用などない」
「なら、誰に用がある?」
「先程、産み落とされたモンスター。アレの魔石を喰らえば私は更に強くなる。故に邪魔をするな」
レヴィスは暴れ回っている黒いゴライアスの元へ向かおうとする。だが、シンによって作られた氷の壁が彼女の行く手を阻む。
「行かせねぇよ。お前には聞きたい事が山程ある。悪いが捕縛させてもらうぞ」
シンは再び身体から冷気を発する。片腕を失ったレヴィスでは、シンに勝つことは不可能だ。それは先程一瞬だけでも戦ったレヴィス自身も分かっていた。だが、彼女は逃げようとしない。何故なら、殺されないと確信している事と食人花たちで足止めぐらいは出来ると感じているからだ。
レヴィスは小さく口笛を吹く。それは食人花を呼び寄せる合図だ。地面から再び食人花が現れる。しかも、数は数百以上だ。
「また、食人花かよッ!?」
「そいつらと遊んでいろ。お前が強いのは理解している。だが、この数ならば、足止めぐらいは可能だろう」
そう言って、レヴィスは黒いゴライアスの元へと向かう。
シンは追いかけようとするが、食人花たちに阻まれる。
「5分で終わらせる」
■
一方、ベル・クラネルたちは黒いゴライアスとの戦闘でかなり苦戦を強いられていた。
18階層に滞在しているリヴィラの街の住人たちやベル・クラネルたちが総力で挑んでも黒いゴライアスは倒れない。何よりも黒いゴライアスは通常のゴライアスより強く、更には再生能力もある。魔石を完全に破壊しなければ、倒せないのだ。
既に一度、ベル・クラネルの本気の一撃を食らわせたが、再生されてしまった。
「このままでは…」
「非常にマズイですね…」
第2級冒険者のリューとアスフィが今の状況をマズイと感じている。このまま戦闘を続けても決定打がないのだ。
彼女たちの望みは最早シンが助けに来ることしかない。
彼が参戦すれば、すぐに片が付く。だが、彼女たちの思うようにいかないのが現実だ。
そして、シンよりは劣るが希望を持てるのはベルだ。
だが、ベル・クラネルは立ち上がれない程の大怪我を負った。それを2人は見ているからこそ、期待は出来ない。
「リオン!!このままでは…私たちが先に…」
「分かっています!!ですが、私たちが前線を離れれば…」
リューとアスフィは懸命に前線を維持するが、限界も近い。
最早、前線が崩れるかという時に、後方から鐘の音が聞こえてくる。それを出しているのはベル・クラネルだ。
2人は先程よりも強い最大火力をベル・クラネルが出すと考えた。故に限界までゴライアスにダメージを与えようとする。
アスフィは魔道具を使い、リューは魔法を放ってダメージを与える。そして、後方からはタケミカヅチ・ファミリア団員の命が魔法を使い、ゴライアスの動きを止める。
ゴライアスの動きが止まった隙に、ヴェルフは魔剣を使った。『クロッゾの魔剣』…その威力は正式魔法を超えている。
ゴライアスの悲鳴が響く中、ベルのチャージはどんどん進んでいき、最大までチャージする事が出来た。
「ああああああああああああああぁッッッ!!!!!」
ベルは手に持つ剣に力を込めて、目の前の敵。すなわち黒きゴライアスに向かって矛を振るう。
その威力はまさしく英雄の一撃。立ち込める煙が徐々に薄れていき、見えた先には上半身が吹き飛んでいるゴライアスの姿が確認された。
勝ったッ!!!と誰もが思う中、無情にも残酷な現実を突きつけられる。それはゴライアスの魔石が無事だという事だ。
「あの一撃でもダメなのか…」
ゴライアスはかなりのダメージを受けたせいか、再生はとても遅い。だが、ゆっくりと確実に再生はしている。
それを見たベルはナイフを構え、限界の身体を酷使して、魔石を破壊するために動き出す。
ベルの一撃が当たれば、ゴライアスは消滅するだろう。
それを多くの者たちが良しとして、応援する中、一人の女が邪魔をする。
「ご苦労だったな」
ドンッ!!と上空から現れたのはレヴィスだ。彼女は魔石を剥き出しにしているゴライアスの目の前に現れ、ベルたちをその鋭い眼差しで威嚇した。
ベルの足が止まり、冒険者たちの応援が静まる。
「再生には時間を要してしまう…。片腕では倒すのに時間がかかっただろう。何よりも、忌々しいあの氷男には勝てない。いや、今の私では本気のアリアにも勝てないだろう。……故に喰らう」
レヴィスは巨大なゴライアスの魔石の上に立ち、まるで飢えた猛獣が獲物を食うかのように、魔石を喰らった。
巨大な魔石を十数秒で喰らい尽くす。その光景を唯一間近で見ていたベルは唖然としている。
彼がそうなるのも無理はない。何しろ、目の前にいる女がゴライアスの巨大な魔石を喰っているのだから。
「……悪くない」
レヴィスが魔石を喰らい終えた瞬間にゴライアスは灰となり、消えた。この瞬間、黒きゴライアスは完全に倒されたと言っても過言ではない。普通なら喜ばしい事だが、レヴィスという存在が歓喜を許していない。少なくともレヴィスの存在を確認しているベルやリュー、アスフィはいつ戦闘が始まったしても不思議ではないと思っている。
「ここで皆殺しというのも悪くない」
その言葉にベルは危機を感じる。いや、近くにいるリューたちもそれを感じた。最早、彼女たちは満身創痍というのが現状だ。戦闘にすらならないだろう。
「……いや、止めておこう。少なくとも、あの氷男がいる以上は離脱するのが賢明だろう」
レヴィスはベルたちを殺そうとすること無く、去ろうとする。ベルたちにとって、運が良かったのはレヴィスがこの階層に留まろうとしていないことだ。
彼女は目的を達した今、シンのいるこの階層にいたくない。次は確実に殺されると理解しているからだ。
レヴィスがその場から去ろうとした、その瞬間に氷の壁がレヴィスの周りを覆う。
「ッ!!!!?」
驚くレヴィスだが、彼女に驚いている暇などない。何故なら、食人花数百体をを殲滅したシンがレヴィスの前に立ちはだかるからだ。
「思ったより速かったな。あの数をこの短時間で倒すとは…」
「流石にあの数は面倒だったぞ。少し時間がかかった」
シンは能力を全開にして、食人花たちに広範囲攻撃しても良かったが、それだと…この階層の気候を変えてしまう。それは彼の本意では無い。故に少し時間がかかってしまった。
「分かっていると思うが、お前はオレに勝てない。降参すれば、痛い目には合わないぞ」
「くだらん。……確かにお前は強者だ。私が登れない遥か高みにいる。……だが、少しだけお前と戦って分かった事がある」
「分かったこと…?」
「……昔のお前はもっと強かった筈だ。私が想像出来ない程にな…。だが、今のお前は本気で戦うことのない生活を送り、戦闘というものが鈍っている」
「………」
「フッ…図星か…。その鈍りこそがお前の唯一の弱点だ」
レヴィスは懐から何かの魔道具を取り出す。彼女がそれを地面に投げつけると大きな爆発が起きた。
レヴィスは彼女を囲っていた氷の壁は吹き飛ばして逃亡する。シンは再び氷の壁を彼女の前に作るが、彼女は懐から魔剣を取り出して、それを燃やした。
「氷には炎だ」
氷が蒸発して、辺りに煙が立ち込める。シンは氷の剣を生成して、レヴィス目掛けて放った。
だが、レヴィスの持つ魔剣により、それらは蒸発する。
「また、クロッゾの魔剣か?」
明らかに通常の魔剣ではないのはその威力から明白だ。
レヴィスはシンから少しだけ距離を取る事に成功した。しかし、彼女がこのまま逃げ切れるわけでもない。
シンは力強く地面を蹴り、レヴィスとの距離を縮める。
「『アイス
象の形をした氷の塊がレヴィスを襲う。レヴィスに当たろうかというところで、彼女は下にある湖の中へ飛び込んだ。
「『
シンの手から伸びる氷のエネルギーが湖に触れた瞬間、湖は即座に凍りつく。
シンの攻撃はそれだけで終わらない。凍らせた湖の上空からシンは構える。
「『
武装色の覇気を纏った拳。シンはそれを湖に向かって振るう。それは圧力波となり、真っ直ぐ突き進む。そして、凍った湖にドンッ!と直撃した。
湖には一つの巨大な穴が空けられ、その穴からは下の階層が見えている。
「チッ!!」
(逃げられたか…)
シンは直感的にレヴィスに逃げられたことが分かった。
『戦闘というものが鈍っている』
レヴィスから受けた言葉。シンはそれを否定することなく、真摯に受け止める。
ロックス海賊団にいた時は殺し合いは当然のことであり、周りは格上ばかりの世界だった。強くなろうという向上心を持ち合わせていたが、今はあの時のような必死さがない。
(自分より強い奴がいないというのも考えものだな…。何よりもあの女に指摘されているようではオレもまだまだだな)