13.オリオンの矢編No.1
今日の夜、オラリオでは神月祭が行われる。これは地上に神々が降りる前から続く、夜にだけ行われる特別かつ伝統的な祭事だ。内容としては、月を神に見立てて、執り行われるものとされている。
顔を上げて、空に浮かんでいる月を神に見立てるというのは、
何故なら、彼は神が嫌いだからだ。このような祭りの内容に賛同したいとは思えない。故に今年も率先して、参加するつもりは無かった。
しかし、現在の彼は祭りを回っている最中だ。隣には小人族の男性がリンゴ飴を食べていた。
「帰りたいんだが…」
「まぁ、そう言わずに、祭りを楽しもうじゃないか」
そう、シンの隣で祭りを楽しんでいるのはロキ・ファミリア団長のフィンだ。
彼は不満気なシンを引っ張っていく形で祭りを散策していた。
どうして、シンとフィンが祭りを回っているのか。それは1時間前まで遡る必要がある。
【1時間前、豊穣の女主人にて】
シンは厨房で注文の嵐と戦っていた。夕方の時間帯は混む傾向にある。いくら、夜に祭りがあると言っても、やはりこの店は人気だ。忙しくなるのは仕方ない。
そんな中、普段はサボり気味のシン。彼は珍しく朝から全くサボろうとしておらず、今もしっかりと働いている状況だ。
彼が真面目に働いているのはそうしなければならないからだ。何しろ、リューは一昨日から休んでおり、シルはサボっている。嫌でも働かなければならない状況だ。
真面目に働くシンを見て、ミアは今日のように普段からサボらずしっかり働いて欲しいと思うのであった。
少し厨房が落ち着いた時、シンはミアに呼ばれる。何事かとミアの元へ行くと、そこにはロキ・ファミリア団長であるフィンがミアの隣に立っていた。彼はとても笑顔でいる。
シンは自身とフィンが一応の協力関係を結んでいるので、何か進展があったのかと思っていたが、フィンの口から出たのは予想外の言葉だった。
「これから祭りに行かないかい?」
「…………はぁ!??」
「……これから祭りに…」
「聞こえてる!!!だから、唖然としているんだろうがッ!!」
2回目と同じ事を言おうとしたフィンに待ったをかけるシン。
何故、フィンが祭りに誘うのかシンは理解に苦しんでいた。
そんな彼を見て、フィンは説明を始める。
「君との親睦を深めようと思ってね」
「偶に酒を飲んでいるだろうが…………、お前の奢りで」
「なら、付き合ってくれても良いんじゃないかな?いつも僕に奢ってもらってばかりだと君の沽券にも関わるだろ?」
「いや、お前と違ってオレは金欠だ。好きな酒を飲むためならその程度の沽券なんて気にしてねぇ。っていうか、そもそもオレは仕事中だ。祭りになんて行けない。そうだろ、ミア?」
シンはミアに確認を取るるが、ミアはシンの期待する言葉とは真反対の言葉を口にした。
「いいや、構わないよ。あんたにはそろそろ休みを与えないといけないからね。…後1時間くらいで祭りが始まる。客足も減るだろうから、忙しさも半減さ」
「いやいや、リューもいない事だし、オレは仕事をするよ」
「仕事はもっと忙しい時にしてもらうから問題ないよ。それと、今回の祭りで極東の珍しい食べ物が出るらしい。お土産として、買ってきな」
「拒否権は?」
「あるわけないだろう。ほら、金は出すよ」
お金の入った袋はミアから投げ渡されたシン。これは行く流れなのだと分かり、仕方なくフィンと共に神月祭を回るのであった。
シンの内心としては、どうせ神月祭を回るなら、フィンではなくリューと回りたいというのが本音だろう。だが、あいにくリューはアスフィと共に一昨日から出かけているので、一緒に回る事は出来ない。
「お前は誰か女に誘われなかったのか?というか絶対にファミリアの誰かには誘われただろう!!」
「断ったよ。気兼ねない友人と回りたかったからね。何よりもティオネに関して言えば、ホテルを予約しているとか言っていて、貞操の危機を感じたよ」
「そ、それは大変だな…」
シンは同情の目でフィンを見た。彼は何度かフィンと酒を飲んでおり、フィンから色々と話を聞いていた。その中には当然、フィンに好意全振りのティオネとの苦労話もある。
それをシンは聞いているからこそ、フィンも苦労人なんだと知っており、こいつはお疲れなんだと思っていた。
「まぁね。……祭りには行こうと思っていたけど、誘ってくれたのは幹部陣だけだったよ。どうやら、団長という立場上、気を使われているらしい。……いや、みんなティオネに遠慮しているのかな?」
「あのドワーフとハイエルフはどうなんだ?あいつらなら、問題ないだろう」
「ガレスはロキと酒を飲んでいたよ。リヴェリアは事務仕事があるそうだ。……僕としては、シンと回りたいと思っていたから誘ったんだ。迷惑だったかな?」
「距離の縮め方が早いというのが、正直な感想だ。まぁ、酒の席でかなり互いの事を話していたから問題はないけどな」
シンは自身に取ってフィンとはどのような存在か。それは一般的に当て嵌めれば最近出来た友人となるだろう。何度も酒を飲んでおり、尚且つ色々と語っている。
2人は友人関係と定義出来るだろう。
こういう経緯があり、現在シンはフィンと共に祭りを回っていた。
ちなみにシンとフィンはかなり話が弾む。互いに話していて不思議と不快感はない。むしろ、適度なストレス解消になっていた。だからこそ、シンも断っていないのだろう。
【現在に戻る】
シンはミアに頼まれた極東の珍しい食べ物を買い終えたので、いつでも帰れるようにしていた。
「屋台は何でこんなに高いんだ?悪徳商売だぞ」
「祭りに便乗しているのさ。みんなは祭りの雰囲気に呑まれて、買ってしまう。まぁ、本人たちは喜んでいるからある程度は良いんじゃないかな」
「まぁ、そうだな。……オレたちも買っているからな」
シンの手にはお土産と綿あめ、フィンの手にはリンゴ飴があった。しかも、2人の顔にはそれぞれ狐の仮面がつけられていた。これは射的の景品である。
祭りの内容は気に入らないが、祭りという存在は悪いことではない。それを胸に、シンはフィンと祭りを回っていく。
しばらく、祭りを回ったシンとフィン。彼らは聞き覚えのある声が聞こえたので、足を止めた。
彼らの視線の先にいるのはヘルメスである。
「さぁさぁ、みんな!!!立ち止まって聞いてくれ!!腕のある者はこの槍を引き抜いて見せよ!!英雄となるんだ!!!」
そんな事を言っているヘルメスを見たシンとフィンはめちゃくちゃ冷めた目をしていた。
槍を引き抜いてどうするんだと、祭りの余興か、と言わんばかりに睨んでいる。
「アホらしい」
「同意見だけど、単なる槍では無さそうだ。冒険者たちが挑戦しているが抜けていない」
フィンの言う通り、何人も挑戦しているがピクリッとも槍は動いていない。ちなみにみんな必死で槍を抜こうとしている。理由は報酬におる豪華世界観光ツアーというものだろう。それに釣られて頑張っているが、ヘルメスのやることなので本当かどうか怪しいというのがシンとフィンの感想だ。
「おおっ!!!次はレフィーヤちゃんか!!!」
「レフィーヤか…。レベル3の腕力なら抜けるんじゃないかな?」
「どうだろうな。あいつは魔導士だから、筋力はそこまで無いだろう」
シンの予想通り、レフィーヤは槍を抜けなかった。槍を抜けなかったことに悔しがっているレフィーヤ。彼女は近くにいるベル・クラネルを睨んでいる。何かと勝手にベルと対抗心を燃やしており、今回もそれ関係でヒートアップしているのだろう。
そんな彼女の次に挑戦するのはアイズだ。レベル6である彼女なら槍を引き抜ける可能性があると、観衆たちは期待していた。
「アイズで駄目だったら、かなり特殊な槍ということになるね。…もし、アイズが槍を引き抜けなかったら、僕たちも挑戦しないか?」
「本気か?」
「自信が無いかい?」
「………分かったよ。…まぁ、賞品を売れば金になるからな。やって、損はないはずだ…」
シンとフィンは挑戦することを決める。2人が話している隙にアイズが挑戦していたが、槍を引き抜けなかった。
次なるチャレンジャーは誰かというヘルメスの問いに対して、3人が手を挙げる。その3人というのはフィン、シン、そして、ベルだ。ほぼ同時に手を挙げたので、ヘルメスから順番を指定されることになった。
「まずは、【
そんなヘルメスの声と共に観衆からは大歓声が飛び交う。何よりも女性陣たちからの声援が凄まじい。
フィンは槍の柄を持つと、そのまま力を入れ、一気に引き抜こうとする。しかし、槍はビクともしない。フィンが力を緩めて槍から手を離そうとした時、頭に声が響く。
『残念ながら、君ではない。今の君では勇者になれても、本物の英雄にはなれない』
フィンは何が起きたのか分からず、唖然としながら、シンの元へと歩いていく。
「無理だったみたいだな」
「…あ、あぁ」
「どうした?」
何処か上の空となっているフィン。シンに指摘されて、普段のしっかりとしている自分にフィンは戻った。
「いや、何でもない。次はシンの番だ。僕の分まで、頑張ってくれ」
「まぁ、賞品は豪華世界観光ツアーだからな。売れば金になる。少し頑張るとするか…」
今度はシンが槍を引き抜こうと槍の前に立つ。彼が槍の柄に触れようとした瞬間にバチッ!と電気のようなものが起こり、彼の手を弾いた。
(………弾かれた。……この槍、普通ではない。というか、チャレンジする者を弾くとか不愉快な槍だな)
シンは少しイラッとしたのか、本気で槍を引き抜こうと決めた。その証拠にシンは武装色の覇気を纏っている。
「引き抜いてやるよ」
シンは槍の柄を持ち上げようとするが、フィンの時同様にビクともしない。これにやりがいを感じたのか、シンの目付きが変わった。手に力を入れ、かなり本気で槍を引き抜こうとする。
バリッバリッ!!と黒い稲妻がシンの周りに浮かび上がり、シンの近くにいた冒険者たちは気絶していく。尚、ヘルメスはかなり遠くに避難していた。何か
『痛いッ!!痛いッ!!!離してくれッ!!!無理矢理引き抜こうとするなッ!!!君ではダメだッ!!!弾いた事は謝るから、とりあえず離してくれ!!痛いッ!痛いッ!痛いッ!!!!』
謎の声がシンの頭に響く。しかし、引き抜こうとしているシンはその手を緩めない。
『ノーーーー!!!痛いッ!痛いッ!ダメだッ!!!君には資格がない!!!これ以上はダメなんだッ!!!!』
バンッッ!!!とシンの手を槍が弾いた。シンはこの槍が単なる槍ではなく、何か面倒事を持っている予感がしたので、手を引くことにした。
「かなり、迫力満点だったね。前にいた冒険者たちはほとんど気絶しているよ」
「……ちょっと夢中になってしまったな…。フィン、あの槍から声が聞こえた」
「それは僕も同じだ…。最も他の者たちは聞こえなかったらしい。アイズやレフィーヤも同様だ…」
シンが槍を引き抜こうとしている間に、フィンは挑戦した何人かに謎の声が聞こえたのか尋ねた。しかし、聞こえたと言った者はシン以外いなかったのが現状だ…。
「あの槍、最初と最後にオレの手を弾きやがった。せっかく、豪華世界観光ツアーを手に入れるチャンスだったのになぁ…。まぁ、面倒事の予感もしたから、それ以上の本気を出さなかったわけだが…」
「確かに訳ありだね…」
シンとフィンが槍を睨む中、ベルがその槍に挑戦する。
最近有名な【
だが、そんな観衆たちの予想は外れる。
『見つけた』
その言葉がベルの頭に響いた瞬間に、ベルは槍を引き抜くことに成功した。ベルは何が何だか分からない状況になっているが、周りからは大歓声が上がる。何よりも彼の主神であるヘスティアはとても嬉しそうにしていた。
「さて、賞品のスポンサーを紹介しよう」
ヘルメスは何やら神妙な顔つきでスポンサーを紹介する。
皆が注目する中、ヘルメスの刺す方向にいたのは神アルテミスだ。彼女を見るなり、ヘスティアは嬉しそうに駆け寄り、抱擁しようとする。彼女にとって、アルテミスは天界での神友なのだ。嬉しくもなる。
だが、残念ながらヘスティアの抱擁をアルテミスは躱す。そして、呆然としているベルに抱きつくのであった。
「見つけた。…私の
ベルに抱きついているアルテミス。それを見て、ヘスティアは叫ぶ。
「なんじゃそりゃーーーーーーーーッッッ!!!!?」