未知なるモンスターとの戦闘から一日経過した。飛竜に乗って数時間後、エルソスの遺跡に近づいていると分かる光景がベルたちの前に現れる。
それはアンタレスの影響で侵食されている森林だ。森が死んでいるという表現が最適だ。
「………ッ!!……来るッ…」
空から無数の光の矢と呼べるものが、ベルたち…というよりもベルの持つ槍目掛けて振り注ぐ。
シンは咄嗟に氷の壁を上空に展開したが、矢の数が圧倒的で全てを防ぐことは出来ない。
「これはマズイな。…しかも、追尾型だ…」
これでは氷の壁が壊され、光の矢が飛竜に被弾する。そうなれば、全員落下するのは明白だ。それを即座に判断したシンとフィンはそれぞれ瞬時に動き出す。
フィンは飛竜の手綱を握り先陣を切る。そして、ベルたちに指示を出して、森の中へと先導した。一方のシンは『月歩』で浮遊して、手には武装色の覇気を纏って構えている。
氷の壁が壊されると、無数の光の矢がベルの槍目掛けて飛んでいく。それを待ち構えていたシンは覇気を纏ったパンチを繰り出した。無数の光の矢はシンの繰り出したパンチの圧力波に負けて消えていく。
「さてと、終わりだな」
光の矢が全て消えたと思い、シンはフィンたちと合流しようとする。その瞬間に、ベルたちを追いかける数本の光の矢を見つけてしまう。
シンは自身のいる場所から狙えば、ベルたちにも被害が及ぶ可能性があると思い、急いでベルたちと光の矢の間に入る。そして、ズサッ!!と数本の光の矢を故意に受けた。
(これで本当に終わりだな…)
シンがそう思った瞬間に、彼の腹を刺している光の矢は全てボンッ!!!と爆発した。それにより、彼の身体は崩れ、森の中へと落下していく。
森の中に落ちたシンの身体は冷気を発しながらも、即座に元の形へと戻る。
「クソッ!!戦闘の勘が鈍ってる!!爆発を予期できなかった!!」
シンは苛立ちながらも、フィンたちの元へ戻ろうとするが、周囲には大量のモンスターが潜んでおり、シンを通そうとしていない。
(………数は28体か)
シンは面倒くさそうにしてはいるが、彼の身体からは冷気が発せられており、いつでもモンスターを殺せる状態だ。
モンスターたちを氷漬けにしようとした。その瞬間に、左前方から人の気配をシンは察知する。彼はそれが誰なのか分かっているので、冷気を抑えた。
「……『ルミノス・ウィンド』!!!!」
放たれた魔法は広域攻撃魔法だ。緑風を纏った無数の大光玉が広範囲に行き届き、シンを囲んでいたモンスターを次々と倒していき、あっという間に殲滅した。
魔法を放った人物はゆっくりとシンに近づく。
「やはり、シンでしたね。気配からして分かりました。何故ここに?」
「リュー……、………半分はお前を迎えに来たようなものだ」
「へっ!!??……ええええええぇーーーッ!!!!!?そ、それはッ!!!ど、ど、どういうッ!!!??」
思いがけない返しにリューは顔を真っ赤にして、固まっている。そんなリューを放って、シンはフィンたちの気配を探るのであった。
「何だ、ヘルメス・ファミリアと合流したのか」
シンの見る先にはヘルメスを叱っているアスフィを筆頭にヘルメス・ファミリア数人。そして、その近くにはベルたちもいる。どうやら、目的地には着いたようだ。後は遺跡内部にいるアンタレスを殺すだけ…。
……そう…これからがベルにとって、辛い事だ。
「シン君!!!無事だったんだね!!!」
ヘルメスは嬉しそうにしながら、シンのところへ行こうとするが、その前にシンのところへ向かって来るものがいた。
赤き飛竜である。赤き飛竜はまたシンに挑むのかと思われたが、それはしなかった。
「そういうことか…。どうりで実力差を見せつけられてもシンに挑むわけだ…」
「おい、勝手に納得するな」
赤き飛竜に何が起きているのか理解不明なシンとリューを他所に、フィンはおおよその目処がついたらしい。
シンは説明しろと言わんばかりにフィンを睨んでいる。
「この飛竜はシンに惚れているんだ」
「はぁ???」
「威嚇したり、何度も挑んだりしたのもシンに構って貰うためだ。この
フィンの説明を受けて、シンとリュー、その他の者たちはポカンッとしている。
まさか、飛竜が人間に惚れるなんて思ってもいなかったからだ。
「最初に威嚇して来たのも、何度も挑んできたのも…全て好意からだと?……………マジで面倒な性格だなッ!!!」
シンはイラついたのか赤き飛竜を蹴り飛ばした。
蹴られた赤き飛竜は顔をニヤッとして喜んでいる。
「しかも、ドMだ…」
蹴られて喜んでいる赤き飛竜を見て、シンはドン引きしている。そして、マジで変なのに捕まったと思うのであった。
「ベクトルは違うが、フィンの気持ちが少し分かった」
「ティオネの事を言っているのなら、僕はノーコメントだよ」
冗談交じりに話しているシンとフィンだが、別の場所では揉め事が起きていた。揉め事を起こしているのは話に出ている赤き飛竜が理由である。
「グルルルルォ!!!!」
「吠えるなッ!!!!!」
結果的にはリューの圧勝だ。彼女はかなり本気で戦ったのだろう。木刀を握る彼女の手の力が強く見受けられる。
そんな彼女に負けた赤き飛竜は悔しそうに涙を流しながら、地面に倒れていた。
「何でオレに惚れる?人とモンスターだぞ…」
「そういう意志が飛竜にはあったという事じゃないかな?」
「人とモンスターが仲良く出来るわけもないだろう」
「それは僕も同意見だ。……まぁ、そんなことよりも、今はアンタレス討伐の話をしよう」
シンとフィンは赤き飛竜の事を置いといて、ヘルメスやアルテミスたちと、これからの話をする。
エルソスの遺跡はここから数キロ先にあり、その近くにある野営地に歩いて向かう事となる。
飛竜たちに乗って、飛んではいかない。その理由は目的地が近いというのもあるが、また上空で狙われないためだ。上空では飛竜に乗って逃げるしかない。逃げ場の少ない上空よりも、地上の方がマシなのだ。
「まさか、あの飛竜がそんな感情を持っていたとはな…」
「シン、安心してください。もし、あの飛竜があなたの寝込みを襲うような真似をすれば、私が斬り刻みますから」
「お、おぅ…」
あまりの迫力に一瞬だけ圧されるシン。そんな彼の横にいるリューの目は全く笑っていない。いつでも赤き飛竜を斬れるように、剣を力強く握っている。
「それにしても、ベル・クラネル…、あなたが槍を引き抜くとは思いませんでした。…本当はもっと強いファミリアが来てくれたら良かったのですが、……まぁ、フィン・ディムナや豊穣の女主人の店員シンが来てくれただけ、…ありがたい話です」
「………そんなに大変な状況なんですか?」
「………ええ。とても大変な事に巻き込まれましたよ」
アスフィは淡々と今の現状を説明していく。森の侵食は広まり、モンスターは暴走し、近隣の村は壊滅状態。遺跡に入る事は叶わないとの事だ。
「門は開けられないか…」
遺跡へと進む道中、一同の後方でヘスティアは険しい表情をしていた。その理由として、今のアルテミスがどのような状態なのかを勘付いるからだろう。
そして、彼女はその疑問をアルテミスにぶつけるという選択肢を選んだ。
「アルテミス…いや、君は……」
「そうだ…。…私は……単なる残穢だよ…ヘスティア」
「………」
ベルたちに聞こえないよう話すヘスティアとアルテミス。そんな彼女たちを他所に一同はアスフィたちの野営地にたどり着く。そこにはヘルメス・ファミリアの団員たちや冒険者たちがいた。まだ、森は侵食されていない場所。だが、いずれはこの場所も侵されてしまうだろう。
野営地の奥には水浴びをする場所があるとのこと。女性陣たちは水浴びをするようだ。そして、それを懲りずに覗こうとするヘルメスがいるのだった。
「今こそ!!!俺たちの勇気を示す時だぁ!!!」
「「「「「「おおおおおーーーーッ!!!!」」」」」」
ヘルメスの先導にベル、シン、フィン以外の男性陣たちは彼の後ろに続こうとする。
「懲りないバカだ」
「はぁー…シン、止めるよ」
時間にして僅か数秒。シンとフィンの一瞬の攻撃によって、覗きをしようとした全員が気絶するのであった。
全員、軽く腹パンをされているだけなので、明日にはちゃんと目が覚めることだろう。
「ベル・クラネルがいないね…。それに神ヘスティアと神ヘルメス……そして、神アルテミスも…」
「……まぁ、大丈夫だろう。すぐ近くに気配は感じている。………フィン、恐らく明日には遺跡の中に入るだろうな。…そこで少年はアルテミスの正体を知る。……耐えられると思うか?」
「………分からないね。もしもの時は…、シンが殺るのかい?」
「そうなったら…そうなったらだ……。神というのはどいつもこいつも……………、ロクでなしだ」
シンは目を瞑る。彼は4人の気配を感じていた。救いを求める女神、何も知らない少年、友神の事を想い泣いている女神、そして、少年に英雄を望む男神。
この物語の結末は必ず悲しみに溢れるだろうとシンには頑なに想像出来てしまう。
(安心しろ。この世界…いや、オレの居場所を守るためなら、
「……シン?」
「……いや、何でもない」
「なら、どうだろう?僕に少し付き合ってくれないかい?」
「何をするつもりだ?」
「少しだけ鍛錬をね……」
フィンはその手に持つ槍に力を加えた。それを見たシンは仕方なしと彼に向かい合う。そして、落ちていた木の棒を拾い、構えた。
「木の棒?」
「これでもオレは剣士なんだ。まぁ、それは戦闘の手段でしかないんだがな…」
「今は剣を持っていないね…」
剣士という単語に引っかかったフィン。彼は何故シンが剣を持っていないのか尋ねた。
「色々あるんだよ。……こっちに来てから
「へぇー。愛刀の代わりはそれかい?」
「まぁ、試してみろ」
「なら、遠慮なく」
フィンは槍をシンに向かって振るう。それをシンは手に持つ木の棒で受け止めた。無論、武装色の覇気を纏っているからこそ出来る芸当だ。
「威力としては悪くないな。流石はLv.6と言ったところか…。まぁ、だからどうしたという話だけどなァ!!」
シンは勢いよくフィンを押し払う。後方に吹き飛ばされたフィン。彼はすぐに体勢を整えるが、一瞬出来た隙をシンは見逃さない。距離を詰めて、彼の腹にドンッ!!!と蹴りを入れるのであった。
「ガハッ!!」
「ほらほら、どうした!耐久力はその程度かぁ!」
シンはすかさず数発のパンチをフィンの腹に喰らわせる。
地面に倒れるフィン。そんな彼をシンは見下ろしている。
「力は及第点、速さは良い方だ。けど、耐久力が全然無い。魔法や魔道具などでカバーするのは構わないが、結局のところ基礎。土台がしっかり出来ていなければ、いずれ殺られるぞ。まぁ、オレも見聞色が中途半端だから、人のことをあまり言えないけどな」
「………痛いところを突くね…」
フィンは痛めた腹を押さえながらも、ゆっくりと立ち上がろうとする。隙だらけだと、シンはもう一発蹴りを入れようとするが、それを察知していたフィンは後方に跳んで避ける。
「そう何度も受ける気はないよ」
「……意外と余裕そうだな」
「かなりダメージはあるよ。もう少し加減してくれたら嬉しいんだが、それは僕の甘えだね」
「なんだ、分かってるじゃないか。…安心しろ、いつものように凍らせたりはしない。単なる肉弾戦だ」
シンは武装色の覇気を纏ったパンチ………ではなく、普通のパンチをフィンに繰り出した。武装色の覇気を纏えば、流石に殺してしまう可能性がある。そこはシンも弁えていた。
フィンからの申し出である鍛錬。ある程度の時間まで、シンは続けた。
「………ここまでにするぞ」
「ハァ…ハァ……ハァ……帰ったら耐久のステイタスが上がっていそうだよ。…途中何度か気絶させてくれなかったね」
「当たり前だ。気絶されたら鍛錬にならない。何本か骨を折ったからな。ほら、ちゃんと万能薬飲んどけよ」
シンは懐から上質な万能薬を取り出して、フィンに投げ渡した。
「かなり良いものだね。僕が使って良いのかい?」
「万能薬なんて、元々オレには不要だからな。あの
『シンには不要でもベルさんやリューには必要でしょ。ほら、何本か渡すから持っていくこと!!!』
豊穣の女主人で働いている同僚からの言葉がシンの脳裏に過るのであった。
(本来の用途じゃないが、問題ないだろう。まぁ、後2本あるからな。……さてと、今のうちにやれることをやるか)
シンはフィンの鍛錬を終えると、遺跡のある方向へと歩いていく。森の中を歩く彼の足取りはとても軽い。
道中、シンの行く手を阻むモンスターが多数出現したが、全て彼によって氷漬けにされた。しかし、それはその程度のモンスターたちだっただけの話だ。
(アンタレスがどの程度なのか分からないから、態々近くまで確かめに来たが……、中の気配を細かく感じられない)
そう、シンは中から発せられる大まかな黒い気配しか感じられないでいた。これはまるで何かに
「アルテミスの結界か?封印しているのは分かっているが、ここまで感じられないものか?」
シンは気配を探れないので、諦める事にした。そして、ずっと後方から付けて来た者たちの方を向く。
「はぁー………、おい!何で付いてきた!!」
「「………」」
ガサッと物音を立て、木の後ろから出てきたのはリューと赤き飛竜である。意外な組み合わせだ。
シンはリューなら実力的に道を進んでいくのは問題ないと思い、彼女と一定の距離を保って道を進んでいた。放っておいても良かったが、そろそろ野営地に帰ろうとしたところだ。ちょうど良いと思い、自分を何故付けているのかを指摘した。
「元々は私だけでしたが、この飛竜も何故か付いて来ました。本当に邪魔です…この飛竜は」
「グルルルル!!!!」
「吠えるな!!!!」
ドンッ!!と鈍い音が飛竜の方からするのであった。
「お前ら、こんな所を夜中に彷徨くな。オレの範囲内だから良いが、もし強力なモンスターが現れたら面倒だぞ」
「……ええ。そうですね。ここは危険な場所です。……ですが、シンが全て倒していたので私たちはモンスターとの戦闘はありませんでした」
「…………そうか」
「……それでここに来たシンの目的は?」
「………アンタレスがどの程度なのかを知るために来たが、無駄足だった。明日直接確かめるしかないな。……ほら、帰るぞ。明日に響くぞ」
リューの手を握り、彼女を引っ張るように歩き出すシン。不意に手を握られた事で硬直するリューだったが、その硬直もすぐに終わる。何故なら、繋がった2人を邪魔する者がいるからだ。
「グルルルルルルルルルッ!!!!」
赤き飛竜はシンの左腕をガブッと噛む。噛まれた箇所はバキッと氷の欠片となり、崩れ落ちていく。
その結果、シンとリューは手を繋いでいたという過去形へと変わる。
「この飛竜ッ!シンッ!やはり、この飛竜を斬り刻みましょう!!!」
リューは赤き飛竜をボコボコにするのであった。