冷たい海賊は欲しいものを得られるのか   作:Connect

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1.凍り

 

 

「おい、オレはいい加減にしろと言ったよな?あんた、人の話を聞く耳は持ってないのか?持ってないなら、それ相応の痛みを与える」

 

 現在進行形で『豊穣の女主人』の喧騒が、一瞬にして凍りついていた。

 原因は、酒に酔ったバカな冒険者が店員のリューに絡もうとした事だ。冒険者がリューに触れようとした瞬間に反撃しようとしたリュー。だが、それよりも先にシンが間に入った。  

 

「落ち着けよ、バカな冒険者」

 

 それで止まる冒険者ではない。冒険者は机をひっくり返して店を荒らした。

 しかも、冒険者は身の程をわきまえず喚き散らす。

 

「あぁ??なんだテメェ??ただの店員が冒険者様に指図すんじゃねぇよ!!!………………ヒッ!!!??」

 

 その瞬間に、男が物理的に凍りついた。

シンの肩を掴んでいた男の指先から、バキバキと白い霜が這い上がり、一瞬で肘のあたりまでを氷塊へと変えたのだ。

 

「悪いが、オレは勘違いしているゴミが嫌いでね」

 

 シンの瞳から感情が消える。それはオラリオの冒険者が持つ闘志ではなく、かつて弱肉強食の海で怪物たちと渡り合ってきた略奪者(・・・)の冷徹さだった。

 

「ひ、ひぃぃ!!?…う、腕が、俺の腕がぁァァ!!!!!」

 

「安心しろ。死にはしねぇ。……ただ、少しばかり痛い思いをしてもらうだけだ。身の程知らずのバカにはちょうど良いだろ?」

 

 シンが軽く指先で男の胸を指差す。その刹那、男の足元から巨大な氷の塊が噴出する。それは冒険者の体を天井近くまで突き上げた。内臓を圧迫し、骨の軋む音が店内に響き渡る。

 男は声にならない悲鳴を上げ、白目を剥いて泡を吹いた。他の仲間たちが武器を抜こうとするが、シンが床を軽く踏み抜くと、店内の温度が極限まで低下し、彼らの足首は床と一体化するように凍り付く。

 

「……やりすぎだよ、あんた!!!!」

 

 地鳴りのような怒声と共に、厨房から巨大な影が飛び出してきた。その正体はミア・グランドである。彼女はシンの後頭部を、手加減なしの拳で殴りつけた。

 

「ぐふっ!!?……痛ぇな、ミア!!相変わらずのゴリラパワーだ」

 

「誰がゴリラだい!!店の中で暴れるんじゃないっていつも言ってるだろ!!天井に氷の跡がついたらどうすんだい!!」

 

 ミアの剣幕に、流石のシンも頭を押さえてたじろぐ。

 

「……悪い悪い。だが、こいつらがリューに……」

 

「リューが自分で対処できないほどヤワな女に見えるかい!?あんたが態々しゃしゃり出る必要はないんだよ!!」

 

 ミアはそう言い捨てると、天井に吊るされた半死半生の男を見上げる。

 

「……まぁ、いいさ。こいつらの自業自得だ。シン、さっさとそのガラクタを下ろしな。それと………」

 

 ミアの言葉が終わる前に、シンは既に行動を開始していた。氷を解き、床に転がった男たちの懐を慣れた手つきで漁り始める。とても念入りに…。

 

「おい、何を……」

 

「決まってるだろ。店を汚した清掃料と、オレに手を出させた慰謝料だ。海賊の流儀じゃ、負けた奴に発言権はねぇ。強者こそが何もかもを決められる」

 

 シンは手際よく、男たちの革袋からヴァリスを全て抜き取っていく。ずっしりと重い袋をいくつか手に取ると、その半分をミアに向けて放り投げた。

 

「ほら、ミア。これで天井の修理代と、今日おごる予定だった酒代だ。それに多少色もつけている」

 

「……フン、相変わらずしっかりしているね。次同じような事をしでかしたら、あんた自身を氷漬けにして道端に放り出すからね」

 

 ミアは受け取った袋を懐に入れ、さっさと厨房へ戻っていく。シンは残りの金を自分の懐に放り込むと、まだ足が凍りついて震えている男の仲間たちを、掴みどころのない笑みを浮かべて見つめた。

 

「まだ何か用か??…金が足りないなら、次は命で払ってもらうぞ。悪いがオレは手加減しねぇ…」

 

 冒険者たちは、シンの背後に見えるロックスと書かれた海賊船のような禍々しい幻影に気圧される。そして、氷が解けるや否や、仲間を担いで逃げるように店を飛び出して行った。

 

「シン、助けは不要でしたが、一応、礼を言っておきます。間に入っていただきありがとうございます」

 

 傍らで静観していたリューが、静かに告げる。シンは軽々と手を振り、再びカウンターの隅に腰を下ろした。

 

「礼なんていいさ。……ただ、少しばかり『海』が恋しくなっただけだ。寒々しくも自由な海がな」

 

 そう言って、シンがジョッキを握ると、中身は再び彼好みのキンキンに冷えた酒へと変化していく。

 

 

 

 次の日、『豊穣の女主人』の開店前。

 シンは、ミアから命令される。内容は『ジャガイモの皮剥き100キロしろ』という地獄のようなものだ。

その通告を背中で聞き流しながら、シンは裏口からふらりと街へ出ていった。

 

「ったく、オレの財布は酒代も払えない程、心許ねぇ。仕方ない、少しばかり潜るとするか。あの理由の分からないダンジョンに…」

 

 シンが向かった先は、街の中心にそびえ立つ巨大な塔。その下にあるダンジョンだ。

 シンはギルドに登録すらしていない一般人。しかも、神の恩恵も持っていない。しかし、彼にとってこのダンジョンは、かつてのゴッドバレーに比べれば、いくらか空気の吸いやすい遊び場に過ぎない。

 

 上層から中層と、本来なら数人パーティで慎重に進むべき階層を、シンは手ぶらで散歩でもするかのように歩いていく。

 彼の目の前に現れたのは、中層の番人とも言えるミノタウロス。ミノタウロスが咆哮を上げ、巨大な斧を振り下ろす。だが、シンはその一撃を避けることすらしない。 

 

「『アイスサーベル』」

 

 シンが吐き出した息が白く凍り、手の中に一本の氷の剣が生み出された。すれ違いざまの一閃。

 ミノタウロスの巨体は、血を流す暇さえ与えられず、一瞬で内側から凍っていく。

 そして、それは結晶化した氷の彫像へと成り果てた。

 

「……脆いな。なんて退屈な雑魚だ」

 

 その後も、襲い来るモンスターを指先一つで氷塊に変え、魔石を回収していく。気づけば、足元には魔石の山が出来ていた。

 魔石を手に入れたシンは酒を買えると嬉しそうにしている。

 

 ちなみにシンは冒険者ではないので、ギルドで魔石の換金は出来ない。なので、彼はとあるツテの裏ルートでいつも買取してもらっていた。

 

「……やばいな、深追いしすぎたか」

 

 オラリオの夕刻、それは『豊穣の女主人』が最も忙しくなる海と同等と思える戦場の始まりの時間だ。

 

「まずい……ミアの奴、今頃鬼のように怒ってるだろうな」

 

 シンが酒場の裏口に辿り着いたのは、店内に客の怒号と笑い声が溢れかえるピーク時だった。

 音を立てないように、気配を完全に消して、こっそりと厨房を通り抜けようとする。しかし、立ちふさがる存在がいた。

 

「……どこへ行こうってんだい、シン」

 

 シンの背筋に、氷を流し込まれたような悪寒が走る。

 目の前には、巨大な肉の壁。否、血走った眼光を放つミアが、腕を組んで立っていたのだ。その背後には、注文の伝票を山ほど抱えたリューがシンを憐れむような視線、あるいは冷徹な視線を向けていた。

 

「……いやぁ、ミア。ちょっといい魔石が落ちてねぇかと思ってよ。少し探検してた」

 

「ほう?開店準備を放り出して、ダンジョンで小銭稼ぎかい。いい度胸だねぇ、シン。アタシの拳が段々硬くなるよ」

 

「ちょ、待て。悪かったって、今から……」

 

「遅いよ!!!何時だと思ってるんだい!!!!」

 

 ドガァァァァンッッッ!!!!!!!!!!

 

 ミアの、Lv.6の力を込められた拳がシンの脳天にクリーンヒットした。

 いくら体が氷の性質を持つ自然系能力者といえど、この店におけるミアの『鉄拳』は、もはや概念的な武装色の覇気に近い。物理を超越した衝撃が、シンの意識を遥か彼方に飛ばした。

 

 厨房の床に顔面からめり込んだシンを、ミアは鼻を鳴らして見下ろす。

 

「あんたの稼いできた魔石は、遅刻の罰金として全部没収だよ!!さっさと起きな!!洗い物が山積みなんだよ!!」

 

「……へいへい。死ぬかと思ったぜ……」 

 

 シンは腫れ上がった頭を押さえながら、ふらふらと立ち上がる。隣を通り過ぎる際、リューがぼそりと呟いた。

 

「自業自得です、シン。……ですが、無事で何よりでした。その程度の傷、氷で冷やせばすぐに治るでしょう?」

 

「……リュー。…お前、それ冗談で言ってんのか?」

 

 シンは、氷の能力者である自分に向かって氷で冷やせと言い放つ妖精に苦笑いした。

のんびりとしているシンを見て、ミアの怒号が再び響き渡る。シンは慌ててエプロンを締め直すのであった。

 

 かつての海賊団とは全く違うが、騒がしさは懐かしい。シンは鼻歌混じりに、キンキンに冷えた水でジョッキを洗い始めた。

 

 それから数時間後、団体客が現れる。

 

「……騒々しいな、今日は」

 

 シンはカウンターの隅で、汚れ一つないジョッキを磨きながら独り言を発する。

 店内の空気はいつになく熱を帯びていた。なぜなら、オラリオの二大派閥の一角ロキ・ファミリアが、遠征帰りの祝杯を挙げていたからだ。

 

(しかも、シルのやつに捕まった憐れな白兎もいるな)

 

 シンの視線の先には、真っ白な髪が特徴的な少年ベル・クラネルが店の店員シルと話していた。

 かつて化け物共と戦い、化け物共と過ごしていたシンからすれば、ベルの存在はあまりに無価値に見える。なぜ、シルが興味を示すのか理解不能だった。シンはベルに特別興味を見せることはなく、視線を手元の作業に戻す。

 

 数十分後、ベルが顔を真っ赤にして店を飛び出す。それを見たシンはこの店で食い逃げとはアホだと思うのであった。

 

(原因はあのバカ狼か…。事の成り行きを知っているミアは中々イラついているな。今は関わらないようにしておくか。……それにしても…騒がしいな。…雑魚が不愉快だ(・・・・・・・)

 

 シンが睨む先には、酒に酔った狼人族の男ベート・ローガがいる。

 

「おい、店員!!酒だ!!酒!!さっさと持ってきやがれ!!」

 

 ベートの手が、シンの肩を乱暴に突く。

その瞬間、シンの周りの空気が異様なほど冷え始める。

 

「……お前如きが図に乗るな。さっきから雑魚雑魚うるせぇんだよ。テメェこそが一番の雑魚だろうが」

 

 シンが言葉を発する。その時のシンは、いつもの掴みどころのない店員ではなく、圧倒的強者としての目をベートに向けていた。

 

「あぁ?テメェ、誰に向かって言ってん……ッ!!?」

 

 ベートがシンの胸ぐらを掴もうとした瞬間、彼の指先がパキパキと白く凍りつく。

 

「こういう時は頭を冷やせと言うのが定石かもしれないが、お前の場合は全てを冷やしてやると言う方が良いだろうな。冷えすぎて死ぬかもしれねぇが、問題ないだろう犬コロ」

 

「なんだこれはッ!!?」

 

 ベートが動くよりも速く、シンがベートを凍らせる。

 

「『アイスタイム』」

 

 シンはベートの全身を瞬時に薄い氷の膜で包み込んだ。

Lv.5の冒険者であるベートが、反応すら出来なかった。ベートはその場で氷像となる。

 

「な、何をした!!?」

 

 ベートの周りにいたロキ・ファミリアのメンバーたちはその一瞬の出来事に驚く。そして、すぐに立ち上がりシンを睨む。

 

「また、やったのかい……。シン!! あんた、また客相手に…。やりすぎだっていつも言ってるだろう!!」

 

 厨房から響くミアの怒鳴り声。だが、シンはそれを聞き流し、凍りついたベートの顔の前に、自分の顔を寄せた。 

 

「お前、さっきのガキを『雑魚』と言ったな。……オレの知ってる世界から…オレから見れば、お前も雑魚なんだよ。雑魚を雑魚と呼ぶのはお前の勝手だ。だが、そのせいでこっちに迷惑がかかるなら、その分の痛みをお前も味わえよ。お前も雑魚だ、肝に銘じろ」

 

 シンが軽く指をパチンッと鳴らす。すると、ベートを拘束していた氷が粉々に砕け散り、ベートは解放された。

 解放されたベートだが、全身をガタガタと震わせ、床に膝をつく。そんな彼をシンは見下す。

 

「……テ、テメェ何者だ……?」

 

「ただの店員だ。さて、あのガキがお前の言葉のせいで食い逃げしたんだ。あのガキの分と迷惑料をお前からいただく。全てはお前が始めたんだ。そのぐらい背負えよ」

 

 シンは、腰を抜かしているベートの腰袋から、手際よく財布を抜き取った。

ミアはそれを見て、呆れたように溜息をつく。。

 

「シン、あんたっていう男は……全く。……フィン、こいつは少しやり過ぎたが、元はと言えばあんたのところの犬が原因だ。今日のところはそいつから巻き上げた金で許そうじゃないか」

 

「……そうだね。ベートが酔うと迷惑をいつもかけていたからね。今回はこちらの責任だ。……しかし、驚いたよ。この街にはあんな『怪物』が隠れていたとはね」

 

 フィンの視線がシンを追う。だが、シンは既に興味を失せていた。リューの隣で再びジョッキを磨き始めている。

 

「……シン。先程の言葉は…あなたの心の底なのでは…」

 

「ん?何のことだ?オレはただ、うるさい犬を黙らせ、金を得ただけだ」

 

 シンは肩をすくめ氷のように冷たいエールを一口、喉に流し込んだ。その時のエールの味は何処か甘かった。

 

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