19.戦争遊戯
「ねぇ、シン。今夜の私には、この紫のドレスが良いかしら?それとも、こっちの濃い紫のドレスの方?」
その甘美なる声を部屋に響かせているのはフレイヤ・ファミリア主神、…美の女神フレイヤだ。
この場所は彼女の寝室。部屋の真ん中にはとても目立つ大きなベッドが置いてあり、その上には大量のドレスが散乱していた。
「どっちでも良いだろう……」
ベッドの横に腰掛けているシンは面倒くさそうに外の景色を眺めていた。彼は早くドレス選びが終わって欲しいと思っている。何故なら、このドレス選びが始まってから30分程経っているからだ。
「もう!!ちゃんと選んでよ!!!今日はあの子に私の美しさを見せつけるんだから!!失敗は許されないわ!!!」
「分かった!分かった!そう、興奮するな!……はぁー、その濃い紫のドレスで良いんじゃないか?」
「これね!!着替えて見せるわ!!!」
フレイヤはパッパッと着替えを済ませて、シンにその美しさを見せつけるのであった。
「どうかしら?」
「…………まぁ、良いんじゃないか」
「ふふっ!!これに決めたわ!!!シン、付き合ってくれてありがとう!!」
「……次からはお前の眷属たちに選んで貰え」
「………こういうのはあなたの担当よ。だって、あなたはちゃんと選ぶ事が出来るのだから」
シンはようやく終わったと思い、部屋から出ようとする。しかし、まだフレイヤのお願いは終わっていない。
「シン!!次はアクセサリーよ!!」
「…………マジか…」
「ピアスはどうかしら?このチョーカーは?ねぇ、髪留めはどんなのが良いかしら!!」
(後何時間かかるんだろうな………)
今夜開かれるアポロン・ファミリア主催の神の宴。今回、そこに招かれた神々たちは眷属一人を同行させる事が可能となっている。
フレイヤの情報網では、ヘスティアも招待されており、当然ヘスティアの唯一の眷属であるベルも来るだろう。フレイヤはこの機会にベルと顔を合わせるつもりだ。
「…シン、私の眷属として一緒に来る?」
「行くわけないだろう。大体、オレはお前の眷属じゃない」
「………そうね。今回は誰を同伴させようかしら?………、そう言えば、イシュタルが何か企てているようね」
イシュタルという単語を聞いて、シンは動かしていた指を止めた。闇派閥との関係もあるイシュタル。彼女はフレイヤを憎んでおり、何か仕掛けようとしているのは分かっていた。
「……シン、【勇者】と協力関係を結んでいるのだから、イシュタルのことも当然調べるのでしょう?……きっちり報告してね。もし、イシュタルが私の機嫌を損ねれば…、消すから。……ファミリアごとね」
「……その確率高そうだよな」
■
アポロン・ファミリア主催の神の宴。その次の日。
豊穣の女主人の中では眠そうにしているシンと片手に書類の入った封筒を持っているフィンが何やら話し込んでいた。
「中々、見つからないね…」
「………場所の候補はあるだろう?」
「まぁね。この資料には、その場所の確定している道の地図が入ってある。しかし、全部の道が地図に載っていないのは、情けない話だよ」
「あの場所は仕方ないだろう。一度迷い込んだら最後、二度と出て来られないとまで言われているぐらいの場所だ」
話を終えた二人。フィンは手に持っていた封筒をシンに手渡したら、店を出ようと入り口の方へ向かう。その時、外からドカンッ!!と大きな爆発音が聞こえた。
「何の音だ?」
「誰かが暴れているようだ…」
シンとフィンが店の外へ出ると、遠くの方から灰色の煙が立ち昇っているのが確認出来た。爆発音が何度も何度も響いている辺り、誰かが戦闘を行っているのだろう。
「一対一か?」
「いや、どうにもそんな感じはしない…」
フィンの勘は正しい。この爆発音はアポロン・ファミリアがヘスティア・ファミリアを襲撃しての音だ。
ヘスティア・ファミリアはベルしかいないので、アポロン・ファミリアの総力に狙われたら逃げられないだろう。
アポロン・ファミリアによる街中での襲撃。その事実をシンとフィンが知るのはそれから数分後となる。
「……というわけニャ!!!」
人づてに聞いたアーニャからの話により、この爆発音の正体を知ったシンとフィン。
彼等は18階層の件やアルテミスの件でベル・クラネルに協力したという関係性がある。だが、その事実あって尚、2人は助けに行こうとはしない。
まず、フィンはロキ・ファミリアの団長だ。他ファミリアの抗争に首を突っ込むわけにはいかない。
そして、シンはベル・クラネルが殺されないと確信しているので、態々助けに行こうなどとは思わない。せいぜい、ヘスティアが天界に送還されるだけだろうと…。
それだけなら大した問題ではない。
「まぁ、大丈夫だろう。アポロンの狙いは少年だ。殺されることはない。……………逆鱗に触れたバカな奴だ」
「誰の逆鱗だい?」
「さぁな。………それよりもロキ・ファミリアが
「それは心強いね。こちらとしてはイシュタルの方が面倒だから助かるよ…」
「……………またな、フィン」
「ああ…。またね、シン」
フィンはロキ・ファミリアに帰り、シンは店内へと戻る。
尚、この後、…ヘスティア・ファミリア対アポロン・ファミリアの戦争遊戯が開催される事が決定した。
街中は久しぶりの戦争遊戯の開催で大盛り上がりだ。
「アホらしい…。……まぁ、抗える舞台があるだけマシか」
■
オラリオ内はヘスティア・ファミリア対アポロン・ファミリアの戦争遊戯の話で持ち切りだ。
最近話題となった【リトル・ルーキー】。そんな彼がアポロン・ファミリアというオラリオでもまぁまぁ数のいるファミリアと戦うのだ。盛り上がらないわけもない。
そして、今現在、シンのいる歓楽街にもその話題は流れて来ている。
「ねぇ、お客さん。もう一杯どうかしら?」
「貰う。……悪くない酒だ。何処から仕入れた?」
シンは娼婦から注がれる酒をゴクゴクッと飲んでいる。彼のいる場所はイシュタル・ファミリアが管轄している娼館だ。
「これは極東から仕入れた物よ。私も酔うぐらい強い酒なの…。私たちの主神であるイシュタル様は色々と繋がりがあるから、こういう珍しい物も入ってくる」
「へぇー、繋がりね……。色々あるのか?」
「そうよ。……中には危ない連中と繋がっているって聞くわ。イシュタル様は神フレイヤを潰すためなら誰とでも手を組む」
「……なるほどな」
「お客さんはお酒強いのね…。少しは酔って貰わないと盛り上がらないわ…。……ねぇ、そろそろどうかしら?」
シンの隣に座る娼婦は彼の腕に纏わりつき、その身体から伝わる甘い匂いを彼に付けていく。
シンも仕方なしと娼婦を押し倒す。
「さぁ、楽しみましょう」
その言葉を最後にシンと娼婦は会話をすることはなかった。何故なら、シンにギロッと睨まれた娼婦は気絶したからだ。
「悪いが、抱く気はない。……それにしても、イシュタルは何処までも、きな臭いな…。もう少し調べる必要があるか…」
それから約1週間、シンは歓楽街で大量の調べ事を行った。今回のように娼婦と会話をしたり、こっそりイシュタル・ファミリアに忍び込んだりして…。大抵のことを調べ終えたシンは約1週間ぶりに豊穣の女主人へと帰還する。
「フレイヤは色々と恨まれていたな…」
シンはイシュタル・ファミリアに潜入していた時に聞いた、イシュタルが一人叫んでいた時の事を思い出す。
『フレイヤを倒すためなら私は全てを使う!!春姫も!!闇派閥も!!!堕ちた精霊すらも!!!!!覚悟しておけフレイヤ!!!!!もうすぐお前を潰してやる!!!!!』
「何を黄昏れているんだい?」
シンの後ろから聞こえてきたのは、ミアの声だ。朝方こっそりと戻って来た彼に気がついて部屋から出て来たのだろう。
「よぉ!!」
「よぉ!!じゃないよ!!!!」
ドンッ!!!とシンの頭にミアの拳が打ち込まれる。あまりの衝撃に店内は軽く揺れた。
「何事ニャ!?」
「どうしたニャ!?」
「何ッ何ッ!?」
豊穣の女主人の店員であるアーニャたちが店内の揺れに気づいて、慌てて下に降りて来る。もうすぐ、仕込みの時間なので全員、店の制服を着て準備は出来ていたようだ。
「シン、何しているニャ?」
「………床と挨拶している」
「バカな事を言っていないで、休んでいた分をきっちり取り戻してもらうよ!!!リューもシルもいないんだ!!さっさとしなッ!!」
「あいつらいないのか?」
何でいないのかとシンが尋ねると、アーニャからその答えが口に出された。
「リューは白髪頭の助っ人に、シルも何か渡すものがあるとかで出かけたニャ」
「助っ人……?…そうか、今日だったな…戦争遊戯」
アポロンの出した助っ人の条件に当て嵌まったのがリューであり、参加したのだとシンは悟る。
「そうニャ。……それよりもシン。その匂い気になるニャ」
「匂い?」
シンはクロエから指摘されて、自分の匂いを嗅ぐが特に気にするほどでは無いと思う。
「一発で歓楽街に行っていたと分かるくらい匂うニャ。……リューがいなくて良かったニャ。いたら、大変な事になっていたからニャ。ほら、早くシャワーを浴びてくるニャ」
そんなに匂うかと思いつつも、シンはシャワーを浴びに行く。彼がシャワーを浴び終える頃には、シルは店に帰って来ており、戦争遊戯がもう少しで始まろうとしていた。
「シン、そろそろ始まるわよ」
「シル…。帰っていたのか」
「ええ。……ベルさんは勝つわよ」
「それに興味はない………」
シンとシル、そしてミアは皆が注目する戦争遊戯が映し出されている場所を見るのであった。
今回の戦争遊戯は攻城戦。大将が戦闘不能になるか、降伏することで勝敗が決する。敗者は、勝者から要求された条件を強制されるので負けられないものだ。人数が少ないヘスティア・ファミリア側が攻める方となる。
「退屈なルールだ…」
「あんたなら速攻で終わりそうだね…」
「ミアなら全員ボコボコにするだろうな…」
「あの程度じゃ、リハビリにもならないよ」
「だな…」
(それにしても、フレイヤならアポロンを潰すと思ったが、少年の成長のために見逃したか…)
戦争遊戯は早々に決着する。ヘスティア・ファミリア陣営の作戦が見事に嵌まり、最後にはアポロン・ファミリア団長をベル・クラネルが倒して終わった。
負けたアポロン・ファミリアは全財産を没収され、ファミリアは解散、主神であるアポロンはオラリオから永久追放。これにより、今回の騒ぎは収束した。
「アポロンも終わったか…。オレとしては永久追放ではなく、アイツを殺して欲しかったけどな…」
パベルの一室から街を見下ろしているシン。彼の手には赤ワインの入ったグラスが持たれている。
「シンは物騒ね。……ふふっ、今回、私は見ることにした。だって、彼の歩む成長を止めるなんて神じゃないもの」
「あっそ……」
「シン、歓楽街での調査の結果を教えて」
「……お前が相当イシュタルに嫌われているのが分かった」
「ふふっ…イシュタルは下品なのよ。格も私より下。…彼女は私の【美】に嫉妬しているだけの憐れな女よ」