現在リューは毎朝一人で鍛錬を行っている。彼女としては、本来誰かと手合わせしたいところだが、豊穣の女主人で働く同僚たち(アーニャやクロエ、ルノア)からはやり過ぎだと文句を言われ、彼女たちからは絶賛断れていた。
尚、規格外の強さを持つ同僚のシンと店主のミアもいるが、店主であるミアには当然頼むわけにもいかない。
(…シンは、いない)
そして、もう一人の規格外の強さを持つシン。普段の彼なら、誘えば付き合ってくれることは確実だ。
だが、今は誘えない。理由としては、彼が今どこにいるのか正確には分からないからだ。
それは昨日まで遡ると分かりやすい。
【昨日】
「頼む!!!少しだけ休みをくれ!!!金欠でヤバイんだ!!!」
店の営業時間も終わり、リューたちが店の片付けをしていると、奥から声が響く。何事かとリューたちはこっそり覗くと、そこではシンがミアに見事な土下座をしている。
彼女たちはこの光景を見て、またか…と思うのであった。
「シン、その休みで何をする気だい?」
「ダンジョンに潜って、魔石を大量に得る!!そして、とあるルートで売れば、数日分の金が手に入るんだ!!」
「アンタの使う金の計算はどうなってるんだい。アンタが潜るって事はそれなりの階層だ。なのに、数日分だって?金の使い方が荒すぎるよ」
「ほとんど酒代に消えるんだから仕方ないだろう。…大体物価が上がり過ぎだ。高級な酒は年々かなり上がりやがる」
節約する気は毛頭ないと言わんばかりにシンは立ち上がる。やれやれとミアは首を横に振るが、彼に金を貸す気は微塵もないので、特別に一日だけ休みを与えることにした。
「よしッ!!」
「一日だけだよ!!それからは休みが無いと思いな!!!」
「…ッ!?お、おう」
後のことは置いておき、シンは自分の仕事を早々に済ませて、バベルへ直行した。彼は今日からダンジョンへ潜るようだ。
【現在】
その昨日の出来事があり、今日一日もリューはシンに会うことは叶わないだろう。
「シンがいなくて寂しいのかニャ?」
「あ、アーニャッ!?…寂しくなどありません。どうせ、明日には彼と会えますから」
「本当かニャ?この間、1週間ぐらいシンが出かけていた時、リューはこっそりシンの部屋に入っていたニャ」
「何故それをッ!?」
「リュー、軽く変態ニャ。まぁ、それは置いといて、大切ならちゃんと捕まえておくべきニャ。…この間、シンは歓楽街に行っていたから、放っておくと、また行くかもニャ」
「……」
カタンッとリューの手から木刀が地面に落ちる。アーニャは音のした後方をそっと振り向くと、そこには瞳に光のないリューが棒立ちしていた。
余計なことを言ってしまったと思うアーニャだが、言葉にしたのでもう手遅れだ。
「…………………………アーニャ」
「は、はいニャ!!!」
「……本当ですか、さっきの話」
「ほ、本当ニャッ!!」
「……そうですか」
最早、鍛錬のことなど忘れているリュー。彼女は木刀を拾うと、フラフラと自身の部屋へ帰るのであった。
尚、その日のリューはとても不機嫌であり、店内で喧嘩をしていた夫婦の夫が暴れ出した時は、普段なら店を追い出すか脅すだけに留まるのだが、今回は半殺しにまでするのであった。
「リュー、やり過ぎよ」
「…シル」
「どうしたの?今日は変よ?」
「…いえ、何でもありません」
店内に散乱した物を片付けて行くリュー。彼女の内心としては早くシンと会い、歓楽街での事を聞かなければと思っていた。本当に聞いた話が事実なのかと。
そんな彼女の近くでは、ボコボコにされた夫を介抱する妻とシルが話をしていた。シルは何があったのか尋ねていたのだ。
「実は…」
妻の話によると、魔石製品製造業と商店の手伝いで日々生計を立てているらしいが、夫の賭博癖のせいで娘のアンナと更には家まで失ったらしい。
どういった場所、どのような相手と賭けをしていたのか聞いた後、リューは最初から娘が狙われていたと分かった。
「アストレア・ファミリアがいてくれたら」
その言葉がリューの心を少しだけ動かした。
今は無き正義のファミリア。彼女は止めたはずだった。何も知らない他者の救済、見返りを求めない無償の助けなど…。
かつて復讐に手を染め、冒険者の地位を剥奪された自分に正義を背負う資格は無いのだからと…。
『リオンは難しい事を考えちゃ駄目よ』
何処からか聞こえた亡き友の声。リューは歩み出す。
その日の夜、情報を得るために賭け事が行われた場所に彼女は向かった。いつもなら最初は穏便に済まそうとするところだが、彼女はとても機嫌が悪い。今回は、その場の全員をボコボコにして、情報を聞き出したのだ。
翌日の夕方、リューの手紙を受け取ったアスフィが彼女を訪ねに豊穣の女主人へとやって来ている。
アスフィの話からオラリオの治外法権である
「リオン、今回の件には関わらない方が良い」
カジノに侵入するのは困難であり、オラリオでもそれが出来るのは数名程度だろう。その中にリューが入ることはない。
「そう言えば、シンさんはいないのですか?」
アスフィがシンの名前を出した瞬間に、リューの持っていたコップがバキッ!!!!と割れた。
「すみません。力を入れ過ぎました」
「何かあったのですか?」
「いえ、何でもありません」
「何でも無いようには見えませんが…」
「何でもありません」
リューは店の奥へと戻って行く。絶対に何かあったと思うアスフィだが、リューの圧に抗うことなど出来るわけもなく、聞こことは叶わなかった。
「全く!!あのバカ!!帰って来たらタダじゃおかないよ!!!」
ミアの怒りは頂点に達していた。その理由はもちろん、帰ってこないシンが原因である。
シンは本来なら今日帰って、豊穣の女主人で仕事をしている筈だったが、彼はシルにこっそりと伝言を頼み、あと数日休むことをミアに伝えたのだ。
「まだシンには会えませんか…」
「リュー?大丈夫?」
シルは昨日から元気のないリューを心配する。
「え、ええ…。問題ありません」
「リュー、大丈夫よ。シンは歓楽街で調べ事をしていただけだから、誰も抱いていないわ」
アーニャから事の詳細を聞いていたシルはリューが何をずっと気にしているのか分かっているので、彼女を安心させるための言葉を口に出した。
「抱くッ!?シル、そのような発言は…」
「違った?リューはずっと、それを気にしていたんじゃないの?」
「それは…」
「大丈夫よ。シンに聞いてみれば、一発で分かるわ」
リューとしても、早くシンに聞いてみたいところではあるが、彼はそれから2日経っても帰って来なかった。
「……」
「リュー、難しい顔をしてどうしたの?」
「…シル」
「ねぇ、見て大賭博所の招聘状を手に入れたわ」
「どういうことですかッ!?これは…」
一昨日、リューの話を聞いたシルは色々と根回しを開始していた。この招聘状もその一つ。
これは本来なら、国の要人に送られるものだ。それを簡単に手に入れて見せたシルに、彼女の人脈は凄まじいと思うリューであった。
「これで私達もカジノへ行けるわね」
「そうですね。えっ!?私たちッ!?シルも来るつもりですか!?」
「ダメ?」
「危険です!!!」
「大丈夫よ。リューから離れないから。それに貰った招聘状には伯爵夫妻二名様って書いてあるから一人だと怪しまれるわよ。…ね?」
(断れない…)
かつてアーニャやクロエがシルを魔女と表現したのがリューは少しだけ理解出来た。
「分かりました。しかし、絶対に私の側から離れないでください。これは危険な捜査ですから」
「はーーーいっ!!私、一度カジノに行ってみたかったんだぁ」
「…そうですか。ん?シル、夫妻というのは?」
「大丈夫。衣装も用意しているから」
シルはニッコリと笑顔を見せる。
■
オラリオ南方。繁華街の一角に存在する大賭博所区域。
その入り口、メインストリート沿いの巨大アーチ内にて、一つの馬車が止まる。
「手を…」
一人の美しい
「ふふっ、ありがとう貴方」
「シル、からかうのは止めて下さい」
「私たちは夫婦なのだから、これぐらい普通よ」
大胆なドレスを纏うシルと完璧なまでの男装をしているリュー。二人は伯爵夫妻として、カジノへ足を踏み入れる。
二人が歩いている道中、ガネーシャ・ファミリアやギルドの用心棒など多く配備されているのを見かけた。
そして、その中にはガネーシャ・ファミリア団長のシャクティもいる。リューとしては、彼女との戦闘になどならない事を祈るばかりだ。
「わぁ!!!凄いわね!!!」
リューの考えとしては、まず目立つだ。羽振りの良い上客となり、向こうからもっと高額な賭けをしないかと誘われなければならない。だが、リューたちにはそこまでの金は現在手元にない。なので、次善策である賭けに勝ち続けることが今すべきことなのだ。
「僕、やっぱり帰ります!!!!まだ、新居の引っ越しが終わってないんです!!!」
その声の主はベル・クラネル。シルの想い人である。
ベルはモルドという18階層で絡んで来た冒険者たちに、この場へ連れてこられたようだ。尚、モルドたちはちゃんと反省している。
「クラネルさん」
「あっ!!」
「しっ!私たちの素性を大声で明かすような真似は控えてください。今は訳あって貴族として潜入しているので」
少しだけ事情を説明し終えると、それを了承したベルは小声で話す。
「じゃあ、シンさんも潜入してるんですね」
「「ッ!?シンがここにッ!!?」」
「は、はい。さっき、そこでポーカーをしていました」
ベルの指さす方向にはポーカーをするテーブルはあるものの、シンの姿はない。どうやら、別の場所へ移動したらしい。
「まさか、シンが来ているなんて…。ねぇ、ベルさん」
「はい、何ですか?」
「少しだけルーレットをしてみませんか?私が貸しますよ。負けても構いません。もし、買ったら色を付けて返してくださいね」
シルに促されるまま、ベルは賭けを始める。最初はまぐれかと思われた。だが、それが段々と彼の幸運なのだと一同が気づき始める。気づけば、大量の額をベルは稼いだ。
「では、いただきますね」
「クラネル、どうもありがとう」
色を付けてチップを大量に受け取ったシルとリューは自分たちもそれを使い、賭けを始めていく。
二人は基本、大賭博所側の進行役は有利なので、それとの直接対決は避けて客同士のポーカーを狙った。
「ストレートフラッシュ!!!」
リューはファミリアの悪友に鍛えられた腕で次々と勝っていく。偶に負けることもあるが、それすらも計算の内。勝負所では負けない。
噂が噂を呼び、伯爵夫妻の話が飛び交う。それこそ、シルの狙いであり、彼女の腕だ。
「これで恐らく…」
リューの予想通り、オーナーからの招待が届く。二人はビップルームへ足を踏み入れた。
そこはオラリオの治外法権。様々な客がいる。
「オーナー、また新しいお客様ですかな?」
「ええ。アリュード・マクシミリアン殿とそのご夫人のシレーネ殿です」
リューとシルが案内されたテーブル。そこにも当然客は何人もいる。その中に、
「ッ!?」
リューは驚く。何故なら、そのテーブルには普段と違って、スーツで全身を決めているシンと彼の隣に見覚えのない美しい小人族の女性が席に座っていたからだ。
「…驚きだ」
シンもまた、リューとシルを見て、驚いていた。
後編は明日投稿します!
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