ダイダロス通りの本格的な調査を開始すると、フィンからシンに手紙が送られた。その内容から、ロキ・ファミリアの人員をかなり動員するとのこと。
シンとしては、ロキ・ファミリアで片が付くのなら、それで全く問題ないと思っている。豊穣の女主人での日常を過ごして、関わっていた面倒事が解決されるのはとても喜ばしい事だからだ。
シンが引き受けたイシュタルの方も、もう少しでイシュタル自身が暴走して、フレイヤに滅ぼされる。それはほぼ確定しており、その時期も近い。そのように、彼は考えていた。
「もう少しで落ち着きそうだな。……まぁ、ロキ・ファミリアがヘマをしなければの話だが…」
「彼等がヘマをしたらどうするの?」
野菜の皮むきをしているシンの隣にヒョンッと現れて、彼に言葉をかけたシル。小悪魔な笑みを浮かべている彼女は明らかにシンをからかいうためにやって来ていた。
「ロキ・ファミリアの半数以上が死に、ロキ・ファミリアが諦めた瞬間、オレが動くつもりだ。めんどくさいけどな…」
「そうね。そこまで行ったらシンの案件ね」
「本来ならお前のところが行くべきなんだけどな」
「嫌よ、こっちは忙しいの。分かっているでしょ?」
シルはツンッツンッとシンの頬を指で突く。鬱陶しいと言わんばかりに彼女の指を払い除けようとしたシンだが、その前に彼女はそっとシンから離れた。
「ったく、邪魔をするな」
「シンが冷たい…。……グスンっ…」
シルのそれは嘘泣きだとバレバレだが、真に受けるものもいる。そう、リューである。
「シン、何故シルが泣いているのですか?」
「そいつに聞け」
「リュー!!シンが私をイジメるの!!」
「嘘をつくなッ!!!」
「シン!!もっとシルを大切にッ!!」
「アホ、真に受けるな!!」
「アンタたち、うるさいよ!!!サボってないで働きな!!!」
厨房から発せられたミアの怒号で、それぞれがそれぞれの仕事へと戻る。やはり、この店ではミアが絶対的存在だ。
そんなシンにとって何気ない普通の日常を過ごしてから3日後のこと。
シンはベル・クラネルがイシュタル・ファミリアに強襲され、攫われたことをフレイヤから知らされた。
「予想が少し外れた。戦いを仕掛けると思っていたが、まさか、地雷を踏むとは…。というか、どこから少年のことを知ったんだ?」
「ヘルメスの仕業よ。私がイシュタルを潰すように事を進めた。…ベルを態と使ってね」
「どうするつもりだ?」
「当然、イシュタルを潰すわ」
その時のフレイヤは表情にこそ出さないが、圧倒的な怒りを放っていた。彼女の怒りを買ったイシュタルは終わりだろう。
「シン、貴方に見せてあげるわ。私の怒りを」
「良いだろう。見ておいてやる」
その日、歓楽街は燃えた。フレイヤ・ファミリアの無慈悲なる強襲。フレイヤの地雷に触れたイシュタルの末路はもう決まっている。
「あそこにイシュタルがいるわね」
「本当にお一人でよろしいのですか、フレイヤ様?」
「そう思っていたけど、護衛が必要よね。…シン。私と共に来なさい。
「……はぁ~。ダルっ」
その場にいたオッタルを除く、フレイヤ・ファミリアの幹部たちはシンが護衛に選ばれたことに対して、眉をひそめる。
何故、ファミリアの団員でもない男が選ばれたのかと…。そして、内心では一番強いのもシンだと分かっているので文句は言えない。
「シン、私の行く道に邪魔があるわ」
「オレはお前の眷属じゃないぞ」
「知っているわ。でも、私の言うことは聞いてくれるでしょ。だって、あなたにとって、
「チッ!!」
シンは力強く拳を握る。そして、拳に武装色の覇気を纏い、そのまま目の前にある建物目掛けて、それを放った。
その威力をシンはセーブしているが、イシュタルのいる建物の手前まで破壊した。
「これで真っ直ぐ進めるわね」
「オレはゴミ掃除する人かッ!?」
「良いじゃない。早く進めるのだから。さぁ、行きましょう」
イシュタルのいる建物の真下につくと、イシュタルは歓楽街を現在進行系で強襲している者たちの長であるフレイヤを睨んだ。
「もう、終わりなのよ…イシュタル」
フレイヤはイシュタルの下へと歩いていく。その道中、イシュタル・ファミリアの者たちがフレイヤとシンを襲うが、シンによって、一瞬で全員氷像へと変えられた。
「まぁ、この程度の奴らだな」
「ふふっ…ありがとう。私は力を使いたくないから助かるわ」
そんな軽い話を済ませながらも、シンとフレイヤはイシュタルの下へと歩いていく。そして、ついにフレイヤとイシュタルは顔を合わせた。
「あんなガキのためにここまでするのかぁ、フレイヤぁ!!」
「今までは笑って許せたけど、あの子はダメなの。イシュタル、さようなら」
「おい!!そこの男!!!私を助けろ!!!そうすれば、とても良い思いを…」
「黙れ、オレに話しかけるな醜いゴミが」
「なっ…」
「お前は神の中でもかなり醜いぞ」
美の女神であると自負しているイシュタルは男に正面切って醜いゴミなどと言われたことはない。
そのショックは計り知れない程の大きさを持っていただろう。
「私は美の女神だぞ!私こそが一番美しいのだッ!!」
「ふっ、アホか。お前などオレが出会って来た者たちの中でもかなり醜いぞ。身の程を知れ」
「……き、貴様ぁぁ!!!!」
怒り狂うイシュタル。そんな彼女の後ろから彼女の男と思われる人物がフレイヤを襲おうとする。
だが、フレイヤの美により魅力された。
これにより、フレイヤの美がイシュタルの美より上だと、イシュタルに認識させたのだ。
「……何が違う!!!私とお前の何が違うのだぁ!!!」
「品性」
(直球だな)
「………ッ!!!!!!!!」
イシュタルをフレイヤに襲いかかるが、難なく避けられる。そして、イシュタルはフレイヤにビンタされ、塔から落ちていく。その数秒後に光の柱が天に届く。イシュタルは天界へと送還された。もう二度と下界には降りて来られない。
「終わった、終わった…」
シンはさっさと階段を降りているが、フレイヤはベルの方を見て、一言だけ呟いた。【愛している】と…。
「帰ったらシャワーを浴びないとね。イシュタルの下品な臭いが移っているかもしれないから。シン、あなたもシャワーを浴びなさい」
「そんなに臭うか?」
「リューなら、気づくわよ。ちゃんと湯船に浸からないとね」
「…………マジか…」
湯船に浸かるのは力が抜けるので、シンはあまり好きではない。だが、気づかれて面倒事になるよりはマシだと、彼は湯船に浸かることを余儀なくされる。
■
ロキ・ファミリア団長、フィン・ディムナ。彼は現在、治療のためディアンケヒト・ファミリア管轄の治療院で療養していた。と言っても、傷はほとんど完治しており、明日には退院出来るのだが…。
「不甲斐ない…」
「そうやって暗い顔をしていれば、何か変わるのか?だとしたら、ずっとそうしていろ」
いつの間にかフィンのいる部屋に入って来たのは、果物がたくさん入ったバスケットを手に持つシンだ。
「………シンッ!」
「イシュタルの方に集中していたから気づくのが遅れた。お前、死にかけたんだってな」
ロキ・ファミリアでは情報統制が行われているが、シン自身が動けば情報を得ることは容易い。
何よりもフレイヤ・ファミリア自身の情報網もいざとなれば、使える。やはり、情報戦も必須だ。
「……あぁ。情けないことにね」
「何があった?」
「僕自身が弱かった。そして、ファミリアの弱さも出た」
何があったのかを正確にフィンはシンに伝えた。まず、
ヴァレッタから得た情報を元に考えられる詳細により、人造迷宮はかなり広いと思われ、そこは鍵が無ければ、攻略は困難との事だ。
そして、何よりもフィンは赤髪の怪人の成長スピードに驚愕していた。以前より遥かに強くなっており、殺されかけたのだから無理もない。
フィンは戦闘において、自身の一瞬の迷いが敗北を招いたと反省している。団長たる自分が倒れた瞬間に、ファミリアの機能が半減したのだから…。
「クソッ!!今回は完全にこちらの敗北だ……。……僕の慢心のせいで、リーネたちを守れなかった……」
「死人が出たか…。まぁ、気にするな。人はいつか死ぬ…。それに戦場だ…。自分の身を守れなかったバカ共が悪い。そいつらの自己責任だ」
「シンッ!!!」
「間違った事を言っていない。まぁ、その問答をお前とするつもりは無いが…。しかし、地下にそんな物を作っているとは…。…何百年と時間をかけて作ったのか」
人造迷宮の存在はシンとしても驚くべきものだ。ダイダロス通りの何処かに闇派閥の隠れ家があるのは彼自身も何となく察していたが、まさか疑似迷宮があるとは思わなかった。
「敵に圧倒的な地の利がある。精霊の分身の成熟…、オラリオの壊滅…、ダンジョンの蓋が開き…、モンスターと人類…、戦乱の世の始まりだ」
「最悪の展開か?」
「ああ」
「そうならないために、お前等が対応するのだろう?」
「もちろんだ、この雪辱は必ず果たす」
フィンは決意を固めるが、何処か焦っている。内心では、やはりと言うべきか…仲間を失い、後悔しているのだろう。
「シン、こちらからも聞きたい事がある」
「イシュタルの件だろ?」
「ああ。何故、フレイヤ・ファミリアがイシュタル・ファミリアを滅ぼした?前からイシュタルがフレイヤに対して、ちょっかいをかけていたのは知っているが、それを気にする素振りはフレイヤには無かった。何故この時期にイシュタルを?もしかして、シンの仕業かい?」
この時期にフレイヤ・ファミリアが動く理由。もしかして、シンが動いたのではないかと、フィンは考えた。しかし、その考えはシンは即座に否定する。
「そんな面倒なことをするわけないだろう。完全にイシュタルがフレイヤの地雷を踏み抜いただけだ」
「地雷ね。イシュタルがフレイヤの男に手を出したという噂。あれは本当なのかい?」
「さぁな。まぁ、イシュタルが消えたのだから闇派閥の資金源が一つ消えて良かったじゃないか」
「事はそう簡単じゃない。人造迷宮攻略のために必要な鍵を手に入れなければ、僕たちはただ見ているしか出来ない」
「鍵?何だそれ?」
「人造迷宮に入るための鍵さ。僕たちにはそれが必要だ。……鍵は複数あると僕は考えている。その情報をイシュタルから聞きたかったが、天界に送還されては聞きようがない」
フィンから鍵がどのような物なのかを聞いたシン。彼はそれに見覚えがあった。恐らく、18階層で拾った魔道具だろうと…。
だが、分かって尚、彼はそれをフィンに渡すつもりはない。その理由は単純に自分が使うためだ。フィンの話から、何個かあるのは分かっており、そっちを見つけて使えば良いだろうと思っていた。何でも与える気は彼には無かった。
「当面の目標はあの鍵を探すことにするよ」
「…そうか。なら、頑張れ」
「もう行くのかい?」
「買い出しの最中だからな。あまりにも遅れて帰ったら、ミアに殴られる。フィン!…退院したら、店に来い。酒ぐらいなら奢ってやるよ」
「金はあるのかい?」
「最近、大量の金を手に入れたから、飲み代には困らない」
シンの言う大量の金とはイシュタル・ファミリアにたっぷりと溜め込まれていたイシュタルの財産の事だ。ギルドやガネーシャ・ファミリアが事故処理をするためにやって来た時、それを見つければ彼等が没収するのは目に見えていた。だから、シンは全て回収したのだ。そのおかげで彼は金欠が遠い存在となり、絶賛かなり機嫌が良い。
「まぁ、あんまり無理するな」
「その言葉は痛み入るよ」
「………」
パタンッ!!と扉を閉めると、シンはミアから頼まれた買い出しの続きを行うのであった。