──────これは彼が見ている夢だ。
──────いや、悪夢と言えるかもしれない。
それはあまりにも現実離れした光景だった。
昨日まで、活気づいていた街は燃え盛り、街のあちらこちらには国民の死体が、それが当たり前のように転がっている。
(これはッ!?何が起きているんだッ!?)
ルドガーは先程まで、王位継承の資格を得るための儀式を王国から南方にある森。その場所にある遺跡を攻略し、最深部に飾られていた宝玉を手に入れた。後は持って帰れば、王位継承の資格を得られる。
そう思い、いざ国に帰ると、この有り様。
彼には何が起きたのか分からない。最早、この光景が現実なのかも分からなくなっている。
それでも何が起きているのか確かめるために、この国の王。つまりは父親であるアザーティ・フィリップのところへと走り出す。
「親父ッ!?何が起きて…」
王城の中にある王座の間。その場所に辿り着いたルドガーは驚愕する。
何故なら、オーディール王国で一番強いとされる国王フィリップが、右腕を斬り落とされ、身体は傷だらけの状態で倒れていたからだ。斬られたと思われる傷口は所々
「親父ッ!」
ルドガーはすぐに駆け寄ろうと走り出す。そんな彼を見た国王フィリップは掠れた声で言葉を発する。
「…に…、逃げろ…、ルドガー」
その瞬間に、ルドガーは目を覚ます。
「はぁっ…はぁっ…はぁっ……、ここはッ…」
「シンッ!!?大丈夫ですかッ!?魘されていましたが…」
「…あ、あぁ。大丈夫だ。少し変な夢を見ただけだ。…それと【シン】と呼ぶな。オレはルドガーだ」
ルドガーは先程まで疲労を少しでも落とすために眠っていた。
ダンジョン、それも深層内で、この様に眠るなど自殺行為だが、リューと交互に見張りをする事で問題は解決される。
何かあれば、起きているものが起こすだけの話だ。
「オレは十分眠ったから、次はお前の番だ」
「いえ、私は大丈夫です」
立ち上がって歩き出そうとするリューだが、明らかに足取りがおかしい。
「大丈夫に見えない。良いから休め。倒れられても面倒だ」
「し、しかしッ!」
「
「えっ!?」
「……オレは今…、何を…?」
何故か口に出した言葉。ルドガーは唖然とする。
そして、何となく理解した。これがリューの知っているシンという人物の言葉なのだと…。
「シン?」
「……ルドガーだ。とりあえず眠れ。ここを出るのには、お前の力が必要なんだ」
「え、ええ。では、お言葉に甘えます。…ルドガー、見張りをお願いしますね」
リューはそっと眠りにつく。
「……」
(クソッ!!あの夢も、さっき出た言葉も、全てオレの…、いや、【シン】のものか、。……本当にオレの身に何が起きたんだ?)
■
「ルドガー、あなたに一つ聞きたい事があります」
歩いている道中、突如としてリューから質問された。
「聞きたい事??」
「…………神をどう思いますか?」
リューはいつからシンが神を嫌っているのか気になっていた。それ故の質問。彼女からの質問を聞いたルドガーはその質問の意図が分からない。
だが、真剣に聞いているリューに対して、彼は正直に答える。
「神か…。お前の指す神は世間一般に浸透している最高権力を持っている天竜人の事か?それともオレたち一族が信仰している
「信仰ッ!?あなたがッ!?」
「そこまで驚くことか?まぁ、正直なところ、太陽神ニカも最高神アザトースもどうでも良い。一族の奴らが昔から信仰しているから、仕方なしにだ。信仰の儀式には参加しているけど、いまいちピンと来ていない。……それでどっちだ?」
「す、すみません、そもそも天竜人とは何ですか?…信仰という観点からニカとアザトースは何となく察することは出来るのですが…」
「知らない?このオラリオはどれだけの田舎なんだよ。もしかして、島の外からの情報が来ないのか?だとしたら、とんでもない場所だ。…まぁ、ひと言で言えば、天竜人はゴミだ。神を名乗る愚かな人間だよ」
天竜人とは自分たちを人間とは違う神の末裔と称し、世界政府の下で絶対的な権力を振るっている者たち。
彼等は一般人を奴隷にしたり、前を歩いただけという理由で人を何人も殺したりしている。
何しろ世界政府加盟国でなければ、人権は無いとされているのだから、天竜人も気にせず行う。
その振る舞いをしても基本的に報復されないのは、巨大な世界政府と海軍本部が後ろにいるからだ。天竜人に手を出せば、海軍本部より大将率いる軍艦10隻が即座に派遣されたり、世界最強の諜報機関が殺しに来る。
最早、それは権力の暴走者として存在しているのだ。
そして、これは周知の事実であり、天竜人を知らないというのはとても珍しい。それこそ、天竜人が来ないような辺境か、はたまた外界の情報が全く入らない鎖国国家。
どのような形でも珍しいと言える。
「私の言う神とは、恐らくあなたが信仰を行っているニカとアザトースと酷似していると思います」
「なるほどな…。それを踏まえてどう思っているのかと…。ぶっちゃけ、どうも思っていない。正直、神なんて存在しないだろう?」
「存在しない?いえ、存在はします。それも数多く」
「ここではそういう風習なのか。まぁ、何かに縋るのは否定しない。自己都合を押し付けて願うのは、人としては当たり前だ」
人の心はとても弱いことをルドガーは知っている。だから、人が何かに縋ることを否定しない。
むしろ、それで救われるのなら、それもありだと思っていた。例え、神という存在に縋ろうが、それこそ人なのだと…。
「ん?ここは?」
「これは…
リューとルドガーの二人がたどり着いたのは、迷宮37階層に存在する闘技場の入り口。
その場所は次産間隔が無くモンスターが一定の数まで無限に産み落とされる大型空間。ここでのモンスター達は常に互いを殺し合い続けており、立ち入ればモンスター達に囲まれて嬲り殺しに会うのは確実。
それ故に階層主以上の危険度とまで呼ばれている。
あのロキ・ファミリアですら、決して足を踏み入れようとはしない場所だ。
「この道しか無いのかッ!?」
リューは来たくてきたわけではない。真っ直ぐ、一本道を進んだ先にその入り口があっただけの話。
そもそも、迷宮は最早変わり過ぎている。精霊のせい?もしくは異端児が生まれたせい?いや、シンと同じ異物が根を張っているせいなのかもしれない。
(ここを通らなければいけないのかッ…。しかし、闘技場の入り口があるという事は、かなりの危険を伴うが正規のルートには戻れる。もし、ここをスルーして、別の道を探せば、もう正規ルートには戻れない可能性が高い。どうすれば…)
「ゴチャゴチャと何を考えているのかは知らないが、ここを通れば正しい道に戻れるのだろう?だったら、行くしかないだろう?モンスターも程度が知れている」
ルドガーは構うことなく、闘技場の中へと入って行く。
中に入った時、彼が最初に見たのは多数のモンスターたちが殺し合っている状況だ。
そして、その場所に踏み入ったルドガーを見て、モンスターたちは互いの殺し合いを止め、一斉に大きな遠吠えを行った。
これはこの場にいるモンスターが、愚かにも侵入した獲物を狩るための行動だ。
「なるほど、人は共通の敵か…。殺し合いを止める程、人を殺したいと…。流石はモンスターだな」
ルドガーはその身体から冷気を発すると、向かって来るモンスターを全て凍らせた。
そして、どうでも良さそうに歩き出す。
「リュー、行くぞ」
「…ええ」
(やはり、シンの能力は強い。勝敗が一瞬で決まる)
他者を瞬時に凍らせる能力はやはり強く、敵を圧倒する。闘技場で無限に発生する深層のモンスターでさえ、それは変わらない。
「案外、数が多く、鬱陶しいな…。(ギロッ!!!!)」
ルドガーの放つ覇王色の覇気が、
その事を知らない、否、知る由もないルドガーは、最凶最悪の餌食となってしまう。
ドンドットット!! ドンドットット!! ドンドットット!!
『─(にかっ)!!!───────ヒャッハハハ!!!』
深層から放たれる圧倒的な覇王色の覇気。27階層の時、それは
シンの覇王色の覇気を感じるごとに、彼の力は強まっている。それすなわち、目覚めが加速しているのだ。
「こ、この圧力はッ!?」
あり得ない程の圧力に、ルドガーは潰されそうになる。最初は単なる圧力。
たが、それは徐々に強まっていく。ルドガーがまだ気絶しないのは、自身の覇王色の覇気で防御しているからに過ぎない。
「苦しいッ!!…何だ、この覇王色はッ!?…。親父の覇王色よりも、圧倒的に強い…」
ルドガーはその場で苦しそうに跪く。立っていられない程の圧力を受ければ無理もない。
「シンッ!?」
「ルドガーだ…。いい加減、…慣れろよ…」
ルドガーの能力が、深層から放たれる覇王色の覇気によって解けていく。それが意味するのは凍らされていたモンスターが、動けるようになったということだ。
「…ッ、クソッ!こんな覇王色があるとは…。リュー、お前は大丈夫なのか…?……圧力を感じないのかッ?」
「…え、ええ。私は特には…。それよりも、早くこの場から離脱しましょう!!モンスターが迫って来ますッ!!」
その言葉を発する時には、もう時すでに遅しだ。
モンスターたちは最初にリューを殴り飛ばした。そして、常に覇王色の覇気を受け続けているルドガーにモンスターは刃を向ける。
ルドガーは、自然系の能力者だ。通常なら覇気や海楼石、能力の弱点などで攻撃しない限り、ダメージは入らない。
だが、今のルドガーは圧倒的覇王色の覇気を受け続けていることによって、能力が無効化されている状態だ。モンスターの攻撃が通じる可能性が大いにあるのだ。
「…ッ」
(これは…、ヤバい…)
モンスターの刃がルドガーを殺そうと振り下ろされる。動けないルドガーに死が近づく瞬間だ。
しかし、その刃がルドガーに届くことはない。
何故なら、リューがその身を挺して守ったからだ。
「なッ!?」
「シン、…あなたが私を助けてくれたように、私もあなたを助けます。…あなたにとっては些細な事かもしれない…。それでも私は救われました。…シン、私はあなたを愛していますよ」
リューの身体が斬られたことで、彼女の身体から血飛沫が上がった。そして、それはルドガーの顔にもかかる。
リューはその場で倒れるのであった。
「ッ…、ッ、………ッ!!……ッ!!!!」
それを見たルドガーは頭が破裂するような、激しい痛みに襲われる。それはフラッシュバックと呼ばれるものだ。
自身の大切な人が斬られた。そのシーンは、
「……ッ!うわああああああぁぁぁぁぁッ!!!!!?」
(思い出したッ!!何もかもをッ!!オレが何故、名を捨てて、シンと名乗っていたのか…!!ロックスの船にいた事もッ!!豊穣の女主人で働いていた事も、…全て思い出したッ…)
■
──────それは遠い過去の記憶。
──────彼にとっては忘れられないもの…。
王城の中にある王座の間。その場所にて、ルドガーは傷だらけの状態にある自身の父親であり、国王でもあるフィリップに駆け寄った。
「…に…、逃げろ…、ルドガー。…奴がそこに…」
しかし、フィリップから告げられた言葉は逃げろ。
どういう事なのかと、フィリップが指差す方向を振り向いたルドガー。だが、その瞬間に彼は斬られたのだ。
「ッ!!!!!?」
一瞬、ルドガーは何が起きたのか分からなかった。気づいた時には自身の腹から血が噴き出ていたのだ。
それが意味するのは、敵の刀を振るうのスピードが尋常ではない程速かったのだ。
ルドガーを斬ったのはスキンヘッドに丸眼鏡、白い和装が特徴的な人物。その手には禍々しい刀が握られている。その者に斬られたルドガーはその場に倒れ込む。
ルドガーを斬った者の名はイーザンバロン・V・ナス寿郎聖。
世界を治める世界政府の最高権力【五老星】の1人だ。
「……ルドガーッ!!!!」
倒れたルドガーを心配するフィリップ。
そして、それとは別にルドガーを斬ったナス寿郎聖は、どうでも良さそうにフィリップへと近づく。
「五老星ッ!!…貴様ッ!!オレの息子を良くもッ!!」
フィリップは立ち上がり、ルドガーを斬ったナス寿郎聖を睨みつける。
「この島、いや、この国は世界政府にとって、不都合そのものだ。我々としても、こうせざる終えない」
「何が問題だッ!?オレたちが加盟国では無いからかッ!?世界政府は非加盟国の人間を皆殺しにでもする気なのかッ!!」
「非加盟国の人間を殺すために、私自ら来るわけもない。太陽神ニカ、それを信仰しているからこそ歴史から消さねばならぬのだ。世界から消えろ」
「ふざけるなッ!!!」
フィリップはその力で敵を討とうと、刀を振るうが、ナス寿郎聖に当たることはない。何故なら、既にフィリップは彼に斬られているからだ。
その圧倒的な力の差の光景をルドガーは目撃する。
「先程、非加盟国の話を上げていたが、非加盟国の人間は人間に非ず。それが理だ」
その言葉を聞かされ、ルドガーは怒りを込めて立ち上がる。腰に携えた刀を抜き、武装色の覇気を纏う。
「理だと?心底不快な連中だな、世界政府」
「ほう?立ち上がるか…。いや、当然と言えば当然か。流石はフィリップの息子だ」
「…ッ…はぁっ…はぁっ…はぁっ…」
(敵の覇気は強い。恐らく、能力で凍らせても無駄だ…。なら、敵の覇気を打ち消すほどの全力の覇気をぶつけるッ!!)
「『
ルドガーの全力の一撃。それは鍛え上がられた武装色の覇気を圧力波として、敵に放つ技。
ナス寿郎聖は自らの手に持つ刀で、それを弾き返そうとする。だが、ルドガーの放った覇気はナス寿郎聖の覇気を持ってしても掻き消す事は出来ない。
「この覇王色ッ!?…ったく、化物かよッ!!」
「少しはやるようだ。武装色の覇気は優秀、覇王色の覇気はまずまず、だが、見聞色の覇気は未熟だ。散れ、フィリップの息子よ」
ナス寿郎聖は白骨化した馬の姿に変身する。それを見て、ルドガーはナス寿郎聖が動物系の能力者と察した。
「ヒヒーンっ!!!」
その遠吠えをナス寿郎聖が上げた瞬間に、彼は王城内を無作為に走り出す。そのスピードを捉えることは、今のルドガーには不可能だ。
「…速すぎるだろう」
ルドガーは何とかナス寿郎聖の動きを捉えようとするが、それは出来ない。
そもそもナス寿郎聖に斬られて重症の上、見聞色の覇気を彼は苦手としている。この状況は彼にとって、非常にマズイ状況だ。
「何処だッ!?」
「私の速度を捉えられない時点で、お主の負けだ」
「ルドガーッ!!!」
ズバンッ!!!!!
ナス寿郎聖の容赦のない斬撃。それには強力な覇気が込められており、当たれば間違いなく死ぬだろう。
しかし、それがルドガーに直接当たる事はなかった。何故なら、彼の変わりにその斬撃を受けた者がいるからだ。
「親父ッ!!?」
「ガハッ!!!」
ルドガーを庇う形でナス寿郎聖の斬撃を受けたのは、ルドガーの父親であるフィリップだ。
斬撃の威力はとても強く、覇気を纏っていたフィリップの身体を斬る。そして、その威力は収まることなく、後方にいたルドガーごとフィリップを吹き飛ばすのであった。
動かなくなった二人を見て、決着がついたと思ったナス寿郎聖は刀を納める。最早、彼等の命の灯は消えかけていた。
「もし可能性があるなら、神の騎士団に推薦しても良かったが、お前たちが素直に従うとは思えん。……さらばだ、憐れな子らよ」
そう言って、ナス寿郎聖はその場から去っていく。
燃え盛る王城に残されたのは、動けなくなったルドガーとフィリップの二人だけだ。
フィリップは残された僅かな力で、懐から
「…親父ッ」
青い液体をかけられたルドガーは、辛うじて動く事が出来る。彼はナス寿郎聖が消えたのを確認すると、自身の父親であるフィリップに声をかけた。
だが、既にフィリップの息は途絶えかけている。傷の具合から見ても、あと数分の命だろう。
「すまねぇな…、ルドガー…、オレも、この国も、終わりだ」
「……親父ッ!!」
「太陽神ニカか…。世界政府の奴ら、恐れてやがる…」
「…ニカ…、そんなのはいないだろう。それに最高神アザトースも…、いない…」
「いや、太陽神ニカは知らないが、…ッ…、最高神アザトースは存在する。…あれはオレにとって、かけがえの無い大切な存在だった…。今も繋がりは…、感じる…。また、会いてぇな…。…アザトースによ…、ルドガー、お前は…、オレたちの…」
フィリップの言葉が徐々に途切れていく。
「…オレたちは
その言葉を最後に、フィリップの息は途絶える。
「これが現実かよ…」
その日、オーディール王国は完全に滅んだ。国民は一人残らず殺され、国王も殺され、唯一生き残ったのはルドガーだけ。
しかし、彼はただ単に運が良かっただけに過ぎない。その事を誰よりも分かっているからこそ、ルドガーは何もなくなった国を無力感に苛まれながら、ずっと見る事しか出来ない。
「もう、ここはオレの居て良い場所ではない。…全てを
─────オーディール王国が滅んでから2日後。
─────ルドガーは、己の名を捨てた。
─────そして、【罪】という意味を持つ
─────彼がこの場所に戻る事は2度とない。
『これが世界と呼ばれる者に狂わされた1度目の最悪だ』