それは海で血を流していた時代の記憶。
「おい、シン。そんなツラして海面を見つめてんじゃねえよ。獲物が凍っちまうだろうが」
耳をつんざくような豪快な笑い声と共に、一人の巨漢がシンの肩を乱暴に叩いた。その人物は後に【白ひげ】として世界にその名を轟かせる男エドワード・ニューゲートだ。
まだ若く力に満ちていた彼の手には、並の人間なら持ち上げることすら叶わない巨大な薙刀が握られている。
「……うるせぇよ、ニューゲート。…大体、あんたの震動とオレの氷は大いに相性が悪い」
シンは甲板の手すりに腰掛け、手にした酒瓶を指先から漏れる冷気でキンキンに冷やしていた。ここは世界最強にして最悪の軍勢、ロックス海賊団の巨船の上。
周囲を見渡せば、後に四皇と呼ばれる百獣のカイドウが新入りとバカにされ船員と殺し合いをしており、ビッグ・マムことシャーロット・リンリンは甘い菓子の山の上でそれを見て笑っている。
そして、船の最上部、玉座のような椅子に深く腰掛け、不気味な野心を瞳に宿している男。彼はこの船の船長であるロックス・D・ジーベック。
「ヴォハハハ、野郎ども!! 狙うは世界の王の首だ。神だろうが天竜人だろうが、俺たちの前には塵に等しい!」
ロックスの声が響くたび、船全体が異様な高揚感に包まれた。そこにあるのは、友情でも信頼でもない。ただ一つの最強という旗の下に集まった剥き出しの欲望と暴力。
シンはその狂騒の中で、一人冷めた瞳を水平線に向けていた。
「……王だの、支配だの。くだらねぇ」
「んだとォ?シン、テメェまたそんなスカしたことを……」
若き日のカイドウが金棒を振り回して突っかかってくるが、シンは視線すら合わせない。
「オレが欲しいのは、『温かい世界』だ。ロックスの野望に付き合うのは、その方がオレにとって都合がいいからに過ぎねぇ」
シンが指先を伸ばすと、荒れ狂う新世界の荒波が一瞬にして巨大な氷山へと変貌し、船の進路を阻もうとした海軍の軍艦を、またたく間に氷漬けにした。
「相変わらず冷たいねぇ。あんたの心は氷河の底だよ、シン」
艶然とした笑みを浮かべているのは若き日のグロリオーサ。
従えているヘビに乗りながらシンを見下ろしている。
更にその隣ではステューシーが白ひげを見つめていた。
「フヘヘ!…シン。お前、宝には興味無いんだろう?だったら、その腰に刺している刀をくれよ。それは価値がある。ニューゲートの奴には断られたからな」
シンに話しかけたのは酒をガブガブ飲んでいるキャプテン・ジョンだ。彼はお宝を集めるのが生きがいのような男。
そんな彼だからこそ、シンの腰に刺している刀は価値あるものだと知っている。
「断る。これはオレの愛刀だ。こいつで自由を切り開く」
「ジハハハハ!!諦めろジョン!!コイツが死んだらその刀はオレ様が貰うと決めている!!」
そう言ったのはシンの真上でフワフワと飛んでいるシキだ。
シキも密かにシンの刀を狙っていた。
「お前らより先にオレが死ぬ言い方はやめろ。言っておくが、お前等の方が早死にするぞ」
「ジハハハ!!!ジョンはともかくオレ様がお前より先に死ぬわけないだろうが!!!」
「フヘヘ!それはどうかな?シキ、お前の刀も名刀だ。フヘヘ!!宝は全部おれのものだ!!」
この船にいるのは、誰もが【個】として完成された怪物たち。互いの背中を預けることなど一度もなく、ただ己の信じる道のために、同じ甲板に立っているだけだ。
この場の者たちは誰も信用出来ない。否、する必要がないほどチームワークはない。
(……いつか、この船も沈むな)
シンは直感していた。この熱すぎる欲望の塊は、いずれ自らの熱で焼き尽くされるか、世界に拒絶されて消されると…。
「……もし次があるのなら、もう少し『温かい』場所がいい。そうだな…、氷を溶かさず、かと言って凍らせすぎもしない。……誰かが淹れた安酒でも飲みながら、静かに世界の成り行きを眺められるような、そんな場所が…。そこでオレは誰かに
数年後、ゴッドバレーでこの伝説が終焉を迎えることを、まだこの場の誰も知らない。
炎上する戦場、散り散りになる仲間たち。シンは崩壊する島から、意識を失うその瞬間まで自分が求めたものを探していた。
それが、時を超え、世界を超えて………。
迷宮都市オラリオの小さな酒場でジャガイモを剥く日々へと繋がっているとは、当時の彼は知る由もない事だ。
「いつか、きっと…。次があれば…」
「ヴォハハハッ!!そのためには暴れろ!!!おれの後に続けば、必ず世界を得られる!!!!」
そんな儚くも懐かしい過去をシンは夢で見ていた。
しかし、無情にも従業員の言葉で現実へと引き戻される。
「シン、まだ寝てるの?早く起きないとミア母さんに叩き起こされるわよ?」
「シル、勝手に入ってくるなよ」
「良いじゃない。私とあなたの仲でしょう?」
「誤解を招く言い方をするな。…ったく、何のようだ?何か用があるからオレの部屋に態々来たんだろう?」
シルがシンの部屋に入ってくるのは何か彼女にとって、重要話がある時だけ。それが分かっているからこそ、シンは嫌な顔をしていた。
「ふふふっ。怪物祭の日にお願いがあるの」
「お願い?」
「そう。少しだけわがままするから…邪魔しないでね」
また、面倒な事になりそうだとシンは思うのであった。
《ロックス海賊団内のシンの強さ》
ロックス≫白ひげ≫シキ=リンリン=ジョン≫シン≫カイドウ