【
まず、リューたちはとても万全とは言い難い状態であり、既に倒れてもおかしくない状態だ。
そして、敵とのレベル差もある。まともに戦闘が成り立つわけもなく、リューたちは成すすべも無く追い詰められていく。
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」
(……勝負にならない)
「「「「…終わりだ」」」」
【破滅の四姉妹】たちは、リュー、アーニャ、ルノア、クロエの首を跳ねようと、剣を振るう。
リューたちはここまでなのかと、己の不甲斐なさを思いながら、まぶたを閉じる。
その瞬間に、彼女たちと敵との間に巨大な氷の柱が生成された。反射的に後退する【破滅の四姉妹】たち。
「これはッ!?」
「何が起きたニャ?」
「氷の…、壁?」
リュー、クロエ、ルノアが驚いている中、誰が何をやったのかを理解したアーニャは口元が緩む。
「助かったニャ…」
「アーニャ?何処を向いて……」
アーニャの向いている方向。すなわち右上の方をリューは見る。そこは屋根の上であるが、白い霧が発せられており、その周辺は凍っている。
白い霧の中にいる男は、冷徹に【破滅の四姉妹】を睨みつけていた。その者の正体は豊穣の女主人店員シンだ。
「……シン」
シンはリューたちを一瞥すると、一瞬で屋根上からリューたちの前に移動した。
「ッ!!?」
(あの一瞬で移動をッ!?)
リューが驚いている中、シンは腰につけているウエストポーチから青い液体の入った小瓶を取り出す。
そして、それらをアーニャとリューにかけるのであった
「傷が治っていく…。これは万能薬ッ!?」
リューやアーニャの傷が塞がっていく。アーニャはシンが来た事で勝ちを確信したのか、眠りにつく。
「問題無さそうだな。後はオレが片付けるから、そこの【黒猫】と【黒拳】を逃げないよう、見張っておけ」
シンはリューに指示を出すと、そのまま【破滅の四姉妹】たちの方へと歩いていく。そんな彼に、リューは物申す。
「片付けるッ!?相手はあの【破滅の四姉妹】ですよッ!しかも、レベルは恐らく2年前より上がっている!第一級冒険者クラスだ!一人で戦うなど無謀過ぎるッ!何よりも、これは私が招いた問題だッ!私も戦うッ!」
「…いくら万能薬を使っていても、多少の疲れは残っているだろう。良いから、大人しくしていろ。お前は十分戦ったよ」
「だがッ!!」
「うるさい!オレが片付けるから問題無いって言っているだろうが!このポンコツエルフッ!!」
「ポンコツッ!!?」
「お前の仕事ぶりを見ていたが、どんだけ失敗するんだ!今回も離れを壊しやがって!ミアが帰ったら覚悟するんだな!!存分に怒られろ!!」
「うっ…」
痛いところを突かれて、リューは言葉に詰まる。この豊穣の女主人の惨状を見れば、ミアは特大の雷を落とすことは目に見えている状態だ。
その状態を想像したリューは、シュンと落ち込む。そんな彼女を見て、シンは面白かったのか、少しだけ笑みを浮かべた。
「ふっ…、安心しろ。あの程度の奴らにオレは負けない」
「負けない?私たちに一人で勝つ気?」
【破滅の四姉妹】の一人がシンに噛み付く。
だが、彼はどうでも良さそうにしていた。
「そうだが、何か問題か?」
「随分と舐めた男ね。…カッコつけるにしても、そんな血に塗れた女の前でしても何の徳もないわよ。その女は私達と同じ。己の欲望に従い人を殺し続けたおぞましい者。彼女を助ける価値も意味もない。そうでしょう?」
「……ッ」
(それは間違っていないのかもしれない。…私は助けられる価値が無い…。闇派閥の幹部を前に…、私はそう思ってしまう…。彼女たちと私は同じなのではないかと…)
リューは前を向くと決めた。それは未来を見ることだ。その考えは変わらない。けれど、闇の者に言われてしまえば、心は少し迷う。
そんな彼女を一瞥すると、すぐにシンは【破滅の四姉妹】たちを睨む。
「アホか。助ける価値も意味もない奴にオレがここまで出張るわけもないだろう。助けたいと思ったから、今オレはここにいるんだよ!それと、お前達とこいつは全然違うからな!!」
そう言って、シンは【破滅の四姉妹】たちのところへと一瞬で移動した。
リューはシンが消えると、彼の言葉をそのまま心に秘める。助ける価値も意味もあると言ってくれた彼にリューは救われたのだ。
(……シン、ありがとう)
■
一方の【破滅の四姉妹】たち。彼女たちはシンが目の前に現れ、困惑している。だが、シンは味方ではなく、消すべき相手だと分かっているので攻撃を開始する。
「私たちに一人で挑むとはッ!」
「その愚かしさを死後に恨むが良い!」
「殺してあげるわ!!」
「死ね死ね死ね!!」
四人の剣がシンの身体を斬ろうとする。普通の者ならその攻撃を避けるのだが、彼は避けることなどしない。わざとその剣に斬られたのだ。身体は何度も斬られ、心臓がある箇所を容赦なく彼女たちは刺した。
「あはははっ!!死んだよ!!!」
その高笑いが響くと同時に、彼女の腕をシンは掴んだ。
「何故生きているッ!!?」
「お前等程度じゃ、オレを殺せない。…氷の世界に連れて行ってやるよ」
パキッパキッとシンは掴んだ腕から凍らせていく。敵は何とか抗おうと、その手に持つ剣を振り回すが、シンにダメージは通らない。それどころかその剣すらも凍っていく…。
「ッ!!?どうなっているッ!?」
「単純に凍っているだけだ。…まず一人。……次」
敵四人の内の一人を凍らせたシンは、警戒しているその他の者たちを次々と凍らせていく。それは戦闘とは呼べない圧倒的強者による蹂躙。
「嫌だあぁぁぁ!!!!」
最後に残った一人の悲鳴。姉妹たちが成すすべも無く凍っていき、一人になったので恐怖が込み上げたのだろう。
しかし、そんなものを見せたところで、シンは躊躇しない。
Lv.5である【破滅の四姉妹】たちは、一人の酒場の店員により、何も出来ずに無惨に完敗したのであった。
「これで終わりだな…」
腰につけているウエストポーチから酒を取り出し、ガブガブと酒を飲み始めるシン。
彼は氷像と化した【破滅の四姉妹】から少しだけ距離を空けると、手に武装色の覇気を纏う。
「生きるか死ぬかの世界だ。2年前のお前等はかなり暴れていた。だから、オレは慈悲を与えない。何も出来ずに後悔と共に死ね」
武装色の覇気を纏った右手で、その氷像を次々と跡形もなく破壊していく。
そして、彼は気絶しているブルーノ商会たちのところへと足を運んだ。
「お前等もギルドに捕まったところで、賄賂やら何やらで出て来る可能性がある。何よりも闇派閥と繋がっていたんだ。この先、生きていても未来はないだろう」
シンはブルーノ商会の者たちの息の根を一人残らず、止めるのであった。
こうして、闇派閥である【破滅の四姉妹】とブルーノ商会の襲撃は幕を閉じる。
「終わったのか…」
「そうだな」
いつの間にかリューの隣に腰掛けているシン。彼は事を終えて、ガブガブと美味しそうにお酒を飲んでいた。そのお酒は銘柄から見て、かなり高い酒だと思われる。恐らく、またかなりの金を使ったのだろう。
「だが、ブルーノ商会の裏にいるファミリアが存在する。奴らを潰さなければ、また同じ繰り返しに…」
「それは問題ない。奴らの裏にいた者たちは全員潰した。拠点はかなりあったが、今日潰したところで最後だ。ブルーノ商会の奴らは、【破滅の四姉妹】たちの情報統制もあって気づいていなかっただろうがな…」
「どういう事ですか?」
「説明した方がいいのか?」
「え、ええ…。可能ならば…」
「なら、話すか…。あれはお前が運び込まれた時から始まった」
まず始めにリューが運び込まれて来た時のことをシンは話す。リューが眠っている間に彼女の正体が【疾風】であり、闇派閥たちを殺し回った事をシルから聞かされたシンとミア。
二人はシルの頼みもあって、リューを匿うことを決断する。ミアは仕事と住む場所、シルは心のケア、そして、シンは裏の連中の動向に注力していた。その結果、案の定、闇派閥と関係を持っていたブルーノ商会が動き出したわけだ。
「ま、待ってください!!私が運び込まれた時から、情報収集をッ!?そもそもシルや店主、あなたは、何故…、私を匿う事を即決出来たんですか!!」
「あいつらの真意は知らないが、オレは別にお前を助けても問題ないと思っただけだ。シルの奴も助けたいと言っていたからな。理由はそれだけで十分だろう。…話を続けるぞ」
ミアやシルがリューと共に働いている間、シンは闇派閥と関係を持っていたブルーノ商会。その背後にいるファミリアの隠れ拠点。そこの情報収集を行い、得た情報を元に隠れ拠点を次々と潰し回っていたのだ。
ちなみに女性客の相手を率先していたのは情報収集のためだが、酒は完全に飲みたかっただけである。
ファミリアの隠れ拠点を潰している道中、アレクト・ファミリアの生き残りがいることを知り、早々に蹴りをつけようと残りの二拠点を今日潰したというわけだ。
その二拠点の内の一つはブルーノ商会が身構えている場所であり、ブルーノ商会は壊滅。リューたちを襲撃したブルーノ商会の幹部たちも、どのみち今日シンによって殺されていたのだ。
二拠点のどちらにもアレクト・ファミリアの生き残りがいない事をシンは知ると、すぐに豊穣の女主人に戻った。そして、今に至るわけだ。
「……なぜ、…」
「ん?どうした?」
「…何故ッ、そこまで…。あなたは私とは何の関係もない…。それなのに、あなたはどうして…そこまで…」
「オレたちは豊穣の女主人という店で働いている仲間なんだ。このぐらい当然だろう。まぁ、オレからしたら、この程度の問題は大したものじゃないけどな」
「……仲間」
その言葉に、リューは何処か嬉しさを感じる。
「……リュー」
「何ですか?」
「オレにとって、お前等は豊穣の女主人で働く大切な存在だ。だから、何か助けが必要なら、オレを頼れ。必ず助けるからな」
その時のシンはとても優しい顔をしていた。彼は何となくリューの頭を撫でる。
エルフの習慣上、普通ならその手を跳ね除け、彼を吹き飛ばすところだが、リューは不思議とそのような事はしなかった。
それどころか、彼の初めて見た優しい顔に、心臓がドキドキする。まるで、心臓が破裂するような感覚だ。
「……シン、軽々しく女性の頭を撫でるものではありません。あらぬ誤解を招いてしまいます…」
「そうか。確かに気をつけないとな」
シンは確かにそうだなと納得した。そんな彼に苦言を呈したリューの表情は必死で何かを考えないようにしている。少しでも緩めば、表情に出てしまうと思ったからだろう。
「もうすぐ、朝日が昇る時間帯か…。今夜は少し長かったな…。……ん?」
「どうしましたか?」
「いや、帰って来たと思ってな。オレは巻き込まれたくないから、酒でも買いに行くわ」
パリンッ!!とその場に小さな氷結を残して、シンは消えた。
一体何が帰って来たのだろうと、リューは不思議に思っているが、その疑問もすぐに解消される。
何故なら、豊穣の女主人の惨状を見て、怒る者がリューたちに近づいているからだ。
ズウンッ!!ズウンッ!!!ズウンッ!!!!
何かの音が響いている。リューたちは反射的に音のする方向を振り向くと、そこには怒り狂うミアが立っていた。
「おい、馬鹿娘ども。なんだい、この店のありさまぁ?ここは誰の店だい?ええ?言ってみな?」
リュー、アーニャ、クロエ、ルノアは、その圧力に浸すら沈黙をしている。何か話そうものなら、その合図となるからだ。
「ミアお母さん!!メイ達がお店のお酒で酔いつぶれて…」
シルもまた様子を見るために、帰って来たのだろう。
そして、目の前で怒りをあらわにしているミアを見て、シルは店の中へと戻っていく。
そんな彼女を見て、リューたちは逃げたなと思うのであった。
「か、母ちゃん…話を聞いて…。これには深いわけが…」
アーニャは必死でミアを説得しようとするが、怒れるドワーフの耳にその言葉は入らない。
ドンッ!!!!
ミアはその重たい拳をアーニャの頭目掛けて思いっきり振り下ろした。一応、手加減はされていると思われるが、それでもLv.4のアーニャは地面にめり込み気絶している。
ズウンッ!ズウンッ!ズウンッ!と、とんでもない足音を響かせながら、ミアはリューたちの元へと近づいていく。
その圧倒的な力を感じ取ったリューは、ミアの正体に気づくのであった。
彼女はミアの名前を最初に聞いた時は、名前が同じでも彼女の知る冒険者とは全くの別人だと思っていたのだ。
何故なら、その冒険者は可憐で美しいという噂だったから。
「……ッ、…ミア・グランド」
それはフレイヤ・ファミリアの元団長の名前。Lv.6まで上り詰め、その二つ名は【小巨人】。
このオラリオでも規格外の化物の一人だ。
「この……、アホンダラどもおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」
リュー、クロエ、ルノアは、アーニャ同様に地面に叩きつけられる。そして、当然の如く、彼女たちはアーニャ同様に気絶した。
■
襲撃事件から3日後、リューたちは壊した箇所の修繕作業に明け暮れていた。もちろん、この件に関わっていたクロエとルノアも同様である。
「ニャんで、ミャーがこんな事を…」
「うるさいな。黙って働けよ馬鹿猫…」
「ぬっ!!建物を壊したのはミャーのせいじゃないニャ!!筋肉脳のお前とそこの暴走エルフのせいニャ!!」
「人のせいにしないでよ!馬鹿猫!!」
「…私はいつもやり過ぎてしまう」
文句を言いながらも、修繕作業に取り組む四人。尚、無断で宴会した店員たちは普段の3倍の仕事量を課せられていた。
今の豊穣の女主人は、ミアの怒りを買わないよう必死である。
「逃げ出してやる!!絶対に逃げ出してやるニャ…!!」
「無駄だ。諦めた方が良い」
「ミア母ちゃんの大切にしていた果実酒を、倉庫ごと木っ端微塵にしたのが不味かったニャ」
「とばっちりだニャ!!」
「いいから、さっさと働けよ。私等の借金額ヤバいんだから」
ルノアの言う通り、彼女とクロエの借金額はとんでもない値段となっている。彼女たちはミアの大切な財産を壊した代償として、その分の借金返済するまで、労働を命じられた。借金額は一億ヴァリス。
無論、最初それを聞かされた彼女たちは断るが、ミアの鉄拳に敵うはずもなく、了承させられた。
「でも、これでよかったと思うニャ。おミャー達の正体を知る商会の連中はシンのおかげで、もうこの世にはいない。もう追われる事はないニャ」
「そうかもしんないけど、全然良くないよ。結局、もっとヤバいドワーフに生殺与奪の権、握られてるだけだもん」
「というか、あのシンという奴は何者ニャ?」
「それは私も気になってた、何者?」
「シンはシンだニャ!!」
アーニャの答えに、ルノアとクロエはコイツに聞いても意味はないなと思うのであった。
ならばと、今度はリューに質問する。
「シンは……、元海賊だそうです」
「「海賊??」」
「シン本人はそう言っていました。まぁ、本当かどうかは分かりませんが…」
四人は作業を止めて、話をしている。そんな彼女たちを目撃したミアは怒号を飛ばす。
「くっちゃべってんじゃないよ馬鹿娘どもォッ!!!きっちり働きな!!」
その大きな声を聞いて、ビクッとリューたちはビビるのであった。
そして、修繕作業を再開してから1時間。店から顔を出したシルの朝ご飯という言葉を聞いて、やっと朝食にたどり着く事の出来る一同。
「やったニャ!!」
「お腹ペコペコだよ…」
「もう飯だけが生き甲斐になってるニャ」
朝早く起き、修繕作業をしている彼女たちはとてもお腹が空いていた。朝ご飯の時間まで、浸すら修繕作業していたのだから当然と言えば当然だ。
「店主曰く、生き甲斐なんて美味しい飯を食べるだけで十分…だそうです」
「うるさいニャ、知った風な澄ました顔して!!」
「そうだ、そうだっ、このポンコツエルフ!!」
「なっ!?訂正しなさい!!私はポンコツなどではない!!」
「リューはポンコツニャー!…ニャ?アホとポンコツはどっちがいいニャ?」
「「超アホはうざいから黙ってろ!!」」
「ニャンだとーーッ!?」
ワイワイとしている四人を見て、シルはとても仲良くなったと声をかける。だが、全員仲良くないと否定するのであった。
「ふふっ…、仲良しだよ。……あっ、ルノアとクロエにお客さんだよ」
「私たちに?」
「ニャ?」
ルノアとクロエのお客さんとは、彼女たちの一応の主神である神デメテルと神ニョルズである。
二人は新たな道を進んだルノアとクロエを祝福しに、豊穣の女主人へ足を運んだ。
「今度、眷属達と一緒に来るわ。ルノアの運んできてくれるお料理、楽しみにさせてね」
「うん…、今まで本当にありがとうデメテル様」
「せっかく出来た同僚だ。友達が作れないなんて言っていたお前の居場所…、大事にしろよ」
「ニョルズ様、色々迷惑かけて、ごめんニャ」
「「…ありがとう」」
それぞれがそれぞれに挨拶を終えると、ミアから従業員全員の集合がかけられる。
「シル、シンはどうしたんだい?」
「ええっと…、珍しいお酒が出回っているとかで、2時間ぐらい前に出ていきましたよ」
「あのアホ!!!帰って来たら、ただじゃおかないからね!!アンタたちは絶対にシンのように、サボり癖を作るんじゃないよ!!」
「「「「「「は、はい!!!」」」」」」
ミアの怒る圧力に、全員圧されるのであった。
「さて、ここのところ、立て続けに従業員が増えた。良い機会だ。…アンタたち、よく聞きな!!アタシはこの店の『法』でこの店の『女主人』。誰が何と言おうと絶対さ。神の馬鹿どもにだって、ケチをつけさせない」
それを聞いている従業員たちは、ミアは本当に神をも恐れぬ者だろうと思うのであった。
「…そして、主人であるアタシはアンタ達の『母親』だ。アンタ達はアタシの『娘』。店のもんは全部アタシのもの。手を出す奴はただじゃおかない!!」
ミアの言葉は相変わらず荒いが、リューたちにとっては、とても温かく感じられるものだ。
「分かったね。新しく入った馬鹿娘ども!!今日からアタシの事は『母親』と呼びな!!」
それは流石に恥ずかしいのか、リュー、ルノア、クロエは沈黙する。だが、それを許さないのがミアだ。
「早くしなッ!!」
「……ミア母ちゃん」
「ミアお母さん…」
クロエとルノアが言い終わると、最後はリューの番だ。
彼女は照れながらも、気持ちを込めて呼ぶ。
「ミア母さん」
「よしッ!!さぁ!客が来たよ!お前達、声を出しな!どんなクソッタレな時代だろうと、ここは笑って飯を食べてもらう場所さ!!」
「「「「「「「はい!!!」」」」」」」
元気よく返事をする従業員一同。彼女たちはそれぞれの仕事を開始していく。
「それにしても、シンの奴はまだ帰ってこないのかい?」
厨房で料理を開始しているミア。彼女は、まだ帰らないシンに対して、怒りの拳を握りしめていた。
そんな折に、シンは裏口から店内へ足を踏み入れる。
「ちょうど帰ったぞ!今日は100年もののワインを買うことが出来た。見てみろ。これは一生に一度、手に入れられるかどうかの貴重な代物だ」
「そうかい、良かったね」
「…ミア、とりあえず、その拳を下ろさないか?」
「今から下ろすよ。アンタの頭にねッ!!!」
ドンッ!!!!とシンの頭部にミアの渾身の一撃が繰り出された。
「痛ぇッーーーーー!!!!こ、殺す気かぁぁ!!?」
「フン!その程度で死ぬアンタじゃないだろう!ほら、さっさと働きな!」
「りょ、了解」
シンは恐る恐るミアから離れると、自分の仕事を再開する。
「というか、シンは金欠じゃなかったかニャ?そんな高級なワインを買えるお金を何処から手に入れたニャ?」
アーニャの疑問はとても正しい。最近のシンにはとても、そのワインを買えるだけのお金は手元に無かったはずだ。どうやって入手したのか、アーニャはとても気になっていた。
「それでどうなのニャ?」
「金か?それはブルーノ商会とその裏にいたファミリアから頂いたものだ」
「それって奪ったって事ッ!?」
「ミャーたちにも分けるニャ!!」
話を聞いていたルノアとクロエが身を乗り出して、シンに近づく。その少し後ろにはリューとシルも話を聞いていた。
「分ける金はないぞ。全部酒代に使った」
「酒にそんな使うとか馬鹿なのかニャ?」
「この酒は一生ものだ。巡り合うだけでもラッキーなんだ。ったく、お前等は早く仕事に戻らないと、ミアに怒られるぞ」
その言葉を聞いて、アーニャ、クロエ、ルノアは怒られるのが嫌なので、急いで仕事へと戻る。
「シン、私にお土産はないの?」
シルは目をうるうるとさせて、シンにお土産を強請る。
しかし、シンはすぐさま、それを否定した。
「あるわけないだろう。酒を買いに行ったんだぞ」
「ケチ」
「うるさい」
シルとシンはいつものように、互いを適当にあしらう。
それを横で見ていたリューは、少し羨ましいと思うのであった。彼女の視線に気づいたのか、シルは彼女の後ろへと回り込み、可愛い声で言葉を繰り出す。
「リュー、シンが私に冷たいの!!」
それを聞いたリューは、シルの擁護?のようなものをする。
「シン、…その、シルにはもう少し優しく…」
「リュー、そいつを甘やかすな。ろくな事がないぞ」
そんな何気ないやり取りを、3人はこれからも、内心では楽しく続けていく。
バタバタッ!!と忙しい毎日がリューには続いていく。だが、シルやシンとの日常が、彼女にはとても大切なものだ。
「…シン、その…、あなたに言いたい事があります」
「言いたい事?なんだ?」
「……た、助けてくれて、ありがとうございます。私はとても助けられました。あなたの行動で命も…、そして、心も…」
リューはシンに感謝を伝える。彼との何気ない日常は、リューにとって、新鮮で大切で、いつしか彼女はシンに対して、恋を自覚する。
しかし、彼女が本格的に恋を自覚するのは、この時から約5年後であった。
────『シン、私はあなたを愛していますよ』