────『リオン、前を向いて!!』
────『ポンコツエルフは相変わらずですね』
────『アタシらの分まで生きろよ!!』
────『『『『『『『リュー!!!』』』』』』』
パッ!!と目を覚ましたリュー。彼女はどういう状況なのかと、辺りを確認し始める。それにより、自分の目線が普段と異なり、やや高いことに気づく。そして、何やら人の温もりを正面から感じていた事にも気づいた。
リューはゆっくりと自身の状況を確認していく。その結果、彼女は自身がシンに背負われている事を理解出来た。
「なっ!?」
「ん?起きたのか、リュー」
「ルドガー、これはッ!?」
「シンだよ。記憶はちゃんと戻った」
彼はもう見知らぬ場所に迷い込んだルドガーではなく、リューと共に豊穣の女主人で働いている同僚のシンに戻っていた。
「色々と迷惑かけたな…」
「いえ、迷惑なら私の方が…」
「オレはリューに迷惑なんてかけられていないぞ」
「いえ、かけました」
「かけられていない」
互いが互いを庇うように、何度も何度も否定するので、いつしか二人は素直になったのか、表情は笑顔となる。
「お互い様ですね」
「…そうだな」
お互いが迷惑をかけたと認める。それは恥ずべき事ではなく、互いの信頼と言ってもいい。
「シン、降ろしてください…。私は歩けますから…」
「回復していないだろう。せめて、もう少し休んでいろ」
「そういうわけにはいきません。…だいたい、シンの方こそ身体を労るべきだ」
「何の事だ?」
「あなたも弱っていますよね…?」
そんなリューの問いに対して、シンは沈黙する。何故なら、彼女の指摘は当たっているからだ。
シンは深層にいる化物から圧倒的な覇王色の覇気を受け、そのせいで水に落ち、溺れて死にかけたのだ。記憶を失った時も覇王色の覇気を受けた。彼の体力は元に戻っていない。弱っている彼は恐らく、いつもの半分以下の力しか出せないだろう。
「シン、私のことを助けてくれるのは嬉しい。ですが、私はあなたの重荷にはなりたくない。あなたからして見れば、私は弱い存在かもしれない。けれど、私はあなたの重荷ではなく、支えになりたい。だから、降ろしてください…」
「……分かった。だが、無理はするなよ」
「ええ」
シンは背負っていたリューを降ろした。
リューはシンの背から降りると、ゆっくりとバランス感覚を取る。歩くことは問題なく、動きも普段通りにはいかないが戦える状態だと確認出来た。
「シン、今現在の場所は?」
「闘技場から少し出たところだ。地上には、まだまだ時間はかかるだろうな」
「ですが、正規ルートに入れた事は大きい。モンスターにさえ、気をつければ…、安全階層である28階層まで行ける」
とりあえずは、安全階層である28階層を二人は目指す。
その道中、モンスターは次々と襲ってくるが、シンによって全て氷漬けにされる。
「はぁっ…はぁっ…はぁっ……、」
「シン、大丈夫ですか?」
「…大丈夫だ。いつもより能力が使いづらいが、この程度のモンスターたちなら戦える」
(けど、色々制限がある。まず、ここでは覇王色の覇気を使えない。そして、弱っているせいで、武装色の覇気は出力が落ち、見聞色の覇気はそもそも苦手であまり使えない。それに能力の方も……、今のオレは何とも情けないものだな)
自分の現状を確認したシンは、情けなさと自身の弱さを思い知る。安全階層まで、まだまだ道のりは長い。彼は体力が尽きないように動いていた。
しばらく歩き進めると、二人は少し休息を取る事にした。それは体力をかなり消耗している二人にとってはとても大事なことだ。先程までいたモンスターはシンとリューが一掃したので、その場は少しだけ休める状態だ。
「…オレたち、帰ったらミアに怒られるのは確定だな」
「うっ…、ミア母さんのゲンコツは確定ですね…」
「アイツは手加減しているけど、手加減していないからな。マジで気絶するほどのパワーだ」
「ふふっ…、確かに…」
二人が楽しく話していると、彼等が進む先からとても大きなモンスターの咆哮が聞こえてくる。
───────────グオオオオォォッッッ!!!!!!!!
その声に聞き覚えのあるシンとリュー。二人は互いの顔を見て、それが何なのかを察する。
「あの時、凍らせた筈だが…、解凍されたか?それとも自力で解いたのか、もしくは新しい個体か?」
「……シン、…この先には…」
「お前の想像通りだろう。…オレたちは正規ルートであるこの道を行くしか無いが、大丈夫か?」
「……え、ええ。…私は大丈夫です」
「……そうか。なら、進もう」
シンとリューは、この先に何がいるのか分かっている。そして、それを踏まえて二人は前へと進んだ。
二人が踏み入った場所は、先ほどの一本道とは違い、とても大きな広い空間。その場所には、モンスターが全くいない。
普通なら、このようなダンジョン内の広間にはモンスターが一定数いるはずなのだが、その姿は一体も見られない。
「……異様な空間ですね」
「ああ。…それにしても、奴は何処にいる?」
「…見当たりません」
シンとリューは、この空間内にいる筈のものを探す。先程の咆哮で、ここに
「気配は感じている。だが、奴は気配を隠すどころか、むしろ誇張して、特定されないようにしている。あらゆる場所から奴の気配を感じるな」
─────────グオオオオオオォォッッッ!!!!!!!!
その咆哮は、上空から放たれた。
「「上ッ!?」」
シンとリューは、すぐさま上空を見る。
そして、二人は目撃した。その
「ジャガノート…」
それはダンジョンから生み出された最悪の一つ。シンとリューを殺すために、それは態々ここまでやって来たのだ。
「氷から脱出したか…。それにしても、歪な姿だな」
シンの指摘は正しい。というよりも、見るからにジャガノートの身体はおかしかった。
シンに斬り落とされた脚は再生しているように見えるが、それはジャガノートのものとは思えないものだ。サイズも色も何もかも、それぞれ違う脚。
そして、何よりもシンが気になったのは、ジャガノートの背中から生えている大きな
「まさか、モンスターを喰らって…」
「なるほどな。…深層のモンスターと、あの時の青い飛竜、それらを喰らったわけか」
シンの言う通り、ジャガノートは滝の中に凍ったまま落ちた。そして、水の中で凍っていた身体は解凍され、更にその上に落ちてきた青い飛竜の亡骸をジャガノートは喰らった。
それにより、ジャガノートは青い飛竜の力を一部使えるようになったのだ。シンとリューを追いかける道中にも体力のモンスターがいたが、全てジャガノートに取り込まれた。
ジャガノートの歪な姿はそのせいだ。
「トカゲから不完全な竜に進化した…。いや、これは単なる気色の悪い
「シン、必ず勝ちましょう」
「無論だ」
シンは両腕に武装色の覇気を纏い、リューは手に持つ木刀を力強く握りしめる。
そんな二人を見たジャガノートは、再び自分の存在を確認させるかのように、大きな咆哮を行う。
「グオオオオオオオオォォォォッッッ!!!!!!」
ジャガノートは咆哮を終えると、口から広範囲の青い炎を吐き出す。これは青い飛竜の技だ。
シンは氷の柱を生成して、その炎を防ごうとする。だが、一瞬でその氷は溶けた。これはジャガノートの力が強いというのもあるが、シンの能力が普段よりも弱体化しているからだ。
(クソッ!!能力のコントロールが上手くいかない。しかも、身体がフラフラして来た…)
「グオオオオオオオオオオオォォッ!!」
ジャガノートはフラフラとしているシンを標的にする。口から炎の玉を数発放ち、更に尻尾と脚を使い、辺りの破壊した瓦礫をシンの方へと飛ばす。
シンはその攻撃を防ごうと氷の壁を展開する。それにより、ジャガノートの攻撃は防げた。
だが、身体に無理が生じたのか、シンはその場で膝をつく。
「はぁっ…はぁっ…ッ…」
「シンッ!!?」
リューはシンの元へ駆け寄り、彼を守ろうと構える。
「グオオオオオオオオオオオォォッ!!」
ジャガノートはリューとシンに近づこうとしない。ある程度の距離を保っていた。
(…オレに近づいて来ない…。学んだのか?)
シンの考えは当たっている。ジャガノートはこの短期間に学習していたのだ。自身の力では全く歯が立たなかった男。シンという存在をどうすれば殺せるのか…。
そして、それは今も戦闘を続けていけば行くほど、ジャガノートは貪欲に学習していく。
「グオオオオオオオオオオオォォォォッ!!!」
ジャガノートは巨大な炎の咆哮を繰り出した。それはシンやリューの方に放たれてはいない。ジャガノートから見て、斜め上にある天井に向かったのだ。
シンとリューには、ジャガノートの狙いが分からない。
だが、それが無意味な行動だと二人は思えない。何かあるとは思いつつも、一気に方をつけようと、シンは集中して能力を使う。今のジャガノートは非常に隙がある状態だ。今なら楽に倒せると彼は思う。
「『アイス
シンの周りに作られた氷の剣。その数はいつもよりも明らかに少ない。普段なら100本以上生成するのだが、今は20本。
これもシンが弱っているせいで、それ以上造形出来なかったからである。
氷剣がジャガノートに向かって行く。ジャガノートに当たろうかと思われた瞬間に、先程ジャガノートが破壊した天井から、体力の水がこの場に流れ込んで来た。
「ッ!!?」
水の勢いはとても強く、あっという間に、シンたちのいる場所まで流れ込んでくる。
シンは流れて来る水を凍らせたいところだが、今の彼には能力をコントロールするだけの力も余裕もない。
普段でさえ、能力の凍結範囲が広く、自身が意図しないものまで凍結させてしまう事がある。今の状態では、リューまで凍らせてしまうかもしれない。それ故に凍らせられないのだ。
水が流れ込んで来るのは、シンにとって最悪だが、ここには水が流れ出て行くであろう道が二つある。
一つはジャガノートの後ろにある道。つまりは、シンとリューが目指している道。そして、もう一つは二人が歩いてきた道だ。
シンは水が溜まることはないと高を括っていた。それが間違いだと気づくのは、自分たちの歩いてきた道の方を振り向いた時だ。
「ッ!!?クソッ…、やられた…」
シンが振り向いた先は、先程通って来た道だ。そこは瓦礫で塞がれており、流れ出ようとする水を止めている。
ならば、もう一つの道はと、シンはその方向を見るが、そちらも瓦礫で塞がれていた。
(ヤバいッ…水が溜まる)
幸いにもこの場所は広い空間ということもあり、水が溜まるにはまだ時間がかかる。水が溜まり切る前に、ジャガノートの撃破、もしくは塞がっている瓦礫を退かさなければならない。
「……、『
シンは武装色の覇気を纏った拳をジャガノートに放つ。それは圧力波となり、ジャガノート目掛けて真っ直ぐ突き進んだ。
ドンッ!とぶつかる音はしたが、ジャガノートには当たっていない。ジャガノートのいる位置から少しズレた場所に当たったのだ。それはジャガノートが避けたわけではない。シンの攻撃が逸れたのだ。
「力が抜ける…」
シンはガクッと地面に手をついてしまう。それはいつの間にか、膝まで水が浸かっているのが原因だ。これにより、能力者のシンは力が抜けてしまった。
まだ、体の一部分だけが浸かっている状態なので、症状は軽いがそれでもかなりのダウン状態。
「シンッ!?」
リューはシンを心配するが、彼女にそのような暇はない。
翼をパタパタと広げ、上空を飛んでいるジャガノートはシンとリューに狙いを定め、強大な咆哮を放とうと力を溜めている。
「あれは…不味いな。能力はほとんど使えない、力も抜けている、体調もすこぶる悪い…。追い詰められたか…」
珍しく弱音を吐くシンに対して、リューは優しく言葉をかける。
「シン、大丈夫です。私があなたを守りますから」
その言葉を聞いて、シンは少しだけ唖然とした。
「守るか…。いつの間にか逆になったな…。世の中、不思議だ。何が起こるか分からない」
シンは何とか立ち上がるが、やはり体調不良と力があまり入らない事もあり、フラフラしていた。
「空を飛んでいるのが厄介だ。…リュー、魔法の準備をしてくれ。オレは力を振り絞って、ジャガノートを叩き落とす。あわよくば、凍らせる。………そして、奴を倒すぞ!!」
「……分かりました!これで決めましょう!!『今は遠き森の空。無窮の夜天────』」
リューは魔法の詠唱を開始する。それと同時にシンは力を振り絞って、地面を蹴り、上空へと向かった。
水から脱出したシンは、その両手に今出来る最大限の武装色の覇気を纏う。
(動きは意外と鈍い。恐らく、モンスターを取り込み過ぎたのが原因だな。持ち前のスピードは消えている)
「『
シンの両手から繰り出される武装色の覇気を纏った一撃。それはジャガノートの翼を破壊する。
これでジャガノートは地面に落ちる。そう思われたが、ジャガノートは脚を壁に刺して、落下を防いだ。
そして、空中にいるシンをその鋭利な尻尾で叩き落とした。
ジャガノートは崩れた大勢をすぐに整えると、溜めていた力を解き放とうと、シンのいる場所に狙いを定める。
その一撃が放たれたようかと思われた、その瞬間にリューの魔法をジャガノートを襲う。
「『ルミノス・ウィンド』!!」
「グオオオオオオオオオオオォォォォッッ!!!!」
その魔法はジャガノートに直撃した。ジャガノートは悲鳴を上げなから地面に落ちた。
魔法を放ち終えたリューは急いで、シンの元へと駆け寄る。
「シン!!」
「大丈夫だ。水に浸かっているせいで力は抜けるが、ジャガノートの攻撃自体は効いていない。安心しろ…」
「そうですか。良かった…」
「……ジャガノートは恐らくアレで倒れた。ここに水が溜まる前に、瓦礫を退かさなければ…」
シンはフラつきながらも歩き出す。上へと繋がる道を塞いでいる瓦礫を退かさないといけないから…。
だが、水は徐々に増しているので、シンの力はどんどん抜けていく。
「シン、肩を貸します」
「すまない…」
倒れそうなシンを支えるリュー。彼女と共に、シンは上へと続く通路の下へ進んで行く。
少し進んだ、その瞬間にシンとリューは
「グオオオオオオオオォォォォッッッ!!!!!!」
「「ッ!!?」」
シンとリューは目撃する。倒したと思っていたジャガノートが動き出し、その身体を再生させながら立ち上がったのを…。
ジャガノートの身体からは煙が常に出ている状態だ。
その異様な再生力と身体から煙が出ている。その力は青い飛竜から得たものだ。そして、それは青い飛竜同様にリスクもある。力を使ったり、時間が経っていくと徐々にその身体は崩壊していく。
「グオオオオオオオオオオオォォッ!!!」
ジャガノートはその口から強力な炎の咆哮を放つために、再び力を溜め始める。
(あの炎を直撃で受けたらオレにもダメージは通るな。下手すれば、死ぬか…。氷の柱を作っても無駄。というか、能力は安定していない。ならば、回避を…、いや、避けるのは不可能に近い…。……武装色の覇気で受け切るしかないな)
「シン、退避しましょう!!」
「……あれは避けきれない。リュー、オレの後ろへ。オレが盾になる。お前を死なせない」
「私があなたを盾に…、そんなこと、出来るわけないでしょう!!!…あの炎の咆哮はあなたを殺すのではありませんか?…いつものようには出来ないのでしょう!!」
「何だ、分かっていたのか…」
「今のあなたの顔を見れば分かります…。誰かの為に死を覚悟している…。そんな顔をしています」
「ふっ…、そうか…」
リューはシンを盾にする事など絶対にしない。彼の手を握り、真っ直ぐ前を見る。
かつて自身の仲間を殺した最悪の存在と同じもの。
「……シン」
「……リュー」
二人に死というものが近づいていく。そう思われた瞬間、ドンッ!!と大きな音が響く。
そして、その次の瞬間に、ジャガノートの悲鳴が響き渡った。
────────グオオオオオオオオォォォッッッ!!!!!!!!
「何をやってるんだい!!!アホンダラども!!!」
「「ッ!!?」」
「ミアッ!?」
「ミア母さんッ!?どうしてここにッ!!?」
「決まっているだろう!!アンタたちを拾いに来たのさ!!」
そこにいたのは、シンとリューの雇い主であり、恩人とも言える存在。豊穣の女主人の女将ミア・グランドが立っていた。
「さて、バケモノ退治の時間だよ」