アイズやアスフィたちが、アーニャたちを豊穣の女主人に送り届けると、疲労困憊のアーニャたちの様子を見たミアは大きくため息をついた。
「…全く。どうして、こうなるのかね」
「ミア母さん、シルは?」
アーニャたちよりは動くことの出来るリューは、ミアにシルの居場所を尋ねる。
だが、あいにくシルの居場所など、ミアは知らない。
「見てないよ。シンの奴も買い出しから一向に帰って来ない。どいつもこいつもだよ。…今日は営業取り止めだ。アンタも疲れがあるだろう。今は休むんだね」
「いえ、私はシルを探します!!」
そう言って、リューは店を飛び出した。彼女が向かった先は、ヘスティア・ファミリアの本拠地だ。そこでベルにシルと何があったのか、シルが行きそうな場所を尋ねるつもりだ。
「クラネルさん…。シルと何があったのですか…?」
「……告白されました。そして、僕はその告白を断りました」
「な、何故ッ!!どうして、拒んだのですかッ!!どうして…シルの想いをッ!」
「…憧れている人がいるから。ずっと、その人を見てきて、追い付きたくて…、追い付いたら、いつか思いを伝えたくて…。シルさんの気持ちには応えられませんでした」
その言葉を聞いて、リューは理解する。シルがベルを想うように、ベル自信も想い人がいるのだと…。
「申し訳ありません。あなたの気持ちを考えずに無責任に責めてしまいました…」
「いえ、大丈夫です」
「…シルはまだ豊穣の女主人に帰って来ていない。私は彼女を探そうと思います。…行き先に心当たりはありませんか?」
「心当たりはないです。けど、僕も一緒に探します」
こうして、ベルとリューはシルを探しに向かった。
その同時刻、辺りに誰もいない街の片隅。そこでシンとフィンは、ベンチに腰掛けながら軽く酒を飲んでいた。
幸いにも雨は止んだので、濡れることはない。
「良いのか?こんな昼間から酒を飲んで?」
「そういう君こそ、店に帰らず、ここで酒を飲んでいても良いのかい?確か、買い出し中だった筈。ミアが怒るんじゃないのかな?というか、もう怒っている気がするね」
「痛いところを突くな。まぁ、いつものサボりだと思えば、まだ拳一発で済むだろう。うん、想像するだけで、痛いな」
シンがそんな軽口を叩いていると、誰かが近づいている気配を感じる。それは彼の隣にいるフィンも同様だ。
二人は気配のする方向を振り向くと、そこにはフードを被った不敵な笑みを浮かべているシルがいた。
「…シン」
「…シル。まさか、こんなところで会うとはな…。偶然か?」
「───シン。──私は決めたの」
「…決めた?一体何をだ?」
「ベルを手に入れる。あなたが
「協力だと?それよりもシルが死んだとはどういう意味だ?」
「そのままの意味よ」
シルは被っているフードをゆっくりと取る。シンは特に驚いていないが、彼の隣にいるフィンは驚愕していた。
何故なら、フードを取って、その素顔を顕にしたのは、豊穣の女主人の店員シル・フローヴァではなく、フレイヤ・ファミリア主神、【美】の女神フレイヤだからだ。
「どういう事だッ!?何故、神フレイヤが…」
その時、フィンの脳裏には、豊穣の女主人で飲んでいた時のロキの言葉が過る。
『フィン、覚えとき。この酒場で一番注意せなあかんのは、元フレイヤ・ファミリア団長の女将ミアやない。あのシルっちゅう娘や』
「そういう事か…」
(なるほど。だからロキは、単なる酒場の店員に、あそこまで警戒していたのか)
「……シン、僕はとても驚いたよ」
「オレもサプライズを受けた気分だ。まさか、フィンがいるにも関わらず、正体を現すとは…」
「もう、なりふり構う状況じゃないの。【
「シンッ!!ここから離れるぞッ!!」
フィンは勢いよく地面を蹴って、離脱しようとする。だが、一方のシンは全く動く素振りを見せない。
「……………………」
「シン、【勇者】を捕まえて。…私の願いを、あなたは聞いてくれるわよね?」
「…………………」
シンは何か考え事をしているのか、無言を貫いている。
そんな彼に対して、フレイヤは苛立ちながら言葉を吐き出す。
「──シン、聞こえなかったの?」
「────1つだけ聞かせろ。本気なのか?」
「ええ、本気よ。私はベルを手に入れる。そのためにも私は全てを使うの。…シンは私の味方よね?…それとも愛されたい人から愛されておきながら、それを受け入れない貴方が、私の邪魔をするのかしら?」
「ッ!!!!」
「シン、お願い。私はやっと見つけたの。やっと…」
「ッ!!」
目に涙を浮かべているフレイヤを見て、シンはパリンッ!!とその場に小さな氷結を残して、一瞬で移動した。彼の向かった先は、逃走を図ったフィンのところだ。
「シンッ!?」
「フィン、お前との関係は悪くなかった。だが、こうなったのも致し方ないのかもしれない」
「神フレイヤの傀儡にでもなるつもりかッ!!」
「傀儡になんてならねぇよ。だが、アイツが本気だと言うのならば、オレは最後までアイツの味方でいてやらないといけない。それがせめてもの救いだろう?」
「君にとって、神フレイヤは何なんだ?」
「……」
フィンの質問に対して、シンは少しだけ考える。
だが、結論を得たところで、彼はそれを口に出すことはない。
「さぁ、何なんだろうな」
ドンッ!!!
それはフィンの腹にシンの拳がめり込んだ時に出た敵を潰す音だ。
フィンは多大なるダメージを受けて、口から少量の血を吐き出す。そして、無惨にも地面に倒れるのであった。
「…………シン」
「謝る気はない。恨んでくれても構わない。罵倒も甘んじて受け入れる。この行いは許されるものではない。…フィン、お前との関係は間違いなく良き友人だったよ。でも、この関係も今日で終わりだ。──フィン・ディムナ。─我が友よ」
その言葉を最後に、フィンは意識が遠のく。次に彼が見たものは、美しくも恐ろしい神フレイヤの魅了する目だ。
フィン・ディムナはオラリオの住人たちよりも一足早く、神フレイヤに魅了された。
「………」
「シン?」
シンはフィンをフレイヤの下に連れてきたから、ずっと言葉を発することなく下を向いている。
それが気になったフレイヤは、つい言葉をかけてしまう。
「…フレイヤ、今のオレはどんな顔をしている?」
「そうね…。強いて言うなら、……とても辛そう」
「だろうな…。もう、ここまで来たら味方でいてやるよ。どんな結果になろうとも…。そして、リューとのこともケリをつける」
シンは『月歩』を巧みに使い、オラリオの遥か上空に陣取っていた。魅了に掛からないというのも主な理由ではあるが、フレイヤの行う力の全体像を見るためというのもある。
「始まった…」
その日、オラリオは大きく変わる。
シンはその光景を虚しそうに見ていた。
自身の『美の神』の権能を嫌うフレイヤが、なりふり構わず、その力を振るう。
全てはベル・クラネルを手に入れるために…。醜い行いだと自嘲しつつも、彼女はオラリオに住む全ての者に『魅了』を施したのだ。
「私はようやく愛以外のものを知る事が出来る。知りたい、だから離さない。……平伏しなさい」
これは暴走を超えた暴走。もう、フレイヤを救うためにはベル・クラネルを彼女の手の内に入れるしかない。
シンはそう判断することにした。そして、彼はオラリオの外に逃げ出した2人の住人たちに言葉をかける。
「お前たちは抗うのか?」
シンの目の前には、フレイヤの魅了から逃れることの出来たヘルメス・ファミリア団長アスフィと、気絶して彼女に担がれているリューがいた。
「シンさん…」
「リューは無事のようだな。オッタルの奴、オレの怒りを買うのを恐れたのか?いや、リューがフレイヤのお気に入りだから気絶程度に済ませたらしい。どちらにしても、賢明な判断だ」
「シンさん!!あなたなら、神フレイヤの暴走を止められる!!この状況を打破出来……」
ギロッ!!!!
「ッ!!!?」
シンからの殺意に塗れた眼差し。それを受けて、アスフィは怯える。その一挙一動で殺されると思えてしまった。
「それが出来るのなら、オレは既にそうしている。もう、何もかも手遅れだ。これでアイツが幸せなら、それで良い」
「…私たちを神フレイヤのところに連行するのですか?」
「しない」
「なぜ?」
「お前は今までリューや豊穣の女主人、アルテミスの件で随分と貢献している。だから、それに免じて見逃してやるよ。……もう二度とオラリオには戻って来るな。外で何もかも忘れて暮らしておけ」
「なっ…」
「そして、リューが目を覚ましたら、こう伝えろ。オラリオには戻るな。剣製都市ゾーリゲンで神アストレアと平和に過ごせ…。……、さようならと」
その言葉を言い終えると、シンは寂しそうにリューを見つめ、気絶している彼女の頬にそっと手を添える。
「嗚呼、愛おしい…。もし、次があるのならお前を愛したい。お前の愛を受け入れたい。でも、オレは赦されない。だから、さようならという選択肢を選んだ。…安心しろ、この世界の脅威はオレが消しておく」
■
次の日、オラリオは昨日の騒ぎなど何もなかったかのように、普段通りのものとなっている。
違う点はたった一つの事実がねじ曲がっている事だけだ。
オラリオ中は、ベル・クラネルが最初からフレイヤの眷族という記憶の改竄を施されている。そして、今までのベル・クラネルの記憶が全て忘却されていた。
「シン!!これはどういう事だい!!!」
ミアはシンのいる自室に怒鳴り込む。理由はもちろん、神フレイヤがオラリオ中に施したベル・クラネルに関しての記憶の改変だ。
「どうもこうも、見ての通りだ」
「アンタはこの所業を許すのかい!」
「許す許さないの話なら、もしフレイヤ以外の神がこんな事をやったのならオレは躊躇なく許さない。だが、これをやったのはフレイヤだ…。……いや、
「それが理由かい…。アンタが見守る理由なのかい…」
「もう、成り行きを見守ろう。これでアイツが救われるのなら、オレは構わない」
窓から見える外の景色はいつもと何も変わらない。シンは椅子から立ち上がると、部屋を出ようとする。
「シン、あの子はこれで本当に救われるとでも?」
「そう信じている…。気に入らないのなら、アイツではなくオレを責めろ。罵倒は甘んじて受け入れる」
「……罵倒なんてしないよ。ただ…、良いのかい?」
「オレは成り行きを見守る。ミアもそうしろ。…分かっていると思うが、外にはお前とアーニャを見張る奴がいる。普段通りに過ごせよ」
「……シン」
「もう、互いにアイツの幸せを願おう」
そう言い残して、シンは部屋を出る。そんな彼の背中を見ていたミアは悲しそうにしていた。
「アンタもフレイヤも…、馬鹿だよ」