市場は
「……怪物祭か。何のつもりでガネーシャの連中はこんなものをやってるんだ?あれは無意味であり、悪趣味なものだ」
シンは、重いジャガイモの袋を肩に担ぎながら、準備に奔走する街の人々を眺めて、吐き捨てた。
「同感ですが、この都市の人々にとっては、それが『娯楽』であり、平和の証でもあるのでしょう」
リューが、カボチャの詰まった籠を腕に抱えながら静かに答える。
買うものを買った二人は少し腰を下ろして休憩することにした。ベンチに座ったシンは指先から小さな氷の塊を作り出し、それを口に放り込んで砕いた。
「リュー。さっきの祭りの話だが、本当は嫌いなわけじゃないんだろう?」
「……何のことですか?」
「お前がいた【アストレア・ファミリア】。そこは正義を掲げて、街の平和を守っていた。祭りが開けるくらい平和なのは、お前たちが命を懸けてきた結果の、一つの形じゃないか?」
シンの言葉を聞いて、リューの手が止まる。彼女は視線を落とし、地面を見つめた。
「……正義…ですか。かつての私なら、胸を張ってその言葉を言えたのかもしれません。ですが、今の私は……」
「『復讐』に染まり、手を汚したか?……ふっ…そんなものオレに比べれば随分とマシなもんだ」
シンは空を仰いで目を細める。
「オレのいた場所はロクなところじゃなかった。信頼なんてものは無く、己の欲をさらけ出すだけ。最後には島一つが消えるまで殺し合った。オレは……あの場の誰も殺すことを躊躇わなかったよ」
リューは驚いたようにシンの横顔を見た。何故なら、いつも掴みどころのないシンという男が、初めて自らの内側を少しだけ見せた気がしたからだ。
「……あなたは、そんな場所から一人でここに来たのですか?」
「ああ。気づいたら、この温かい場所にいた。……お前も仲間を失って一人、この街の片隅に流れ着いた。……案外、オレたちは似た者同士なのかもしれないな。まぁ、少しだけだがな」
シンが少しだけ悪戯っぽく、それでいて優しい笑顔をリューに向ける。
リューはそれに少しだけ見惚れるように言葉を飲み込んだ。
【復讐】を終え、拠り所を失っていた自分自身。
【戦場】からやって来たシン。
拠るべき場所を互いに失いながらも、生きてしまった。それを罪と呼ぶのかは分からない。だが、2人は何処か場所を求めていた。それが少しだけ重なったのだ。
「……私はシンに似てなどいません。私はあなたほど不真面目ではありませんから」
「ぷはははっ!!違いねぇな!!お前は真っ直ぐ過ぎる!!」
シンは勢いよく立ち上がり、彼女の頭の上に氷のように冷たくも心地よい温度の手を置いた。
「まぁ、似た者同士、この祭りの間くらいは楽しもう。……店が忙しくなる前に美味いもんでも買い食いして帰るとするか」
「……ッ!………仕方ありませんね。今日だけですよ、シン」
リューは、置かれた手の冷たさに頬を染めながらも、今度は振り払わなかった。
彼女の感情は微妙ながらも変化しているのだろう。
■
怪物祭当日。オラリオはお祭り騒ぎとなっており、いつもよりも数段活気が溢れていた。街の者たちは屋台などを巡り楽しく満喫している。
豊穣の女主人でも、いつもよりお客が増えるであろうと予測して、それぞれが店の準備を進めていた。
そんな中でシンはと言うと、いつも通りに仕事をサボって祭りへ行こうとしていたが、警戒していたミアに案の定見つかり、仕込みの準備をさせられていた。
「祭りに行きたかったんだが、この有り様なんだよな」
シンは厨房にて、鍋に具材を入れ、それらをかき混ぜていた。豊穣の女主人で、この店の全ての料理を作る事が出来るのはミアとシンぐらいだろう。その他の者は料理する事は出来ても、全て作る事は出来ない。何よりも酷い者は人を気絶させるような料理と呼べないものを作ってしまうのだ。
故に全ての料理を最高峰に作れるミアとシンが普段朝の仕込みを行っていた。
「何か言ったかい?」
「祭りに行きたかったと言っただけだよ。こんなイカれた日にオレが外に出ないというのは悲しい事だ」
「イカれた日?怪物祭がかい?」
「ああ。ミアなら分かっているだろう?怪物祭の本当の目的と誰が主体的にやっているのかを?」
「……」
そのシンの言葉にミアは口を紡ぐ。なぜなら、それに対しての自身の返答が何かを言葉にするのは無意味だと理解しているからだ。そして、黙ること事態が肯定と見なされるというのもミア自身分かってはいた。
「バカらしいと思わないか?怪物と仲良くするなんて、バカな一般市民に出来る筈がない。所詮、一般市民は単なる弱者だ。自ら強くなろうとすら思わないゴミだ」
「ゴミね…。その言い分だと一般市民じゃない奴らは可能性があるように聞こえるよ」
「可能性はあるが、それも不可能な話だ。もし、受け容れる奴が現れたら余程のバカだな。怪物と仲良くなろうとするなんて、バカのすることだ」
「そんな奴が現れたら異端だね。けど、それが悪いともアタシは思わないよ。救われる者が必ずいるからね」
「……苦しむ者も沢山現れるぞ」
「そうだね。そうかもしれない……」
2人はそれ以上その話をする事は無かった。
しばしの無言が続く中、シンは小さな話題を口に出す。
「そう言えば、謝って来たらしいな。シルに好かれた憐れなあのガキが…」
「あれは見どころのある子だよ。少なくともあんたが思うよりは…ずっとね」
「へぇー、珍しく肩入れしているんだな」
ミアからそのような言葉を聞くのは随分と久しかったので、少しだけシンは酒場から逃げ出した少年の事が気になるのであった。
「さぁ、どうだろうね……」
料理の仕込みを終えたシンはミアから表の掃除をすることを命令された。シンがサボらないように、お目付役として、同じ従業員の猫人の女性アーニャが彼と共に表の掃除をすることとなっている。
「何でシンの見張りを私がやらないといけないのニャ」
「嫌なら別のところへ行け。オレはその方がサボれるから助かる」
「そんな事をしたらミア母ちゃんのゲンコツがみゃーの頭をかち割るニャ。シン関係だと倍ぐらいの威力があるニャ」
「ったく、お前も普段はサボり魔なんだから、いつもと同じようにサボっとけ。そうなれば、オレも遠慮なくサボれる」
シンの指摘通り、アーニャは普段シンとシルの次くらいに仕事をサボっている。だが、アーニャというよりも豊穣の女主人の従業員たちはシン関係になるとサボることはない。
シン関係になると、ミアは普段の倍以上怒るのは確定だからだ。故にシン関係の時はほとんど誰もサボらない。
「シルは休みで羨ましいニャ」
「あいつと関わるとロクな事はないからな。いないでくれてありがたい事だ」
「シンはシルが苦手みたいだニャ」
「苦手というよりも、あいつは面倒なんだよ。…何よりも…」
「あっ!!!!」
シンが言葉を続けようとした瞬間に、アーニャは思い出したかのように店の中へと走り出す。
何事かとシンが中を覗くと、アーニャはシルの財布を持って騒いでいた。
「シルが財布を忘れたニャ!!これではみゃーのお土産が無くなってしまうニャ!!!」
「アホらしい。怪物祭の土産なんて、たかが知れているだろう。店の酒を飲んでいる方が余程マシだな」
「そこは価値観の違いですね。お土産を買って貰うという行為事態が幸福感を満たすのではありませんか?」
そう言ったのは、シンの隣に素早く並んだリューだ。
彼女もアーニャが叫んでいるのを聞いて、何事かと覗きに来たのである。
「幸福感ね…。確かにそうかもな。でも、あそこまで騒ぐことか?」
「それは…確かにそうですね。アーニャは騒ぎ過ぎだ」
全員、店の準備をしているので、店から離れるわけにはいかない。所詮はアーニャのお騒ぎ。お土産は諦めろと全員が言うのであった。
シンもさっさと店の掃除を終わらせようと、水まきを行う。すると、兎っぽい少年がこちらに歩いて来た。
「あれはあの時のガキか…」
「ちょうど良いニャ!おおーい!そこの白髪頭!!待つニャ!!!」
先程まで無駄に騒いでいたアーニャが元気よくシルの財布を持って少年に話しかけた。
シンはアーニャがこの後、何を話すのか何となく察する。
「シルにこれを届けるニャ」
シンプルな言葉。声をかけられた少年ベルは何が何だか分からない状態となっていた。
そんな少年をみかねて、リューはシルに財布を届けなければいけない経緯を教える。
「なるほど。お土産が欲しいと…」
「そうニャ!!シルはおっちょこちょいニャ!!」
「お前が言うな。というよりも、シルは十分以上前に出かけたから追いかけるなら早い方が良いぞ」
「そうニャ!!白髪頭!!急ぐニャ!!!全力で走ればシルを捕まえられるニャ!!」
「は、はい!!わかりました!!!」
少年ベル・クラネルはシルの元へ走っていく。
そんな彼の背中を見定めるように、シンは見つめていた。
「怖い顔をしていますね」
「怖い顔とは心外だな。オレは価値を測っただけだ。シルやミアが気にかけるあの少年がどれほどのものかを…」
「それで結果は?」
「最初に見た時と同じだ。所詮は道化にしかなれない憐れな奴だよ。少なくとも
シンはその冷徹な目をベルに向けるのを止めた。
シルやミアほど、彼はベルに興味を持っていない。自分の目に自信があるからこそだろう。
シンは興味なしと、先程やっていた表の掃除を静かに再開する。
そして、それから数十分後にモンスターが逃げ出したと知るのであった。