その日、フレイヤ・ファミリア本拠地【
「ッ!!?ここはッ!?」
「ここはフレイヤ・ファミリア本拠地の一室。あなたはフレイヤ様の魅了に囚われていたのよ」
「ッ!?…シンはどこですかッ!!!」
「真っ先に彼の心配とは、相変わらずですね。…安心してください、シンは別の部屋にいます」
「そうですか。…あなたは何故私の魅了を解いたのですか?」
リューのその質問はとても真っ当なものだ。フレイヤ・ファミリアの中でも女神の付き人と称されるヘルンが何故、リューの魅了を解いて、部屋から解放するのか。
リューは全くその理由の検討がつかないでいる。
「少しだけ騒ぎを起こしてください。……お願い、リュー」
「ッ!!?」
(先ほど、私は何故シルの姿が見えたッ!?)
「お願いしますね」
そう言って、ヘルンは去っていく。
「あの言葉は真実だ。…シン、シル、私が貴方たちを救う」
■
リューが部屋から解放された同時刻、女神フレイヤの魅了にかかってしまったシンは、ただ単に外の景色を眺めていた。今の彼には人格も想いも何もない人形のようだ。
「シン、許して」
シンの目の前にいるのは女神フレイヤ。彼の今いる場所は女神フレイヤの部屋だ。
フレイヤは申し訳なさそうに、シンの魅了を解くのだった。
「シン、ごめんなさい」
「………」
「……シン、その…、私は…」
「…………」
魅了を解いたにも関わらず、シンは無言を貫いている。それがフレイヤにとっては、とても怖いものだ。
シンを魅了した自身が最低なのは、フレイヤも重々自覚している。それ故にシンに怒りをぶつけられ、味方ではなく本質的に彼が敵となってしまう。
「少年は堕とせたのか?」
「…えっ!?」
「少年はお前のものになったのかと聞いている」
「……も、もう少しで」
「そうか……」
シンは怒るでも悲しむでも無く、淡々と物事を確認していく。彼が怒りもしない事にフレイヤは驚いていた。
「怒っていないの?」
「今さら、お前を怒るわけもないだろう。フィンとの縁を切った、…あの時からオレはお前を肯定すると決めている。暴走した魅了ぐらいで怒るわけもないだろう。それにオレも揺れたからな。お互い様だ…」
「シン……」
「リューは何処にいる?…今度は揺れない。だから、教えろ」
フレイヤはシンのその言葉に嘘が無いと分かった。それ故に、シンも覚悟が完全に決まったのだと彼女は理解する。
「………ッ!!?これはッ!!?」
「どうしたッ!?」
突然、胸を押さえて苦しみ出すフレイヤ。
シンはどうしたのかとフレイヤの側に駆け寄る。
「ヘルン!!余計なことを!!勝手に死ぬつもり!!そんなの私は許さないわ!!」
「……ヘルン。鏡の方か…」
「シン、私は大丈夫だから」
フレイヤが立ち上がった時、窓の外から大きな爆発音が聞こえた。今度は何事かと、シンは窓の外を見る。
そして、シンは確認した。リュー・リオンがフレイヤ・ファミリアと戦っているのを…。
「…フレイヤ、お前の護衛はオッタルに任せる。オレはリューのところへ行く」
「………ええ」
「……」
(リュー、自由になったのなら、何故、大切な存在である神アストレアと暮らす。その選択肢を取らない?お前は神アストレアと共にあるべきなんだ。オレやシルに縛られる必要はない)
シンは急いで、下で暴れているリューの下へと走る。彼の移動速度なら、数分もあればリューの下にたどり着くのは容易。
シンがたどり着いた先では、フレイヤ・ファミリアに囲まれているリューの姿がある。
「リュー、無駄に暴れるな」
「────シン。会えましたね」
「互いにアイツの魅了にかかったのは予想外の事だった。そして、こうして互いに魅了を解いて会うのも中々の確率だ」
「そうですね…。シン、単刀直入に言う!!今すぐ、私の味方になりなさい!!あなたは私に愛され、私を愛する。そして、シルを救うのです!!」
「オレは赦されないし、シルは少年を手に入れたら幸せになれる。救われるんだよ」
シンは剣を構えるリューにそっと近づく。暴れるリューを出来るだけ傷をつけないよう、制圧するために…。
しかし、その瞬間、オラリオは謎の光に覆われた。
「これはッ!?」
シンはこの場の誰よりも速く、その光景を見てしまった。女神フレイヤに魅了されたオラリオの住人たちが、その魅了から解放された姿を…。
「誰がこんな事をしたんだッ!!?」
フレイヤの魅了でオラリオは彼女の傀儡も同然。そんな中で、こんな事が出来る者などいるわけないと、シンは思っていた。
だが、実際はオラリオが解放されている。この状況はとてもマズイとシンは察してしまう。
「誰だッ!…誰がこんな事をッ!!」
「それは神ヘスティアさ。まさか、神フレイヤに抗う事が出来るなんて、正直僕も驚いたよ」
「その声は…、フィンか!!」
「その通り。君の友人フィン・ディムナさ。──シン、先に言っておくよ。僕はめちゃくちゃキレている」
シンの前に立ちはだかるのは、両手に愛用している槍を握り、いつでも敵を制圧出来るようにしているフィン・ディムナだ。
彼は魅了が解けた瞬間、即座にロキ・ファミリアの幹部であるアイズ、ティオナ、ティオネを率いて、フレイヤ・ファミリア本拠地へ足を踏み入れた。
「神ヘスティアがッ!?…まったく、普段は特に脅威でも何でもない奴だが、やはり神は神だな。神というのは、どいつもこいつも恐ろしい化物だ」
「…シン、神フレイヤはやり過ぎた。ベル・クラネルを得るためにここまでするとは…。とても不愉快だよ」
「…フィン」
「何よりも僕をここまで苛立たせたのは、神を嫌いと謳いながらも、神の暴虐に手を貸したシン。…君にだよ」
友人であると互いに自覚していた。それなのに、切り捨てたシンに対して、フィンは怒る。
「アイツの為だ。そのために切り捨てただけに過ぎない」
「簡単に言ってくれるね…。シン!!今一度聞こう。君にとって、神フレイヤは何なんだ?」
「……世話のかかる妹だろうな。アイツのおかげで豊穣の女主人での暮らしがある。この八年間、アイツのおかげで他愛の日常を過ごせた。アイツが望むのなら、オレは最後までアイツの味方でいる。その覚悟は決まった。だから、邪魔をするな」
「それは救いではない。単なる憐れみ。もしくは押し付けだ!!」
「ッ!?」
「シン、シルを救いましょう。そして、あなた自身も。私はあなたを救いたい!私はあなたを愛する。あなたも私の愛を受け入れてください!」
リューは、自分に取って大切な親友と愛している人を救おうと手を差し伸べる。
だが、シルもシンも、今その手を取ることは決してない。
「オレは罪人だ!………それは無理な話だ」
「シン!!」
声を荒げるリューを横目に、シンはフィンを見つめる。
「……フィン、今回の落とし所はどうなると思う?」
「それは決まっている。というか、君の思っている通りだ」
「だろうな、……戦争遊戯だ。フレイヤが築いて来たものは、この程度では崩れない。三大クエストがある限り、フレイヤ・ファミリアは解体されない」
「僕は当然、神ヘスティア陣営につくけど?」
「ギルドがそれを許すとでも?ロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアを戦わせないだろう。何よりも、オレがフレイヤにつく限り、ヘスティアたちに勝ち目はない」
「それはどうかな?」
「何処からその自信が来る?無駄だというのが分からないのか!!」
そう言って、シンはフレイヤのところへと消えた。
その時、シンは一瞬だけリューを見る。そして、理解した。
彼女と戦う事になるだろうと…。
「……」
(シン、私はあなたを救います。そして、その上で愛します…。アストレア様、私に力を…)
リューは救うために、剣製都市ゾーリゲンへと行く事にした。
■
フレイヤ・ファミリア対ヘスティア・ファミリア率いる派閥連合の戦争遊戯。それが数日後には始まる。
オラリオにいる多くの者たちが、魅了を施したフレイヤに怒りを抱いており、冒険者たちは戦争遊戯に参加しようと思っていた。
しかし、ロキ・ファミリアが戦争遊戯に参加しない事を知ると、冒険者たちは戦争遊戯への参加に消極的になる。
ロキ・ファミリア無しでは、フレイヤ・ファミリアに勝てないと判断したからだろう。その判断はとても正しい。
「フィン、私は納得出来ない」
ロキ・ファミリア本拠地【黄昏の館】の団長室。そこで、アイズ、ティオネ、ティオナ、ベートたち幹部陣が、戦争遊戯に参加出来ない事への不満をフィンにぶちまけていた。
「これはファミリアの決定だ。ロキ・ファミリアは戦争遊戯には参加しない。都市が傾く事態になるからね」
「……だが、フィン。テメェだけは参加するらしいな!テメェ一人だけ憂さ晴らしい出来るのはおかしいだろうがッ!!!」
ファミリアが参加しない。ベートはそのこと自体は納得している。だが、団長であるフィンだけ参加することを彼はよく思っていない。
「そう思うのも仕方ないね。……僕はロイマンと交渉して、個人で参加すると取り付けた。僕一人だけなら、彼も納得したよ」
「ふざけんな!!それならオレが参加する!!」
「君ではダメだよ。瞬殺される」
「オレがあの猪野郎共に瞬殺されるだと!!」
「違う。オッタルたちの事じゃない。敵陣営にはシンがいる。彼と対等に戦う術を君は持っていない」
「テメェは持っているっていうのか!!……まさかッ!?ランクアップした時に何か得たのかッ!?」
「まぁね。ロキ・ファミリアの中で、彼とまともな戦闘が出来るのは僕だけだろう」
フィンのその瞳は自身に溢れていた。シンの異次元な力を彼は知っている筈だ。それにも関わらず、フィンは戦えると判断していた。
「フィン、勝てるのか?」
事の成り行きを見守っていたリヴェリアが、フィンに問う。
「もちろん、勝つ気だ。大切な友を
フィンの顔つきは今まで、リヴェリアたちが見たことのない程、気合が入っていた。
彼のそのような覚悟を決めた顔を見て、誰も自身がフィンの代わりに参加するとは言えない。
一方、シンは豊穣の女主人を訪ねていた。
その理由は単純明快。ミアやクロエ、ルノア、アーニャに戦争遊戯へ参加するなと伝えるためだ。
「一応聞くが、アンタは参加するのかい?」
「無論だ。幸いにも、参加条件は満たしている」
「満たしていないでしょ!!シンはフレイヤ・ファミリアじゃない!!参加は出来ない筈だ!!」
「出来る。数年前から身分はちゃんと用意している。もしも、戦争遊戯での参加を余儀なくされる場合に備えて…」
シンは一つの紙を懐から取り出した。そこにはフレイヤ・ファミリア所属シンと書かれている。
そして、その紙が何なのかをルノアとクロエは理解した。
「冒険者登録されているッ!?」
「つまり、シンは戦争遊戯に参加出来るニャ…」
「ヘルメスのところも偽造しているからな。咎められないだろう。何よりもギルド内で、オレの存在を知るのはウラノスぐらいだ。そのウラノスも異端児の件もあって、オレを咎める事は出来ない。……オレは戦争遊戯に参加出来る」
「そんなの…シンが参加したら、フレイヤ・ファミリアが確実に勝つ。シン!!どうして、女神フレイヤの味方をするんだ!!」
「恩返し、妹同然であるアイツの幸せのため、理由なんて、そんなものだろう。……オレがいるんだ。勝ちは確定。お前らは戦争遊戯に参加するな。傷つけたくはない。オレにとっては、お前等もシル同様に大切な存在だから…」
そう言って、シンは豊穣の女主人を後にした。
「シン!!待つニャ!!」
「クロエ、止めとけ」
シンを追いかけようとしたクロエを制するルノア。彼女は分かっているのだ。
シンがシルのためだと思い、動いている事が…。
「私は参加するよ。シンに止められたからって引き下がるわけにはいかない。女神フレイヤがシルだって言うなら、ちゃんと話をしないとね。クロエはどうする?」
「もちろん、ミャーも行くニャ!!………アーニャはどうする?」
「ミャーは…ミャーは…」
「アーニャ、ゆっくり決めな」
「ミア母ちゃんはどうするニャ?」
「さぁね…。けど、アホ共を放っておけはしない…」
(本当にアホだよ。女神…。いや、シルも……、拗らせたシンも、どっちもアホ過ぎるよ。自分の気持ちを殺してどうする気だい…。そんなの誰も得しないよ)